第212話
コルトが装置に入って数分。
白い部屋にコルトが出現した気配が無いため、ハウリル達と教主達の間に剣呑な空気が流れ始めていた。
それぞれコルトを意図的に別の場所に飛ばしただの、何か別の事象が起こっているだのと探りを入れあっていた。
だがそれは突如終わりを告げた。
教主達は突然怯えたようにカプセルに顔を向け、同時にコルト以外のカプセルが急に音を上げて中身の排出作業を始めたのだ。
繋がれた生命維持装置も、全てが中身の意識回復を告げている。
教主達は慌てたようにカプセルに駆け寄った。
そして開かれたカプセルの中身に声を掛け合っている。
「……コルトさんだけ戻ってきませんね」
その様子を入り口からじっと観察しながらハウリルがそう呟くと、コルトの様子を確認するかとルーカスが返す。
「この状況なら近づいても咎められない気もしますが…、少々不安があります」
「言ってみろ」
「力を取り戻したコルトさんが戻ってきた時に、真っ先にラヴァーニャを攻撃するのではないかと」
2人は否定しなかった。
あれだけ魔族を毛嫌いしていたのだ。
真っ先にやりかねない。
当の本人であるラヴァーニャは呆れた声を上げた。
「僕が死んでも困らないのにそんな心配か」
「あなた個人はどうでもいいですが、共神が何の問題も起こしていない魔族を躊躇なく殺したというのが問題です。魔神が対価を要求する可能性がある」
「有り得るな。同等のものなら共族の誰かの命だろ、あいつが許容するとは思えねぇな」
「はい。そうなった場合の事を想像したくありません」
「それで僕を守ろうって思ってるわけだ」
「不満ですか?共神が魔族を殺すなら必ず物理的手段を用いるはず、その時わたしが近くにいれば手を出しにくいはずですよね」
「だろうな。でも先ずはコルトの様子は確認しときてぇだろ、俺が行くか?」
「あなただけの状態でタイミング悪くコルトさんが戻ってきたら、それはそれで怒りそうですよね」
「面倒くせぇなぁ」
それならそれでどうするか。
3人は一斉に直立不動のまま動かないでいる機械人形を見た。
すると機械人形も頭部だけをクルッと3人に向ける。
一瞬体がビクつく挙動だ。
【分かりました、弊機が見てきましょう。ただし弊機も共族技術であるため、共神の力により一瞬で消される可能性があります。その場合は悪しからず】
「謝んな、頼んでるのはこっちだ。躊躇なくお前が消されんなら、ラヴァも消されるだろうからな。こっちの心構えができるだけ上等だ」
【了解です。では行ってきましょう】
機械人形は再度クルッと頭部を前に向けると、規則正しい動きでコルトが入ったカプセルに近づいた。
周囲はすでに意識を取り戻した人達の救護活動に忙しく、誰も機械人形を気にしない。
そして問題なく辿り着いた機械人形は中の様子をスキャンし始めた。
だが、始めてすぐの事だ。
機械人形の胸部から煙が上がり始め、すぐに作業を中断すると後退してそのまましゃがみ込んでしまった。
機械人形の異変に教主達も気が付いて、手が空いていた何人かが近づいて声を掛けている。
手振りで答えたので、完全に壊れた訳では無さそうだ。
「おいおいおいおい、どうなってんだ」
「分かりません。動いているので何かされた訳では無いようですが…」
ハウリルは3歩ほど前に進むと、どうなったのかと声を張り上げて聞いた。
すると機械人形に声を掛けていた御子が1人、こちらに走り寄ってくる。
「オーバーヒートしたようです」
「熱か?何でそうなったんだよ」
「……機械類は処理の負荷が上がると排熱量が増え、一定ラインを越えると熱さで動かなくなります」
「知恵熱見てぇなもんか」
「そうですね。一部が壊れているかもしれませんが、私には分かりません」
「分かりました。ところで、彼らが目覚める前にあなたたちは怯えたようですが、何を見たのですか」
ハウリルの問いかけに、御子は思い出したのか再び怯え始めた。
口をパクパクとさせ、私が言っていいことではと逃げるような素振りを見せている。
ルーカスは逃すまいと御子の白い腕を掴んだ。
小さな悲鳴が上がる。
すると教主が何をしているのかとこちらを威嚇してきた。
護衛もハウリル達に一斉に銃口を向けた。
緊迫した空気が流れたが、ラヴァーニャだけは今更かとせせら笑って余裕そうだ。
「そちらのかたたちが目覚める前にあなたたちが怯えていたので、何を見たのかと聞いただけですよ。何か問題がありますか?」
何でも無いかのようにハウリルがそう答えると、何人かから一斉に短い悲鳴が上がった。
そんなに怯えるようなものを見たのか。
再び3人は顔を見合わせ、機械人形を回収したいから動いてもいいかと聞く。
教主は3人と機械人形を交互に見て、それから最後にコルトの入っているカプセルを見た。
「手早くやれ」
それだけ言うと、再び帰還者の救護に戻った。
「よく分かりませんね」
「コルトが何かやったのは確かだろ」
それから3人は急いで機械人形を回収すると、再び入り口に戻った。
確かに機械人形のボディがいつもよりも熱い。
火傷するような熱さではないが、いつもの金属の冷たさと比べたら確実に熱を帯びていると断言できる熱さだ。
さっさと冷やしたほうがいいだろう。
ルーカスが氷塊をいくつか作って機械人形の周りに並べると、ハウリルが風の渦を機械人形の周囲に発生させ急速に冷やしていく。
【あり…がとう、ござ……す。助か、ります】
「大丈夫そうじゃねぇな」
【いえ、お陰、で…修復が、順調に進……いるので……。修復完了しました、各種再起動を掛けます】
そのままプツンと切れたかと思うと、すぐにまたゆっくりとボディライトが光り始めた。
【再起動完了。損傷率2%。動作に支障はありません】
「ホントかよ」
【一部回路が焼けましたが、予備回路に切り替えました。問題ありません】
「お前がいいならいいが。何が起きた」
【膨大な量のデータが一気に押し寄せたために処理落ちをしました。現在コルトさんが入っているカプセル内部は弊機の処理速度を上回る速度で書き換えが行われており、データとして情報を処理できません。生身の肉体による視覚情報として状況を判断するのが、負荷が最も低い状態で内部を観測できる方法だと判断します】
「これはこれは」
一体何が出てくるのか。
面白そうな表情を浮かべて笑っているが、声と目は全く笑っていないハウリルが呟いた。
それに冷静に返すのはラヴァーニャだ。
「ふんっ、何もあるか。シャルアリンゼ様と同じ状態に作り変えているに決まっている。次に出てきたときのあれは、人間ではなく現人神だ。今までのように接すると、一瞬で消されるかもな」
「今までのコルトさんなら絶対にやらないと思いますが…。彼らの怯えを考えると、少し怖いですね」
「この状況じゃ問い詰めるのもリスクがあるしな。とりあえずなんだ、あいつが戻ってきた時にどうするか考えとこうぜ」
「そうですね。どうするのがいいでしょうか」
「ラヴァーニャに攻撃をしようと思われる前に、こっちから話題を出して気を紛らわせるとかどうよ」
「悪くはないですね。アンリさんとリンシアさんの様子が気になると言えば、気をそらせるかもしれません。そのまま押し切りたいですね」
「普段のコルトならいけそうだよな」
2人のことが気になりすぎて、ここに来るまでに何度も足を踏み外したコルトだ。
普段のままならそのまま2人が気になり始めて、ラヴァーニャへの攻撃など吹っ飛ぶだろう。
そのままの状態であることを願いたい。
そうしていると周囲の救護も進み、何人かが生命維持装置に繋がれたまま担架に乗せられ始めた。
どうやら地上の病院に運ぶ準備が整ってきたらしい。
それはいいとしても彼らが出ていくならハウリル達も退出を求められる可能性があると、3人が薄っすらと考え始めたその時だ。
コルトの入っているカプセルが帰還の音を上げた。




