第195話
誰にも遭遇しないようにと崩壊しかけた地下を、G29の案内と懐中電灯を頼りに進み続け、やっとの思いで地上に出る頃には日が落ちかけていた。
これなら我慢してルーカスについて、自分も先に遠征部隊についていったほうが良かったのではないかと思ったほどだ。
そんな今更な後悔をしつつ、足取りに迷いのないG29の後ろについて街の外に出て、さらにしばらく歩くこと小一時間。
コルトがヘトヘトになる頃、聞き慣れた安心する声が聞こえてきた。
「コルト!」
名前を呼ばれて顔を上げると、満面の笑顔のアンリが手を振っているのが見えた。
そのすぐ横で手を引かれて子兎のように飛び跳ねるリンシアもいる。
そしてその背後には1体の機械人形が付き従っていた。
「アンリ!リンシア!」
2人の姿を見たコルトは、それまでの疲れが嘘のように吹き飛ぶと、2人に駆け寄った。
「2人とも無事で良かった」
「何とかな。それより遅かったじゃん、何があったんだよ」
「うっ、ごめん。色々予定が狂っちゃったんだ。ハウリルさんにも謝らないと」
「コルトの事だから、また余計なことに首突っ込んだんだろ」
「またって何!?誤解だよ!?」
確かに前はそうだったかもしれないが、今回は災難のほうからやってきたので、無実の罪だ。
弁解をするが冗談のように流されてしまった。
これはハウリルも交えて真面目な話し合いの場にしないと信じてくれ無さそうである。
コルトはがっくりと項垂れた。
すると、リンシアがちょいちょいとコルトの袖を引っ張った。
「おにいちゃん、おにいちゃん。おねえちゃんは?」
「おねえちゃん?あぁ、あいつか」
リンシアの中ではまだルーカスが”女”という印象が強いようだ。
「助っ人を呼びに行ってるよ。そのうち来ると思う」
「すけっと?」
「うん。僕達を助けてくれる人だよ」
「おっ、呼べたんだ。ハウリルが適当な理由で断ってくるんじゃないかって予想してたから意外だ」
「えぇ…」
思ったよりコルトの働きに期待されていなかったようで、少し悲しくなった。
それはともかく、こうして無事に合流できたのでさっさと拠点に行こうという話になる。
周囲も暗くなり始め、何かあったときに戦える人間がアンリしかいないのでは不安だろう。
機械人形も壁としてどこまで耐久性があるのか分からない。
3人と2体は、現在アンリ達が拠点にしている場所に向けて、足早に移動し始めた。
到着したのは入り口が草木に覆われて分かりにくい、自然にできた洞窟だった。
なだらかに下る入り口と、その先は深さと広さもかなりある。
現在の気候条件なら悪天候で水没する心配も無いし、雨風を凌ぐには十分だろう。
コルトは足元に気を付けつつアンリの後を追って洞窟に入ると、中は思ったよりも大分快適な空間になっていた。
平らに均された地面に木製のテーブルと椅子が何脚か置かれ、壁には松明が吊り下げられて並んでいる。
そして奥から風が流れてくるので不思議に思ってそちらに視線を向けると、どうみても扇風機と思われるものが小型発電機と思われる箱に繋がれて稼働していた。
そしてそのまま壁沿いに視線を向けると、細長いテーブルが置かれ、壁に貼り付けられた何かを真剣に見ているハウリルの姿を見つけた。
コルト達が入ってきた音で気付いたのか、ハウリルは静かにこちらに振り向いた。
「お久しぶりです、コルトさん。1人足りないようですね」
「後で来るってさ。ハウリルの予想に反して、人を出してくれたんだってよ」
アンリがそう言うと、ハウリルは少し目を開いて驚いた顔をしている。
「素晴らしい。正直、あのかたたちは自国の利益を考えて様子見をすると思っていました」
「でもその……、ちょっと色々問題が起きてて」
「代価に無茶振りをされましたか?」
「いえ、そうではなく…」
先ずどこから説明しようかと考えていると、洞窟の奥のほうからいい匂いが漂ってきた。
「おやっ、その前に食事にしましょう。街から随分歩いたでしょう。そちらの汎用機のかたも、今夜はこちらに?」
【報告を弊ネットワークも直接共有させて欲しい。通信設備の増築にはまだ時間が掛かる】
「わかりました」
「じゃあ、コルトも来たし手伝ってくるわ」
「わも!わもおてつだいする」
そうして2人は洞窟のさらに奥に消えていった。
「機械人形に食事を作らせてるんですか?」
「違いますよ。あとでご紹介しますが、会ったらきっと驚きますよ」
機械人形ではない、こちらでの生身の人間というと限られる。
「……まさかリャンガさん達の?」
「察しがいいですね」
「どうして…」
「自分の意志で立って歩けるというのは、眩しいものなのです」
いまいち返答になっていないが、ハウリルはニコニコとして答える気が無さそうだ。
コルトは諦めてハウリルが眺めている壁に貼り付けられている何かを見た。
「これは、地図ですか?」
「そうです。せっかく時間があるのですから、少しでも調べておけば後々が楽になるでしょう」
【弊ネットワークも2000年ぶりにデータの更新ができたので助かった】
「ルーカスにやらせると、結構見落とすことが分かりましたからね」
ため息をつくハウリル。
前にロンドストを偵察させたときも、上空から見ているはずなのに巨大な穴を見落としたりと結構酷い状態だったことをコルトも思い出した。
「そのルーカスですが、まだ着かないのですか?どういう状況で別れたのです」
【慌てることはない。複数の魔力が弊ネットワークの探知システムに引っかかっている。この速度なら23分もあればここに到着するだろう】
探知システムについて疑問に思うと、顔に出ていたのか機械人形達がハウリルとアンリのデータを元に、魔力を感知するシステムを作ったらしい。
元々コルト達が地下基地に侵入したときも、謎のデータ収集システムがあったので、それも使えたのだろう。
これで仮に迷子になっても機械人形が探しにいける。
「なら僕、入り口のところで待ってますね。洞窟だと分かりにくいでしょうし」
「お願いします。わたしは少しこの辺りを片付けておきましょう」
コルトは洞窟の入り口に引き返した。
そして機械人形の言う通りに20分程経った頃、ルーカス達が現れた。
全員特に怪我などもなく、特に何事も起きずにここまで来れたようだ。
「上手いところに隠れたじゃないか」
「ルイの案内が無かったら見つけられなかったな」
「荷物はどうする?」
「俺が見張っておくから、先に中を見てきてくれ」
そういうカイナスを残して全員が中に入ると、ちょうどハウリルも片付け終わったようだ。
テーブルだけを残して、椅子が全て端に片付けられている。
確かにこれだけの人数なら、椅子があると逆に邪魔になるだろう。
「お久しぶりですねぇ、ルーカス」
「言い方がウゼェ」
ニコニコとしながら少々間延びした言い方をするハウリルに、ルーカスが口元をひくつかせた。
「ハウリル殿、遅くなって申し訳ない。事情についてはこちらから説明させて頂こう」
「いえいえ、こちらも結局地下基地を保持できませんでしたので、面目無いです」
【それについては弊ネットワークも謝罪しよう。ある種の同盟関係だったというのに守りきれなかった】
「おっ、おう。君達が噂に聞く機械人形か」
ニュッと現れた機械人形に遠征部隊は面食らったようだ。
【だがその前に補給を提案する。ハウリルもそのつもりだったはずだ】
「えぇ、食事にしましょう。みなさん、お疲れのはずです」
「良いわね。でも突然人数が増えたから足りる?うちからも出すよ」
「大丈夫ですよ。コルトさんたちが街についた時点で、連絡は受けていましたので」
「ほぉ、遠隔通信技術があるのか」
【弊ネットワークが保存していた、所謂骨董品の無線通信だ。諸々の制限が多いため、極短時間しか使っていない】
「なんだ、やっぱり通信技術はあったのか。無魔の利点が潰れるから無いと思っていた。実際エルデもソルシエも知らなかったしな」
それを聞いてコルトは、ん?と頭を捻った。
無魔の五感やイメージの送受信は確かに高い能力を持っているが、短距離でしか使えない。
大陸間という長距離に使えるようなものではないため、通信技術の制限をした覚えがなかった。
まあ空から上の技術については制限していたので、衛星通信が使えない点は技術の秘匿に入るかもしれないが。
「うーん、誰かが技術を隠してたんですかね」
「あら、制限してなかったの?ならセントラルじゃない?」
「やっぱり可能性はそこですよね」
そんなことをリビーと喋っていると、ハウリルの目が光った。
「なるほど、たしかに色々あったようですね」
今の会話でコルトが共神であると喋ったことを察したようだ。
コルトは言葉に詰まった。
だがその時タイミングよくお盆にたくさん器を乗せたアンリとリンシアが戻ってくる。
なんとも食欲を刺激するいい匂いが2人を包んでいた。
「おーい、飯できたぞー」
2人がテーブルに器を置くと、アンリが周囲を見渡す。
そしてルーカスに手を上げて軽く挨拶をし、そして見慣れた夫婦の顔を見つけると歓声を上げた。
「リビーとアーリンじゃん!久しぶり!」
「お久しぶり、アンリちゃん。元気そうね」
「おう!でもこっち来てからしばらくは鍛錬してなくてさ、腕鈍ってるかも」
「あらっ、じゃあ明日にでもみてあげる」
「やった!」
「リビーの訓練はキツイから気をつけろよ。それでそっちのチビちゃんが例の」
器を置いてからアンリの後ろにさっさと隠れてしまったリンシアに視線が集中した。
いきなり注目されて、リンシアはさらに小さくなっている。
「わっ、わっわは」
「あぁごめんごめん。怖がらせるつもりはなかったんだ」
少し怯えたリンシアを見て大人たちが慌てだす。
「いきなりデカいのがこんなに増えたらそりゃ怖いわよ。とりあえず私達は一度戻って荷物を運び込みましょう」
「カイナスをいつまでも待たせるわけにはいかないからな。そこの空いてるところに持ってきたものを置いてもいいか?」
「どうぞ。収まらないようなら、奥に物置にしている場所がありますので」
そして遠征部隊が入り口に戻っていき、アンリとリンシアも足りない分を取りに行く。
テーブルの周りにはコルト、ルーカス、ハウリルの3人が残された。
何故か気まずい雰囲気が流れる。
最初に口火を切ったのはハウリルだ。
「コルトさん。喋ったのですか?」
咎めるようなハウリルの声。
遮ったのはルーカスだ。
「待て、原因は俺だ。俺が魔神の支配を受けた」
「なんですって」
「王宮内で暴走しちまった。それで俺が処刑されるか否かの流れで、こいつが喋ったんだよ。あんま責めるな」
「それは……」
ハウリルは言葉に詰まった。
それから眉間にシワを寄せたり、唇を噛んだりと様々な苦渋の表情を見せ、静かに分かりましたと呟いた。
「予想よりも大分大事だったようですね」
「ついでに、他も全部ゲロった。もうどうしようもねぇからな、正直に喋ったほうがマシだと思った」
「はぁ、えぇ、はい、わかりました。こちらも自分から言い出したことを全うできていませんので、強く言うのは筋違いでしょう」
「ごめんなさい」
「いえっ、全て上手くいくことのほうがおかしいのです。経過はともかく、今は結果を喜びましょう。あなたたちは十分な仕事をしました」
ハウリルがそう閉めるが、再度3人の中に気まずい雰囲気が流れた。
お互いにお互いの求めた仕事を熟せなかった後ろめたさ。
それを改めて噛みしめてしまい、誰も口が聞けない。
「何やってんのお前ら」
そこにアホを見つけたような声が上がった。
声の方向に視線を向けると、追加の器を持ってきたアンリが立っている。
そのすぐ横にも同じく器を持ったリンシア。
そしてさらにその後ろには、ここにいるはずのない人物、ランシャが立っていた。




