第236話
コルトが新しく作った部屋のガラス越しに、3人は検査されているハウリルを見ていた。
検査台の上でピクリとも動かず横たわっており、その周囲で数体の機械人形達が大小様々な機材を使いながら、ハウリルのあちこちを調べている。
いつの間に持ち込んだのだろうか。
3人はしばらくそれを無言で見ていると、しばらくして扉が開き一体の機械人形が入ってきた。
手には薄いホログラムパッドを持っている。
【検査の途中報告をしてもいいですか?】
「どうだった?」
【極度の疲労はありますが各種検査全て標準値です。データベースに残っていた共族のデータと比較して、魔力の復元能力が作用している可能性が高いです。その他魔族領から未知の微生物が持ち込まれたりなどもチェックしましたが、こちらに存在しているものと見分けがつかないほど近いです】
「どこが違うの?」
【魔力は持っていませんが、魔力耐性が非常に高いです。詳細な数値はルイカルドの協力をお願いします】
そう言いながら差し出されたホログラムパッドを受け取ると、コルトはざっくりと中身に目を通した。
共族領で採取した同種の微生物とほぼ同じだが、魔力耐性の項目だけが異常に高く棒グラフを突き抜けている。
全体表示にすると、他の項目がミリになってしまった。
バカの棒グラフだ。
──なるほど。人と動植物以外はこっちと一緒でほとんど模倣元と同じだな。さすがにそこまで手を入れるとさすがにキリがないしね。
コルトは無言でパッドを返し、顎に手を当てて思考に耽った。
──魔族領が共族にとっての極限環境の可能性はこれで無し、と。自然環境もコントロールしてないはずだから、極端な緯度や高度に行かなければ問題無さそう。後は魔力だけど…。
魔族は魔力に対応して作られた種族なので、その体から魔力が漏れる事はない。
意識的に魔力を流し込まなければ土壌が汚染されている可能性も低い。
つまり、魔族の活動圏外であればこちらの農作物をそのまま育てられる。
食べ物が得られるなら共族も生存可能だ。
──今まで散々好き勝手にこっちで活動してたんだから、ちょっとくらい共族が入植しても問題無いはず。というか、ルーカスにどっか土地を収めさせれば、それで全部良いよね。
どうせ両者の交流が始まれば、大なり小なりお互いの民が移住するだろう。
特に共族にとって環境も何もかもが未知の魔族領は冒険するにはうってつけだ。
それがどんなに危険で命懸けであろうと、個人が命を掛けるに値すると判断すれば成立する。
コルトは思考世界から現実に戻ると、引き続き機械人形に検査を進めるようにと言った。
【衣服の検査の許可を申請します】
「あとで同じ物を作るから衣服のデータだけ寄越して」
【承知しました】
そして機械人形は出ていった。
するとアンリが待ってましたと言わんばかりに、コルトの前に顔を出した。
「何考えてたんだ?」
「魔族領も今のデータから心置きなく共族の入植が可能かなって」
「にゅうしょく?」
「新しく開拓して住むことだよ」
するとルーカスがコルトの背後から頭を鷲掴みにしてきた。
「侵略って言葉を知ってるか?」
コルトは鷲掴みにされた頭をグギギと回して背後を見る。
「お前の傘下なら問題無いだろ。アンリやココさんを預けるにも定住する場所は必要だよ、所領持ってないんだろ?」
「……俺の下に来たいって魔族も住まわせるからな。領土内のゴタゴタの面倒はみてやるが、それ以外は知らねぇぞ」
「それで良いよ。こっちも節度を守らないと、魔族に同じ事をやられる言い訳を作っちゃうからね」
魔族が共族領に定住するのは止められないが、数は増えて欲しくない。
それなら代わりに自主的に”外”に行った共族は、ある程度見捨てないといけない。
それは仕方がない、割り切るしか無い。
そう思いながら、同時にコルトは別の懸念を思い浮かべた。
──土壌汚染の心配が無いなら、逆に言うと無魔は魔族領のほうが安全かもって話も出てくるんだよね。
恐らくこれからも資源の問題で無魔は必ず残り続けるし、人口もこれから増えるはずだ。
そして争い、もっと相応しい言い方をすれば多様な競争は、コルトの制御が無くなるので激化するだろう。
その時、競争に負けた人間はどうするか。
新天地で競争が少ない魔族領に、夢を求めるだろう。
魔族にも技術の便利さが広まれば、無魔の需要は必ず出てくる。
共族なんかよりももっとずっと多い魔力を持ち、かつ安全に使える存在となれば、積極的に魔族領に行く無魔が出てくる。
もしかしたら、優秀な人材ほどしがらみの少ない場所を求めて魔族領に行く可能性もある。
──マズイ…。このままだと人材を取られる!
「ふおおおおお、どうしよう!!!!!」
「うわっ!?いきなりどうしたコルト、何か問題が出たか!?」
「このままだと魔族に人材を取られちゃう、どうしよう!!」
僕の大事な共族が魔族に取られる!と切羽詰まった顔でそう叫ぶと、アンリとルーカスは据わった目でコルトを見た。
2人とも心配して損したという顔である。
ルーカスは取る側なのでともかく、アンリは事の重大さを分かっていないのではないかとコルトは考えた。
「共族の発展のために必要な人達を魔族に取られて、魔族の発展のために使われるんだよ!どうしよう、許せないよ!」
「すげぇ今更過ぎて、逆になんて反応すれば良いか分かんねぇな。俺に引き取れって言った時に気付けよ。タダ飯食わせるつもりはねぇぞ」
「そうだよ。魔族に使われるって言ったって、そこに住むなら良くしようは当たり前に思うだろ」
「僕は魔族の発展のために共族を作ったわけじゃないよーー」
「ここまで突き抜けると腹立つとかも湧かねぇな」
「居場所を作るために働くのは当たり前だろ」
「あああああああああああああああああ!!!!!」
解決策など思い浮かばないし、今更やっぱ社会に干渉しますも言えないし言う訳にもいかない。
コルトはこの問題をただ黙ってみているしか出来ないのだ。
そう言ってその場で嘆き悲しむコルトと、それを白い目で見ている2人。
この場にハウリルか機械人形でもいれば、もっと非情な一言が添えられていたに違いない。
しばらく2人は無言でコルトを見ていたが、やがてアンリがしょうもない物を見ている声音で口を開いた。
「コルトのこういう姿見るとさ、やっぱ神って言われてもよく分かんないよな」
「人間的には大分器が小せぇからな」
「私思うんだけどさ。一緒の存在なら案外魔神もしょぼいかもよ?」
「それは何とも言えねぇな。コルトは人を滅ぼした実績はねぇが、魔神にはある。同じ器の小ささでも、害の実績の有無の差はデケェだろ」
「……たしかに」
言いたい放題だ。
「2人ともひどい……。僕の気が突然変わったらどうするんだよ」
すると異口同音で”しないだろ”と即答された。
確信を持った断言だったが、ある種の信頼だろう。
ちょっぴり嬉しかった。
「…しない、けどさ」
なのでちょっとだけ頬を赤く染めて、顔を背け気味にそういった。
「なんで照れてるんだよ!?」
すかさずアンリがツッコミを入れてきた。
「えっ、だってその…。僕がそういうのしないって思ってくれてるんでしょ」
「思ってるけど、照れるとこかそれ」
「…信頼されてるのは嬉しいよ」
ボソッと言うと、アンリはキョトンとした顔になり、そして笑顔になって思いっきり背中をバシバシと叩いてきた。
「痛いよ!」
「悪い悪い、でも信頼されてると嬉しいよな!」
そう言いながらアンリは叩くのをやめないが、ちょっとだけ威力が弱まる。
「なあなあ、ハウリルはこのまま機械人形に任せておけば大丈夫なんだろ。なら私達はハウリルが起きた時のご馳走でも用意しようぜ!帰還おめでとうってな!」
アンリがはにかみながらそう言うと、ルーカスが甘いもんが食いてぇなと我欲しかない発言をした。
「ルーカスが食べたいだけだろ。ハウリルってなんか好きな食べ物あったっけ?」
「分からない。いつも出されたものは綺麗に食べてるし、そもそも好き嫌いが分かるほど色々なもの食べてないし」
「なら何か色々出しとけばいいか」
「寝起きの人がそんなすぐに大量に食べられるかな」
「大丈夫、余ったら全部ルーカスが食べるから!」
本人の許可なくそう言い切ったアンリは、張り切りながら2人の手を引っ張った。




