第204話
セントラル攻略の開始は唐突に始まった。
拠点に偵察に出ていた部隊が、拠点が防備を固め始めたと情報を寄越したのだ。
こちらの動きを気取られた可能性があるとして、急遽コルト達はその日のうちに出発となった。
拠点攻略は遠征部隊の仕事。
彼らが戦って混乱している隙にコルト達はセントラルに近づき潜入しなければならない。
「これが染め粉。水に溶けるから霧の中の移動とか、魔法の使用には気を付けろ。そんでこっちは例のメガネ。換えは無いから道中壊さないようにケースから出すな」
「分かりました。服のほうは…」
「服はこれ。簡単なローブ、霧突入前に被っとけば多少は色落ちを防げるかもしれない」
それらを受け取るとコルト達はトラックに詰め込んでいった。
あとは乗り込むだけだが、運転は誰がするのかと聞くと機械人形一機が自分だと言い出した。
【当時使用されていた自動運転のデータをインストールしてきました。舗装された道路のデータのみでしたので、何度か運転しデータの修正を行っております】
「めちゃくちゃ不安なんだけど…」
「誰がやったって変わんねぇよ。さっさと乗れ」
「うわぁ」
ルーカスに襟首を掴まれて乱雑に荷台に放り投げられたコルト。
起き上がると投げた本人とハウリルにアンリも乗り込んできた。
「わもうしろー!」
「大人しくしてろよ」
リンシアもキャッキャッと念願叶って皆と一緒に荷台に乗り嬉しそうである。
そしてラヴァーニャは無言で助手席に乗った。
【忘れ物はありませんか?出発したらもう引き返せません】
「確認しました、ありません」
「通信は入るんだよね?」
【入ります】
「では出てください。ここからは速さが勝負です」
その言葉を合図に機械人形は一気にアクセルを踏み込んだ。
「うわああああああああああああ!!!」
「きゃああああああああ」
トラックの荷台という開放的な空間での加速にコルトはひっくり返った。
素早くアンリに掴まれて荷台から落ちることは免れたが、時速100キロは出ているのでは無いかという速度に、荷台で這いつくばった状態から起き上がれない。
リンシアはルーカスが抱きとめているので、悲鳴を上げてはいるがどこか楽しそうだ。
「あああああ、僕も助手席が良かった!」
「無様だな共神」
優雅に足を組んで据わっているラヴァーニャは、コルトの無様な姿を見て実に楽しそうにしている。
腹が立つので言い返したいが、時々車体が跳ね上がり、その度に荷台に叩きつけられるので唇を噛んでそれを受け止めるしか無かった。
そうして道なき道を爆走していると、しばらく経ってからハウリルが思い出したように口を開いた。
「結局ランシャさん達については何も決まらない状態で始まってしまいましたね」
コルトもそれを残念に思っていた。
無理に戦って犠牲となって欲しくはないが、転換点となりうる戦いに不参加だったというのは後々どう影響するか分からない。
しかも彼らは地下基地を占領していたような状態で、機械人形達から見れば敵ような状態になっていたのだ。
「んなもん、リンシアんとこも対して変わんねぇんだから、気にする必要ねぇだろ」
「あの人達と一緒にするのは流石にどうかと思うけど」
リンシアの生まれた場所もあれから話を聞いていないが、逆に言えば特に何か行動を起こしたという話が無いということでもある。
ほぼほぼ今は影が薄い状態だ。
なので、蚊帳の外と言われればそうなるが、コルト的には彼らは少々微妙な存在だった。
間違った思想で他者を積極的に殺し回っていたのは、擁護するにも限度がある。
彼らの処遇については”面倒くさい”という思いしか残っていなかった。
【モグラについては現在拠点攻略の希望者を募っています。こちらが提供する腕輪をつける事が前提の話になりますが、セントラルの拠点を攻めるという話に興味がある者は何人かいるようです】
「いつの間にそんな話を進めていたのです?」
【現在の話です。立ち会いには弊ネットワークも参加しているので、弊機体にも常に状況の通信が入ります。音声再生までは実装が間に合わなかったのでできませんが、貴方達の仕事の成果です】
機械人形がそう言うと、ハウリルは関心したような声を上げた。
「通信が入るとは聞いていましたが、そんな常時使えるものだったのですね。まるで無魔の固有能力を他の者でも使えるようにしたみたいです」
【あれほどの精度と通信量は難しいですが、端的に言えばそうなります。こちらが勝る点は、設備を整えればかなりの距離でも通信が可能なことです】
「できれば南部でも使えるようになって欲しいですね。いちいち報告のために戻るのは面倒ですから」
【いずれはそうなるはずです】
そう閉める機械人形に、未だ腹ばい状態のコルトは、能力を取り上げるつもりなのでそうしてもらわないと困るなと、心の中で思った。
コルト達が前回セントラルを見た山の麓についたのは、それから1日半が経った頃だ。
急速不要の機械人形の運転により、生身の人間には不可能な速度で
ここまでの間に3つの拠点に攻め込み、1つ目の制圧が完了した通信も入っている。
4つ目も時期に始まるとなれば、いよいよあとはコルト達だ。
「すっげぇな。あれが浮いてたのか」
前回のアンリ達と似たような反応をするルーカスに、肩車されたリンシアもおー!と声を上げている。
ドン引き顔なのはラヴァーニャだ。
「日没まではあとどのくらいでしょうか」
【4時間24分程と思われます】
「ではその前に夕飯を済ませ、日が落ちたら動きましょうか」
「いいぜ。俺も偽装体やめて闇に紛れねぇとな。リンシアはこっからはうさ公と一緒だぞ」
「はあ、結局僕が子守りか。どうせ途中で寝るだろ」
「がんばっておきるもん」
「ご飯を食べ終わったら少しお昼寝をしてはいかがですか?」
「おいてかない?」
「こんなところにあなた一人を置いていくようなやからは、わたしがしばき倒しますので」
そんな会話を大人組と幼女がしているのを横目に、コルトはアンリを手伝って糧食の缶詰を開けていた。
食事を先にするとハウリルが言った時点で、アンリがコルトの腕を引いて食事の準備を始めたのだ。
アンリはすっかり缶切りに慣れている。
「ここで全部食べきってもいいよな」
「軽食以外は大丈夫だと思う」
これが最後と言わんばかりのアンリに、コルトの脳内に”最後の晩餐”という言葉が浮かび上がった。
遥か前にどこで見たかも忘れた言葉。
コルトは頭を振って慌ててそれをかき消した。
あまり良い意味では無かったような記憶があったからだ。
「魔石…ここで使うのはあれだよな」
「ちょっとくらいなら良いと思うけど、そのちょっとが怖いよね」
「だな。おーい、ルーカス。火くれ!」
ただの板としか言えない昇進正面のただの鉄板を簡易かまどに設置したアンリが火を要求した。
それを見てリンシアをおろしたルーカスが仕方ねぇなぁと言いながら、鉄板の下に指を向け、小さな火球を打ち込む。
アンリはすぐに鉄板の上に食材を並べ始めた。
その横でハウリルが立ち上る煙を吹き消すように風を起こすと、ルーカスがシッシッと手で追い払うようにして交代している。
余計な魔力をここで消費するなと言いたいらしい。
遠慮なくハウリルは引いた。
「なるべく身軽な状態がいいのですが、不要な装備はここに置いて言ってもいいでしょうか?」
「いんじゃね?いらないもんは置いてったほうが戦いやすいだろ」
【ここでは何なので、あとで弊機体が運搬車に運んでおきます。パーツの8割を新造しているので、このくらいは稼働に問題はないでしょう】
「助かります」
その後の食事は賑やかだった。
みんな落ち着かないようで、セントラルを見ながらあぁだこうだと喋っている。
いよいよこの旅の目的の最後の戦いが始まるのだ。
その後もまだ戦いが待っているとはいえ、一区切りという意味でコルトですら少し気分が高揚していた。
中の様子はどうなっているのか、うっすらとある記憶からどのくらい変わっているのか、あるいは変わっていないのか。
食事が終わってからも、コルトはセントラルが見える位置に立ってそれを眺めていた。
するとアンリが隣に立った。
「休憩しなくていいのか?お前が一番体力心配だろ」
「そうなんだけど、いよいよだなって思ったら落ち着かなくてさ」
「分かる。前回来た時よりも、なんかこう焦ってるっていうか、早く行きたいような、そうでもないような」
「あはは、僕もそんな感じだよ」
「だよな!」
笑顔を返してくれるアンリ。
他の人が達がコルトをすでに人とはみていてくれなくても、アンリだけは変わらずコルトに”人”として接してくれた。
それだけでコルトは踏みとどまれる。
神として扱われる程に、元のシステムとしての自分に戻ってしまいそうになる恐怖が和らぐのだ。
コルトは拳を握った。
「装置を起動したら、僕はもうこの僕ではいられないかもしれないけど、ムカついたらまた怒ってよ」
「なんだよ急に」
「友達って感覚で話してくれるの、もうアンリしか残らない気がして」
「そうか?でもまぁお前、友達少なそうだもんな」
「そんな事ないよ!?」
突然急カーブのまさかの暴言にコルトが抗議すると、アンリは冗談だよと笑った。
今までそんな冗談を言ったことがあっただろうか。
「まぁでも、お前監視されるなら元の生活は出来無さそうだもんな。あれこれ私も会えなくなる?」
「それはさすがに僕も文句を言うよ。多分居場所は分かるようになるけど、実際に会えるのとじゃ全然違うし」
「えっ、どこにいるか分かるのか!?」
「たっ…多分。やったこと無いけど、やろうと思えば出来ると思う」
「さすがにずっと見られてるのは嫌なんだけど」
「そんな間近で監視するようなものじゃないよ!?ざっくりこの辺とかそういう感じで、さすがに特定個人をずっと追跡するのは無理だよ。そういう機能は持ってないし」
「良かったあ」
「なんかすっごい安心してるね……」
あからさまにほっとされて、それはそれで傷ついたコルトである。
でもすぐに気を取り直すと、両手で自分の頬を勢いよく挟んで気合を入れた。
「よしっ。これからもアンリに怒ってもらうために、頑張らないと」
「その気合の入れ方おかしくない?怒るようなことすんなよ」
「僕にとっては大事なんだよ」
これからコルトは再び神の座に上る。
その時、神だろうがなんだろうが関係なく止めてくれる存在というのはとても大切になるだろう。
アンリにとっては迷惑な事かもしれないが。
でも嫌な顔をしながらも付き合ってくれるとコルトは信じていた。




