第231話
翌日。
いよいよ魔族が乗り込んでくる予定の日。
再び開かれた会議の場で、コルトは共族達から昨日の報告を聞いていた。
「勝手に押し進められてしまったことは諦めます。貴方と同等の存在が南にも存在しているのであれば、我々にはどうしようもない。ただどのくらい何を出すかについては、今ここではお答えできない」
噛み潰したような声で教主はそう答えた。
他の北部陣営も同じような内容を宣言している。
「一応南部連盟が主力兵力を出すことまでは決めてあります、魔物や魔人との実戦経験はほぼこちらにしかありませんから。ただどうしても南部だけでは物資も武器兵器の製造能力も足りなさすぎる、北部連合にはその辺りの埋め合わせを期待しています」
「貴様らが魔力にかまけて持っていた技術を原始的な状態にまで退化させたのが悪いのだろう」
「魔物が北部にまで侵攻しなかったのは魔力を持った我々の犠牲があってのもののはずだが」
「魔族と密かに手を組んでいたのは貴様らだろう!マッチポンプだ!」
「数百年連絡が取れない期間があったのに、自演もクソもあるか!その間も奴らは魔物だけは頼んでもいないのに輸送を続けていたんだぞ」
コルネウスと教主が吠えあっていると、コルネウスの横の陣営のフラウネールがまあまあと諌めた。
「そういう不毛な喧嘩をすると共神をまた怒らせますよ」
ニコニコとハウリルに良く似た人の良さそうな笑みを浮かべているが、有無を言わさぬ威圧感があった。
自分を理由に喧嘩を止められたのが腑に落ちないが、たしかにまた機嫌が急降下しそうだったのでコルトは聞かなかったことにする。
「とりあえず、全員同じ方向を向いてくれたのは良かったよ。これで今日もバラバラ状態だったら、この後どうしようかと思った」
「”この後”ですか」
すぐさま鋭くフラウネールが”この後”に突っ込んできた。
それにすぐに反応したのは、やはりリンデルトだ。
フラウネールに世間話をするように、どこが気になったのかと聞いている。
コルトは慌てて話題を反らした。
「あっ、いやっ、その…。戦後のことだよ!多分みんなしばらくはどこかと争う気なんて起きないだろ!?それだと今までみんな一箇所に引きこもってたし、北部とかいっぱい土地空いてるから開拓のために人が流動するんじゃないかなって……。そうすると勢力が増えるからさ……みんなどうすんのかなぁって……あはは………」
苦しい言い方になってしまったが、我ながら良い話題の提供だとコルトは内心自画自賛した。
その証拠に何人か、主に南部が興味を示した。
「確かに、移住希望者が出てくる可能性はありますね」
「ラグゼルは特に出るんじゃないか?元がはっきりしてる分、元の土地に行ってみたいという人間は必ず出るだろう」
「出るでしょうね。元の地で民が勝手に共和制で再興するならいいですけど、君主制で今の王家から分派したいって言われても、勘弁して欲しいですね。ラグゼルを捨ててまで元のエルデ王国を再興するなんて考えられませんよ。臣籍降下済みでもダーティンは持ってって欲しくないし、伯母上は平民生活が楽しそうですからね。平気で無視してますよ、こちらの呼び出し」
「えぇ…」
一応ラグゼル国民であったコルトはそれを聞いて引いてしまった。
いくら元王族で国王の同腹の実の姉とはいえ、平民になっているのに王宮からの正式な呼び出しを無視するのは豪胆すぎる。
「貴国の事情はともかく、他地域でも人の離脱は起こるだろう。なんせ一からの再出発となれば、己がそこの頭になれる可能性があるからな。また一気に治安が荒れるのではないか?」
そう言うとコルネウスはチラッとコルトを見た。
治安が荒れたらコルトが何か文句を言ってくるのではないかと思ったのだろう。
だがそれが起るのは戦後だ。
つまりコルトが管理を放棄した後だ、約束を違えて文句は言えない。
口出ししないと身振り手振りで懸念を否定した。
コルネウスはそれで納得してくれたようだ。
「ただそうなると、どこも人手が減って色々と問題が起こりそうですね。直近問題として、教会地域は慢性的に食糧不足です。人の行き来の制限がなくなり大量の人が流出すれば、食料確保のための魔物討伐ができなくなる可能性があります」
「……うぅむ。ヘンリンも備蓄に期待するな。元々独立目的で備蓄は大量にあるが、他地域も養える量なんて無いぞ。それで言うなら東大陸はまだ余裕があるんじゃないか?」
「アウレポトラが消し飛んだくらいで、他は健在だからな。だがすでに西大陸から人が流れてきて、各地で治安が急速に悪化している。これ以上は西からの兵糧攻撃と変わらんぞ。受け入れられない。ラグゼルはどうなのだ、周辺は一定量の供給をしてくれているだろう」
「国力に直結すること、そんなあけすけに聞きます?今がギリギリです、どこかの誰かに土地と人を焼かれてしまったので」
しれっとリンデルトが言うと、フラウネールが苦笑いをし、コルネウスが唸りながら片手で頭を押さえ、アウレポトラ勢はため息をついた。
全員とっくの昔に骨になった人間の顔や名前を思い浮かべて、罵詈雑言を並べたい気分だろう。
だが切り替えが早いのも彼らだ。
フラウネールは苦笑いをため息で打ち消すと、北部連合の面々を見た。
「南部の食料事情はこんな感じです。北部から回してもらう事はできますか?戦後ではなく、戦争に向けての話でもあるのですが、飢えた人は戦えません。兵力を出すと言った手前お恥ずかしい」
そういうと当然土地を持たないモグラは首を横に振り、セントラルも増産は可能だが間に合わないと答えた。
だがここで意外にも狂信者が出せると言ってきた。
当然のようにモグラが怒り出したが、それを周囲が宥める。
人間を滅ぼすつもりで攻撃しておいて、自分達はしっかり食料備蓄をしていたなんて怒って当然だろう。
だが少し事情が違うようだ。
「そっ、その……我らが主が人の生存を望むのであれば…と……我ら一族考え…考え抜きまして…ならば食べる物しかないと…わっ、我らにはそれしか思いつかず!……それで神が我らの罪をお赦しになるのであれば、いくらでもご用意を!!」
しどろもどろだがちょっと興奮した様子で喋るリンシアの父親に、コルトは引いてしまった。
赦すとかそんなものは始めから無いとコルトは宣言しているし、ちょっと気持ち悪い。
周囲も様子の違う狂信者達に若干引いている。
そしてその中の1人の勇者が1つだけ大事な事を確認した。
「おいっ、それの材料はなんだ」
小さな声で”人肉”じゃねぇだろうなと言っている。
さすがにそれは無いとコルトは擁護しようとしたが、彼らの今までと赦されるという言葉から少しだけ疑ってしまう。
自らの肉でもっての禊。
正直勘弁して欲しい。
彼らが狂信者を問い詰めている間に、コルトは急いで彼らの土地の人間の数を数えた。
前回なんとなく確認した人数から大幅に減っている様子は無い。
「ひいいいいいぃっ!!だっ、断じて、決してそのような事は!!つっ、罪深き我らの生存すら望んでくださる神の目の前で、そのような事は反逆でありましょう!」
首を左右に振って必死に違うと狂信者は言うが、周囲からの彼らの信用は著しく低い。
なのでコルトが保証した。
「大丈夫。前回僕が訪ねた時と人間の数が大幅に減ってる様子はないよ」
さすがにコルトにそう言われれば、周囲も納得するしかなかった。
コルト自体に信用が無くても、コルトの共族の死に対する拒否感には信頼がある。
とはいえ、一応材料の確認は必要だろう。
問いただすと、小麦などの穀物をメインにした保存食のようだ。
後日念のためここに持ってくるようにと言い渡した。
「もっ、もちろんであります!ご要望とあらば、作っているところもお見せいたしましょう」
「それは僕じゃなく、他の人に言って」
食べるのはコルトではなく彼らだ。
彼らが確認するのが筋である。
すると食べるつもりは無いが、セントラルとモグラも確認させろと言っている。
辛酸を嘗めさせられた者としても、彼らの拠点に入れるまたとない機会だからだろう。
そうして彼らがいつ狂信者達の拠点に共同視察に入るかという話になり、しばらく彼らの中で話が進んでいると、壁際に並んで立っていた機械人形達がいきなり一斉に扉のほうに頭部を向けた。
それに共族達もそれに気付いて何事かと扉を見つめる。
──来たか…。
コルトがゆっくりと立ち上がると、扉が開き1機の機械人形が入ってきた。
【黒竜と赤竜の姿を確認しました】
簡潔な報告だ。
──いよいよだ。
コルトは片手を前方に突き出すと、扉があった壁一面を消す。
さらにその奥の壁やら何やらも全て消失させると、壁があった向こうに何もないプレートと青空が広がった。
そして機械人形の言葉通り、遠くの空に赤と黒の2つの点が見え徐々に近づいてくる。
こうなると共族達は何事かとコルトに問い詰めてくる。
「来客だよ。どうしても呼びたいってきかない人がいてね、自分で呼んでこいって送ったんだ」
コルトのその言葉に一番に反応したのがフラウネールだ。
ハウリルの名前を呟いて、慌てた様子で外に駆け出した。
察しがいい。
ルーカスの言った通り、あの2人がここにいたら即気付いていただろう。
同時にリンデルトとコルネウスが少しだけ怒りを滲ませた顔でコルトを見てくる。
「始めからこの予定だったのですか?」
「そうだよ」
しれっと答えながら使者の帰還を出迎えるためにコルトは歩き出した。
 




