第215話
「と、いうことで無事に共神としての力を取り戻してきました」
遠征部隊の隊長に笑顔でそう報告するハウリルとは裏腹に、当の本人であるコルトはしおしおだった。
半日で平原を越えるという強行軍。その後の機械人形の運転による車酔い。
行きは這いつくばっていてそれどころでは無かったから酔わなかったが、帰りは構えて普通に座れていたせいか、逆に酔ってしまったのだ。
そして降りると同時にコルトは人目もはばからずその場で吐いた。
ドン引きしたラヴァーニャがリンシアを抱えて速攻でその場を離れるときの動きは、流れるようなスピードで舞っているかの如く見事としか言いようがなかった。
アンリに背中を擦られながら、素早い判断で用意された飲料水で口を濯ぎ、それから胃に少しずつ流し込んで、落ち着く頃には半泣きだ。
「あっ、あぁ、その…一度休まれますか?」
明らかに大丈夫では無さそうなコルトに、隊長は遠慮がちにそう言ってくれたが、これが終わったら休みますと力無く答えた。
青い顔をしていても譲らなそうなコルトの態度に、隊長もそれ以上は何も言わない。
だが椅子は用意してくれたので有り難く座って机に突っ伏すと、セントラルでの出来事を報告するハウリルの声を頭上で聞いた。
セントラルへの突入開始から始まり、数十分。
ようやく例のプレートの話になった。
「あれの出現はセントラルの兵もこちらもかなり度肝を抜かれた、なんせ何の予兆も無く突然空に現れたからな。神が再臨した証拠としては十分、お陰で停戦がスムーズに進んだ」
「色々聞かされてた俺達はともかく、セントラルの連中は可哀想なくらい狼狽してたぜ。向こうも神の不在が周知の事実で好き勝手やってたところに、帰ってきちゃった訳だからな」
まるで飼い主にいたずらが見つかった犬のようだった、と現場にいたらしい遠征部隊の隊員が笑っている。
外に派遣される立場の兵士達に”それ”を止められる力なんて無かっただろうに、それでもそのような比喩をされる状態になってしまったのは、それはそれで可哀想だと少しだけコルトは顔を上げた。
素早くそれを確認した隊長は、それを機に改めてコルトに確認を入れる。
「本当に貴方が共神なんですね?」
「…ですよ」
本当であることを示すために、片腕を持ち上げてその指先に上空に設置したものと同じ小さなプレートを出現させる。
そしてそれを軽く押すと隊長の前に移動させた。
等速直線運動で動き、ピタッと停止してそこから昇ることも落ちることもブレることもないプレート。
無魔の力で生み出したものが、生み出した瞬間から重力の影響を受けて落下する事を考えたら全く別の法則が働いていることは明らかだ。
さらに隊長が試しにプレートに触れてみるが、どんなに力を加えてもその位置から動くことは無かった。
それを確認した隊長は一度目を閉じて呼吸を整えると、未だに机と椅子に体重を預けて威厳も糞もない格好のコルトを見据えラグゼル式の綺麗な敬礼をした。
「我々の任務はこれで完了しました。貴方のご帰還がこれから世界に何をもたらすかは分かりませんが、良くなる事を願っております」
「僕に願われても困る。殿下にも言ったけど、もう人の社会に干渉するつもりはないよ。そもそも干渉すること自体が間違いだったんだ。環境はちょっとだけ整備するつもりだけど、世界がどうなるかは君達次第だよ」
そう言うと、隊長は拍子抜けしたような顔でコルトをみた。
そして少しだけ緊張が抜けたように体の力を抜くと、再度コルトに確認を取る。
「好きにして良いと?」
リンデルトにもそう言ってあるはずなので、コルトはため息をついて肯定を返す。
「でも結果には責任持ってよ」
吐き気も合わさり投げやりな言い方になったが、隊長は何故か嬉しそうだ。
「無論です」
その言葉と同時に満足そうな顔を浮かべながら、隊長は再度ラグゼル式の敬礼を取った。
すると今度は部屋の中にいた軍人達も倣ってコルトに敬礼をする。
コルトはそれがむず痒かった。
あくまで管理者であり、神とは似て非なるモノ。
信仰や崇敬といった類のものを一切必要としないので、そのような行為は完全に人の勝手な自己満足だ。
だがそれを言っても人間にその区別がつくとも思えないので、コルトは内心ため息をついた。
──好きにしろって言ったのは僕だしね。
そしてふと考えた。
どんなに崇められてもコルトが”神”になることはないが、その願いがいつか”神”を生むことはある。
その時はそいつに全て押し付けてしまうのはどうだろうか。
そのときを想像して少しだけ面白い気分になった。
コルトがそんな事を考えているとは露知らず。
隊長達はこの後どうするのかとハウリル達に確認を取っている。
コルトの体調が戻り次第、ロンドストで機械人形達に会いに行き、そして共族の代表者会議についての告知を行うつもりだと伝えると、ハウリル達がやらないのかと疑問に思われた。
「なるべく公平であるために招集は中立的存在が良いとおもっているのですが、当然魔族は論外、共族も完全に各陣営に所属していないと言えるのがアンリさんのみ。そのアンリさん1人にやらせるわけにもいかないので、ロンドストの機械人形達にお願いするしか無いのですよ」
「ん?アンリくんは確か教会の討伐員では?」
「もう名ばかりですよ。色々と知りすぎているアンリさんを教会は手元に置いておきたいかもしれませんが、無理やり従わせようものなら…ねぇ……」
怖いですねとハウリルはため息をつきながら意味ありげな視線を周囲に投げた。
そんななんか胡散臭いハウリルとは違い、カラッとした態度だがアンリも今更教会の指示には従えないと腕を組んでいる。
「教会にはずっと嘘つかれてて、それで父さんと母さんは無意味に死んで、私もココを殺しかけた。今更教会のために働けって言われても無理。当然、お前らもお断りだからな。今はココが世話になってるけど、これが終わったらココを返してもらうぞ」
「……そうか。それなら確かに今のアンリくんはどこにも所属していないと言えるな」
「えぇ、羨ましい立場です。そのあとについては、各々でしょうか。わたしは一度兄に報告をしたいので戻るつもりです」
それを聞いたルーカスが一瞬嫌そうな顔をした。
向こうに戻る手段と言えば、今のところ黒竜かルーカスに背負われるくらいしかないからだろう。
だが、隊長が救いの手を伸ばした。
「戻るつもりなら我々にまた合流して欲しい、さすがに行き来をルイと黒竜に頼り続ける訳にも行かないからな。ここに来る前に例の地下通路の復旧作業をこちらからも行う事になっている、それを手伝ってもらいたい」
「良いですよ。近々必ずやらなければいけないことでしたから、こちらとしても助かります」
コルトはそういうのもあったなあと薄ぼんやりと思い出した。
現教会の始祖達が南部に行くために作った通路。
それを再び使えるようにするために教会は人攫いまでしており、コルトもうっかり誘拐されてしまった。
そして結果的に人攫いとはいえ大量の死人を出した。
己の不手際のせいで共族を魔族に殺させてしまった。
アンリにも人殺しの経験をさせてしまった。
そこまで思い出してコルトは頭が痛くなった。
ルーカスが躊躇なく共族を殺したことは憎い。
とても憎いが、それが起きた原因は迂闊にも攫われたコルト自身だ。
起こしてしまった結果を変えるわけにはいかない。
コルトは再び頭を机に伏せた。
逃げだと言われてもそれをあまり考えたくなかった。
「どうしたコルト。やっぱまだ調子悪いか?」
コルトがまた伏せてしまったのでアンリが心配そうに声を掛けてきた。
勘違いではあるのだが、今はその勘違いがちょっとだけ有り難い。
「うん、さっきよりは大分良くなったんだけどね」
「なら先に休もうぜ、色々あったしお前もう限界だろ。報告も終わったしコルト連れてってもいいか?」
確認を取ると隊長も大丈夫だと頷き、ゆっくり休んで欲しいと付け足した。
それならとアンリはさっさとコルトの腕を取って立たせると、自身の肩を貸す。
「じゃあ私はコルトを寝床に押し込んでくるわ」
自分よりも頭1つ分小さい少女だが、コルトを支える腕は力強い。
そしてそのまま部屋を出ると、コルトは案内された寝床に容赦無く叩き込まれた。
 




