第221話
コルトが条件を言い終えると、ハウリルはふむと少し考えるような仕草をした。
その少し後ろで機械人形も明滅しながら発音した。
【弊ネットワークはその願望について、特に反対する理由はありません。先程の発言から推測される共神の懸念する状況は、不健全と言えるでしょう】
「その推測、本当に当たってる?」
【共神を自分たちの意に沿う判断をさせるために、魔族と不平等な取引をする。大雑把に言えばこのような状況だと推測しています。行き過ぎればいずれ魔族に隷属する可能性もありますが、やりすぎれば貴方の介入の口実にもなる。魔族も共族と同等の知能を有しているので、貴方が介入できないギリギリの不平等な関係を維持すると考えています】
「そんな感じだよ」
大体当たっていたのでコルトは機械人形から視線を外した。
すると何故か横でアンリが考えるように唸りだした。
「それってそんなに心配する事か?別にルーカスは私達を変な風に支配しようとは思わないだろ?」
「知った口をきくな子猿。魔王の血縁なれど魔王ではないルイカルドに魔族社会が従属すると思うな」
「でもルーカスは魔王になるつもりなんだろ?なら何の問題も無いじゃん」
アンリがそう言うやいなや、ラヴァーニャは隣に座るルーカスの胸ぐらを掴んだ。
ルーカスはそれを面倒くさそうにしつつ、掴んだ腕を掴み返している。
「貴方、魔王奪取なんてことを考えていたんですか!?」
「そりゃお前、種族の方針を強制的に変えさせるってなら、それが一番手っ取り早ぇだろ」
「どういう工程を踏むのか分かって言ってるんですよね!?」
「利用して利用されて、強ぇ奴が上につく。俺等はそういう種族だろ?それがどうした。それより今はそんな話はどうでもいいだろ、”後”の話なんだからよ」
掴まれた腕の骨が軋む音を上げると、忌々しそうにラヴァーニャは手を離した。
「アンリ。確かにお前の言う通り”俺”にそんな気はねぇ。だが”俺”の後はどうする?」
「後……」
「確かに俺等はお前らと比べて長生きだ。んで、神であるコルトはこの俺よりももっと長生きだ。こいつは”短命な俺”よりもっと強固な保証が欲しいんだよ」
「でもお前は魔族を変えるつもりなんだろ?」
「戦闘に特化されたって種族の根本は変えらんねぇよ。どんなに社会構造変えたところで、力で何かを支配したいって欲求が消えるとは思えねぇな。どうしたってお前ら共族は俺等に力で勝てねぇんだ。それを抑えてた俺が消えりゃ、必ず好き勝手しようって思う奴が現れる。そん時にコルトに共族からの鬱憤が溜まってた場合、浸け込まねぇわけねぇだろ」
「…そっ…そっか」
アンリが悲しそうにしょんぼりと項垂れた。
それを見たハウリルがやや冷たさを込めた声で、そこまで落ち込む必要は無いと言葉を述べた。
「力の支配欲求に種の違いがあるとは思えませんね。恒久的な保証、それこそ神でも無いとできないのではないですか。寧ろ、共族の寿命を考えればルーカスの寿命分だけ保たせただけでも御の字だと思います。あなたにも我慢の限界くらいありますでしょう?」
「お前はお前でもうちょっと期待はねぇのかよ」
「ありませんよ、そんなもの。先のことを考える者などよっぽどの愚か者か酔狂な者だけでしょう、究極の利他行為です。でなければ、教会区域はもっとずっとマシな状況だったと思います」
「…お前なぁ」
「獣心め。なぜこんな奴を話し合いの場に置いているのか理解に苦しむ」
「あなたたちと違い、育ちが悪いのですよ」
コルトとアンリを挟んで火花が散り始めた。
事前に予想した通りに全く大丈夫ではない状態になり、コルトは内心ため息をつく。
隣でアンリが負い目を感じているのか、さらに落ち込んでいる。
仕方がないのでコルトが強制的に止めるかと思っていると、例によって例の如く、部屋の中が七色に照らされ始めた。
場にそぐわないファンキーな光に照らされて、火花を散らしていた者達も冷水を浴びせられたらしい。
イスに座り直して発生源を見た。
【なかなか良い光り方だったと思います、次は音楽も付けましょう】
七色に光り輝きながら機械人形がそんな事を宣っている。
さらに頭部をコルトに向けると、調子に乗ったことを発音してきた。
【共神、どうでしょう。会議が横道にそれ始めたら光り輝き音を鳴り響かせる事で人々の注目を弊ネットワークに集めます。実用的なシステムだと思いますが、採用しませんか?】
「僕が皆を舐めてると勘違いされかねないと思うんだけど」
【非暴力的で良いと思ったのですが、確かに現在の共神の威光ではその懸念があります。計算を修正し、場に向いた演出について再考いたしましょう】
「そもそも光るなって言ってるんだけど」
【承知いたしました。ですが、この場に置いては共神の威光は地に埋まっておりますので、再度紛糾するようであれば光り輝きたいと思います。それまでに相応しい音楽も見繕っておきましょう】
「どういうアルゴリズムだよ!」
「いやこれ、コルトっつぅか俺等に対する脅しだろ」
「はぁ、全く。そもそもルーカスが」
【輝きますよ】
「………」
頭部のライトを強め、首関節をグルングルン横回転させながら機械人形がそういうと、さすがのハウリルも押し黙った。
そして軽く息を吐く。
「はぁ…。言ってしまったものは仕方ありません、身のある話に進みましょう」
「じゃあさ、なんかいい考えないか?お前ならなんか思いつくだろ?」
「突然言われましても…。一応コルトさん的には共族には魔族がいる場合の対応をしたいということでいいですか?」
「はい。別に僕は共族を弾圧したいわけでもないですし…」
「なら、議会の場に魔族を堂々と置いたらいいではないですか」
「共族の会議の場ですよ!?なんで魔族を」
「あなたが自力で解決できないならそうするしかないでしょう」
「それで歪な関係になったら嫌だとさっきから言ってるんです」
「それならそれで仕方がないではないですか、わたしたちにその能力がなかった。それだけの話です」
「そんなの僕は認められない」
「逆に聞きますが、どうしてあなたはそこまで共族が不利な状況になると、頑なに信じているのです。馬鹿にしているのですか」
「そっ、そんなつもりじゃ……」
「わたしだってアウレポトラにいましたから魔族が単体でどれほどの力を持っているのかは理解しているつもりです。同時に彼らの人としての矜持も知っています。だからはっきり言えます、これは人間同士の交渉です。不平等な約束が結ばれたのなら、それはわたしたちが人として勝てるものがなかった。それだけの話です」
分からなかった。
コルトには理解できなかった。
どうしてハウリルがそこまで魔族を信用するのか分からなかった。
だってたったの4人しかみていないじゃないか。
サンプルとしては少なすぎる。
「ハウリルさん。あなたは少し魔族に肩入れしすぎていると思います。何でそこまで魔族を信用できるのか分からない、今まで見たのはたったの4人ですよ」
純粋な疑問として、じっとハウリルを見つめ、静かにそう問うた。
するとハウリルもじっとコルトを見返して、小さく肩を落とす。
「そのたった4人の支配者達は、全員愚か者で酔狂ではないですか」
愚か者で酔狂。
コルトの脳裏をよぎったのは先程のハウリルの言葉。
究極の利他行為。
教会区域はもっとずっとマシな状況だった。
──あぁ、だからこの人は僕の事が嫌いなんだな。
コルトは少しだけハウリルの事が分かったような気になる。
今まで碌な人間を見てこなかったのだろう。
だから魔族に理想を見てしまった。
だから魔族を否定するコルトの事も嫌いになった。
コルトは少しだけ目を細め、哀れに思った。
 




