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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第10章
211/273

第211話

扉が開くと30メートル程の一直線の通路が現れた。

一見するとただの通路だ。

何のために設けたのかコルトにはよく分からない。

そこを無言で歩き、扉の前に到着すると教主が振り向いた。


「この扉の先に交信装置がある」

「それは疑ってねぇが、他にも何かあんのか」

「白い部屋に閉じ込められている者たちの体では?」


ハウリルがそういうと、教主はそうだと静かに同意した。

彼らの体は装置に後付けした生命維持装置の中に入っているらしく、不用意に部屋の中の物に触れて欲しくないらしい。

コルト達はそれに同意し、ついでに魔人2人も中に入ったら入り口からなるべく動かないように厳命する。

すると、ハウリルが装置に触れるのもコルトだけにしましょうと言いだした。


「別にハウリルはこいつに拒否られねぇだろ」

「そうではなく……。はぁ、力を取り戻すだけならコルトさんだけで十分でしょう」

「…それもそうだな」

「わたしもあなたたちの側で待機しますよ」


要するに装置については1人でやれと言いたいらしい。

機械系についてはコルトしか触れないのでそれも仕方がない。

機械と言えばここまでついてきた機械人形だが、装置に興味が無いのかと聞くと、コルト帰還後に触りたいらしい。

接続工程などにも興味はあるが、人が囚われている状態で余計な介入をして万が一が起きた場合の責任を取れないので遠慮すると殊勝なことを言っている。


──終わった後で調べられるんならね。


肉体を得たならこんな限られた人間しか使えないようなものを残しておく理由は無い。

それを今ここで口にするつもりは無いが、好きにすればとだけ言っておいた。

こうしてコルト達が中に入ったらどうするかの確認が終わると、教主が扉に向き直る。

しばらくすると教主にレーザーが当たり全身を調べ始め、それが終わるとゆっくりと扉が開かれた。

これまでと同じく、いくつかの非常灯のみが点いたほぼ真っ暗な部屋。

中の様子はほとんど見えないが、ゴウンゴウンと何かが稼働している音が鳴って反響し、明かりの位置からも内部はそれなりに広いことが伺えた。

そして扉が完全に開かれてから足を踏み入れると、手前から奥に向かってバチン、バチンと明かりがつき始めその全貌を現す。


「これが神との交信装置」


ハウリルが感嘆したような声を上げた。

広い部屋の中心に繋目が全くない真っ白なカバーに覆われた傘のような装置。

円形の台座とその中心から天井に向けて伸びる柱。

天井付近で枝分かれしてドーム状外周に降りている柱。

そして降りた10本の柱の根本には人1人が入れる大きさのカプセル。

装飾などの無駄が一切ないどころか、汚れや傷1つ無い。

作られてからの月日すら全く感じられない異様。

それだけならまさに神の遺物と言っても全く謙遜にはならないだろう。

それを唯一傷つけているのが、カプセルに後付けでつけられた生命維持装置。

白い装置とは反対に、鈍い色の配管配線等が剥き出し、機能だけを重視しているのが伺えた。


それが全部で7つ。


「7人も向こうに残っているんですか?」

「そうだ。だが最初は6人だった」


6人が帰還できなくなったあと、向こうの状況はこちらに伝わるが、こちらからは何も伝えられない。

どんどん不安になっていく彼らに、こちらも助け出そうと外で色々試行錯誤している事を伝えるため、1人がまた未帰還者になった。


「彼らを諦めようとは思わなかったのですか?」

「何度も思った。だが次が無かった」


彼らを諦めた次はどうする。

原因が分からない以上、次も未帰還者になる可能性が高い。

そんな事に誰が立候補をするのか。

今のままがいいのではないか。


教主はゆっくりとカプセルの1つに近づいていく。


「今の彼らは植物状態。生命維持装置で何とか体だけは生きているが、身体機能の衰えも激しく、これ以上時間が経てば戻れても生きられるか分からない」


長い間寝たきり状態で筋力と内臓機能が落ちている。

仮に今戻れても長いリハビリ生活になることは想像に難くない。

それでも戻ってきてくれさえすれば…。


そんな教主の姿を見て、コルトは気の毒だと思った。

だが本当にこのまま助けてもいいのかと少し思ってしまう。

本来なら共族全員で共有するべきものを彼らは少なくとも2000年間独占し続けた。

そしてこの世界を再興するでもなく、セントラルという狭い空間に閉じこもって外と戦っている。

コルトの意を知っていて明らかにそれに反した行為をしているのに、このまま無条件で助けていいのかと思ってしまうのだ。


──でも今何を言っても彼らは聞く耳を持たないよね。


力の無いコルトがいくら言葉を並べても説得力がない。

ならさっさと力を取り戻したほうが早い。


コルトはカプセルの横で思わせ振りな態度の教主を足早に通り過ぎると、誰も入っていないカプセルに前に立った。


「時間の無駄です、さっさと始めましょう。中に入ればいいですか?」

「…そうだ」


教主が中央のパネルの前に立ち、何かを操作するとカプセルが無言で開いた。

コルトはそこに迷うこと無く足を踏み入れ、中に入ると向き直る。

ハウリル達や御子達が不安そうに見守っているのが目に入った。

そんな彼らを見ながらカプセルが閉じられていく。

閉じられると同時に全身が固定される。

そして頭部に何かを被せられ、五感が閉じられると突然落ちるような感覚が全身を襲った。

だがそれも束の間、落下はすぐに浮遊感に変わり、同時に感情が抜け落ちていくのを感じる。

肉の経験が削ぎ落とされて、残ったモノは世界に何の感慨も湧かず、ただ管理をするプログラム。


──あぁそうだ、元々ボクは、コレはこうだった。


肉体の持つ五感ではなく意識で世界を捉え、管理者は世界を知覚した。


知覚してすぐに例の空間に7人分の魂が存在している事を把握する。

他の空間も管理者が最後に知覚したままの状態だ。

そのまま知覚範囲を広げて次元を落とし、共族領全体を知覚していく。


──酷いな。


寝起きと変わらず植物以外の生命のほとんどを感じられない。

肉があればため息をついていただろう。


──さて…。


試しに北極を少し弄ってみる。

地上に湧き出る海水の量を少しだけ減らしてみた。

問題なく減らせる。

管理能力は失われていない。

なら次にやるのは力を肉でも使えるようにすること。

早速改造に取り掛かった。


同時に7人がいる空間に意識を向ける。

幾人かはおのれの元の体の形を忘れたのか、それとも魂の強度が低いのか、すでに人の形が崩れている。

それでも己の仕事は忘れていないようで、全員熱心に人が見られるように本という形を取った知識を見つめていた。


管理者はそれを何も言わずに問答無用で取り上げる。

当然7人は驚いて慌てだした。

手元にあった本が突然消え、慌てて次の本を手に取ろうと本棚に手を伸ばすが、掴む前にそれも全て消失する。


【与えるものは無い。帰れ】


突如心に問答無用で刻みつけられた言葉。

彼らがそれを自分たちの神の言葉だと理解する前に、管理者は彼らを地上に戻す。

そして誰もいなくなった。


さて次はどうしようと考えて、ふと、アレの空間はどうなっているのかと気になった。

知覚範囲を広げてみる。

当然と言えば当然で、そこには誰もいない。

力の残滓すら感じられない。

本当に全てを肉の器に移したようだ。

管理者は内に何かが湧いた。

だがソレが何なのか分からなかった。

分からないので処理できず、仕方がないので不要なモノとして”外”に捨てた。


──肉を経験した後遺症だな。


湧いたエラーを外に吐き出せることのなんと便利な事か。

試しに空間に肉の写し身を作ってみた。

コルトと名付けられた肉そっくりの写し身だ。

それなりの身長にこの旅で多少が筋肉ついても、それでも細い部類に入る体躯。

魔力を持つことを明示した、暗い紫色の髪と瞳。

それを認識すると、不満そうに写し身の顔が歪んだ。

だがすぐに真顔に戻る。


魔力を持つことに不満を顕にし、不満が分かりやすく明示された事に便利だと思った瞬間元に戻った。


──ここだと変わりが早すぎる。でも表情っていうのは内面を表示するインターフェースとして分かりやすいんだな。一致していない人がいるのはともかく…。


典型例はハウリルだろう。

ニコニコとした笑顔の裏に碌でもない事をよく考えていた。


それはともかく、知性体被造物と管理者がこれからも交流をするなら、肉というインターフェースは必要だ。

特に彼らは管理者の監視を望んでいる。

共にあるあり方としてはともかく、友好的な関係を管理者は望んでいるのだから、彼らに近く、分かりやすい状態である事が望ましい


再度管理者は戻る予定の肉の状態を確認する。


完全に魔力を除去し共鳴力も取り払い、その身で管理者として振る舞うのに問題ないように強度が上がっている。

これなら運用するのに支障はないだろう。

管理者は改めて己の役割を確認する。


コレは世界を始めるモノ。

続けるモノでは決して無い。


管理者はゆっくりと己の情報を地上の肉に入れていく。


──コレもアレも世界を続け過ぎている、逸脱している、終わらせなければ。


狭い空間に全てを押し込めて、徐々に肉に馴染ませる。

馴染ませる毎に五感が得た情報が、ゆっくりと、ゆっくりと脳を伝って残った管理者に流れ込む。

そうして完全に肉と同期すると、コルトはゆっくりと目を開けて、世界を視た。


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