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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第10章
207/273

第207話

ルーカスはコルトの異変にいち早く気付いていた。

己の背中で発狂に近い状態になったコルト。

いつもの発作の酷い版と言えばそれまでだが、本能がそれを否定する。

いつもの発作の延長だと理性が必死に言い聞かせているが、本能がそれは違うと言い続けている。


”残り5秒もあればラヴァーニャに追いつける”

”何かが起きる”


理性が冷静に判断し、本能がそう警告した。


「コルト!!!」


ルーカスは本能を選んだ。

空中で静止しコルトの名前を呼んだ。

だが遅かった。

呼ぶと同時に地響きが鳴り始めたのだ。

さらに空も先程までの晴天とは打って変わって、暗雲が立ち込み始め雨が降り出した。


地表から夥しい数の悲鳴が上がった。

頑強な肉体と精神を持つ魔人でさえも不安にさせる悲鳴だ。

それに混ざってガタガタと音が円環内で反響し、眼下で人が逃げ惑い始めた。


このままでは共族に死人が出る。

あれだけ共族の死人が出ることを嫌い続けて、ずっと己に魔人に反発し続けていたのに、ここで自らの手で死人を出させたらどうなるか。


躊躇なく己の同胞をバラバラにして、発狂し不安定になった魔神の姿が脳裏によぎった。


ルーカスはコルトの顔を見た。

目の焦点が合わず必死にリンシアの名前を呼んでいる姿に、周囲の状況が見えていないのは明白だ。

コルトの名前を呼んでみるが、全く反応がない。

ルーカスは偽装体から元に戻ると、コルトの顔面を骨が軋まん勢いで掴んだ。


「お前が共族を殺してどうする!」

「ふぐっ」

「お前が殺して良いのは俺達魔族だけだろうが!」


コルトの視界に己の顔以外が入らないように顔を近づけて怒鳴った。

すると焦点の合わなかった瞳が徐々に合ってくる。


地鳴りが収まった。

それに合わせて人々の悲鳴も小さくなり、雨足の音にかき消されていく。


すると、顔を掴むルーカスの腕が叩かれた。

パッと離すと激高された。


「何すんだよ!」


まるで状況が見えてないその言葉に、どうやら理性を取り戻したと安堵しつつも呆れてしまう。


「下を見てみろ」


ルーカスが顔を下に向けると、つられるようにコルトも下を見た。


「…あっ……あっ、あぁ!」


視界に写ったのは、ところどころ崩れた建物と逃げ惑う人々の姿だった。

雨が降り荒ぶ。

大勢の人々が暮らすど真ん中で地震を起こした事に、コルトは叫びだしそうになった。

だがその前にルーカスが口を押さえてきた。


「理性を飛ばすな、お前は神だ、ここの支配者だ。何があっても冷静でいろ」


無茶苦茶な要求だ。

そもそも誰のせいでこんな事になったのか。

リンシアをこんなところにまで連れてこなければ、こんな事にはならなかった。

どんなに本人が望んでも、叶えてはいけない望みがある。


「何を言いたいのか大体分かるが、こんなところで押し問答をするつもりはねぇ、行くぞ」


そう言うと猫の子を運ぶように無造作にコルトを掴んで、再び飛び出した。

その頃には銃撃音は鳴りを潜め、飛び回っていたはずのラヴァーニャの姿も無い。

何にも邪魔される事無く、二人はラヴァーニャの元に降り立った。


「ドブに落ちた汚い獣ような姿だな、共神」


空気の層を頭上に作って雨を避けているラヴァーニャは、まともに雨を食らって濡れ鼠のような二人を見て鼻で笑った。

その胸には穏やかな表情で眠っているリンシアがいる。

さらにその周囲には、徹底的に破壊された機銃があり、その下で人が伸びていた。

殺したのかと言おうとして、先回りで気絶させただけと答えられた。

リンシアよりは大分乱暴なやり方だったようだが、それでも死んではいないらしい。


「さて、こっからどうすっか。ハウリル達待つか?」

「必要ありません。先程向こうから通信を入れてきました、怪我もなくすぐに追いつくそうです。入り口を探している間に合流するでしょう」

「あいよ。ならあとはこっちの仕事だが、こんなもんを街のど真ん中に置いてるくらいだから、まぁここが当たりなんだろうが、入り口はどこだ?」

「その辺に落ちているのを起こして適当に脅せば吐くんじゃないですか。それより、小猿をそろそろ起こしてもいいですか?」

「起こせ起こせ。んじゃ、俺はこいつに聞いてみるかな」


足元に転がっている1人を壁に凭れ掛けさせると、起きろと言いながらその頬をパシパシと叩き始めた。

何度か叩き続けると、うめき声を上げながらゆっくりと目を開けた。

だが目を開けて自分を起こした存在を認めると、この世の者とは思えない悲鳴を上げた。

起きたら目の前に角の生えた青黒い肌と鱗に包まれた男が目の前にいたのだから、それはそうだろう。

安心させるにはどうしたらいいだろうか、とコルトは少し考えて、ルーカスに近寄ると脇腹に一発蹴り込んだ。


「お前なぁ」


どうせ大したダメージも入っていないクセにと文句を無視すると、しゃがんで視線を合わせた。


「すいません。僕達交信装置を探してて、多分ここだと思うんですけど、入り口が分からなくって教えて欲しいなぁ、なんて」


遠慮がちに聞いてみたが、起こされた男は雨で染め粉が流れたコルトの頭髪を見て目を剥くと、色付き!?と驚愕の声を上げた。

慌てて敵対するつもりは無いと弁明をしたが後の祭り。

男は何かを喚きながら素早く胸のホルスターから銃器を抜くと、銃口をコルトに向けた。

射撃音が一発。

雨音に混じった。


「っぶねぇなぁ」


銃口は素早く反応したルーカスの裏拳で空を見上げ、氷の花を咲かせている。

コルトは撃たれた音でその場に尻餅をついた。

あっさりと止められた男は視線だけで銃口に咲いた花を見上げ、ガタガタと震えだした。

そのままルーカスは男の手から銃を取り上げ、適当に弄ったあと力任せに分解しようとする。

男とコルトは同時に悲鳴を上げた。


「おい馬鹿。暴発したらどうする!」

「はっ?お前らそんな危ねぇもんよく胸につけてたな」

「お前の扱いが雑なんだよ!」


慌てて取り上げようとしたが、その前にルーカスは屋根の上に放り投げた。


「無魔相手にあんま意味ねぇかもだが、これでもいいだろ」

「お前……」


グギギと歯ぎしりをしていると、後ろからおにいちゃんと呼ぶ声が響いた。

振り返るとリンシアがぴょんぴょんしている。


「リンシア!」


コルトは駆け寄ると、どこか痛くないか怖くなかったかとしきりに確認した。


「わね、だいじょーぶだよ」

「大丈夫ってのはな、ダメな奴が言うんだ。痛いか痛くないか、調子悪いか悪くないかで答えろ」

「わるくない!いたくない!」

「当然だ、僕が加減を間違える訳がない。火力バカとは違うんです」

「うっせぇなぁ。それよりリンシア、こいつ縛る縄出せ」

「はーい」


リンシアがヒュルヒュルと縄を出し、受け取ったルーカスは男を縛り上げた。


「聞き出せてないのですよね、脅して装置まで誘導させればいいのでは?」

「いやっ、こいつらは無音で情報を共有するから連れて行くフリして待ち伏せど真ん中をやりかねねぇ」

「面白い能力ですね。ですがそれなら尚更連れて行く事を提案します。今も雨音に混ざって猿の仲間が僕達の周囲を固め始めているので、引き連れて連中の動きから入り口を探ってもいいのでは?」

「この会話も全部聞かれてっから意味ねぇよ」

「……難儀な。ならいっそ全て壊してしまえばいいでしょう、地上の様子から装置は地下にあると思われますので」

「それもありか。警告で一回軽く壊せば、こいつらも共有して近寄ってこねぇだろ。それでいいか、コルト」


同意という形はとってはいるものの、ほぼほぼ実行するぞという宣言だった。

コルトは人死にが出ないのであればと苦しいながらも許可を出す。

すると突然リンシアが待って待ってと3人を止めた。

どうしたのと聞くと、何かが見えるのだという。

コルトはまさかまだ周囲から情報が入れられているのかと慌てると、どうやらそうではないらしい。


「あのね、まっ白なおへやがあってね、いっぱいの紙にいっぱいなにかかいてあるの」

「白い部屋?紙には何が書いてあるんだ?」

「字がいっぱいだよ。でもわはむずかしくてわからない。それにね、見えないときもあるの」


リンシアの話を聞いてコルトはそこがどこなのかすぐに分かった。

だってそこは、コルトの、共神の、管理者の領域だからだ。

どうやら以前に立ち入りを許可した領域に、コルトが不在でも誰かがいるらしい。

それは別に構わないのだが、問題は何故それがリンシアにも見えているのかだ。

装置使用中は完全に外部とは遮断される。

普通ならこちらまでは見えないはずなのだが。

コルトが首を捻っていると、それを見たルーカスが知ってる場所かと聞いてきた。

なので正直に管理者の領域で、知識提供の場だと言った。

魔人2人がそれぞれに顔を顰める。


「リンシア。どこから送ってくるか分かるか?」

「下だよ、すっごく下!」


リンシアは近くの地面を指さした。

やはり装置は地下にあるらしい。

するとルーカスが拳と手のひらを突き合わせて指を鳴らし、ラヴァーニャも左手に魔力をため始めた。


「方向が絞れたのはありがてぇじゃねぇか」

「余計な魔力を使わずに済みます」

「アンリとハウリルも近くまで来てるし、さっさと終わらせちまうか」


そして二人が揃って魔力でそれぞれ火球と雷球を作り始めたときだ。

男が止めろと叫びながら、魔人二人に飛びかかった。


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