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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第9章
192/273

第192話

リンデルトの言うように、ズモウの馬車の準備が終わったコルト達は、それなりに保存食や船確保のための取引材料を渡されると、さっさと国を追い出されていた。

忙しいのは分かるがそれでも一抹の寂しさを覚えつつ、コルト達は東大陸西端に向けて大陸の北側ルートを今日も進んでいる。

現存技術の粋を集めて作られたズモウ専用の推進装置付き馬車は実に快適だ。

さらにズモウも知能が高く雑な指示でも迷うことなく進んでくれるので、その辺りも負担軽減に繋がっている。

一部親教会派が盗賊紛いに落ちぶれて北を荒らしているという話もあったが、例によって魔力感知に障害物もお構いなしの魔力透視能力の竜眼という無法者がいるので、安全面でも問題ない。

かなり気楽な道中だった。

なので軽快に走り続けるズモウ馬車の中、手持ち無沙汰なコルトは北に思いを馳せていた。


「思ったより時間食っちゃったし一時はどうなるかと思ったけど、何とか北に戻れそうで良かった」


まだ見えない西大陸の北の山脈を見ながら独りごちると、屋根の上でのんきに寝ている奴が、アンリ達が無事だといいなと相槌を打ってきた。


「本当にそれだけが心配だよ。リャンガさん達個人は良い人達だったけど、集団になっちゃったから、何か揉め事が起きてないかと心配で心配で」

「そこはアンリの忍耐とハウリルを信じるしかねぇな。あとは機械人形がこっちの味方してるのがどう転ぶかだろ」

「ぐっ…、AIに頼らざるを得ないなんて、悔しい」

「過去のすげぇ共族の研究者が作ったんだろ?なら多少は信じてやれよ」

「そう言われるとそうだねって思う気持ちと、無機物の分際で人の友人を名乗るなって気持ちがせめぎ合うんだよ」

「つくづく難儀だな、お前」


呆れたような声が降ってきた。

コルトだってどうかと思っているが、もうこれは変更できない仕様のようなものなのでどうにもできない。

とりあえず2人でそんな会話をしながら進み続けること一週間ちょっと。

目的の港町、エータス港に着いた。

一番最初に驚いたのは、前回は無かったはずの巨大な門ができている事だ。

さらに門番も置かれて通行人や積荷を1つずつ確認している。

コルト達も当然確認をされたが、馬車を見るやいなや門番は顔を歪めた。


「お前ら、壁か」

「東端の壁の向こうからって意味ならそうだぜ。なんだ、入るのに問題あるか?」

「…いやっ、無いが、揉め事を絶対に起こすなよ。先ずはロバス司教に挨拶をしろ」

「ロバス司教?」

「あぁいたな、そんな奴。ハウリルの顔見知りで拉致られそうな奴らを見つけて、クーゼルと一緒にこっちに渡ってきた奴だろ」


そう言われてコルトも記憶の彼方に行ってしまったものを何とか見つけられた。

あの時の避難民の多くはアウレポトラに行ったはずだが、ロバスはまだ残っているようだ。


「まだいるってなら会いに行くか。ロバスに色々聞いたほうが話が早そうだしな」

「元気にしてるといいんだけど」


そして2人は街の中に入ると真っ先に前回泊まった宿に向かった。

宿につくと受付にいた恰幅の良い妙齢の女はコルト達の顔を覚えていたらしい。

前回支払いのハウリルの金払いが良かったせいか、コルト達の宿泊はあっさり決まった。

生きていた事に驚かれつつ、ズモウをルーカスに任せてロバスの居場所を聞こうとすると、世間話という名の一方的に聞かされる愚痴大会が始まってしまった。


「避難民がいなくなったと思ったら、今度は対岸の村の連中が船ごとやってきてね。そりゃもう大変だったよ。自活能力が無い奴らも面倒だけど、ある奴はある奴らでこっちのやり方にケチつけてきたり、勝手な事を勝手に始めたりしてね。アーク商会が連中をどっかに連れってってくれなかったらどうなっていたことやら」

「それは、大変でしたね」

「逃げてきた分際でこっちの土地を踏み荒らすような奴らなんだ、そりゃ元の場所を追い出されて当然だね。全く事が済んだらさっさと向こうに戻って欲しいものだよ」


コルトはそれには苦笑いを返した。


「でも一番許せないのは教会だよ!ただでさえ向こうとの格差が酷いってのに、壁の悪魔についてずっとあたしらを騙してたって!?それでアウレポトラが王に潰されて、結局再建は悪魔の手を借りてるってんだから、まったくしょうもない連中だよ」

「あっはははは……、でっ、でもとりあえず争いの種が1つ無くなって良かったじゃないですか」

「良くないよ!1つ減っても2つ増えたら意味ないよ!」

「うえぇ…、何が増えたんですか?」

「何ってアンタ、司教や討伐員が盗賊に堕ちて各地を荒らしてんだよ。今までだって盗賊は出てたし、今更何を…って、アンタもしや壁の人間かい?」

「はっ、はい…、えぇっと…その……」


さすがに今出身がバレるのは不味いかと思って、少し後ずさったが女は豪快に笑うと何もしないと言い切った。


「壁の人間を見るのはアンタが初じゃない。時々白い鎧を着た奴らがアーク商会の警護を兼ねてロバスさんを訪ねて来るからね、うちにも何度か泊めたよ。ん?でも、まだその戦士以外は壁の外には出さないって聞いたけど、アンタは何なんだい?」


コルト達がここに来た時は、まだアウレポトラの崩壊前。

なので、コルトがそれより前にここに来たことを不審に思ったらしい。

これは下手に答えるとあらぬ誤解を生みかねないと、どう説明しようか迷っていると、ズモウを繋ぎ終えたルーカスがタイミングよく戻ってきた。

そして受付台に片手を付いて身を乗り出す女と、逃げ腰のコルトを見て眉根を寄せると、どういう状況だと問うてきた。

コルトはさらに迷った。

ここで変にルーカスに説明させて、さらに状況が悪化したら任務どころではなくなってしまう。

だがそうやってコルトが迷っているうちに受付の女が、アウレポトラ崩壊前にコルト達がここに来た理由をルーカスに聞き始めた。

短く悲鳴を上げるコルト。

全く気にしないで受け答えをするルーカス。


「んなもん、突然大量の討伐員集めて攻めて来たんだ、壁の奴らだって外の情勢が変わったのかって知りてぇだろ?だから見た目が弱そうっつぅか、実際にクソ雑魚で警戒されなさそうなこいつを使って調査してたんだよ」

「ほう、ならアンタはこの子の護衛の壁の戦士さんだったのかい」

「まぁそんなようなもんだ。んで、今もこっちに一番詳しいってんで、使いっ走りにされてんだよ」

「大変だねぇ。じゃあアンタ達はロバスさんを訪ねてきたのかい?」

「なんだまだ居場所聞いてねぇのか。そうだ、それが一番早そうだからな」

「そうかい。なら海沿いの長の家の隣にある元倉庫にいるはずだよ」

「おう、ありがとよ」


何事もなくやり取りを終えると、コルトはほっと胸をなでおろした。

そして受付の女に礼を言うと、ロバスに会いに早速聞いた場所に向かう。

多少探すかと思っていたが、大きな建物のすぐ横に扉が開け放たれて人が出入りしている建物が1つあり、探すまでもなかった。

コルト達は先ずは外から中を伺い、問題無さそうだったの中に入る。


「すいません。ロバスさんはいますか?」

「なんだぁ、てめぇら。ロバスは忙しいんだ、ガキの相手をしている暇はねぇんだよ」


声をかけて早々強面で筋骨隆々の男達が出てきて、コルトはまた悲鳴を上げた。

明らかに歓迎されていない。

だがここで尻込みするわけにもいかないので、勇気を出して壁から来たと言葉にした。

すると男達が何故かさらに威圧してくる。

なんで何もしていないのにこんな揉め事一歩手前みたいな状況になっているのかと、泣き言を言いたくなった。

その時だ。


「貴様ら!生きてたのか!」


奥から聞いたことのある声が響いた。

全員一斉にそちらを見ると、ロバスが立っている。


「よくもまあここに抜け抜けと顔を出せたものだと言いたいが、ハウリルはどうした?」

「あいつはちょっと別件が忙しくて、西大陸に留まってる」

「ふん。生きてるならそれでいい、得体のしれんあの顔はあまり見たくない。それで、貴様らは何しにここに来た」

「えぇっとですね…」


コルトはここに来た理由や目的をロバスに説明する。

すると、その場にいたものはその内容に興味を持ったようだ。


「壁のおエライさんがな」

「船代代わりの魔石も気になる。確かアーク商会が少数扱ってたが、糞高かった奴だな。あれがありゃ船の操舵が楽になるか、もっと遠方まで漁にでられるようになるかもしれん」

「荷運びの頭が来るなら、もしや壁までの街道も整備するつもりか?」


と、先程までコルト達を威圧していたのとは打って変わって、やいのやいのとあれこれ言っている。

調子のいい人たちだなと思いつつ、敵意が引っ込んだのは良い傾向だ。

男達がこんな感じなので、ロバスの反応はどうだろうかと横目でチラッと見ると、難しい顔をしていた。


「あっ、あの…何か問題ありますか?かなり一方的な内容だとは思ってはいるんですが…」


恐る恐る聞いてみると、ロバスは一言だけ否定をすると、まだ何かを考えている。

こういう時は下手に話かけるより待ったほうが良いだろうかと、そわそわすること数分。

やっとロバスが口を開いた。


「壁の奴ら、ここに漁港以外の機能を求めてるんじゃないだろな」

「えっ?」


漁港以外というと観光は今はあり得ないと思うので、港湾機能だろうか。

確かに、一応輸送の船は以前は出ていたみたいだが、きっちり組織化されていたわけではなく、かなりふんわりとした運用をされていたような印象を受ける。

西大陸と大量のやり取りをするなら、国のトップ達がもっときっちり整備したものが欲しいと考えるのは理解できる。

だがそれを実現するなら、1つ足りないものがある。


「それが事実なら造船所もきっちり作るかもしれないですね」


こちらの船は帆船しかなく、風以外の動力は風魔法というかなり力技だ。

船自体の大きさも漁業が主体なせいか、そこまで大きくないので大量輸送にはとても向いたものではない。


「そりゃ面白そうだが、そっちで作って持ってきたほうが都合がいいんじゃないか」

「技術流出とかを考えるならそうなんですけど、陸上ルートはコスト的に現実的ではないですし、北の海上ルートは海流の状況が厳しいみたいなので」


それも大瀑布を埋めれば変わると思うが、それは今言うことではない。


「待て、ロバス!俺達はずっと漁をやって暮らしてきたんだ、それを捨てろってのか!?」

「ずっと続けてきた生き方を、突然変えろって言われてもそう簡単にはできんことは分かっている。だが…」


ロバスは迷っているようだ。

コルトも今すぐに答えを出さなくて良いことと、とりあえず今は向こうに渡るだけの船を用立ててくれれば問題ない事を伝えた。

それで向こうもとりあえず納得したようなのだが、ここでルーカスが終わりそうな話に爆弾を投げてきた。


「お前ぇら以外にも海に面した街があんのに、話が進まねぇ奴らと交渉を進めるとは思わねぇな。ここより南にゃ、アーク商会主導で色々進めてる奴らがいるんだぜ?まっ、これが全部俺らの妄想で、向こうはそんなつもりは毛頭もねぇって可能性もあるがな」

「貴様…!言わんでも分かっとるわ!」


ロバスも一応それらを考えてはいたらしい。

同時に住民たちが反対する可能性が高いことも分かっていたので、先程悩んでいたのだろう。

街の将来の発展を考えるなら輸送に重点を置いた方針に切り替えたほうがいいが、これまでを捨てられない住民がいるのも分かるのでロバスは板挟みだ。

そんな彼らにルーカスはニヤニヤしながらさらに告げた。


「他の奴らに上手い話を取られたくないだろ?」


その言葉は彼らに火を着けた。


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