第202話
黒竜による空輸が全て完了するのに1ヶ月かかった。
後続が遅れていたのは、黒竜が駄々をこねていたのが原因だった。
自分だけ見知らぬ土地で働かされてヘソを曲げてしまっていた。
それを宥めるためにルーカスも同行する事になり、それならと南部も積荷をどんどん増やした結果そうなってしまった。
だがその分人も物資も増えたので隠れ家は急速に発展していき、ちょっとした要塞のような様相になっている。
増えたのはラグゼルからの人員だけではない。
機械人形も日に日に増えていき、現在は10機ほど集まっている。
どの機体も出来上がっていく要塞や、ラグゼル遠征部隊が持ち込んだ機器に興味津々で、よく遠征部隊のメンバーと交流していた。
そんな隠れ家だが、中でも一番変わったのはラヴァーニャだろう。
遠征部隊が揃い始めてから、何もない場所に資材を生み出してはどんどん色々な物を作成していくので、初めのうちは顔を引きつらせて引いていた状態から、最近は恐怖を覚えているようだ。
同時に態度も軟化しており、憎まれ口は叩くものの反抗的な態度は鳴りを潜めている。
この期間コルトはというと、1週間経った辺りから拠点を離れてアンリとハウリル、荷物持ちと設置担当の機械人形の3人と1機でセントラルに向けて色々な機材の設置を行っていた。
そしてついにセントラルまで残り200キロほどの高い山の頂上にコルト達は到達していた。
山登りなど体力味噌っかすなコルトには苦行以外の何者でも無かったが、その先の光景を見た2人が感嘆の声を上げたので、まぁいいかと思うことにする。
「うわすっご、何あれ!?」
地面に突き刺さるように崩れた巨大な円環がそこにあった。
山1つを覆えるその巨大さは、直径の中に教会首都のルンデンダックがいくつ入るだろうか。
「最大で6000万人が暮らしてたはずだよ」
「6000万!?はぇぇ…、想像つかないんだけど」
「その人数を収容できるのも凄いですが、養えるのもすごいですね。しかもあれ、前は浮いていたんですよね?」
「浮いてましたね」
その証拠に、落下地点の周囲はセントラルから外側に向けて衝撃波の後がある。
あの巨大なものが落下したのだ。
その衝撃はかなりのものだっただろう。
──その下のこの一帯合わせて数億人が住む巨大な都市圏ができてたはずだけど、今のこの様子じゃ、アレが落ちて全部吹き飛んだんだろうな……。
円環の住人も含めて恐らく諸共が死んでしまったはずだ。
ため息しか出ない。
「ヤッバ、本当にこれからあれに攻め込むんだよな?」
「そうですよ。わたしもさすがに不安になってきました、攻め込むには酷い地形です」
ハウリルの言う通り、コルト達のいる山を降りてからセントラルまでは、ところどころ先史文明の瓦礫が残るとはいえ、遮るもののない真っ平らな平原が広がっている。
目標を視認しやすいが、逆に言えば相手からも丸見えだ。
「ここまででセントラルの中継拠点は4つ。もう1つくらいあると思っていた予想が外れたのは、なるほど……。敵が隠れられないから設ける必要が無いという判断ですね。中々に舐めてます」
「どうすんのこれ」
「飛べる2人をどう使うかですかね。あとは鎧の性能と、魔力持ちの機動力があります。が、それらの戦術は彼らに任せましょう、わたしたちは潜入任務になるはずですからね。それよりヨンナナさん、設置はどうですか?」
ハウリルが同行している機械人形に呼びかけると、ヨンナナと呼ばれた機械人形が今終わったと立ち上がった。
【あとは向こうからの通信を待つだけです】
「ありがとうございます。あなたはあのセントラルを見て何かありますか?」
聞かれた機械人形はハウリルの隣に立つと、コルト達と同じ様にセントラルを見た。
同時に静かに何かの駆動音が鳴り始める。
【情緒的なものはありませんし、それも求められていないでしょう。状況を説明するなら、円環の外側に人影は確認できません。しかし内側の崩落部分では何かが動いているのが見えます。形や挙動から生きた人間と推測します】
「見えんの!?この距離で!?」
【探索用に弊機体はカスタマイズされています。遮蔽物が無い状態で180キロまで視認が可能です。つまりこの距離は有効距離の外であるため、画像解析からの推測が含まれています】
「断言はできないってことですね。普通の人間なら見えませんし、動く何かがいる、それが人間の可能性が高いと分かっただけでもいいでしょう。武装は見えますか?」
【確認できません】
「そうですか。道中あの拠点を築いた彼らが本体を無防備にするとは思えないので、恐らく隠してますね」
ふーむとハウリルが考え込んでいると、程なくして背後からピピッと音が鳴り音声通信が入った。
【こちら連合所属第1拠点通信用オペレーター機Type-O0032、設定の完了を確認しました。スキャニングを開始します】
その声と共に画面に早速スキャン情報が羅列されていくが、コルトはそんなことよりも気になる発言があった。
「待って、連合って何!?」
突然聞き慣れない、意味は分かっているがこちらでは初めて聞いた単語にコルトは困惑する。
「どうやらわたしたちがいない間に色々あったようですね。何があったんです?」
ハウリルが思考を中断してこちらを振り向いた。
【二日前にロンドスト解放作戦が行われ、立て籠もっていたモグラ達を制圧。魔族との戦闘終結までラグゼルと弊ネットワークは同盟を組む事になりました。他南部戦力も合流する可能性が高いことから、連合と呼んでいます】
「んな!?」
「これはこれは…」
あまりの事にコルトは開いた口が塞がらない。
その間にハウリルが損害などを聞いていた。
【死人はどちらも出ていません。ですが、モグラ側に何人か負傷者が出ております】
「ルーカス達も参加したのですか?」
【完全に不干渉で拠点で待機をしていました、ラグゼル遠征部隊による単独作戦です】
「そうですか……。ランシャさんはどうしていますか?」
【拘束した戦闘員と一緒に拠点で勾留中です。彼女の今後の立場を考えた対応です】
「あのっ…地下にいた人達はどうなりましたか!?」
【非戦闘員は働き手として地下基地預かりです】
「……捕まえた人員もセントラルの戦線に投入するのですか?」
【現在協議中です】
「分かりました」
ハウリルはため息をついて頭を抱えた。
「たしかに基地を抑えられなかったのはわたしたちですが、わたしたち抜きで奪還作戦を決行するとは思いませんでした」
信頼関係が無かったという失望がそこにあった。
【誤解があります。信頼が無かったから伝えなかったのではありません】
「では何故」
【神を盾に正当性を主張していると思われるのを嫌いました】
「えっ、僕!?」
【貴方達の帰還を待つという意見は当然出ました。ですが、共神がどこにいようが作戦の決行を容認したという事実は後々重くなるという結論になり、確実にいない今しかないだろうという事になったのです】
「それなら出発前にわたしにも話を…、いえっ、わたしたちが出発したあとに持ち上がった話ですね」
【弊ネットワークが10日前に、彼らの能力を鑑みて打診しました。主要部のセキュリティにも限界があります】
いい加減内部の大勢の人間から守り切るのも難しかったらしい。
さらに遠征部隊の持つ技術と、自分たちの持つ能力があればセントラル攻めも有利になると見込んだ。
「なるほど。はぁ…今回は間が悪かったと思うことにしましょう。わたしたちも帰還準備を始めます」
【承知いたしました。迎えを送りますので、第5ポイントまでの移動をお願いします】
「5つ目の設置場所ってことでいいですか?」
【そうです。輸送用試作車両の試運転も兼ねて迎えを送ります】
「いつの間にそんなもの…」
これは拠点に戻ったら色々と面倒そうだとコルトはどっと疲れを感じた。
 




