第178話
お菓子の空き箱が転がる殺風景な会議室。
男二人でケーキを食べるというよく分からない状況に、なんでこいつとという気持ちが湧き上がってきたとき、食べ終わったルーカスが口を開いた。
「お前にも親っているんだよなぁ」
しみじみと何かを噛み締めるように言うので、ついに頭までおかしくなったのかと訝しげに見てしまった。
「当たり前だろ。僕の自慢の両親だよ」
「そりゃ良かったな。つぅか、お前、共族の事まとめて自分の子供みたいな感覚してんだろ。そこに実際の生みの親ってどうなんだよ」
「どうって…それは……親だよ」
改めて聞かれると自分でもよく分からなかった。
管理者として、創造した者として思う気持ちと、個人として子供として親を慕う気持ちと、相反するモノが同時に自分の中に矛盾なく存在している。
一言では言い表せない状態だ。
ただ1つ言えるのは、この国であの二人の子供だったから、まだこの世界を存続させている。
「なんつぅか、俺も謝ったほうが良いんだろうが、お前は怒るだろ」
「何様のつもりだって思うよ」
「だよなぁ」
決めたのはコルトだけの意思で、ルーカスの謝罪はそれの否定だ。
それなのに、ルーカスはしつこくコルトに意思確認をしてきた。
「お前本当にこのまま進めるのか?真っ当な親なんだろ」
恐らくこの帰郷が両親に会える最後になる。
後悔はないかと言われたら、ある。
無いわけが無い。
それでも自分は最終目標に向かって進まなければいけない。
自分でそう決めた。
「人として生きたいって思うよ。何も起こらず何も知らず平穏無事におじいちゃんになって、たくさんの家族に囲まれて人として死ねたらって、考えた事がないわけじゃない」
でもそんなものは存在しない。
時間を巻き戻しても、外への壁を壊すきっかけは内の事情が介在しない外から来たのだ。
ここで生まれたならきっと何度やってもコルトはこうなるだろう。
「でもきっとそうやって死んだら、僕は多分この世界を終わらせてた」
あの場には幸せがあったのに、それ以外はそれを作ることが出来ない欠陥品だったと決めつけて、だからといって一部を残すことも平等ではないので、受けた幸せも何もかもまとめて全て消していた。
そしてそもそもの始まりから間違えていたのに、それに気付かずまた同じ失敗を繰り返していただろう。
その愚行の行き着く先は今の魔神。
──魔族が必死になるわけだよね。だって、魔族は実際にそうやって何度も消されてるわけだし。
両方の立場を知ってようやく理解した。
「スタートが間違ってた。それに気付けたから、この旅は実のある良いものだったよ。お前がいたから旅ができた、もの凄く癪だけど」
「そこで素直に感謝を言わねぇのがお前らしいよ。まぁ俺も、議会の策略でこっちに来るように仕向けられてたから、礼を言われても微妙だけどな」
「どこで何が噛み合うか分からないよね」
「運が良かったでいいんじゃねぇの」
「うん。運が良かった、本当に良かった……。だからこそ、ちゃんと返したいんだ」
運が良かったのは本当だと思っている。
でもその運が良いと思える下地を作っていたのはこの世界に住んで存続していた人々だ。
「そうか。悪いな、もう何も言わねぇよ」
「…だから何様なんだよ」
「そうだなぁ、なんかありそうだが思いつかねぇな」
「そのまま思考を放棄しろ、言語化するな」
「ひっでぇな」
そういうとルーカスは床に転がしてあった空箱を、魔法で机の上に吹き上げた。
「さて、ケーキも食い終わったし、お前と話す事ももうねぇし、ちょっと散歩でもするか」
「散歩はいいけど、ここの人達の邪魔をするなよ」
「はいはい、分かってるよ。お前はどうすんだ?」
「僕は…、魔力に関するレポートでもまとめようかな。共鳴力と違ってそっちは管轄外だから、残しても問題ないと思うし」
「おっ、おう。頑張れよ」
よくそんな面倒くさい事する気になるなという心の声を、顔面に張り付けながらルーカスが言った。
コルトもそういう事を面倒くさがるから技術発展しないんだぞ、という反論の声を顔に出しつつ2人で会議室を出ると、玄関で別れた。
そしてそのまま軍の司令部まで足を運び、魔力についてレポートをまとめたいと言うと、驚きと共に大量のレポート用紙が手渡された。
書く場所はどうやら前回帰国したときに借りていた部屋がまだ残っているらしい。
コルトはその部屋に戻ると、机に向かって今まで得た魔力に関する情報をまとめ始めた。
──さて、何から書こう。先ずは知っていることを羅列して、表にできる情報とできない情報を分けるところからかな。
思いつくままに紙に特性を書き連ねていく。
先ず一番重点的に書くのは魔石についてだ。
次に魔族が語った魔力の特徴と、実際に見た魔族と魔力に関する考察。
そして魔力による共族の肉体への影響。
これについて一番顕著なのがハウリルの兄であり、現時点でもっとも魔力による肉体改変が進んでいるフラウネールだ。
そのフラウネールについて、腕に刻まれていた魔術式と共に考察を書き連ねていく。
これについては共族の肉体が環境に適応して変化する機能が正常に働いている証左でもあるのだが、頭では分かっていても相変わらずコルトは不快を感じていた。
自分が作った物を、他人に無許可で好き勝手に改造された不快感だ。
それ自体の是非については置いておいても、できることならいつか誰かがやることなので、想定されうる自体ではある。
だが、コルトはどうしても未だに受け入れ難かった。
──それはともかく、前にルーカスに直接魔術式を刻むか否か話し合って止めたけど、フラウネールさんが腕にやってたのってあれと同じだよね?
あれをいつ刻み込んだのかは分からないが、少なくとも最初に会ったときにハウリルは違和感を感じていなかったし、次に会ったときも人格等に変化があるようには見えなかった。
──つまり、体に魔術式を刻んでも精神や魂には影響がでてない。なら魔族にやっても同じ気がするけど…。
確証が無い。
だがはっきりさせたかった。
ルーカス自身も懸念していたが、魔族領に踏み込んだ瞬間に魔神に操られたり、最悪消されたりする可能性がどうしてもある。
それを阻止する方法は1つ。
ルーカスの肉体の所属を供神側に変えてしまうことだ。
全部でなくとも1部さえ所属に変えてしまえば、不可侵協定が効力を発揮しない状態だったとしても、抵抗することができる。
その所属を変える最も簡単な方法が肉体に魔術式を刻みこんで、無理やり共鳴力を定着させてしまうことだ。
だがここまで考えて、コルトは気が付いた。
──あれ?この理屈だと魔力持ってる共族って、半分魔神の所属…。
どっと押し寄せてくる虚無感。
コルトはレポートを書く手を止めた。
考えることを体が、脳が、それを飛び越えて、元の大本すら拒否している事を感じる。
そのまま全てを投げ出して、部屋に備え付けのベッドに寝転がった。
「今更気付くとか馬鹿みたいだ」
少し考えれば気付けたことなのに、こんなに掛かってしまった自分があまりにも馬鹿すぎて笑えない。
──結局、律儀に決まりを守ってたのって僕だけか…。
深くため息をついた。
仕方のないことだ。
明文化されているわけでもない。
罰則があるわけでもない。
ただただコルトが嫌だったからという理由で、立場がそれを許したから見てる間は守られていただけだ。
そして世界の運営を完全に人の手に譲渡するなら、今後はそれを許容しないといけない。
決まりを作るのはコルトではない。
何かをやる気力が湧き上がらず、コルトはそのままベッドに突っ伏していた。
それからどのくらい時間が経っただろうか。
唐突に起き上がると、再度投げ出したレポートに向き合う。
──もうなんかいいや。開き直って僕も好きにやろう。
すっきりはしないが、少し晴れた心でコルトはレポートを書き進めた。
そして必要な物を書き終わったところで、さらに残った紙にレポートに書けない事を記していく。
──利用されたんだ、僕だって利用してやるさ。
そうして書き終わった表に出せない紙束を、コルトは丁寧に折りたたむとカバンの奥底にしまい、レポートはレポートで綺麗にまとめて机の端に置いた。
──これでよし。アレにはもう好きにはさせないからな。
誰に届くでもない誓いを心に刻むと、コルトは再度ベッドに寝転んだ。




