第229話
コルトはげんなりとした気分で議場に戻ると、案の定剣呑な空気が漂っていた。
南部は完全にセントラルを視界に入れないようにしているし、セントラルもイライラを隠そうとしていない。
思わず彼らの目の前でため息をついてしまい、その瞬間、場の空気がより一層ひりついたが、半分くらい面倒くさくなっていたコルトはそのまま席についた。
こうなったらこっちの都合で話を進めるに限る。
早速周囲の反応を無視して機械人形に書類を配るように言い、共族には内容を確認しろと
指示を出す。
問答無用なコルトの雰囲気に、各々様子を伺うような仕草を見せながらも、大人しく各陣営で中身の確認を始めた。
それから数分程。
「どういう事か説明が欲しいですね」
資料を読み進めている途中のリンデルトが口だけ笑った顔で説明を求めてきた。
いつもの気安い口調ではなく、少し固い言い方だ。
隣のイリーゼも真顔だし、背後の近衛兵も険しい顔をしている。
何についての説明なのかは大体分かっているが、コルトは敢えてどの部分の事か分からないとしらばっくれた。
リンデルトの口から説明させるためだ。
前半は北部に共有していない環境の話がほとんどなので、彼らはそこまでまだ辿り着いていない。
「共鳴力の共有能力の削除ですよ」
北部出身者が一斉に顔をあげ、急いで該当ページを探し始めている。
「コル…失礼、貴方は魔力を嫌っているはずですよね?それなのに、共鳴力の優位を減らす行為は理解に苦しみます。魔族に対抗するなら必須の能力です」
「意思疎通を取るだけなら技術進化でどうにでもなる、必須だとは思わない」
「医療分野への利用もあります。外部からの感覚共有により、未発達部位の後天的な発達による障害の改善。それをなくせば、統計的に魔力持ちは肉体の障害発生率が限りなく0に近いので、ますます魔力持ちを望むでしょう」
「そんなもの技術革新でいくらでもどうにでもなる。それができないのはそっちの怠慢だよ」
「技術で代替できるから問題ない。なら、それまでは我慢せよと?」
「君達が自力で辿り着くはずだった技術を僕が先取りしたのが根本的な間違いだった。そもそも8000年くらい前に消そうと思ってたのに、人間がやめろって言うから先送りにしてただけだし、共有能力を悪用して見たくないものを無理やり見せる人間もいなくならないなら、この機会に一律削除する。決定事項だ、変更するつもりはない」
きっぱり言い切るとラグゼル側は苦虫を噛み潰した顔をしながら引き下がったが、代わりに今度は北部が慌てだした。
ラグゼルは魔力持ちとも共存していたのである程度カバーできるが、彼らは全員共鳴者。
それ前提の社会になっている。
いきなり取り上げればそりゃ慌てるだろう。
特にセントラルは身を乗り出して抗議している。
だがそれをコルトは一蹴した。
「セントラルが一番文句を言えない立場だと思うんだけど」
肘置きで頬杖をついて睨めつけるように見ると、短い悲鳴が上がる。
構わず見続けると、教主が小さくおっしゃる意味が分からないと呟く。
その瞬間にコルトの全身が沸騰し、何かがキレてしまった。
気付いたときには抑えきれない怒声が上がっていた。
「自ら宣言した役割を放棄しておいてふざけるな!選民思想になるから僕は装置の建造を拒んだんだよ、それでも大丈夫だからって言ったのはセントラルだろ!」
コルトの怒りに反応して部屋そのものが揺れ始める。
何かが落ちたりと崩れる気配は無いが、ここは地上8,000メートルだ。
魔力持ちなど関係無い、落ちれば死ぬ。
全員顔から血の気が引き始め、部屋の中で待機していた機械人形達だけでなく、外からも機械人形が入ってくると一斉にコルトに銃口を突きつけた。
だがそれが気にならない程コルトは怒り狂っていた。
「それなのに僕と連絡取れなくなったらさっさと約束破って、存亡の危機でも改めない!」
そう叫ぶと、机に拳を振り下ろして叩きつけた。
怒りのままに拳を振り下ろされた机は、そのまま真っ二つに叩き割られ、音を上げて崩れ落ちる。
誰かが悲鳴をあげると同時に人間達の間で一瞬で空気が張り詰めて緊張が走り、同時に機械人形達がコルトのすぐ側まで接近した。
普通の人間ならその一斉射撃で確実に即死する事が分かるだけの銃口が、コルトに突きつけられている。
誰も動けなくなった。
神側だと思っていた機械人形が、その神に銃口を向けている事でこの場の人間の判断を迷わせる。
どちらの味方なのか、どちらでも無いのか、この場を切り抜ける最適解を、誰もが判断できない。
コルトの荒い呼吸音だけが場を支配していた。
だが、さすがにコルトも頭の真横に銃口を突きつけられれば、嫌でも意識が機械人形に向き、少し頭が冷える。
荒い呼吸のままゆっくり横を向いた。
すると一番最初に視界に入った機械人形の顔面に入ったライトが明滅する。
コルトは舌打ちを返した。
それから深く息を吐き出すと椅子に座り直し、壊した机を破棄して、同じものを生成し直した。
合わせて外側の機械人形がゆっくりと後退し、ある程度離れると銃口を上に向けて壁際に並び始める。
そしてコルトの真横と後ろに計4機を残して、残りの機械人形達も銃口をあげると下がった。
【ここは高度8000メートル。誰も生き残れない】
「分かってるよ」
銃口を上げながらそう発音する機械人形に投げやりな返答をすると、コルトは肘をついて固まっている共族達に目を向けた。
「僕からの区別、特権は二度と認めない。欲しければそっちで話し合ってよ」
【共有能力の削除が主題だったはずです】
「元々削除予定だったのを嘆願で先延ばしにしてたけど、やっぱり問題が起きたから削除する!生成能力は残すからそれでいいでしょ」
確認の意味合いを込めて全員を見渡すと、共鳴力は関係無い南部3国は異論なしと即座に目礼を返してきた。
だが、やはり北部とラグゼルは納得がいかないようで、かなり不服そうである。
特にラグゼルは反抗的な表情を隠そうともしないので、しばしコルトと無言の応酬が続いた。
先に折れたのはリンデルトだ。
表情1つ変えず全く動かないコルトに肩をすくめると、1つだけ確認したいことがあると聞いてきた。
もちろんいいと返事を返す。
「いつ頃実行する予定ですか?」
「魔族との戦争が終わってからかな。僕が隠居する前には取り上げるつもりだよ」
流石に魔族との戦争前に能力を取り上げるのは、嫌がらせ以外の何ものでもない事くらいはコルトでも分かる。
というより、突然の弱体化の対応に追われて負けたとなれば、それこそ言い訳の聞かないコルトの失態だ。
うっかり放置していた事よりもたちが悪い。
なので、コルト的にはそこは安心して欲しいというつもりでの発言だったのだが、セントラルの顔色が百面相だった。
「えぇと…何か問題でも?」
何が問題なんだろうと考えていると、消え入りそうな声で教主が戦争?と口にした。
それを皮切りに、他の者達も戦争とはなんだ、どういうつもりだと口にし始めた。
「まさか魔族と戦争することを魔神と約束している事を伝えていないのか?」
コルネウスが呆れたような声を上げた。
コルトは慌てて手近な機械人形を見ると、無言で首を横に振られてしまう。
急いで記憶を掘り返し、伝えた記憶が無いことに思い至って思わず頭を抱えてしまった。
会議を開くとは言っても、具体的な事はほとんど話していないし、魔族との事も言った記憶が無い。
──やらかした!!!
言い訳にしかならないが、横にずっとルーカスとラヴァーニャがいたので、伝えた気になっていた。
ハウリルに散々情報格差を出すなと口酸っぱく言われておきながらこれである。
「魔族との戦争とはどういう事ですか!?まさかあの自由に飛び回りながら、こちらの攻撃を防ぎつつ一方的に攻撃してきたアレと戦えとおっしゃる!?」
「貴方は私達共族の命が散ること自体を嫌っていたのではないのですか!?」
「えぇと…それは……その…」
「共族同士は厳禁でも、魔族なら良いという理由をお聞かせ願いたい!」
口々にそう言われてコルトは穴があったら入りたくなった。
こういう時、いつもなら大抵ハウリルがいい感じに誤魔化してくれたが、今は出払っている。
責任を押し付けたい魔族代表のルーカスはこの場に出るつもりは無いと宣言していたし、どう考えてもここはコルトが自力で何とかするしかない。
ならどうするか。
急いで思考を巡らせていると、その間にセントラルの追求は南部にも向き始めていた。
知っていて黙っていたのなら、南部の魔力持ちはやはり魔族と組んで自分達に攻撃するつもりなのではないか。
コルトも先程能力の削除を決行すると言ってしまったので、無魔自体を滅ぼすつもりなのではないか。
と、疑心暗鬼になり頓珍漢な事まで言い始めている。
しばらく行動を共にしていたランシャとリャンガは、さすがにそれは無いはずと言ってくれているが、すこし自信なさげだ。
このままでは不味い流れになってしまう。
コルトは両手を上に上げて、とりあえず待ったをかけた。
「伝達ミスは謝るから、とりあえず被害妄想で変な事考えるのはやめて!ちゃんと説明するから!」
先程までの威圧はどこにいったのか。
威厳もクソもない情けない声を上げながら、コルトはとりあえず落ち着いて欲しいと言うと、教主達はとりあえず口を閉じた。
一応一番”神”との付き合いが長いので、その辺りは素直なようだ。
コルトは落ち着いてくれたことに一先ず安堵すると、何とかハウリルの存在を消しつつ、魔神とのやり取りを改めて説明し始めた。




