第188話
共族全ての敵。
それを聞いた瞬間、理解できないという感情と同時に、それをやって何になるのかという感情だった。
「何のためにそんな事を」
呟くように無意識に溢れた言葉。
自分でも今本当に口に出したのか確信が持てないくらい自然に漏れた言葉に、ルイカルドは反応した。
「あいつはまだ共族全体がまとまる事を夢に見てるんだよ」
「無理だ。僕達ラグゼルだってまとまるために日々妥協を重ねて、それでも時に怒鳴り合いの喧嘩になったりしているというのに」
「でもお前らは国家の危機には1つになるだろ」
「表面だけを見てそう思っているなら愚かだよ。共通の目的があって一時的にまとまれても、喉元過ぎれば熱さを忘れる。無くなればまたバラバラになるよ。もしやこれから先もずっと敵として君臨するつもりかい?」
「…やっぱ無理か」
「やっぱではないよ、何を考えているんだ!そもそも共族の敵になるなら、種族間戦争の相手は魔族ではなく共神だよね?魔族の話がどこから出てくるんだい?」
「それは…俺の都合だ」
「君の都合って。利点があるようには見えないよ?」
「俺にはねぇけど、魔族にはある。そっちとこれからも仲良くするなら、共族の力を示してもらわねぇと下の奴らがついてこれねぇんだよ」
「それは君の都合ではないだろ!?」
リンデルトはその回答に心底がっかりした。
もったいないと思っていたが、それは自分の見込み違いだったのだろうか。
相手に伝わるようにわざと盛大なため息をついた。
「君にはがっかりだよ。一度でも力で無理やり体制を変えれば、それが当たり前になって血を流すことが正義になる。必要な犠牲だと自己を正当化して、顔も知らない赤の他人を必要経費と額縁の数として処理するようになるんだ。そんな人間が成し遂げた世界に平和があると思うのかい?」
「…リンデルト」
ルイカルドには力がある。
自分達を無理やり従わせる事が出来るだけの圧倒的な力だ。
いくらシュリアがいるといっても、実際にシュリア1人で抑え込めるかは厳しい。
多くの人間はそんな力を持てば、間違いなく増長する。
だがルイカルドはいたずらに振るったりせず、どんな立場の人間だろうと変わらぬ人当たりの良さだった。
力を持ちながら、それを正しく扱える人だと思っていた。
それなのに、力を示せと宣った。
がっかりだ。
勝手に期待したリンデルト自身にもがっかりした。
「君はそんな事をしなくても魔族を変えられると思っていたのに、僕の見込み違いだったかな」
「お前…そんな事思ってたのか」
顔は見えないが明らかに困惑した声音でルイカルドは漏らした。
「だって君は、力が全てと言いながら、弱い者でも生きられる世界をって言ったじゃないか」
「…それは……」
「それなのに、力が全ての戦争で変えようだなんて、見込み違いもいいとこだよ」
本当に残念でがっかりだ。
結局一方的に期待を寄せていただけなのだろうか、結局魔族とは相容れないということなのだろうか。
リンデルトはため息をついた。
友との語らいを期待していたが、こんな事になるなら来ないほうが良かったか。
どっちみちイリーゼに後で何か言われそうではある。
再度ため息をついて、立ち去ろうと踵を返した。
「リンデルト、お前は俺しか見てない。だからそう思うんだ」
だが、2,3歩進んだところでその背中を、諦観を含んだ声が掴んだ。
強く掴まれて思わず足を止めてしまう。
その背中にさらに追い打ちを掛けるように声が掛かる。
「魔神を殺すためだけに魔族に生まれて共族みたいに育てられたんだよ、俺は」
ほんの少しだけ震えている声。
気付いたときには体ごと振り返ってそう言っていた。
「向こうにいる魔族はな、弱い奴は本当になんにもならねぇ。ただ戦う力が弱いってだけで、生き方を選べなくなる。住む場所も食う物も家族も仕事も、死ぬ時も選べねぇ。なんでそうなってるかっていやぁな、魔王がそういう支配をしてるからだ、魔神がそれを魔族に望んでるからだ。戦うために作られた俺たちは、魔神が望む間は戦い続けなきゃいけねぇ」
リンデルトはさらに一歩進んで、再度鉄格子の前に立った。
「でもそれをどうにかするにも、俺が暴走したように魔神に逆らえねぇ。俺たち魔族じゃどうにもならねぇ。なら共神に、お前ら共族に頼るしかねぇ。血を流してくれって頼むしかねぇ」
情けねぇだろ、と震える声で絞り出すように零された。
リンデルトは鉄格子を掴んだ。
初めて見る友人の弱さだ。
「そのために種族間戦争を持ちかけた、俺があいつに差し出せるものなんて、魔族の血しかねぇ。あいつは魔族が嫌いだし、共族をまとめるための何かを求めてたしな。無理やり戦わされるお前らは、共神という共通の絶対悪を手に入れて、魔族はその戦争で魔神と魔王を個体が弱いと見下していた共族の連合に殺されて派手に負ける。それまでの魔王を象徴として個の力による支配をぶっ壊される。魔族は全部がめちゃくちゃになる」
「なんでそこまでして…」
「理由は色々あるけどな、1つはこの国に憧れた」
力強い真っ直ぐな憧憬の言葉だった。
「お前は俺とこれからも交流したいと言ってくれた。俺もそうなったら良いと思ってる。それでこの国の奴らみたいに、魔族も笑って過ごせたら良いと思った。でもそれをするにも魔神が、魔王が…親父が邪魔過ぎる」
「まさか君、自分の父親を殺すつもりなのかい!?」
「そうだ。贄の役割を持った親父には悪ぃと思ってる。でも徹底的に変えるなら中途半端な事は出来ねぇ。だから俺がやる」
リンデルトは頭を抱えた。
あまり両親の話をルイカルドはしなかったが、会話の内容や雰囲気的に不仲は感じられなかった、というより慕っているような感じだった。
同じく父である王とその王妃である母の両親をしたっていたリンデルトは、その面でもルイカルドに親近感を持っていたのだ。
それなのに自らの手で殺すという。
これに頭を抱えずにいられるだろうか。
ルイカルドの性格的に、どう考えてもずっと引きずるだろう。
「馬鹿な事を考えるなあ、君は」
「俺もそう思う」
「ならやめなよ。と言っても、そこまで喋るならもうその計画は諦めたんだろうけどさ」
「あぁ…。多分戦争準備をけしかけようにも、戻ってすぐ殺されるだろうな。コルトもそう判断したから種族間戦争の事を喋ったんだろ」
「馬鹿だよ、本当に」
「何度も言うなよ、これでも凹んでんだ。…でも、ここで止まれて良かったとも思ってる。だが魔神の件はなくなってねぇ、計画の練り直しだ。コルトが代わりに何を要求してくるか、今から怖ぇよ」
「どう転んでもやることに変わりが無いのなら、最初から相談してくれていれば良かったんだよ。友人とはそういうものだろ?」
「俺は、お前にもコルトを目の前でいらねぇって言うのを、見たくなかった」
「…君は本当にコルトくんを共神だと信じているんだね」
「………」
「どうかしたのかい?」
淀みなく答えていたのに、突然会話が止まってしまい、リンデルトは鉄格子を少し強く握った。
するとしばらくしてルイカルドは口を開いた。
「コルトの奴、この種族間戦争を持ちかけた時にな、最後に俺にあいつを殺せって言ってきたんだ」
「なんだって!?」
さすがにそれには驚いた。
魔族を嫌っているとここまでずっと言っていたのに、嫌っている魔族に自分を殺させるとは、どういう事か。
「それで釣り合いが取れるからだってよ」
「釣り合い?」
「一応、魔神と共神はこの世界を半分ずつ作った礎だ。それをどちらか一方が殺すなら、もう一方も殺さないとつり合いが取れない。だから共神が魔神を殺すなら、共神も魔族が殺す。そうすれば釣り合いが取れるんだとよ」
「…確かに。理屈は分かる。どちらかの創造神が殺されたのに、もう一方が残っているのは問題だ」
だからってそんな提案をするだろうか。
報告に上がっている限りを見れば、自殺願望があるようにはとても見えない。
ルイカルドを嫌い過ぎて、そんなたちの悪い冗談を言っているのだと言われたほうがまだ納得が出来た。
「君はそれに乗ったのかい?」
「あぁ、でもやりたくねぇ。確かに、共族に取ってはあんまいい神じゃなかったのかもしれねぇが、あいつは自分が不要だって目の前で言われても、それでもずっと共族がいい方向に行くように考えてた。そんな形をずっと見てきといて殺せねぇだろ」
変に近くて遠い分、情が湧いたのだろう。
リンデルトだって任務を言い渡した時に、まさかこんな事になるとは夢にも思わなかった。
「断れなかったのかい?」
「こんな事、他の魔族に任せられるかよ」
魔族の誰でも良いなら他人に押し付ければいいものを、こうやって変に責任感が強いところもリンデルトは気に入っていた。
「分かった。話してくれてありがとう」
「いやっ、迷惑かけた」
「いいよ。君がここに来ようが来るまいが、魔族は魔神の殺害を計画していた訳だからね。いずれは僕達も戦うことになっていたよ」
「本当にすまねぇ」
「謝罪はもういいよ。君の立場も分かるし、なんせまだ途中なんだ」
「………」
「さて、それじゃあ僕は上に戻るよ。今の話を父上や他の貴族にも話して、良きように取り計らわないといけない。なに、悪いようにはならないさ」
「すまっ…いやっ、ありがとう」
「どういたしまして。それと多分君がここから出られるのはもう数日掛かるかな。それまでの見張りはシュリアになるけど、頑張ってね」
シュリアの名前を出すと、体が一瞬ビクついたことに少し笑みが出る。
我ながら性格が悪いと思いつつ、今度こそリンデルトは地下牢を去った。




