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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第9章
196/273

第196話

とりあえず、諸々を一旦横に置いて食事をする事になったコルト達。

遠征部隊が持ち込んだ糧食も数缶開けつつ、お互いの自己紹介を済ませた。


「それで、群れから追い出されたって訳か」


現在の話題の中心はランシャだ。

こちらの無魔の中では弱小だがそれでも生き残り続けている集団で、さらにアンリ達を地下基地から追い出した者達の長。

それが何故かここで生活しているとなれば、気にならないはずがない。

理由を聞いてみると至って簡単で、アンリを見て自分の現状に疑問を覚えてしまったらしい。

それが日に日に膨らんでいき、表に出してしまったところ、墜ちた者、集団に仇なす者、裏切り者、長に相応しくない者、その他色々と糾弾されてアンリ達共々追い出されてしまったようだ。


「とりあえずランシャちゃんが悪いって話じゃないよな」

「でもコメントしづらい問題よね。生き残るためには綺麗事ばかり言ってられないし」

「女の子1人をトロフィー化して、多数の男を使い捨てる。やり方としてはまぁ…分からんでもないが、嫌なやり方だ」

「嫌なやり方だからそれを変えようとすると古参が反発するんだろ。自分たちのこれまでを否定されるようなもんだからな」

「嫌な思いをしたからこそ、これからは変えようって思わないんでしょうか」

「思う人間が少ないから”高潔”って言葉が廃れないんだ」


遠征部隊やコルトの感想に、ランシャは悲しそうな顔で落ち込んでいた。

追放されたとはいえあそこで生まれ育ち、立場なりに大切にはされていた。

周囲からいくら慰められても、追い出されるようなことを考えてしまった罪悪感が消えたりはしないようだ。

自分はどうすれば良かったのかと零した。


「俺らのせいにしときゃ良いんじゃねぇの。俺らとリャンガが会っちまったのはお前のせいじゃねぇ。リンシアだって親に捨てられた原因になっちまってるしな」

「それができたら嬢ちゃんもこんな悩んだりしないだろ」

「つってもどうすんだ?セントラル攻めんのに人数は欲しいだろ?でも正直これについては俺達が首突っ込む事でもなくないか?話聞いてると腕は立つみたいだが背中は預けられないだろ。2陣を待って、俺達だけで潜入を考えたほうが良い気がするけどな」

「仮に手を組むとしても、同じ配置は遠慮したいよな」

「機械人形の協力も得られるなら、ルイもいるし何とかなる。装置さえ奪取できれば良いわけだろ?」


レヴンがそう言いながらコルトを見た。

それにコルトは頷きを返す。

たしかに装置を奪取し、起動できればあとはどうにでもなる。

でも、なるべくならコルトは作戦に多くの共族の勢力に参加して欲しかった。


「まぁ人数でデカい面してんなら、こっちも人数増えた後にまた接触してみても良いんじゃねぇの?機械人形も入れりゃ頭数は十分だろ」

「前回言うこと聞かせたのも、ルーカスの暴力ありきでしたしね」

「ここは共族の土地なんですよ。あんまり魔族の非文明的な力に頼ってほしくないです」

「文明滅んでますので、問題ないですね」

「なっ!?それならいっそう知ってる僕たちが守らないといけないじゃないですか」

「話し合いが通じない輩は相手の価値観に則って、圧倒的な暴力を見せつけるのが一番ですよ」

「相手が力が一番って思ってないかもしれないじゃないですか」

「お金の流通も無く、ただただ暴力で命の取り合いをしている人たちが他のものに価値を持っているとも思えませんね」

「ハウリルさんは考え方が暴力的すぎる」

「コルトさんが甘すぎるんです」


考え方の相違からくる方向性の違い。

2人の間に剣呑な空気が流れるが、リビーが両手を叩いて空気を壊した。


「はいはい、そこまでにして頂戴。まだ後続がいるんだから、彼らと合流してからでも遅くはないでしょ」

「すいません」

「申し訳ないです」


窘められて2人とも謝り、その日はそれで顔合わせは終了となった。

その後みんなの食べ終わった器を洗うためにアンリと共に外に出ると、日が完全に落ちて辺りは真っ暗になっていた。

コルトたちは洞窟の入り口のすぐ脇に寄ると、アンリが水を出してコルトはその流水で器を洗う。

星の明かりで流水がキラキラと反射して、人工的な明かりの無い夜空の下を僅かに照らしていた。

手元ライトを忘れたが、取りに戻るにも距離が近すぎて面倒だったところに、この僅かな光は救いの光だ。

そして、その光を見ながらふと、コルトはこの星に衛星を作っていない事を思い出す。

コルトの手が一瞬止まった。

アンリはそれを見逃さなかったらしい。

どうしたのかと聞いてきた。


「この星に衛星が無いなって」

「えいせい?」

「うん。この世界の周りを回る小さな星のことだよ」

「ふーん、よく分かんない」

「だよね」


アンリのよく分からないという言葉に苦笑を返すと、コルトは顔を上げて夜空を見上げた。

つられるようにアンリも空を見上げる。

夜空で淡く光る衛星があれば、今この真っ暗闇でも何かの導になるだろうか。


「夜になるとね、日の光を反射して薄く地面を照らしてくれるんだよ」

「へぇ、便利そうだな。でも夜も明るかったら寝れなくない?」

「あはは。そこまでは明るくないよ、せいぜい今よりちょっと地面が見えやすくなるくらいじゃないかな。僕も実際に見たことがあるわけじゃないから、明確な違いは分からないけど」

「なんだ、コルトも知らないんじゃん」

「そうなんだよね」


コルトが知っているものの大半はただ知識として知っているだけで、実際に見たり触ったりしたものはほとんどない。

そういう意味でなら、コルトの経験値は肉体年齢相応だった。


「ある世界ではね、その衛星の満ち欠けが暦として使われたりしてるんだよ」

「えっ、星が欠けんの!?」

「実際には欠けないよ。ただ日の光の当たり方とか、星の影とかでそう見えるだけだよ」

「なんかちょっと難しいこと言ってるってことは分かった」

「この世界に無いものの話だからね」


──衛星、作っても良かったな。


アレも衛星を作ろうとは言い出さなかった。

コルトも必要性を感じなかった。

だから作らなかった。

単純な理由だ。

でも今こうして星空の下で夜空を見上げて、少し欲しいと思ってしまった。

文明の光が失われ、夜に外を出歩くなんてとてもできない。

でも夜空で光る衛星があれば、それも少しは良くなるだろうか。


「アンリはさ、衛星があったらどう思う?」

「どう思うって言われても、よく分かんないのにどうもないよ。でも、コルト的には良いものなんだろ?なら良いんじゃないか」

「……うん、悪いものじゃないよ」


決して悪いものではない。

ある世界では人々を導く光として存在していたりする。

それらは勝手にその世界の知性体が作り出した物語ではあるが、コルトはそれらの物語の内容を頑張って思い出した。

その世界で語り継がれているならば、その存在が無意味であることは決して無いはずだ。


「ある世界ではね、暗い中でたった1人でも、夜空で光るその星だけは必ず寄り添ってくれるんだよ」

「空にあるのに?」

「比喩、例え話だよ。いつ見上げても変わらずそこにあるものってことで、親近感を覚えるんじゃないかな」

「あぁなるほど。森でちょっと迷っても、目印になる見慣れた木を見つけると嬉しいもんな」

「…そうだね」


アンリの例えはコルトにはちょっと分からなかったが、アンリが納得したのでそれでいいだろう。

そうして2人静かに夜空を見上げていると、背後から申し訳無さそうな声がした。


「あのぉ、2人とも空を見上げてどうされました?」


その声に驚いて振り向くと、ランシャが入り口から顔を半分だけだしてこちらを伺っていた。

気が付くと、2人揃って空を見上げるのに夢中で器を洗う手元がすっかり疎かになっている。


「うげっ、気が抜けてた」


慌ててアンリがまた水を出し始めたので、コルトも急いで器を拭き始める。


「…大丈夫そうなら、その…戻りますね」

「待って!その、洗った器を拭くの手伝って欲しい」

「お二人の邪魔になりませんか?」


居心地悪そうな顔のランシャに、コルトとアンリは顔を見合わせると、アンリが笑い出した。


「こいつと?ないない!絶対ない。それより、コルトがまた色々言ってるからランシャも聞いてやってよ。私じゃ言ってることあんま理解できないからさ」

「そこまで難しい話はしてないはずだけど…」


前提となる知識が欠落しすぎてて、アンリには難しすぎたようだ。

ランシャもそんなアンリを見て遠慮しながらも入り口から体を出すと、洗い終わった器を手にとって乾いた布で拭き始めた。

それを見ながらアンリが先程コルトが言っていた事をランシャにも聞かせる。

するとランシャも緊張がほぐれたのか、少し楽しそうな顔になった。


「素敵なお話ですね」


朗らかな笑顔でそういうランシャに、コルトもちょっと自信がついた。


「だよね!やっぱり無駄だって切り捨ててきたもの、ちょっと考え直そうかな」

「私には分からん」


自信がついたせいでコルトは少し興奮したが、逆にアンリはいまいちその辺りの感覚が無いらしく冷めた表情で首を捻っている。

すると、ランシャが怖ず怖ずとコルト達の様子を伺うような仕草を見せた。

どうしたのかと聞くと、戸惑うようにやっぱり良いと言った。

だがアンリが溜め込むのは良くないと言うと、ギュッと目を瞑ったあと決心したように口を開いた。


「そのっ、先程の皆さんのお話を聞いて思ったのですが、コルトくん、いえっ様と呼ぶべきでしょうか。…その……神…なのですか?」


コルトは思わず瞠目してしまった。

知ってる人のほうが多い環境に慣れすぎて、久しぶりの感覚だった。

みんな知ってるので今更隠す事でも無いが、神を肯定するのも半分嘘付いている感覚だ。


「これ、僕もはっきり答えづらいんだよね」


なので、とりあえず初手に曖昧な回答をしてみた。

それでもランシャには十分だったようで、かなり複雑な表情をしている。

はっきり言えるのは、負の感情のほうが多そうな事だ。

そして絞り出すように、そうですか、と呟いた。


「アンリはコルト…様にかなり気安いけど、不敬とは思わないの?」


言葉をかなり選んでいるランシャ。

コルト個人は気楽にして欲しいと思うが、今話しかけられているのはアンリだ。

アンリはランシャの問いに、別にと答えた。


「だってこいつが神とかなんとか言い出す前からの付き合いだし、こいつ自身そっからも何も変わってないし」

「でっ、でも、一応神様、なんだよ?」


するとアンリはかなり憮然とした表情になる。


「だって本物の神かわかんないし」

「そのっ、仮定の話で…」

「仮定でも今のままのコルトなら気にする必要無いと思うし。それにコルトって時々言ってる事がすっごい意味分からないから、神だからって言うこと聞いてたら絶対苛つくと思う」


褒めているのか貶しているのか分からない感想に、コルトはあははとカラ笑いするしかない。

でもアンリのその言葉を聞けたのは嬉しかった。

だからコルトもランシャに声をかけた。


「アンリもこう言ってるし、ランシャも気にしなくていいよ。というより、みんな気にしてないし、何より決定的な証拠も無いし」

「ですが…」


証拠が無いと言っても、基地に移動前の出来事があったせいか食い下がるランシャ。

仕方なくコルトは少し乱暴な本音を返した。


「人から崇められるのって面倒くさいんだよ。崇めるってことは見返りを求めてるって事だからね。勝手に崇めてきたくせに、見返りが無いと文句を言われるのが嫌なんだ、面倒くさいから」


ランシャも以前の立場から思い当たる節があるせいか、コルトのその言葉に少し共感するところがあったらしい。

乱暴な物言いだったが、それで納得をしてくれた。


「では、皆さんと同じように接しますね」

「ありがとう」


お礼を言うとランシャも頷いた。


「よしっ、これでわだかまりも無くなったな!皿も洗い終わったし、戻ろうぜ」

「はい」


それでその日は終わった。


再三言われている通り、己が何者なのかという証拠が無いのはコルトも十分に理解している。

そしてそれが無いまま皆を付き合わせていることも分かっている。

だからこそ少しでも早くセントラルの装置に辿り着き、この混沌を極めた情勢を落ち着けたいと思っているのだが。


幸か不幸か。

翌日。

証拠のほうからやってきた。


全てを巻き込む災禍と共に。


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