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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第10章
205/273

第205話

日没から3時間が過ぎた。

リンシアとラヴァーニャの2人と別れたコルト達は、2時間ほど前から先行して霧を発生させていたルーカスと合流すると、闇と霧で周囲がほとんど見えない平原の中を慎重に進んでいた。

お互いを紐で繋ぎ止め、離れ離れにならないようにしながら。


「本当になんにも見えないな」

「明かりも使えませんからね、方向は大丈夫ですか?」

「問題ねえ、何かありゃラヴァのほうから合図を送ってくるはずだ」

「わかりました。セントラルのほうはどうですか?」

【各種センサーに変化はありません】

「今のところは順調ですね。他に心配なのは2人の魔力残量とコルトさんの体力ですが」


コルトはドキリとした。

200キロの距離を進み続けるのは、コルトにはかなり厳しい道程だ。

頑張るつもりではあるが、気力ではどうにもならないものもある。

そんなことは他の3人もわかり切っているので、ルーカスが最悪背負うと言い出した。

さすがにこれに文句は言えない。


「魔力のほうはこっち来てから気付いたんだが、低速での長時間飛行は魔力消費がデカすぎる。だからラヴァにはゴールで先に待っとけって言ってある。俺もそのほうが目的地が分かりやすいしよ」

「霧の発生は負担にならないので?」

「攻撃目的じゃねぇなら大した消費じゃねぇよ」


そんな会話をして、それからさらに4時間が経った。

出発してから6時間だ。

魔力持ちと機械人形なので無魔よりも体力はあるが、さすがにコルトは限界だ。

フラフラと息切れし始めていると、無言でルーカスに背負われた。

非常に悔しいが、残念ながらこれ以上は途中で気絶する可能性のほうが高い。

とはいえ、ルーカスの次に体力があるアンリも別の意味で苛立っていた。


「進んでも進んでもおんなじ景色ばっかで、イライラするな。これ本当に進んでんのか?」

「目的の見えない状態での行動は、精神的につらいものがありますからね」

「ちょっと前にラヴァが止まった。近づいてはいるぞ」

「なら良いけどさ」

【残りはおおよそ距離にして120キロです。残り9時間ほどこのまま歩き続ければ到着できるでしょう。魔力持ちの身体能力は驚異的ですね。ですが、途中で休憩を挟むことを推奨します】

「途中で長時間止まったら、ラヴァが異常が起きたって思わねぇか?」

【出発前に通信装置を持たせています。100キロ圏内に入れば使えるはずなので、あと2時間も歩けば通信が可能です】


いつの間にそんな物を渡していたのだろうか。

だが連絡できると知って少しだけ4人に余裕が生まれた。


「どうやらわたしたちは自分たちの移動速度を過信していたようですね。このままではどっちみち夜明けまでには着けないので、距離が離れている間に休憩するのが正解でしょうか」

「魔法が使えねぇならしゃぁねぇよ。ラヴァに遅れるって言っときゃ、あとで文句は言われてもあいつもそれならそれで勝手に向こうでなんか調べんだろ」

「動いたら逆に見つかりそう」

「隠密なら俺よりは適性あるぞ」

【セントラルがどの程度監視技術にリソースを割いているかによりますね。逃げ出した等の話は聞いていないので、出られないように厳しい監視をしている可能性を提示します】

「どのように監視をしているのかはわたしには想像も出来ませんが、山の頂上からでも状況を把握できたあなたの技術を見れば、確かにどこに隠れようと見つけられそうな気がしてきますね」

「あぁじゃあ一応余計な事すんなって言っといてくれ」

【了解しました】


それからさらに進み続けること2時間、残り100キロをきったところで機械人形が通信可能と一言入れてきた。

リンシア達と連絡を取り合うと、やはり向こうは中の様子を調べようとしていた。

だが調べてすぐにラヴァーニャが直感的に危ないと感じ、諦めて身を隠したようだ。

今は暗闇の中で穴を掘って隠れているらしく、リンシアは耐えられず眠ってしまったらしい。


『なんですあれは、今まで感じた事の無い耳障りな気配がそこかしこにあります。生き物ではない、そちらの人形に近い』

「人間はいたか?」

『猿の気配はあります、1つ1つは微かですが数が膨大です』

「マジか。これ隠れて中入れるか?」

「装置の場所が分かっていれば強行突破も選択に入りますが……」

「ちっ、しゃぁねぇな。俺とラヴァで場所は炙り出す、お前らはまっすぐ進め」

「どうやって」

「さすがに神直結の装置なんて守りが堅いはずだろ、適当に攻撃して一番堅いところが当たりだ」

「ちょっと!?そんな無差別攻撃で死人が出たらどうするんだよ!」

『許容しろ、共神!すでに奴らの拠点は猿共が攻撃している。ここでまごついていればいずれ合流するぞ。そうすればどう転ぼうが正面からの戦いになる、そうなったほうが死人が多いと思うがな。嫌ならここで許容しろ。貴様が力を取り戻して、強制的に場を収めるのが結果的に一番被害が少なくなる』

「お前!」


後の想定される被害の規模を無くすために、少数の犠牲を許容しろという言葉。

コルトにとってはどちらの被害も受け入れがたい。

でもどちらも取る力が今のコルトには無い。

そんなことは頭では分かっている、でも感情がそれを許せなかった。

するとルーカスがため息をつく。

まるでお前の考えてることは分かっていると言いたいみたいに。


「初撃は空中で爆発させて威嚇すっから、頭ある奴ならそこで逃げ出すだろ。それに、落ちてもあんだけ形が残ってんならそれなりに頑丈なはずだ。俺らの攻撃でも、手加減すりゃそう簡単には壊れねぇよ」

「ぐっ……」

「他に方法はありません。わたしたちにできることは、なるべく早く装置を見つけることだけです」

「わっ…かりました……」


唇を噛んだ。

拳を固く握りしめた。

どれだけ大口を叩いても、どれだけ意見を主張しても、それを通せる力は無いのだ。


『ふん、なら僕はここで休ませてもらう。ルイカルド、魔力の温存と回復に努めてください。霧が出ていることにまだ猿共は気付いていません』

「休んでもいいが、そっちの周辺を霧で覆っておけ。向こうからこっちが見えねぇって条件ならそれでも満たせるだろ」

『いいでしょう。終わったらまた連絡します』

「おう、それに合わせてこっちも魔法でぶっ飛ばすわ」


そうルーカスが言うと、通信が切れた。

喋る者がいなくなり、闇と濃霧の中、静寂が訪れる。


「コルト…、お前のせいじゃないぞ」


近距離でもお互いの視認すら難しい中、アンリが手探りでコルトの手を握った。

じんわりとした暖かさを感じながら無言で首を振るが、闇の中でアンリには見えていないと思い至り、小さな声でそうだねと返す。

すると握る手の力が少しだけ強くなった。

そしてもう一度、念を押すようにお前のせいじゃないと繰り返される。

中身の伴わない慰めの言葉でも、コルトは少しだけ嬉しかった。


「ラヴァから合図が入ったらここを発つぞ。それまで寝とけ」

「ルーカスはいいのか?」

「あぁ、留まるなら霧の生成はしなくて良さそうだからな。出発する時は俺がお前ら2人を運ぶ、ハウリルは自力でついてこいよ」

「わかりました。ですがその前に、軽くこちらを食べるといいかと」


何だろうと思っていると、ハウリルの声がするほうからゴソゴソと何かを探る音がして、続いてガサガサと草を掻き分ける音が続く。

どうやら先程の会話からこちらの位置を探っているようだ。

だが、途中で自分が配るとルーカスが止めた。

魔力持ち相手なら何も見えない真っ暗闇だろうと関係ないようだ。

そしてその後すぐに手を出せと言われると、すぐにアンリの手が離れたので、コルトは無言で開放された手を前に出すと、何かが手の上に乗せられる。

何を乗せられたのかとその正体を探ると、保存用の菓子だと返答があった。


「出発前日に配分が決まったからと頂いたのです。この平原を突破する道中で食べるようにとのことで、ギリギリ間に合った感じですね」

「良いじゃねぇか。そういう運の良さは好きだぜ」

「リンシア達には渡したのか?」

「当然です。育ち盛りが何も食べない状態で半日以上過ごすのは可哀想ですから」

「あいつ、ちゃんとリンシアにあげるかな」

「それは俺が保証する。先々代の魔王の孫が、そんなつまんねぇ事してガキ1人死なせたなんて、あいつのプライドが許さねぇよ」

「さらっと重要なことを言われた気がしますね、予想はしていましたが」

「あれ?あいつ言ってねぇの?」


3人は声を揃えて”聞いてない”と返答した。

時々話に出てくる祖母がかなり高位の魔族であることは伺えたが、本人の口から説明されることは無かったし、コルト達も聞かなかった。

コルトは単純に興味が無かったし、他の2人も下手につっついて面倒くさい事態になることを避けたようだ。


「その祖母が先々代だな。まぁお前らにはちょっと微妙な話になるし、あの様子じゃ言わねぇか」

「微妙というのはどういう、侵攻時の魔王にしては世代が若い気がしますが」

「いやっ、あってるぞ。先々代はやたら長生きで1000年以上生きてる。侵攻を主導したのも先々代だし、お前らが祀ってたあの竜人もその時の配下だな」

「力が全てなのに高齢になってもまだ魔王の座についてたの?」

「俺もその辺はよく知らねぇんだが、死ぬまで魔王だったのは確かだ。まぁ魔王が統治者つぅより、あの魔神の贄だったなら誰もやりたがらねぇよ」

「なるほど。それを考えてもラヴァーニャの年齢は若すぎると思いますが」

「相手孕ますなら老いぼれでも出来るからな」

「んーーーー」


ハウリルが唸り声を上げた。

突然急カーブしてきた発言に、その気持ちはとてもよく理解できる。

祖母、つまり”女”前提で話が進んでいたはずなのに、いきなり”男”の役割の話が出てきたのだ。

普通に理解をするなら、女の身で相手を孕ませた事になる。

共族の常識ではあり得ないのだが、性別を自由に変えられる魔族ならではだろう。

と思っていたら、もう少し捻った答えが返ってきた。


「死んだ恋人以外の子を孕むつもりは無いって突っぱね続けて、寿命的にヤバいって時に漸く孕ませるほうは折れたって話だな」

「寿命的にヤバいって、普通その年齢なら物理的に子供はできないはずだけど」

「共族のことは知らねぇよ、魔族はできるってだけだ」


コルトは思わず半目になってしまった。


「んで、漸く生まれた子供のほうも大変でな。確か獅子との間に作ったはずだが、表出したのが魔王とは同じだが弱小種族な兎。魔王の力も受け継がれてねぇから、周囲はガッカリ。んで、3代目に期待して産み続けて、32人目で漸く議会に入れるラヴァが生まれたって訳だな」

「32!?」

「引くわー」

「産み続けたって、孕ませられるのに1人でその人数を産み続けたんですか!?」

「執念がすげぇよな。まぁそんな生まれだから周囲の期待を背負ってる分、雑魚がやるような事はしねぇって訳だ」


リンシアの安全に妙な説得力がある話だったが、余計にあまり関わってほしくないなと思うコルトだった。

それはともかく、思いの外話が長引いたので貰った保存食を急いで口に入れる。

とにかく体力に不安しか無いのがコルトだ。

いよいよセントラルが目前に迫っている今、一番足を引っ張る可能性がある。

休める時に休むのも大切だと己に言い聞かせ、食べ終わるとすぐに横になって目を閉じた。


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