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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第9章
184/273

第184話

コルトは倒されて打ち付けた身体を擦りつつ起き上がると、目の前でヴァンガードがコルトの盾になるように立っていた。

それ以外の近衛兵もみな一様に抜刀姿勢で、いつでも攻撃に移れる状態になっている。

そして音の出処。

ルーカスは唸りながら目を開けた。

先程までの真っ黒な眼球では無く、いつもの色に戻っている。


「うっ、ぐっ、いてぇ……」


意味のある言葉を発しているルーカス。

喋っている事だけなら正気を取り戻していると言えるかもしれないが、近衛兵達は警戒を解かない。

ヴァンガードが慎重に声を掛けた。


「ルイ、気分はどうだ?」

「んあ?」


ヴァンガードが問いかけると、ルーカスが間抜けな声を上げた。

そしてしばらく身体をモゾモゾと動かしたあと脱力し、至って冷静な口調で喋り始める。


「最悪だ。腹の中の物を全部吐きてぇ」

「そうか…自分の状況は分かるか」

「…拘束されてる」

「される前の事は覚えているか?」

「悪い、あんま記憶がねぇ…。侍女と話してたらいきなり頭が割れそうになった。侍女は無事か?」

「怪我人の情報はまだ無い。近衛が3人魔力中毒症状が出ているだけだ」

「…すまねぇ」

「何故こうなったか分かるか?」


その問いかけにルーカスは口をつぐんだ。

あー、だの、んーだの言葉にならない声を発している。

だがしばらくすると、多分魔神だろと小さい声だが確信を持って言った。


「魔神?」

「多分…。前々から俺等の中で俺が魔神に操られるとかそういう話があった」


その言葉にヴァンガードが振り返ってコルトを見たので、コルトも首を縦に振って肯定を返した。


「何故そんな懸念を報告しなかった」

「魔神支配下に行かなきゃ起きねぇと思ってたんだよ」

「何故そう思ったんだ、根拠はなんだ」

「あぁ…」


ルーカスが言い淀んだ。

共神であるコルト自身がそれを想定していなかった、というのが理由だが、それをここで口にできない。

コルトは一瞬で理由を理解したが、ヴァンガードはルーカスの態度で敵判定を入れたようだ。

危険な状態になる事が分かっていて黙っており、結局自体を引き起こしたのなら看過されるはずがない。

しかも王宮という国の中枢でそれを引き起こしたのだ。

近衛兵の長として、王族を守る者として、ヴァンガードが見逃す理由が皆無だった。

ヴァンガードはため息をついた。


「言えないなら残念だよ、殿下の良い友人にみえたんだがな」


ルーカスはそれに言い返す気力も無いようだった。

ヴァンガードはそれを残念そうに見下ろしながら、部下に指示を飛ばし始めた。


「これよりルイカルドを敵性体として扱う、拘束を強化し牢に入れろ。それとシュリアを呼べ、こいつを見張らせる」

「えぇ!?」


コルトは焦った。

自分を庇って真実を言わなかったせいで処刑されるのは、流石に心が痛む。

さらに現在のルーカスはもう魔神に操られる心配の無い魔族で唯一の存在だ。

不可侵もクソも魔神は全く気にしていないようだが、少なくとも魔術を刻んだ事で魔神の支配から逃れたのは事実である。

何かしらのセーフティが働いているのは間違いない。

そんな貴重な存在を一部共族の一存だけで失いたくなかった。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


コルトは慌ててヴァンガードの前に立った。


「危ないから下がりなさい」

「たっ、確かに危険性を黙ってたのは申し訳ないんですが、今はもう大丈夫なんです!」

「誰がそれを保証する、実際に被害が出てからでは遅いんだぞ、今回はたまたま無魔が近くにいなかったから被害が出なかった。だが近衛に中毒症状がでている、確実に即死していたぞ」

「それは…その……すいません……」


コルトの落ち度だ。

不可侵があるからと状況を楽観的に見すぎていた。

魔神が関係なく共族領内でも魔族を暴走させるとは露程も思わなかった。


「隠していたという点では君も同罪だ。それについては追って話を聞く。だが今はまたいつ暴走するかも分からないルイのほうが重要だ」

「本当に申し訳ありません」


指摘されて改めてコルトはことの重大さを理解した。

死人が出てもおかしくなかった、近衛兵が適切に速やかにみんなを避難させたから被害が彼らだけで済んだ。

ルーカスを拘束する彼らは間違っていない。

だが、コルトはここで引き下がるわけにはいかなかった。

ルーカスがこの地で暴走させられたのなら、他の魔族がそうならない保証がどこにあるのか。

そして暴走を止められた魔神がこれだけで本当に終わるのか。

コルトは約束を破る事を心のなかで謝罪しつつ、さらなる犠牲を生まないためにも決心した。


「でもルーカスがこれ以上暴走しないのは本当なんです」

「コルトくん、何度も言わせないで欲しいのだが」

「魔術を刻んだルーカスは、体に共鳴力の影響を受ける。共神と魔神、どっちも手を出せない中立存在なんです。共神である僕が保証します」

「……何、を言っている?」


背後から僅かにどよめく気配と、小さい声で咎めるように名前を呼ぶ声がコルトの背中を打った。

だがコルトはそれをいつものように無視する。


「共神との交信装置は魂と精神を安全に共神の圏内に送るための装置です、僕はそれでこの体のまま共神の力を取り戻すつもりでした」

「待て、それは何の話だ」

「ルーカスとは魔神を殺す事を約束に、共族と魔族の種族間戦争も約束してます」

「君、いい加減にしないか!」

「大瀑布も埋めるつもりです。アウレポトラの比ではない大地震が起きる予定なので、共族のグループ全体の会議もするつもりです。ここも間違いなく揺れますよ」


ヴァンガードの顔を真っ直ぐに見据えてコルトは言い切った。

それでも信じてはもらえないだろう。

だからコルトはさらに付け足した。


「僕も牢に入れて下さい。ルーカスを処刑するなら、僕も同罪でお願いします。大瀑布は魔神側からでも埋められるんです。そのあとまた操られて暴走した魔族が塞がった瀑布を超えてきたら何の準備もしてない共族なんて今度こそ滅ぼされますよ。それを止めるには共神の力が必要なんです、死ねば今すぐそれが戻る」


最後はヴァンガードに詰め寄るようにしてそのまま言い切る。

そのコルトの剣幕に、近衛兵達は少し気圧されたのか誰も喋らなかった。

代わりにいつの間にこの場に来ていたのか、この国の次の主が口を挟んできた。


「なるほど、君が共神ね」


その声に少しびっくりして飛び上がりながら振り返ると、真顔のリンデルトが近衛兵に守られながら立っていた。

しばらくコルトをじっと見つめた後、床に転がっているルーカスを見る。


「ルイはコルトくんが共神だと信じているのかい?」


その問いかけにルーカスはコルトに顔を向けたまま答えた。


「そうじゃないといいって思ってる」

「つまりそうだと思ってるわけだ」


リンデルトのその返しに、ルーカスは口を引き結んだ。


「他の魔人はどうなのかな?」

「…バスカロンとネフィリスはその前提で動いてる」

「魔族の議会に所属している魔人2人か。受肉した魔神に謁見できるって言ってたね、なるほど、ふむ…」


リンデルトは顎に手をやると少し思案している。


「殿下、このような話を信じるのですか」

「荒唐無稽だとは思うけど、ここで信じようが信じまいが大局的にあまりやる事は変わらないと思ってね」

「それは…」

「恐らく魔族との大規模な戦闘は避けられない、ルイをここで暴走させたのが何よりの証拠だ」

「ルイカルドが意識的に暴走した可能性はありましょう」

「あんまりその線は疑ってないかな。意識的に暴れたにしては被害が小さすぎるし、それをやる魔族側のメリットが分からない。軍とも模擬戦を何度もやってるのに、それよりさらに技能の高い近衛兵の前で暴れても、すぐ鎮圧されるくらいの予想はできるよね。実際これだし」


リンデルトの話を聞いたヴァンガードは唸りながらではあるが、反論する気はないようだ。

他にも異論や意見はあるのかと周囲に問いかけているが、周囲の近衛兵達も首を横に振ったりして異論反論は無さそうである。

それを確認したリンデルトは改めてコルトに向き直った。


「なんで共神だって最初に言わなかったんだい?」

「情報格差を持たせると後々共族同士で揉めるから、ってハウリルさんが…」


すると、それを聞いたリンデルトは吹き出した。

訳がわからない。


「分かりやすい良い理由だ」

「…はぁ」

「でも教えてくれたんだから、これ以上は隠さないで全部喋ってくれるよね」

「はい、多分時間があまりないので」

「なら今から会談しようじゃないか。一応言っておくけど、君の共神疑惑は現段階ではあくまで疑惑だ。これからも我が国民である一個人コルトとして扱わせてもらうよ」

「それで良いですよ」


その辺りはどうでも良かった。

寧ろただの人間として扱ってくれたほうが心が楽だ。

リンデルトは目を細めるてコルトを少し見ると、踵を返した。

その後ろを数人の近衛兵が守り、さらに何人かがコルトの周りを囲んでその後ろを進むように促してくる。


「ルーカスはどうなりますか?」


移動する前にどうしても聞いておきたかった。

このままルーカスを処刑されては本当に困るのだ。

魔族とぶつかるなら同じ魔族が欲しい。

そんなコルトの内心の思惑など知ってか知らずか、足を止めたリンデルトは少しだけ振り返る。


「結論を出すまでは地下牢だね。安心して、そんなすぐに処刑を決めたりはしないから。僕だってやりたくないからね」


感情の読めない顔と声でそう告げたリンデルトは、そのままコルトの返答を聞かずに歩き出す。

だがそれで十分、しばらくは安全であることの確約を得たからだ。

王家は口に出した事を違えない。

リンデルトがそう口にしたのなら、コルトの返答などどうでもいい。

少しだけホッとすると、コルトも一歩踏み出した。


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