第190話
予想外にコルトが怒りに興奮してツラツラと述べたので、法廷は逆に静まり返った。
ずっと大人しかった少年が、激高して怒りのままに言いたいことを場を弁えずに言い放ったのだ。
呆気にとられたと言ったほうが良いかもしれない。
逆にコルトは言いたいことを言えて、やっと少しすっきりした。
だがそのせいで少し頭が冷えて、今の状況に羞恥が出てくる。
顔がまた熱くなるが、それが怒りのためなのか羞恥のためなのか、もう分からなくなっていた。
そんな中、冷静な一言が響き渡った。
「アウレポトラの地揺れは君が起こしたのかい?」
リンデルトの声が法廷中を通った。
コルトはその声に反応してリンデルトを見る。
そういえば、前にハウリルに何故”地震”という単語を知っているのかと聞かれた事を思い出す。
何のことはない。
単純にコルトが管理者だから知っていただけの話だ。
この体が持っているはずの無い知識を引っ張り出せたのなら、衝撃で地震の1つくらいはうっかり起こせるだろう。
だがあれは本当にまずかった。
揺れの強さ的にまともに街があったら多くの犠牲と共に、コルトも死んでいた可能性がある。
事前にほぼ更地になり崩れるものが無かったことと、ハウリルの反応が早かったのが幸いだった。
「多分、そうですね」
当時のことはあまりよく覚えていないが、コルトの理性とは関係なく実際に揺れを起こしてしまったのなら、それは完全にコントロール外の力だ。
その危険性を今更ながらコルトは確認すると、当然周囲もそれを理解した。
ざわざわとし始め、コルトを怖れるような雰囲気が出てきた。
「確証が無いなら、君も自由に起こせるわけではないのかな」
「管理者の力をこの体で使うには強大過ぎる。あの時はまだ自分が何なのか思い出せていなかったので、目の前の事象に反応して理性をスルーしてそのまま出力されたんだと思います」
理由が分かれば制御も容易い。
目の前で共族を一方的に大量虐殺などされない限りは、コルトも我を失って制御を狂わせたりはしない。
それが彼らにとって何の保証にもならないのは確かだが。
「ルイカルドや犬の魔人からも聞いたよ。共族領はあまりにも環境が安定しすぎているとね。それも全て共神が管理しているからだと。君は環境管理をやめると言ったが、それはつまりこれからは私達共族も魔族と同じ環境に晒されるという事で良いのかな?アウレポトラの地揺れが、今度からはもっと広範囲で当たり前に起きると」
コルトはそれに頭を捻った。
広範囲で当たり前というのは、合っているとも言えるが、間違っているとも言える。
管理をやめて、大瀑布も埋めたあとの地殻がどうなるのか、コルトにもさっぱり分からないからだ。
何よりコルトは魔族領の環境情報を知らない。
あのアホ魔神がもっと極端な環境にしているとも限らないので、コルトの知っている環境と比較した結論が出せない。
「地域によるとしか言えないですけど、ただ1つ確実なのはどこであろうと環境は激変しますね」
「随分と軽く言ってくれるじゃないか」
珍しくリンデルトの語気が少し荒い。
それにあてられたのか、周囲も口々に文句を言ってきた。
「環境が全て管理されている事すら知らなかったのに、それを都合でいきなり全部やめるだと!?貴様も仮にもこのラグゼルで勉学に励んでいたなら、急激な環境変化で何が起こるのかくらい分かるだろう!」
「しかもその対応は全て我々だけで行なえときた!無責任にも程があるぞ!」
「これだけでも事前の準備に莫大な手間と時間が掛かるのに、さらに魔族との戦争も画策していたというのは、どういうつもりだ!仮にも神を名乗るなら、もう少しマシな冗談を用意しろ!」
「そもそも人手が圧倒的に足りないわ。ただでさえ無魔を大量に失ったばかりなのよ」
「今更人材を専門技能のみに転向させても、向き不向きをはっきりさせすぎて問題しか生まれん」
「ひぃ!」
全方位からの攻撃にコルトは思わず悲鳴を上げた。
ハウリルにも事前に結構責められたとはいえ、改めてさらに知識も経験もある者達に責められると恐縮してしまう。
彼らの言い分がもっともだと言うことも分かるだけに、それらを一蹴する気持ちにもなれない。
コルトはひたすら証言台であわあわとしていた。
「陛下!やはり仮にこの者が共神だとしたら、このまま力を取り戻させるのは危険です!」
「監視をつけ、自害を封じれば少なくとも60年は準備の時間が取れる。魔族との戦争も、ヘンリンと教会の人員があれば膠着状態には持ち込めるはず。そうだろダーティン!」
「手元の情報を鑑みれば、相応の支援を得られれば不可能ではないでしょう。さらにヘンリンや教会の協力も得られるならば、我々の技術で渡航阻止は難しくないとは言える」
「聞いたか!ならばやはり北部遠征自体を中止にしても良いのではないか!」
1人のその言葉に、コルトは冷水をぶっかけられた気分になった。
北部遠征自体を中止にしたら、北に残ってコルト達を待っているアンリとハウリル、そしてリンシアはどうなってしまうのか。
「まっ、待って下さい!遠征をやめたら僕達が戻るのを待ってる2人はどうなるんです、見捨てるんですか!?」
「その2人は元々教会の人間だろう。いわば我らの敵だ。何も問題はあるまい」
「そうやって自分たちの事しか考えてないから先の文明は滅んだのに、またそうやって自分達の都合だけを考えるんですか!?」
「口を慎め、我々はそうやって国と民を守り、ここまで生き残ってきたのだ!貴様に生き残る事の大変さの何が分かる!」
「っ!」
実体験からの言葉だ。
辺境でセントラルからの直接の恩恵を受けられないなか、周囲を欺き、自己の利益だけを追求し、事が起これば逃げて逃げてここまで生き残ってきた。
それゆえに彼らもそのやり方に矜持があり、簡単には捨てられない。
でももうあの時とは状況が違う。
魔神がルーカスをこの場で暴走させた、その一点だけで魔神がもうコルトの知っている以前の状態ではないことが伺える。
魔族が滅ぼす気のなかったあの頃とは違うのだ。
──どうしてそれを分かってくれないんだ。
もはや一部の共族だけで解決出来る問題ではない。
──この人達は管理者の力を低く見積もり過ぎてる。ダメだ、このままじゃ全部無くなる。
それだけは許せない。
許されることではない。
始める存在である自分たちが、終わりをもたらすなどあってはならない。
──どうしよう、どうしよう。このままだと何も出来ずに終わる。そうなるくらいなら。
ルーカスに自分をこの場で殺させるか?と考えたところで、その相手から声を上げた。
「お前らが北部遠征をやめるなら、俺は手を貸さねぇよ。仕事は打ち切りだ」
いつもよりも掠れた小さな声だが、魔力の風に乗せられたそれは、確かに部屋中に響いた。
「俺が受けた仕事は、外の調査に行くコルトの護衛だ。それが無しになるなら、俺の仕事も終わりだ」
「なら新たな仕事の契約を持ちかけようじゃないか」
「アホ言ってんじゃねぇ、俺に何のメリットがあるってんだ。種族存亡で共神に合わなきゃいけねぇのに、お前らが手を引くなら俺がここにいる理由がねぇよ」
「それなら我々がお前を生かす理由はなくとも、殺す理由が出来る事になるが?」
「あ゛ぁ!?」
睨めつけるように勢いよくルーカスが顔を上げると、ほぼ同時にアシュバートがルーカスの肩を押さえつけた。
だがそれでルーカスは収まらず、金属の手錠を無理やり引きちぎる。
それに周囲が身の危険を感じて慌てふためき始め、そしてコルトは条件反射でルーカスに怒鳴った。
「お前!ここで暴れるのは許さないぞ!」
「うるせぇ!このままここで終わったら、あの3人はどうなんだよ!戻るって約束してんだろうが!」
「だからってお前がここで共族を殺すのを見過ごせっていうのか!?お前の力なら、アシュバートさんが止めるよりも先にここの人間全員を殺すくらいは出来るだろ!そんなの僕が許さない!中立化してるなんて知るか、もしそんな事をやってみろ、お前を真っ先に殺してやる」
「アンリ達はどうすんだよ」
「全員の思考を奪えばいい、それなら誰も傷つけない」
「やりたくねぇって言ったのはお前だろ」
「失うくらいなら、嫌われるほうがマシだ」
凄く嫌だ。
嫌われたくない、好かれるほうがいい。
それでも失うくらいなら、嫌われるほうがずっとずっとマシ。
さっきまで最悪ルーカスに殺してもらって力を取り戻そうと思っていたのが馬鹿みたいだ。
やはり魔族は生きて近くで監視したほうがいい。
そう荒い呼吸でルーカスを睨んでいると、ガンッガンッとかなり強めの木槌の音が鳴り響いた。
「そこまで、そこまでだ。誰かコルト・ユーベンに水を出してやれ。全く、話には聞いてはいたが本当に魔族の暴力には無条件で怒るのだな」
「はい?」
訳が分からないという顔をするが、国王は気にせず貴族達に視線を向けた。
「言い分は分かるが最初の結論は変えないと事前に決めたはずだ。今回コルト・ユーベンの話を聞いて、まあその胸の内に熱い想いがあるようだが、北部遠征をやめるような内容ではなかろう。環境変化の時期だけは、どうにかならないかと思うがね。戦準備と平行してやれだの、戦後の疲弊した状態で受け入れろだの、普段なら耐えられるものも流石にたえられまい…。貴殿の熱い語りから、無駄にそうやって命を落とすのは本位では無いと思うが、どうかね?」
最後はコルトに向けて語られた。
「うっ…まぁ、そうですね……」
「うむうむ、なら今は北部遠征は引き続き行うところで話をとめておくれ。戦の詳細な話すら進められんのに、その先の話までは到底できぬよ」
優しい声音でそう言われて、コルトも冷静になる。
確かにいっぺんに全てを終わらせる必要はない、魔神のことで頭がいっぱいになっていたせいか、全て何とかしなければと少し焦っていたのかもしれない。
コルトは素直に頭を下げて謝った。
「うむ、良かろう。次にハーディ卿、我が国の矜持を大事に思っている事は嬉しく思う。だがそれに固執しすぎて、友好を育む相手を失ってしまうのは国益に反するのではないか?感情的になって言い過ぎるきらいがあるとは常々言っておるが、治せなぬのなら息子に仕事を分けてはどうかね」
「もっ、申し訳ありません」
遠回しに代替わりを進められ、ハーディ卿はハンカチで汗を拭きながら頭を下げた。
それを見届けた国王は、再度木槌を叩いた。
「遠征を今更やめたりはしない。ロンドストの技術を手に入れたいが、立地的に一番遠いのは我が国だからな。ならば、多少の危ない道は通らねばなるまい。そういうわけだ、リンデルト。ここから先はお主の仕事、余は退席する、あとは任せたぞ」
国王は全て終わったと言わんばかりに立ち上がると身を翻した。
それに習ってリンデルトと貴族たちも立ち上がると礼を取り、国王が出ていくと、驚くことにさらに何人かの貴族たちも出ていった。
残ったのはリンデルトを筆頭に、ヴァンガードの代わりに貴族席に座ったアシュバートや、まだ年若い当主、そして随行者席に座っていた者。
いわゆる、次代の担い手と言える者達だ。
イリーゼに至っては、随行者席から移動してリンデルトの反対側、王族の席に座っている。
──もしかして、ここまでの流れって予定通りだった?
それはいいのだが、コルトはルーカスの監視がいなくなった事が気掛かりだ。
金属の手錠を引きちぎるような奴を、このまま自由にさせておいて欲しくない。
だがそんな事は杞憂とばかりに、すぐにどこからともなくシュリアが現れルーカスの背後につく。
するとルーカスは渋々といった感じで、席に座り直した。
「はぁ、全くなかなか情熱的な演説だったじゃないか、コルトくん」
大分気安い空気を出してリンデルトが話しかけてきた。
周りの貴族たちの空気も先程よりは幾分か緩い。
「ずっと思ってる事を言っただけですし…、それよりこの流れは予定通りですか?」
「まあまあ予定通りだね。最初に陛下がおっしゃった通り、君が何者だろうと北部遠征は取り消さないと結論づけた。だから、そのために必要な物を見直すここからが本題だよ。さっきのは一応君がどういう考えを持っているのか、貴族全員に聞かせておきたいっていうのがあったけど、まさかそれで色々聞けるとはね。”くん”より”さま”をつけて呼んだほうが適切かな?」
半分嫌味を含ませたそれにコルトは拒否を顔に出した。
それにリンデルトは満足そうな苦笑いという器用な表情を返してくる。
「ルイも悪かったね。どこかで適当に攻撃性を出せって言ったけど、思ったよりヒートアップしてしまった」
「悪いと思ってんならさっさと話を進めろ。あいつらを北部で待たせてる事に変わりはねぇんだぞ」
「分かっているとも。それじゃあ早速始めようか」
その言葉を合図に、傍聴席にいた記録係達がホワイトボードをカラカラとコルトの後ろに並べ始めた。




