第220話
パシッと乾いた軽い音が無機質な空間に響き、同時にコルトの頬に衝撃が走る。
地下基地にリンシア達から少し遅れて戻るなり、待ち構えていたアンリに頬を叩かれた。
「馬鹿野郎!」
「ごめん」
「何やってんだよお前…」
「ごめん……」
ビンタを無抵抗で受け止めると、少しだけアンリが頬を膨らませた。
「リンシア、大泣きしてたぞ。今は疲れて寝ちゃってるけど。機械人形から何があったか聞いたけど、なんかコルトらしくないじゃん。どうしちゃったんだよ……」
「うっ…それは……」
『魔族がいるかいないかで、結果が大幅に変わるのはまずいんじゃねぇの』
先刻言われた言葉が胸に突き刺さる。
どうしたら良いだろうか。
本来人に対して無関心、無感情、人からすると冷淡なのがコルト達管理者の正常な状態だ。
肉体を持ってしまった事で、その部分がおかしくなっているのが現在の魔神であり、結果が変わってしまうコルトである。
この狂った挙動を自力で何とかしろと言われても、バグにバグを自分で直せと言っているようなものである。
無理だ。
外部からの介入が必ず必要になる。
しかも求められているのはバグ挙動のほうだろう。
「ねぇ…アンリ……」
「何?」
「さっきさ、ルーカスに魔族がいるかいないかで変わるのは良くないって言われたんだ。それで思ったんだ。これからやる予定の共族の会議、僕はどうするだろうって」
「…うん」
「魔族がいれば共族に甘い判定を僕がして共族が喜ぶかもしれないけど、魔族が介入した結論なんて共族の未来には良いことなんてない。だから会議の場には魔族はいて欲しくないけど、今の共族内の関係を考えたら間違いなく荒れる。そうしたらきっと僕は、リンシアの里の人達にしたみたいに厳しい事をすると思う」
「うん」
「でも、どうしたらいいか分からないんだ。僕は元々人を救うための存在じゃない」
「うん……うん?えっ、そうなの!?」
相槌を返すだけだったアンリが正気に戻ったように声を上げた。
コルトも驚いた。
「えぇっ!?何だと思ってたの!?」
「えっ、だって神だろ!?神って人を助ける存在じゃないの!?」
「違うよ!?僕は神じゃなくて管理者だし、そもそも神は別に人を助ける存在じゃないよ」
「うっそだろ!?」
「嘘じゃないよ。神は人ありきの存在だから、積極的に助ける存在もいるけど」
「えっ、じゃあコルトは…」
「僕は人がいなくても能力に変動は無いし、最重要なのは世界の開始だよ」
「…うーん?」
「世界が始まって軌道に乗ってくれれば、人の有無はどうでも良いんだよね」
「……うーん、なんか、あんまりいい話じゃない?」
「人からしたらそうかも」
結局、コルトも人に関わりすぎたのだろう。
無関心を装っていても、その行動は人と密接に関わっていた。
だからこそここまで拗れてしまったのかもしれない。
「だからどうしたらいいか分からないんだ。今更本来の役割に徹して不干渉をするにしても、この状況の原因は僕にもあって、なら責任を取らなくちゃいけないけど、出来る範囲が広すぎてどこまでやっていいのか分からないし、でもやったらやったで人が僕の影響を考えちゃうし…」
何をどこまでどのくらいやるのか。
考えただけで頭が痛くなってくる。
コルトは盛大にため息をついた。
するとアンリもまたうーんと唸り始める。
「つまりコルトはどうしたいんだ?今の話聞いてもよく分かんないんだけど…」
腕を組んでうーんと首を撚るアンリに、コルトも支離滅裂だったなと反省する。
そしてどうしたいのか、どうなったら良いのかを考えた。
アンリが見守る中考えること数分。
コルトの中で結論が出た。
「えぇっと…。最低条件は、共族が僕にも魔族にも依存しない状況を作りたい」
「…なるほどな?」
アンリは分かったような顔でふんふんと頷いた。
そして突然ガシッとコルトの腕を掴むと、ズンズンと歩き出す。
「わわっ、ちょっとアンリ!?どこ行くの」
「私じゃ分かんないし、面倒くさいから手っ取り早くハウリルに押し付けようぜ」
「えぇ…。ハウリルさん、なんか余計な事考えそう」
「ラヴァーニャも同席させるから大丈夫。ハウリルの事が嫌いですぐ怒るからイケるイケる」
「どこが大丈夫なのか分からない」
「大丈夫だって。ハウリルも多分、うっすらお前のこと嫌いだし」
「待って。今さらっとなんか衝撃的なこと言われた気がするんだけど」
「ルーカスと機械人形も連れてこないとな、私だけじゃ二人を止められないし」
「流さないでアンリ!」
コルトの言うことなどどこ吹く風で迷いなく進むアンリ。
肉体での力はアンリのほうが上なので、コルトは抵抗もままならずついていくしか無い。
そしてそのまま迷うこと無くとある扉の前まで来ると、節電で手動となっている扉を思いっきり開けた。
「ハウリル、まだいるか?」
中では円卓で優雅に茶をしばきながら、何かの資料を見ているハウリルと機械人形が一機。
一人と一機は資料から顔をあげると、アンリを見て、それからその後ろでいたたまれない気持ちで立っているコルトを見た。
ハウリルの眉根が僅かに動く。
「おやおや、これはこれはどうされました?お説教はアンリさんだけで十分だと思ったのですが」
「それがさぁ、なんかこいつウジウジ悩んでて、話聞いても私じゃ何にもできないから、手っ取り早くハウリルに押し付けようと思ったんだよ」
「もう少し遠回しな言い回しはできないのですか、あなたは」
「無理。そういう事だから、私はルーカスとラヴァーニャ探してくる」
そう言ってアンリはコルトの背中を押して室内に押し込むと、扉を締めてしまった。
室内に残ったのは、不躾な視線を隠しもしないハウリルと、いたたまれなさで心臓が爆発しそうなコルト、そして先程から直立不動でボディライトにも反応が無い機械人形だ。
コルトは気まずさから視線を泳がせて、そして床に落とした。
自分を嫌っていると教えられた人間と室内で二人っきりにされて、どうしたら良いのか分からない。
そうとも知らないハウリルは、とりあえずイスに座るように自分の隣に促してくる。
コルトはよじよじと横移動しながらイスに座った。
座ったら座ったでハウリルも愚痴り出した。
「全く、聞きましたよ。地面の崩落に水攻め、挙げ句の果てに山の牢獄ですって?」
「すいません…」
「わたしの暴走の心配をしておいて、そのあなたがそんなことをしては文句の1つも言いたくなります」
「うっ…、ご尤もです」
早速咎められてコルトはイスの上で小さくなった。
「それで、何に悩んでいるのです?」
ハウリルは体ごとコルトのほうを向いて聞いてきた。
その後ろで機械人形もコルトに頭部を向けている。
コルトはアンリが戻る前に話してしまっても良いものかと考えると、タイミングよく扉が開いた。
「すぐ見つかって良かったわ」
立っていたのはアンリとルーカス、そして腕を組んでイライラを全く隠すつもりのないラヴァーニャだ。
アンリが迷うこと無くコルトの隣に座ると、ハウリルの隣にルーカスが座り、そのどちらからも1席開けた場所にラヴァーニャがドカッと座った。
「なんでこの僕が共神のお悩み相談に同席しないといけないんだ!」
開口一番に文句である。
「いいじゃん別に、どうせ暇だろ?」
「暇では無いが!?」
【見つからないように周囲に気を配りつつ、リンシアの部屋を覗こうとしていたのは暇と言えるのでは?】
「なっ、なっ、な、ななっ!?」
「ここにいる間はこいつらに行動筒抜けだって俺は一度言ったぞ」
驚愕で開いた口が塞がらないラヴァーニャ。
それを仕方ない者を見る目で流したルーカスはイスの上でふんぞり返ると、話を進めるように促してきた。
アンリも肘でつついてくる。
コルトはガチガチになりながらも口を開いた。
「うっ…、その……。魔族の有無で僕の行動が変わるのは良くないってルーカスに言われて、それはそうだなって思うけど…、僕の本来の仕様的に魔族がいないとどうしても共族からしたら厳しい事になっちゃって…、でもその……、それで魔族を横に置いて共族が変な依存しても困るし…。僕だって別に積極的に共族に嫌な目にあって欲しいわけじゃないし…」
ボソボソと言うと、ルーカスを睨みつけながらハウリルがもうちょっと端的に話せないかと言ってきた。
ちなみにルーカスは既にラヴァーニャの隣の席に移動している。
コルトはハウリルの言い分を尤もだと思いつつ、どう言い直すか考えていると、アンリが助け舟を出してくれた。
「ほらっ、さっき短く言えてたじゃん。最低条件って奴」
コルトはアンリを見て頷いた。
そして小さくお礼を言うと、前を向く。
「最低条件は共族が僕にも魔族にも依存しない状況を作りたい」
改めて口にして、コルトは思った。
──僕の願いは最初から変わってなかったな。
自立して欲しい。
その世界に住むものとして、自分たちの力で世界を歩いて欲しい。
世界を続けて欲しい。
最初からそれだけだった。




