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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第10章
213/273

第213話

体を拘束していた器具が外れると、カプセルの扉がゆっくりと開いていく。

閉所恐怖症という訳では無いが、狭いところから広いところに出る開放感というのは良いものだ。


そうして最初に視界に入ったのは、目覚めた人達を救護する教主達。

どうやら追い出した彼らは皆無事に元の体に戻れたらしい。

だが18年も寝たきりのような状態だったせいで、自発呼吸もままならない者もいるらしく、それぞれ予断を許さない。

それでもコルトには注目せざるをえないらしく、視線はみんなコルトに向いていた。

コルトはゆっくりとカプセルから出ると、先ず彼らに声を掛けた。


「手が止まってるよ、僕を見ている余裕なんてあるの?」


そう声を掛けると彼らは体を振るわせて、手元の患者に向き直り救護に戻る。

それを確認すると、コルトは自分を待っているであろう者達。

ハウリルのほうに視線を投げた。


──不快だ。


機械人形はまだ共族が作ったものだから良いとして、思ったよりもずっと魔族の存在が不快だった。

そしてその不満をせっかく吐き出せるのだから、そのまま形にしてしまおうかと考える。

だが、実行した後にどうなるか。


──この立場だと下手なこと出来ないな。


コルトはため息をついて不快な気持ちを押さえつけると、ハウリル達に近づいた。

一歩二歩と近づき、会話をするのに支障の無い距離までくると、先に口を開いたのはハウリルだ。


「コルトさん……体の調子はどうですか?」


名前を呼ばれた。

その瞬間何かがストンと落ちて、高ぶっていた気持ちが冷えていく。

同時に全身をよく分からない安心感が包んでいく。


「特に問題ないですよ。ちゃんと組み換えましたし」

「ならよいのです。髪と瞳から彩が無くなったので、魔力を消したのでしょう?それで体が重くなっていたらと心配したのですが」

「あっ、やっぱり色抜けちゃってますか」


手元に鏡面を作り出して今の自分の姿を確認すると、この肉体の元のベース色である黒に近い焦げ茶の髪と目の色に変化していた。


「変でしょうか?」

「変ではないと思いますよ、見慣れない違和感はありますが…。それより、いとも簡単に物を作り出せるのですね」

「このくらい出来なきゃ世界なんて作れませんし」

「……そうですね」


そこでハウリルは一度言葉を切った。

そしてジッとコルトを観察し始める。

力を取り戻し、見た目も少し変わったので観察したくなる気持ちも分かるが少しこそばゆい。

そんな不躾な視線に晒されていると、しばらくして満足したのかハウリルは納得したように口を開いた。


「もう少し攻撃的な人格に変異するのではないかと思っていたのですが、あまりお変わりないようですね?」

「なんで!?」


何を言い出すのかと思えば、とんでもなく心外な事を言われて抗議の声を上げた。


「予想ではいきなりラヴァーニャを殺しにかかるのではないかと思っていたのです。装置から出てきたときも嫌悪を顕にしてこちらを見ていましたし」

「うっ……えっと…その……、ちょっとは思ったんですけど…あとで何があるか分からないですし」

「それを聞いて少し安心しました。共族の安全を考える思考は残っているのですね」

「ハウリルさん!?」


直球に失礼な事を言われて、さすがのコルトもちょっとだけ傷つく。

確かに肉体を持つと感情に引きづられて理性が弱くなるが、それはそれとしてもその評価は酷くないだろうか。


「先程から無魔の方たちが怯え始めたのですが、何をしたのですか?あなたが共族をいたずらに怯えさせるとは思えないので、思考に変化が出たのではないかと思いました。この場合は元に戻ったと考えるほうが正しいでしょうか?」

「それは…えと……」


どこから説明するべきだろうかと少し考えた。

ここまできたのならちゃんと全部言ったほうがいいような気はしているが、全部説明するにも長くなる。

うーんと考えていると、ハウリルは何かを勘違いしたらしく言えないことなのかと聞いてきた。


「そういう訳ではないんですが、やっぱり体があると感情に引きずられるというか…」


判断基準に変化が生まれる。

そう言うとハウリルは”ほぉ”と何か関心したような声をあげ、再び何かを考え始めた。

間違いなく何かを企んでいる気がするが、聞いたところで答えてくれるだろうか。

代わりに黙ってずっとこちらを観察していたルーカスが口を開く。


「あんま変わってねえなら、そろそろアンリとリンシアを迎えに行かねぇか。もう用は済んだし、遠征部隊も止めなきゃいけねぇだろ」

「そうだよ!早く2人を迎えにいかないと。あとはどうしよう、遠征部隊はどうやって止めたらいい!?」

「俺に聞くかそれ!?普通に止めろって言やぁいいんじゃねぇの」

「魔力持ってる人には声届かないし」

「武器使えなくするとかはどうだ。共族の戦いなんて武器ありきだろ」

「使えなくって言っても、質量で殴れば普通に死んじゃうし」


ただの腕力勝負になれば魔力持ちがかなり有利になる。

あと武器の範囲をどうするのかにもよる。

ラグゼルが持ち込んだ鎧は間違いなく武器、武装の範囲だが、使えなくなった時に脱げなくなってしまったら中の人が可哀想なことになってしまう。

今更魔力持ちの共族はかなり厄介だなと思ってしまった。


「貴様は馬鹿なのか。そんなもの、貴様がさっさと存在感を出せばいいだろう」

「誰が馬鹿だ!」

「貴様だ共神!元々貴様に神の力を取り戻させるのが目的だろう!ならとっとと表に出ろ」

「ぐぬぬ」


正論を言われて言い返せないコルトだった。

とはいえ、如何に魔族の言う事であろうとそれが最善ならやらない手はない。

だがやろうとしてここで止まってしまうのもまたコルトだ。


「表に出るって何したらいいかな」


コルト的には普通に聞いてみたつもりだったが、可哀想なものをみる目が2人分と、嘲りの目が1人分返ってきた。

ここまで来ると自棄になってくる。


「何したらいいはねぇだろ…」

「しょうがないだろ、地上の統治なんてしたことないんだぞ!」

「それはそれで逆に凄いと思ってしまいますが……。そうですね、一度共族全体の会議をお考えならその場所を以前のセントラルのように空中に作ってみてはいかがですか?巨大なものであれば遠くでも見えるので、存在感はばっちりだと思いますよ」

「なるほど!やってみます!あっ、でも見た目どうしよう…」

「何でもいいだろ。要は場所がありゃいいんだからよ」

「それはそうだけどさ」


折角作るのなら見た目の良いものにしたい。

でもコルトのセンスでは碌なものはできないだろう。

段々面倒くさくなってきたコルトはため息をつくと、見た目の良いものを作る事を諦め、開き直ることにした。


──まぁいいや、一時的に欲しいだけの場所だし。


そして場所はどこにしようかと考えて、セントラルの周辺が広大な空き地になっている事を思い出す。

あそこなら下に誰も住んでいないし、日照権を侵害することもない。

それにあそこなら各拠点からも見える可能性がある。

コルトはいい考えだと思うと、早速作業に取り掛かった。


先ず物を置く座標と範囲を割り出す。

本当なら浮かせるためのアレやコレを考えたりしなくてはいけないのだが、使い捨て前提なので空間座標に固定する方式を取る。

このやり方なら万が一にも落下することはない。

それが決まればあとは簡単だ。

その位置に土台となる巨大なプレートを置けば完成である。


「よしっ、できた!」

「えっ?もう出来たのですか?」

「はい。セントラル前の空き地の上に作りました。とりあえずプレート置いとけばいいかなって」

「なんか簡単に言ってるが……、魔神もこんななのか?」

「シャルアリンゼ様は節度を持ったお方です。いきなり訳の分からない物を作ったりしません」

「「お前が存在感を示せって言ったんだろ!?」」


ラヴァーニャの言い草に、奇しくもルーカスと一緒に突っ込みを入れてしまった。

本当に悔しい。

悔しすぎるのでしばらくこの兎に口枷でも嵌めておきたいくらいである。

そう思っていると部屋に残っていた無魔達が急に騒がしくなり、顔面蒼白の教主が駆け寄ってきた。


「外に一体何をお作りになったのです!?」


呼吸も荒く、今にもぶっ倒れそうな様子だ。


「これから共族全体の会議を開くので、そのための場所ですけど」

「かっ、会議!?」


聞いていないと狼狽しているが、セントラルの人には今初めて言ったので仕方がない。


「当然でしょ。壊れた世界を直すのに、これからは僕ではなく人に頑張って貰わないといけないので、そのために各地域の有力者を集めるんです。特に南は好き勝手な状態なので、今更僕が口出しても言う事聞かないでしょうし」

「んな!?」

「何でそんなに驚くんですか、僕の支配を期待してたんです?」


ついさっきまで数千年間人だけで世界を回してきたのに、何を今更と思っていると、ハウリルがそうではないと思うと苦笑いをしていた。


「彼らはあなたが戻ったことで、以前の…セントラルが実質的支配者となって人をまとめるという構造を期待したのではないでしょうか。それをあなたは否定した」


コルトはあー、と納得して教主を見た。

どうやらセントラルもずっと勘違いをしていたらしい。

コルトは、管理者はずっと誰かに支配を委任しているつもりは無かった。

ただ効率が悪いから、一部の人に伝言役になってもらっていただけだったのだが、どうやらそれが上手く伝わっていなかったらしい。

人にほとんど干渉しなかったコルトのやり方の反省点だろう。

この辺りも含めてどう納得してもらおうかと考えていると、共族の社会構造の外にいる奴が文句を言ってきた。


「その話進めんなら俺らは先に外に出ててもいいか?いい加減アンリとリンシアを迎えに行きてぇんだが」


そう言いながらすでに足は部屋の外に向かっている。

気楽な奴の羨ましいことだが、ここで裏切り者が出た。

ハウリルだ。


「ではわたしもアンリさんたちを迎えに行きましょう」

「えっ、ちょっとハウリルさん!?ハウリルさんも共族!!」

「ですが、別にわたしは有力者ではありませんし。それに早く2人と合流しませんと、落ち着かないではないですか」


最もな意見だが、そういうハウリルの顔には面倒くさい話には参加したくないと書いてある。

そして爽やかな笑顔で手を振り、コルトから遠ざかり始めた。

コルトは口をパクパクとさせ、僕も行きますと声を上げると、狼狽えている教主のことなんかすっかり忘れて3人を追いかけた。


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