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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第10章
222/273

第222話

夢をみたい。

己の理想を実現したい。


人なら誰しもが持つ願望。


きっとハウリルも持っていて、諦めてしまった。


そして今、一度諦めたそれを魔族に見出して、今度こそはと捨てたくないのだろう。


コルトはゆっくりと視線を下げた。

このまま相手が魔族だからとハウリルを拒絶するのは簡単。

でもきっとそうしたら今度こそハウリルは…。


コルトは再度視線をハウリルに向け、ハウリルもコルトから視線を外さない。

周囲もそんな二人を黙ってみたまま口を挟むこともなく、各人の呼吸の音が聞こえそうなほどに静まり返る。


「分かりました」


決して大きな声では無いが、それでもこの部屋の中の人間にははっきりと聞き取れる声量。


「僕が折れます、会議の場に魔族を招集する事を認めます」


誰かが息を呑んだ。

ハウリルも珍しく顔を歪め、コルトを睨むような目つきで見ている。


「どういうつもりですか?」

「どうも何も、ハウリルさんが求めたんでしょう」

「わたしは提案しただけですが」

「詭弁です。貴方が一番、場に魔族がいることを求めている。違いますか?」

「………」

「確かに僕は自分で自分を止められない。なら魔族が同席するのが一番合理的です、それは認めます。……でも、1つだけいいですか」


歯を食いしばりながら、肺の中の空気を一気に入れ替える。

そして振り絞るように声を出した。


「僕は共族を諦めてない」


そういうと、何を言っているんだという顔をされた。

何を諦めていないのか、正しく伝わっていないからだろう。

コルトは再び肺に空気を入れると、声として吐き出した。


「僕にとって共族の生存はあって当たり前のものです。諦めてないのは、共族自身の希望です」


ハウリルが瞠目し息を飲んだ。

何をそんなに驚くことなのか。

振り返れば確かにちょっと手厳しい態度を取ったりはしたが、コルトは諦めていない。

一度は分かたれても、全く同じ状態には戻れなくとも、それでも再び繋がれるとコルトは信じている。

そしてそれは隣に座っている少女が一度証明している。


「魔族の同席を認める代わりに、ハウリルさん貴方には魔族領に行ってもらいます」

「はっ?」

「えっ?」

「何を!?」

「ふざけているのか!?」


それぞれに声が上がるがコルトはそれを全て受け流し、ハウリルから視線を逸らさない。

そのうち、ハウリルのほうが動揺し始めた。


「どういう…」

「貴方なら分かるでしょう?使節として魔族領に行って魔王を呼んでこいって言ってるんです」

「おいおいおいおい、待てコルト。魔神がラヴァにやらせたことと同じ事をやれってか!?」

「魔族の同席を望んでないのに、交渉を見るわけないだろ。”共族の会議”って告知した場に魔族を同席させたいなら、それを望んでる人間が呼んでくるべきだ」


部外者を場に入れたいなら、入れたい者が呼んでこい。

それは南部で根回しをしたいというハウリルの行動を封じるものでもある。

ハウリルはしばらく目と口を固く閉じていたが、やがて覚悟を決めたようにゆっくりと開いた。


「いいでしょう、あなたの言うことはもっともです。行きましょう」

「おいっ、魔族領がどういうとこか分かってんのか!?神が管理してねぇから、こっちと違って土地自体が人に優しくねぇぞ。そもそも議会の残ってる連中は血の気が多い。俺でも守りきれるか分からねぇぞ」

「ルーカス、お前にはこっちに残ってもらう。同行するのはラヴァーニャだけ。ヘンリンの2匹も認めない」

「てめぇ!!」


一瞬で移動したルーカスがコルトの胸ぐらを掴んだ。


「死ににいけって言ってるようなもんだぞ、分かってんのか!」

「人間同士の交渉だと言ったのはハウリルさんだよ」

「こいつの基準は俺らだろうが。言っとくがな、俺らはこれでも魔族の中じゃかなり温厚な部類だぞ。魔族の多くはちょっと気に食わねぇからって簡単に首を飛ばすような奴らだ。共族がそんなの受けてみろ、死ぬぞ」

「へぇ、そんなのが多くのさばる程統治力が無いんだ」

「挑発してるつもりか?」

「挑発?この僕が?この”僕”の命令で送った使節の一人も無事に返せない獣を、僕が用意する席に座らせる価値は無い。当然、魔神の要求する”評価”も落第だよ、人として目の前に出されたものが獣じゃ評価のしようがないだろ?」

「コルト!」


激昂してルーカスが叫ぶと同時にラヴァーニャも殺意を顕に動いたが、ラヴァーニャのほうは座標操作で潰れるギリギリの力で壁に押し付ける。

ミシミシと全身から音を立て、歯を剥き出しに血管が浮き上がるほどに力を込めて抵抗しているが、無駄な抵抗だろう。

そして立ち上がってルーカスの手も振り払うが、同時に服を掴まれて引っ張られた。

アンリだ。

泣きそうな顔をしている。


「コルト、何で、本当にどうしちゃったんだよ…。前のお前なら絶対そんな事言わないだろ?」


震える声を出すアンリ。

コルトは服を掴むアンリの手を外そうとそっと手を添えると、すぐにアンリがもう片方の手を重ねて握ってきた。


「何でそんな投げやりみたいな事言うんだよ。あんなに人が死ぬのを嫌がって、地面揺らしたり雨降らせたりしてるお前が。最後まで人が死なないようにしつこいのがコルトだろ!」

「しょうがないよ」

「しょうがなくない!本当は嫌なくせに、こんなに手が冷たくなって震えてさ。ハウリルの言ってることなんて適当に流しちゃえばいいだろ、なんで諦めるんだよ!」


諦めるなと言われ、コルトは少しだけ面白かった。

諦めていると思われたのが面白かった。

どうしてそういう勘違いをしたのか。

別に諦めた訳ではない。

ずっとずっと諦めていない。


「アンリ、さっきも言ったけど僕は共族を諦めてないよ。確かに共族は今は酷い状態だけど、それでもなんとかしようとしてる人はまだたくさんいるからね、希望はある。ハウリルさんもそんな共族の一人だよ、だからきっと魔王を連れて戻ってくる。こんなに”僕”に反発して生きようとしてるんだからね」

「褒められているのかそうでないのか、分からない言いかたですね」

「褒めてますよ。貴方は自分を利己的だと思ってるかもしれないですけど、僕からすれば貴方も十分酔狂です」

「………」

「だから魔族の同席を認めるんです。僕に反発する貴方なら、魔族にも簡単には従属しないと思うので。でも半分くらい貴方が死ぬだろうと思っているのも本当です、とても嫌ですけどね」

「………」


それでもやってもらわないと困る。

言葉を積み重ねてもコルトの心配は減らない。


「魔族を呼び出して、僕の前で彼らと対等に語り合って、それで初めて僕も安心できる」


行動で示してもらわないと、コルトは一生安心できない。

そう言ってニッコリとアンリに笑いかけた。

アンリはそれを不安そうに見返しながら、コルトの手を強く握っていた手から力を抜いていく。

コルトはその手を逆に握り返すと、再びルーカスを見た。


「そしたら魔族も認めてやるよ」


”敵”から”他人”としてな。

そう小さく言うと、ルーカスは鼻を鳴らして見下ろしてきた。


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