第200話
コルトの説明が終わると、アンリは目を伏せて小さく分かったというと、そのまま壁に凭れ掛かりズルズルと座り込んでしまった。
手を差し伸べようとするが、その手をハウリルに掴まれて首を横に振られてしまう。
場に重い空気が流れた。
だがその空気を破るように声が発せられた。
ルーカスだ。
「コルトを殺さないで済む方法が1つだけある。コルト、アシュバートに城で言われた事を覚えてるか」
何か言われたっけと思い出していると、ルーカスが呆れた声を出した。
「お前、あんな真正面から喧嘩売られて忘れるか普通」
「覚えてるよ、僕達を監視するって話だろ」
言葉と同時に直立不動で静観していた機械人形を指した。
突然指されたほうは、目を白黒させる代わりにボディライトをカラフルに明滅させている。
「まっ、待ってくれ。総長が喧嘩売った?いやっ、そんな事はどうでもいい、監視って何の話だ」
「聞いてねぇのか。神を殺さず、どっちも中立地帯で監視するって話だ」
「殺さず?それはシャルアリンゼ様も含めた話ですか」
「当たり前だろ。今の方法じゃただ神を地上から追い出しただけで、影響力は変わらないからそっちのほうが不安だってよ。俺はお前の言う通り色々隠されて来たから知らねぇが、その辺どう考えてたんだよ」
「ぐっ、議論はされていました。ですが、答えが出せないので共神を引きずり出してからと保留にしていたのです」
「んだよそれ。時間を無駄に食ってるだけじゃねぇか」
「貴方はシャルアリンゼ様を知らないからそう言えるのです。そもそもできないから貴方に関する計画がっ」
「あぁ分かった分かった、その話はいい。とにかくだな、殺すよりも地上で目の届くところでにいたほうが安心するんだとよ」
「その監視に猿が作ったこの訳の分からない金属人形を使う理由はなんです」
「尻尾引きちぎられてぇのかてめぇ。こいつら自身が中立を望んでて、よく分かんねぇけど代替わりとか面倒くせぇ手間がねぇのがいい」
「共神の一存でいつでも消せるものを本気で?貴方、共族と過ごしすぎて脳も猿レベルになったんですか?」
「耳引きちぎるぞ。それ”だけ”とは言ってねぇ、どっちからも中立化した奴を監視に出すに決まってんだろ」
「中立化した魔族をどう用意するつもりです。初代は最悪貴方が務めるとしても、次代はどうするのです。共神に身を捧げるのも、獣に身をやつすのもお断りです。お祖母様に誓って魔族をそんな目には合わせられない!」
「っんな方法なわけねぇだろ!いやまてよ、まさかクソうさぎ。俺がそれをやったとは思ってねぇだろな!?」
「前者で強制的にと思っています」
「捧げてねぇよ!体にちょっと魔術刻むだけだ。おいっ、コルト。もっと詳しく説明しろ」
「はあ?」
度重なる侮辱にコルトは苛立ちを隠さず、ぞんざいな返答を返した。
いくら魔神の命令で本人もイヤイヤ残っているとはいえ、こちらを馬鹿にした態度はいただけない。
力があれば細切れにして箱に詰めて送り返してやろうかと思うほどである。
「何で僕が説明しなきゃいけないんだよ。どうせそこの小動物は監視側にならないんだから、余計な無駄口叩かずに大人しく魔神の命令だけ実行してなよ」
「んな!?小動物だと!?」
「何、なんか文句ある?」
狭い隠れ家内で、周りの視線も構わずに完全に本題を忘れて兎魔人と火花を散らしあうコルト。
すると、ため息と共にハイハイと手を叩く音が響いた。
「そこまでにしてください。話が進まないではないですか」
ラヴァーニャは気にしていないが、コルトとルーカスは流石に始末の悪い顔を返す。
それを確認すると、ハウリルは遠征部隊の3人のほうを見た。
コルトもそちらに視線を向けると、3人共険しい顔をしながら武器に手をかけている。
そこで初めてコルトはこのやり取りが相当場に緊張感を与えていたことに気がついた。
視線をリンシアとランシャにも向けると、ランシャはリンシアの肩を守るように抱いていて、アンリもそのかばうように2人の前にいた。
その光景がショックだった。
怖がらせるつもりもなく、寧ろ守るための行動のはずだったのに、その相手を逆に怖がらせていた。
特にアンリが動いたというのが、コルトの心に深く刺さって抜けない。
ハウリルのほうは遠征部隊の3人に武器から手を離すように言っている。
3人はコルト達の顔を交互に見て、それからゆっくりと武器から手を離した。
「ルーカス、あとで共有しますからちょっとそこの人と一緒に外に出ててもらえますか?このままだとまたコルトさんが爆発すると思うので」
「仕方ねぇな。おらっ、クソうさぎ。こっちこい」
「何故僕が貴様らに指図さっ、いったたたたたた。耳を掴むな!結ぶな!はなっ」
ラヴァーニャの両耳を両手で掴んで結んだルーカスは、最後まで言い終わる前にラヴャーニャを入り口のほうに放り投げた。
ついで自身も一瞬でコルト達の前から消え失せる。
そうしてうるささの原因の片割れがいなくなったことで、隠れ家には静寂が訪れ、同時に場を支配していた緊張も溶けた。
最初に深く息を吐いたのは誰だったか。
「これでやっと落ち着いて話せますね」
「その前にまたこんな事が起こるなら、俺とレヴンで2班に別れたほうが良いんじゃないか?定期的に揉めて周囲に緊張を走らせるのは辞めて欲しいんだが」
「…すいません、反省してます。怖がらせるつもりは無かったんです」
「……。1つだけ言っておくとな。魔神を見た後に君も同質の存在だと言われると、普段の君がどうであれ恐怖心が湧く。そのくらい魔神は異質だった。総長が生きたままの監視を言い出すのも分かる、分かるが……」
カイナスは一度言葉をそこで区切ると、間を置いて自分は監視任務に付きたくないと零した。
よく分からない恐怖心だけを駆り立てる異質な存在を監視し続ける任務を、全うできる自信が自分には無いのだと。
それを横で聞いていたノルバスとレヴンは、お互いを見ることなく同意も反意も示さずにいた。
でもコルトには迷いがあるというその反応だけで十分だった。
戦いのプロであり対人戦闘要員として、それを職業にする者として言われた言葉だ。
戦いとは無関係で暮らす者達にはもっと深刻な恐怖を与えてしまうだろう。
──監視されるのはもうこの際それで構わない。
世界を管理していた時だってしょっちゅう人が訪ねてきていたので、プライベートなんて無かったから。
──でも皆の負担にはなりたくない。
監視任務が世界のための栄誉ではなく、左遷のような扱いで任務についている人が不名誉を被るようなことにはなって欲しくない。
「すいません、言動には気を付けます」
「本当に気を配ってください。たしかにあれの態度はかなり気に触りますが、喋っているときのあなたはそれ以上にかなり尋常ではないです」
「えっ…」
さすがにそこまでだとは思っていなかった。
せいぜいいつもと違う態度が怖がらせたくらいだと思ってた。
でもハウリルは首を横に振って、不気味な威圧感があると断言する。
他の人にも確かめるように辺りを見渡すが、誰もそれを否定しなかった。
「あっ、あぁ…すいません、すいません!そんな…僕、全然気付かなくて…」
まさかそこまでだとは思わず、コルトは露骨に狼狽えた。
所詮、今の自分は何の力もないただの共族。
どれだけいきがってみたところで、子犬がキャンキャン騒ぐようなもの。
そうだと思っていたのに……。
そうやって目に見えて落ち込んでいくコルトに、ハウリルは珍しく慰めの言葉を送ってきた。
「そうだとは思っていました。気が付いていたらあなたなら自制していたと思いますので」
呆れていることに変わりは無いが、それでも多少は心が浮上する。
すると、何かがそっと手を握ってきた。
顔を向けるとリンシアだ。
「おにいちゃん、こわくないよ」
そう言ってコルトを見上げるリンシアの小さな手は少し震えている。
明らかに子供なりに年長に気を使っている様子だ。
リンシアにまで気を使われて情けなかった。
でも、いくら情けなくても表に出すのはリンシアの勇気を踏みにじる行為。
コルトは頑張って平静を装うと、ありがとうと返した。
「では落ち着いたところでコルトさん。色々と説明をお願いしますか?」
「分かりました」
それからコルトは中立化の原理とやり方、自分たちの監視について言われたことと自分の所見を一通りみんなに説明した。




