第228話
「疲れたぁ!!」
部屋に戻るなり即席で出した寝台にコルトは倒れ込んだ。
フラウネールの質問に答えた後、南部の口裏合わせ組の最後、アウレポトラが現状について仲間と一度話し合いたいと休憩を申し入れてきた。
どう考えてもその仲間が南部全体を指しているのは分かっている。
だが、コルトも短時間とは言えかなりの緊張状態で一度その場を離れたかったので1時間の休憩を言い渡した。
「おつかれ、頑張ったな」
アンリが水を差し出してきたので受け取ると一気に飲み干す。
口から食道、胃を通った冷えた水が火照った体に染み渡る。
「はぁ、すごく緊張した。上手く進められてた?」
『良いんじゃねぇの?今のところはよ』
答えたのは小型の通信装置を耳につけた、モニター越しのルーカスだ。
コルトが会議に出てから程なくして、南部の状況を探るために外に出たらしい。
だが今日はまだ竜からの連絡は無いようだ。
『さすがに神の前で無様を晒すつもりはねぇようだな』
「このまま理性的に進んで欲しい」
『南部は連携とれてっから大丈夫だろ、1年前まで殺し合ってたとはとても思えねぇ』
「悔しいけど、魔族の介入が良い方向に作用してるんだと思う。どう考えても同族同士で殺し合ってる場合じゃない」
『はっはっは、まとまれて良かったじゃねぇか』
「存亡の危機でも内ゲバやってるなんてありふれた状況もあり得たわけだしね。たまたま話の分かる人達が上についてて南部は運が良い」
言いながらコルトが大きなため息を付くと、ルーカスが快活な笑いを返してきた。
何がそんなに面白いのか分からない。
「でもさ、なんで壁の奴らはあっさりあげちゃったんだろうな。あいつらなら自分達で使いそうじゃん」
「うーん、多分だけど……アウレポトラに港を作りたいんじゃないかな」
「港?」
「うん、魔族との取引用のね。ラグゼルも共用で使えるように裏で取引して、権利を譲渡したんだと思う。アウレポトラは今完全に街を作り直してる最中だしね。あとは半分くらい魔族嫌いの僕への嫌がらせなんじゃないかなぁ」
「うわぁ、性格わるっ。でもやりそー」
『言ってる事は分からなくもねぇが、港ならすでに自前があんだろ?なんでアウレポトラ使うんだ』
「ラグゼルの港は海上輸送は考えてないよ。そもそも位置も悪い。新しく作ろうにも南側は完全に山で塞がれてる。それなら今はアウレポトラに使える港を作ったほうが早いし、僕が作ればコストも掛からない。魔族と関わるなら早急に港は整備したほうが良いと思ってるから、拒否する理由は無いし」
『なるほど、なら譲渡しかねぇな。ラグゼル名義でアウレポトラに手ぇ出すのは、領土問題が面倒くせぇ。魔族でもあるぜ、よかれと思っても他の奴の領土に口出すのはご法度だ。持ち主のメンツを潰しちまう』
「魔族って領土の概念あるんだ」
『あるに決まってんだろ!?お前、っとに俺等の話聞いてねぇな』
自己の主張が強すぎてまとまれるように見えないのと、下に対して所有物という意識のほうが強そうで、領土という人を使った運営が必要な概念を持っているとは思えなかったのだ。
でも暴力による支配が主流なら、動物的な縄張りの延長として領土という概念があってもおかしくはないかと、1人ふんふんと思い直す。
明らかに失礼な事を考えているコルトに、ルーカスはモニターの向こうで半目になった。
それはともかく、魔族の内情はどうでもいいのでコルトは何気なく他のモニターにも視線を向ける。
すると案の定、南部が集まっているのが見えた。
彼らはコルトが見ていることなど露知らず、真剣な顔で話し合っている。
──これなら完全に南は1つ扱いで良さそう。ならあとは、時限付きでも北部を停戦させて、南部と協力体制を敷かせる。
心の中でそうまとめると、難易度が少し下がったような気がして少しだけやる気が戻るコルト。
だが手を入れるつもりのない人の心は思ったようには動いてくれない。
ちょっと気が緩んでおやつでも食べようと皿に手を伸ばした時、”あっ”と反射的に口から漏れたようなアンリの声が耳朶を打った。
菓子に伸ばした手が止まり、嫌な汗が背中をつたう。
何かを察知した肉の反応にコルトは恐る恐る振り返った。
「ちょっ、何やってるの!?」
南部の集まりを映しているモニター。
その中に映る彼らは今は一点を見つめて剣呑な雰囲気を出している。
モニターに駆け寄って急いでカメラを引くと、彼らの視線の先にはセントラルの教主達がいた。
教主は南部の者達を指さして、何かを怒鳴っている。
コルトは目眩がした。
「これ、声どうやって出すんだ?」
手で顔を覆いたくなるような状況に固まっているコルトをよそに、アンリはモニターの後ろに回って音を出そうと色々と弄り回している。
すると部屋の中で無言で待機していた機械人形が近寄ってきて、ここが切り替えスイッチだと言うとすぐにモニターから音が出てくる。
『…逆するつもりなのだろう!色付きめ、魂まで売り飛ばしたか!』
最初の部分は聞こえなかったが、セントラルは怒っているようだ。
何に怒っているのかとしばらく聞いてみると、魔力を持っただけでなく魔族と結託しているのは神への裏切りだと言っている。
対して南部も当然の如く反論している。
魔力については否定できなくても、”魂を売り飛ばした”は流石のコルトでも言い過ぎと言わざるを得ない。
さらに何を思ったのか、この場で唯一の女であるイリーゼにも噛み付き始めた。
言ってることは女がでしゃばっているというありきたりなものだ。
言われたイリーゼ本人と伴侶の殿下と護衛達は、特に怒るでもなく呆れた顔を返していた。
──これは魔力の良いところだよなあ。魔力があれば男女の腕力差が肉体依存じゃなくなるから、必然的に頭の回転のほうに比重がおかれる。
とはいえ、技術が進めば肉体の差など生殖器官以外はあまり意味がない。
多くの技術をもっているセントラルもそのはずだが、存亡の危機に瀕してどうやら思考が肉体強度のほうに寄っているらしい。
モグラも狂信者達も戦場に男しかいなかった事を考えれば北部全体がそうと言えるかもしれないが。
コルトは唸った。
環境変化への適応のために、あまり幅は狭めたくない。
それこそ何度か失敗をみている魔神と同じになってしまう。
そんな事を考えていると、モニターの向こうはさらにヒートアップしており、完全に南部陣営VSセントラルという状況になっていた。
「なあこれ大丈夫か?」
武器や能力は使えないとは言っても、肉体言語までは制限していない。
殴り合いは可能だ。
この状況なのでアンリはそれを懸念しているのだろうが、さすがにそうなる前に機械人形が止めるだろう。
実際ひっそりと集まり始めている。
なのでそんな事よりも、コルトは別の事が心配になった。
これでセントラル側が南部が魔族に従属していると変に勘違いしたらかなり不味い。
明日にはその親分が来てしまうのだ、それも南部出身者が連れてくる。
言い逃れができなくなってしまう。
「明日には魔王が来ちゃうのにどうしよう……」
思わずそう零すと、隣のアンリがうーんと考え込み始めた。
「コルトがルーカスを従えてるのを逆に見せるとか?」
アンリがそういうと、突然背後から”俺がなんだ”と闖入者が現れた。
振り返ると戻ってきたらしいルーカスが立っている。
そしてそのままズカズカとコルト達の後ろまで来ると、モニターを覗き込んだ。
「ははぁん、なるほど面倒くせぇ事になってんな」
音と画面で大体を察したらしい。
訳知り顔で頷いている。
「なあこれどうしたら良いと思う?私はルーカスがそんなつもりは無いって言えば良いと思うんだけど」
「あんま意味ねぇと思うぞ」
「そうかなあ」
「連中が俺の言葉をその通りに受け取るとは思えねぇな。信用できねぇ奴が本当の事を言ってるかなんて分かんねぇだろ」
「でもさ、コルトと一緒に地下に行って力を取り戻して来たんだろ。それでもダメか?」
「それならコルトが否定すりゃいいじゃねぇか。信用なら俺よりあんだろ」
「それもそっか。じゃあコルトがこうガツンと!」
拳を握ってガツンと殴るポーズをするアンリに、コルトはうーんと煮えきらない反応を返した。
「…できれば人だけで解決して欲しいんだけど」
「えぇ…」
「我儘だなお前。もうほっときゃいいんじゃねぇか、親父達が来れば嫌でも何とかなると思うぜ」
そう言うとルーカスはまたお菓子の山の前で寝転んで、貪り食い始めている。
無関係なので気楽な感じが恨みがましくも羨ましい。
だが実際人だけで何とかして欲しいなら手の出しようがない。
コルトはため息を1つつくと、再びモニターを注視し成り行きを見守る。
だが、結局休憩時間いっぱいまで解決はしなかった。




