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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第10章
219/273

第219話

コルトは大泣きするリンシアから視線を外すと、側で横たわる男に視線を移した。

びしょ濡れで横たわっているが、命に別状はないだろう。


「いつまで寝たふりを続けるつもりですか」


そう言うと男の体がビクッと震えた。

それを一瞥してゆっくりと立ち上がると、崩落させたところの水を抜き、地面も元に戻す。

やっている最中に悲鳴が上がったが、コルトはそれを右から左に聞き流す。


「起きなくていいですよ、返答は必要ないので勝手に話しますね」


周囲を見渡すと、全員命に別状はなく意識の無い者もいないようだ。

当然だ。

共族が死ぬようなことを起こすわけがない。

今回は機械人形がずっと手前で介入したが、些細な誤差だ。


「貴方達が戦う理由ですが、貴方達が神と呼ぶ僕が直々に取り上げます。僕は共族の死も滅びも望まない」

「………」

「安心してください。貴方達が勘違いしたのは僕の不手際でもあるので、気に病むことはありません。ただ……」

「………」

「人がそれを赦すかって聞かれたら、赦さないと思うんですよね。モグラの人たちとか、純粋に貴方達やり過ぎです」

「………」


話しながらコルトはあからさまにため息をついた。


──ダメだな。この人、今更生き方を変えられない。


一方的に喋りながら読み取った思考は、こちらの話を一切聞いておらず、こんな状況になったことへの理不尽なリンシアへの怒りだけ。

コルトは話を続けながら機械人形にリンシアを回収しろと手振りで命令する。

自らを思ってこんなに泣いているのに、本当に度し難い。

そして機械人形がリンシアに手を伸ばすと、白々しくも自分の娘だと起き上がって抵抗しはじめた。

機械人形がコルトをみる。


【強硬手段の許可を取りたい】

「いいよ、今回は目を瞑る。その男、このままリンシアを残していくと暴行しそう」


すると機械人形は機械関節を最大限利用した腕で男を捻り上げ、開放されたリンシアを抱き上げた。

離れたくないと機械人形に抵抗するリンシアが横を通り過ぎていく。

コルトはそれを目で追いながら、一方的な通告を続けた。


「そういう事なので、会議の参加者を選出しておいて下さい。迎えをあとで寄越します」


全て言い終わっても男の思考に変化は無かった。

痛む体を抱えながら、連れ去られたリンシアに殺意に近い怒りをぶつけている。


──本当にしょうがないな。


コルトは機械人形に先に戻るように指示を出す。


【出来ません。貴方が暴走しないよう、共族を殺さないよう、見張れと言われています】

「僕の指示より魔族の指示を優先するの?」

【弊ネットワークは共族の友として、神への反逆手段として製造されています。同じ共族の友の助言を優先します】

「僕ってそんなに信用ない?」

【【ありません】】


機械人形達は異口同音に発音し、コルトはぶすくれた。

機械らしく微動だにしない彼らは、例えここで仲間が一瞬で消されても結論を変えないだろう。

コルトは折れる事にした。

理性的な話し合いをするならニュートラルな状態が望ましいが、このままではそれも望めそうにないからだ。


「分かったよ、全然話が出来なかったけど、諦める。でも……」


コルトは周囲の山々を見渡すと、その山の標高を一気に押し上げた。

地鳴りと共に周辺の山々がせり上がり、さらに覆いかぶさるように伸びていく。

機械人形達がその瞬間にコルトに迫ったが、空間を遮断して拒絶する。

機械人形達が何とか押し通そうと叩いたり蹴ったりとしているが、そんなことで突破できると思っているなら片腹痛い。

そして空が半分程になったところで、地形の操作を止める。

空を閉ざされた半分牢獄のような鳥籠の完成だ。


「外に出て余計な事をされても困るんだ。呼び出しが来るまでここで大人しくしててよ」


彼らはここまでやって、やっと目の前にいる存在が何なのかを理解したらしい。

口をパクパクとさせ、周囲の人間達は畏怖の目でコルトを見ている。

それを一瞥し車に戻るべく一歩踏み出すと、すぐに引き止める声が背中を追いかけてきた。


「おっ、お待ち下さい!真の神よ!我らが間違っていたというのなら、今一度、どうか、どうか我らをお導き下さい!」


コルトは歩を止めて、振り返らずに声の主を見る。

リンシアの父親が地に額を擦りつけた土下座をしていた。

そして彼に習うように、周囲の人々もその場で額を付け始めている。

コルトは振り返らない。

すると振り絞るような声で、どうかと再度情けを求められる。


コルトは再び歩き出した。


「我らをお見捨てになるのですか!」


その言葉にコルトは歩みを止めない。

だが言葉だけは返した。


「僕が望むのは共族の繁栄だよ。次は共族会議の場で会おう」


そして乗ってきた車と同じものをもう一台生成すると、そちらに乗り込んだ。

今は少しだけ、リンシアの顔を見たくなかった。






里を出てしばらくして、何の前触れもなく車が停車した。

どうしたと機械人形に問いかけると、前を走っていた車の前に道のど真ん中に立っているルーカスが現れたらしい。

奴なら轢いても問題無い確信はあったが、それでもさすがにダメだろう。

コルトは不機嫌を顔に浮かべて車の外に出た。

外に出るとルーカスが車の屋根に手をついて、外からリンシアと何かを話しているのが見えた。

コルトが近づくと眉間に皺を寄せたルーカスが顔だけこちらに向けてきたので、何をしているのかと問いただした。


「そりゃこっちの台詞だろ。なんだアレ」


ルーカスは顎でコルトの背後に聳える山でできた牢獄を示し、何してんだと逆に咎めてくる。


「リンシアはととさましか言わねぇで泣いてるし、肝心のお前は別れて行動してるし……、何してんだ」

「別に…、話し合いができそうにないから会議まで大人しくしててもらってるだけだよ」


コルトが冷淡にそういうと、ルーカスはジッとコルトを見つめた後、その後ろの牢獄に意味ありげに再度視線を向けた。

その視線が気に食わなくて、まだ何か文句があるのかとぶっきらぼうに言うと、いやっと否定される。

だが、そのまま閉じられると思われた口は開かれたまま。

何かを言うか言うまいか考えているのが丸わかりだ。

それがさらに不快を掻き立てる。

向こうにもそれが伝わったらしい。

口を閉じると視線を反らし、頭を掻いて誤魔化すような仕草をしている。

だが、そのままにらみ続けていると、やがて諦めたのかため息をついて視線をコルトに戻した。

そして世間話をするような調子で喋りだした。


「お前、俺が同じ場にいたら同じ事をしたか?」


条件反射で開いた口からは空気が漏れる音だけが出た。

それを見てルーカスはまたため息をつく。


「魔族がいるかいないかで、結果が大幅に変わるのはまずいんじゃねぇの」

「ぐっ……」

「俺等を消せたら楽だよな」


気が付いたら殴りかかり、あっさり止められていた。

歴然とした肉体の力の差。

拳を手のひらで止められて、びくともしない。

コルトが睨むと、ルーカスは眉間に皺を寄せて見下ろしてきた。

本当に、本当にどうしようもない。


「お前がそうやって魔族がいるかいないかで態度を変えるなら、共族は俺等を必要とするぞ。分かるだろ?」


諭すような言い方だが、声音はいつもと変わらない。

本当にいつも通り雑談をするような言い方だ。

それが余計に気に食わなかった。

振り上げた拳を一度手元に引き戻し、相手も手をおろしたところを見計らう。

そして再度至近距離から殴りかかるが、やっぱりあっさり止められてしまった。

癇癪を起こした子供を見るような目で見下され、コルトは吠えた。


「お前、そんな事僕に言ってどういうつもりだよ!お前に何の得がある!共族がお前らを必要とするなら、僕は共族の敵であったほうが良いだろ!」


理解できない、何故敵に塩を送るような事をするのか。

理解できない、何故自分たちの利を損ねるような事をするのか。


その余裕が気に食わない。


ルーカスはコルトを鼻で笑った。


「相変わらず諦めが悪いな、お前。今更魔族と共族の交流は止められねぇだろ。なら、友人が少しでも親から嫌な思いさせらねぇように動いたって良いじゃねぇか」

「…っ……」


ゆっくりと、ゆっくりと相手の手のひらを伝うようにして、拳を下ろし、引き戻した。

再度殴りかかる気力は湧かない。

諦めが悪いと言われた事も、思ってもいなかった事だったので引っかかった。


──諦めが悪い…か。


確かに今までを思い返せば、諦めが悪いかもしれない、悪く言えば往生際が悪い。

今更そんな事を他人に指摘されてとても悔しい。

コルトはため息をついた。


「僕は…、やっぱり酷い親かな?」

「やったことを列挙すりゃ酷ぇんじゃねぇの」

「…だよね」

「でもお前は親じゃなくて神だろ」

「その違い、意味ある?」

「親は近すぎるが、神は遠すぎる」

「……意味が分からない………」

「……。魔族の話で参考になんねぇかもしれねぇが、今の共族みてぇな状況が魔族で起きる事がある。例えば、下位の奴らが死にかけるような支配だな。その時に支配側に中途半端な制裁をしても禍根が残んだよ。これ幸いってこれまでの報復をしたりな。そんで事が済んでも下位の奴らも結局は支配されるような雑魚だからな。一時的に報復で優位に立てても、結局はさらに上に食い物にされるか、雑魚故にそのままおっ死ぬかだ」

「魔族が減って良いじゃないか」

「分かってんじゃねぇか。そうだ、減るんだよ。魔族って種の総数がな。そんで、下がごっそりいなくなりゃ底が上がる、そしてまたそれを繰り返す。そうすっとどうなるか?」

「種の極端な減少」


ルーカスが無言で頷いた。

少々大げさというか突拍子もないというか、ぶっ飛んだ話だが、ありえない訳では無い。

数は少ないが例はある。


「つぅ訳で魔族が取った対策は、最初の制裁で下の奴らがドン引きするように苛烈なことをする、目の前でな。さすがにそれはやり過ぎだろって思う人数が多くなるほど効果的だ。その時の制裁する側は強ければ強いほどいい。絶対に勝てない、同じ事をすれば同じことをやられる、逆らえないって思わせられたら完璧だ」

「野蛮すぎる」

「種の総数が減るよりはマシだって判断だな」


生きてさえいればどんな怪我も欠損も修復される魔族故のやり方なのだろう。

如何にもあの魔神が作った種族らしい考え方だ。

だがこれではルーカスが何を言いたいのか分からない。

それと同じ事をコルトにやれと言うなら、先程口にした嫌な思いをさせられないと矛盾しているように思う。

すると、ルーカスはニヤッと笑った。


「おいおい、リンシアには悪ぃが俺の”友人”枠に狂信者は入ってねぇよ。連中がどんなに目に合おうが興味はねぇ。だが、リンシアとの約束は守んねぇとだろ?神っつぅ絶対存在のお前が連中に重い懲罰を課せば課すほど他の奴らは何も言えなくなる」

「………」

「どうするかはお前次第だが、あの山は初手としては悪くねぇと思うぜ」

「お前!」


今度はヘラヘラと笑い出したので掴みかかろうとしたが、今度はあっさりと躱されてしまった。


「小言はこの辺にして、次は泣いてるリンシアを慰めねぇとな」

「…ルーカス、お前……」

「コルト、俺らの有無で結果が変わんのはよく考えとけ。あとこの話したの、ハウリルとラヴァには言うな、お前がいなくなった後に余計な事を企んでたからな。俺が話したって言ったら面倒くせぇ事になる」

「なんで僕がお前の為に黙ってなきゃいけないんだよ」

「いいから、リンシアとの約束守るために黙っとけよ。茶番で片付けられたら救えるものも救えなくなるぞ」

「ズルいぞ!」

「はっはっは!」


吠えるコルトを背中で笑い、ルーカスはリンシアの乗る車に乗り込んだ。



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