第233話
コルトが残る事を決定すると、それを推した機械人形が弊機体が進行を務めると言い出した。
どちらにも冷静な対応を求められるので、自分達が適任だろうと主張する。
コルトは視線だけで共族達に確認を取ると、合意が得られ、魔族も特に異論はないようだ。
というより、金属の集合体が自力意識のようなものを持って動いていることを面白がっている節がある。
【では僭越ながら、弊ネットワーク統括分体の弊機体が進行を務めさせていただきます】
「統括分体?」
【一時的にこの機体のローカル認識をシャットダウンし、ロンドストのメインフレームが遠隔操作を行っています】
「申し訳ないが、もっと分かりやすく言ってくれないか。その辺りの技術を我々は失ってしまっていてな」
【親が子を乗っ取って喋っています】
「大体分かった」
言い方がアレなせいでコルネウスが少し頭を抱えた。
というより、いつから入れ替わっていたのだろうか。
喋り方が以前の堅苦しいものから、大分砕けたものになっている。
訝しむように胡乱な目で機械人形を睨むが、睨まれたほうはどこ吹く風である。
全く気にせず進行し始めた。
【では最初の議題の前に、前提条件の確認から行いましょう】
「何か確認するような前提なんてあった?」
【共神のスタンスです。それによってこの後の朝令暮改によるモチベーションの低下をある程度抑える事ができると判断します】
「何が朝令暮改になるんだよ」
【無意味な魔族との戦争がなくなる事です】
戦争を無意味と断言すると、俄に魔族の空気が剣呑なものに変わった。
生身の人間はそれを敏感に感じ取っているが、無機物である機械人形はセンサーが無いのか、それとも敢えて無視しているのか、全く平常を崩さない。
同じ調子で話を進めている。
【この戦争はどう転んでも、共族魔族ともに存続に致命的な傷を負います。共神のスタンスが根本原因であり、それを修正調整することは不可能です。なので、そのスタンスを説明する事で開戦準備という無駄な時間を省き、神の監視について話を進めたい】
無駄な時間とまで断言する機械人形。
さすがに魔王が口を開いた。
「我が母との約束を目の前で蔑ろにされるとは、共族の代わりに人形が我らと開戦するか?」
脅しが入った言葉だったが、それでも機械人形は何の反応も返さない。
元々無機物なので有機生命体とは違い反応を返さないようにするのは容易だろうが、それでも彼らは今までライトを光らせたりと反応を返してきた。
それすら無いのが少し不気味だ。
【魔族が戦闘用にチューニングされた種族である事は認識していますが、それでも神と長年接していて同じ結論が出ない事に弊ネットワークは驚いています】
「そこまで言うなら理由を述べてみよ」
【共神は共族の犠牲に耐えられない。多数の共族の犠牲の前で魔族の存在を認めるとは考えづらい】
実際コルトはラヴァーニャが連れたリンシアの危機に反応して地震と大雨を引き起こしている。
たったの1人でも、そこに魔族が関わっていれば耐えられなかったという事実。
機械人形は頭部だけ回転させてコルトを見た。
【初めてロンドストの地下基地に来た時、弊ネットワークの提案を覚えていますか】
「……なんとなく」
【あの時は情報が足りなかった。だからあの時点では”耐えられる”と判断していました】
でもその後もコルトをずっと見続けて、”耐えられない”に計算結果が変わってしまった。
魔族を殺せる兵器などいくらでも提案できるが、それでも魔族の個体能力を考えれば甚大な被害は避けられない。
それだけ魔族の再生復元能力は並外れている。
そしてその結果を共神は、コルトは耐えられないだろう。
【共族が死に、魔族が残っている現実を見て、魔族嫌いの共神が取る行動は人でも予想できる】
同じ目に合わせてやる。
世界の半分はコルトの管轄。
そしてこの世界は半分だけでは成り立たない。
誰でも分かる簡単な話だ。
「僕がこの世界を終わらせる引き金を引くって?」
【否定は可能ですか?】
「………」
無理だ。
共族が死に瀕した状態で、元気に動き回る魔族など許容できない。
してたまるものか。
仄暗いものを目に宿し、コルトはテーブルに置かれたグラスを見た。
グラスに映る己の小さな顔は怖いくらい無表情だ。
魔族はみな魔王を見た、判断に従うようだ。
そして魔王もすぐに結論を出した。
「人を模した金属が何を言うのかと思ったが、なるほど。たしかにそれなら開戦は魔族の利にならない。我が母が度重なる魔族の抹消で壊れたように、同等存在である共神も壊れるだろう。自ら開いた戦で我が子が死ぬのだ」
魔王がそういうと機械人形はご理解いただけて嬉しいと述べた。
そして再び頭部だけを回転させて今度は全体を見た。
【最大利益を追求するなら弊ネットワークは戦争回避を提案し、偽装戦争と神の共同管理について話し合うことを推奨する】
その言葉に共族達はお互いを見る。
探り合いをしているのだろう。
この内容のどこを探り合う必要があるのか分からないが、そのうち恐る恐ると言った感じでセントラルの教主が発言の許可を求めた。
「技術を掘れば共族が優位に勝つ可能性はくらいはあるのではないか?」
すると間髪いれずに機械人形は否を返した。
【魔族を殺せる強力な兵器は強すぎて今の共族では扱い切れない。そもそも製造場所の確保自体が現実的ではない】
「輸送を考えれば工場は南部に置きたいが、南部の食糧不足に人材確保、材料の運搬。考えたくないな」
リンデルトの後ろでヴァンガードが腕を組みながらそう呟いた。
途端に他の代表達の顔が曇っていく。
それを見た機械人形は、ここで初めてボディライトを光らせるという分かりやすい反応を示した。
喜色を示しているつもりらしい。
【非開戦で合意が取れたと判断して良さそうですね】
心なしか音声までもが少し高い。
機械のくせに人間的な挙動を隣でするので、コルトはジロッと見てしまった。
それはともかく、機械人形のその発言に反対を示す反応は無いのでこれで決定と思っていいだろう。
それしか方法が無いと思い続けて本当はやりたくなかった事をやらずに済みそうで、コルトは心の底から安堵して、思わず分かりやすく深く息を吐く。
その場の全員がコルトのそれを見ていたが、さすがにそれを声に出して指摘するものはいなかった。
そしてそれなりの間を置いて、機械人形が本題に入りますと切り出す。
【戦争は回避されましたが、共神を魔神にぶつけるための何かしらは起こす事に代わりはありません。そもそも魔族はこちらが本題でしょう】
「そうだ。ここまで来たのは確実に我が母を止めてもらうため」
するとここで北部の者達が魔族を助ける利が分からないと言い出した。
確かに北部は魔力とは無縁なので、魔族は自分達の文明を破壊した者という話でしかない。
助ける理由が皆無なのだ。
するとコルネウスがそこは自分が説明すると言い出したので、コルトは任せた。
ざっくりと次の魔族が今と同じ話が通じる種族として生み出されるか分からない。
共族も魔族もどちらも模倣種族なら、自分達の世界の外に自分達以上の技術力を持った存在がいる可能性が高く、侵略された時に今のままでは為す術がない。
と言った内容だ。
するとそれを聞いた狂信者がとんでもない事を言いだした。
「神よ。それなら魔神を斃し、魔族も排除しこの世界の全てを貴方のモノとすれば、我々共族の世界となり望む世界となるのでは?」
再び魔族側が剣呑な雰囲気になった。
さすがにコルトも呆れてしまう。
ここがコルトの支配地で自分達に魔族が手出しできないと知っての発言なのかもしれないが、それでもこの場でその発言は無い。
コルトは冷たい目をしながらも、努めて冷静に返した。
「正当な理由もなく2つで1つの約束を反故にして魔神を排除すれば、懲罰を受けるのは僕。僕が作ったもの全てを無かったことにされる可能性もある。これは僕よりももっと上位のシステムによるものだから、君達がどうこうできるものじゃない」
「ひぃっ、…もっ、申し訳ありません」
狂信者達は小さくなって黙った。
代わりに他の共族達は色々と思案している。
魔族達は特に反応が無いので元々知っていたのだろう。
全くあの魔神はどこまで喋ってしまっているのか。
内心ため息をつくとコルネウスが質問があると聞いてきた。
「不敬な発言であることは重々承知しているが、神そのものをこの世界から消す事は不可能か?」
前置き通り不敬な発言だった。
だが、コルトは全く気にせず、神自体がいなくなればそれに振り回される事も無いという意味かなと考え、真面目に返す。
「そうでもないよ、億単位の年数掛かるけど僕達はいつか必ず自然消滅する。君達が僕達を殺せるかって話なら、やりようはあると思う。僕の口からはセーフティかかって多分発言できないけど」
「懲罰は無いと?」
「無いよ。僕達は世界を始めるための土台を作るのが仕事で、作り終われば主権は住んでる生物のものだからね」
「つまりこの世界を正常に戻したあとで、神を斃してしまっても問題ないということか」
「無い」
神殺しに全く咎がない事が神から名言された。
流石に魔族もこれは知らなかったらしく喜色が見える。
俄に色めき立ち始めた。
だがここで機械人形が話が脱線していると、軌道修正に入った。




