第177話
庁舎の会議室に近づくと、人だかりができていた。
それも比較的若い女性隊員ばかりだ。
そのうちの一人がコルト達に気が付くと、隊長と声を上げ、周りもコルト達に気が付いた。
「あんた達何やってるんだ。持ち場に戻りな」
「今日は非番でーす。ここにおやつがいっぱい持ち込まれたって聞いて見に来たんですよ」
「すっごい大きな箱でさらに送り主の名義が殿下でしょ。絶対美味しいお菓子じゃないですか!」
「ルイくんとコルトくんが帰ってきたって事は、報告聞きながらのおやつタイムでしょ。私達も今後の為に混ざりたいなーって」
「遊びじゃないんだよ」
「知ってますよ、ラディー先輩すら大怪我したんですから。それなら尚更外の経験者から直接お話聞きたいじゃないですか」
ウキウキでそれっぽい言い訳を言う隊員にシスティーナは手で顔を覆いつつ、こちらを見た。
その視線は明らかに彼女たちが混ざってもいいかとこちらに問いかけている。
コルトは問題無いので頷くが、ルーカスがおやつの取り分が減るという斜め下の理由で反対した。
システィーナはそれに深い溜め息を返した。
そして隊員達に向き直る。
「あんた達急いで追加で何か買ってきな、領収書には総長の名前書いてもらうんだよ」
それを聞いた隊員達はパァッと顔を明るくさせると、ピシッと敬礼してあっという間に走り去っていった。
彼女達がいなくなると、システィーナ会議室の扉を開ける。
中に入ると、簡素な事務机の上に見合わない絢爛華麗な大きな箱と、その周りにもいくつか小さな箱が置かれている。
いくらガタイの良い男と軍人女性におまけでコルトといえど、どう見ても3人で食べ切れる量ではない。
システィーナも今初めて実物を見たのか、少し引きつった口元をしていた。
「いいんですか、勝手に名前使ったりして」
少し遠回しに買いに行く必要は無かったのでは?と聞く。
「ルイに掛かる必要な経費はダーティンが出すって事になってるから良いんだよ」
「えぇ……」
どう考えてもルーカスではなく彼女達が食べる分な気がするので、問題しかないように思うが。
あとついでにダーティンの資金源は領民からの税収、王家や他家からの出資なので、表に出ればどう考えても責められかねない。
なのでその辺りも大丈夫なのかとシスティーナに聞いてみる。
「たかか数人分のおやつ代程度、医療区丸ごと合計2ヶ月の分の電力と較べたら微々たるもんだろ」
「そういう問題です?」
「軍の予算なら問題だけど、総長個人の財布なら問題無いよ。精々あとで私が小言を言われるくらいさ」
「えぇ…でも……」
「いいかい。総長個人の財布に口を出すって事は、他家の貴族のやり方に口を出すのと一緒なんだよ。越権行為になってそっちのほうが許されない。特にダーティンは武力の統括だからね。現当主が陛下の従兄弟とか関係無く、武力に口を出すのは王家に歯向かうのと同じだよ。誰も第2のメリディーヌになんてなりたくないだろうしね」
「それなら最初から王家がお金を出すのが正しいと思うんですけど…」
一応国の客人という立場だったはずなので、そうしたほうが自然だ。
コルト達の会話に混ざらず、会議室の卓上に並べられた箱を開けて中から出てきた白い煙に顔を覆われている魔人をみながらそう言うと、システィーナはそれはそれで問題があると言った。
「王家預かりだと万が一の場所が王宮になっちゃうでしょ、だからって王家の客人状態で軍の基地で預かるのにも問題がある。そういう訳で、この件は全貴族交えた会議でルイをダーティン預かりにするで決着をつけてるんだよ。君が色々心配なのは分かるけど、手続き的には問題は無い」
「なるほど、分かりました」
話し合いでそういう取り決めとなっているなら、コルトはもうそれ以上言うことはない。
若干モヤモヤはするが、手続き上問題無いならこれ以上追求するのはやぶ蛇だろう。
すると、こちらの会話にも決着が付いたことを察したのか、ルーカスが大きな箱から豪盛なケーキを慎重に取り出しながら、口だけこちらに混ざってきた。
「お前らかなり面倒くせぇ複雑なことしてるよな」
「多少複雑でも、ルール上は問題無いって明確にしておかないと、大勢の人間をまとめることなんて出来ないからね」
「雑魚がペットか死人にならねぇように必要だってのは分かるぜ、それにしたって面倒くせぇだろ」
「仕方ないよ、他に上手い方法が思いつかないんだからね。それより、このケーキどうするかね…。あの子達が戻ってくる前に切り分けたら、背中から撃たれそう」
たっぷり塗られたクリームと、ふんだんに盛られたフルーツだけでもコルトみたいな一般学生では一生口にできそうにもないのに、そこをさらに世界を作るように飴細工の蝶や花が舞っている。
どう見ても貴族主催の社交場等で出されるもので、こんな場所で食べるようなものではない。
正直コルトはドン引きだった。
おそらく今も食うに困って餓死者が出ている場所があるのに、ところ変わればこれである。
「あいつらが出す食い物っていつも装飾過多なんだよな、いらねぇだろ」
そして同じくその場所に実際にいて、食料確保の仕事もしていたはずなのに、そんな見た目の感想を漏らすルーカスにもコルトはドン引きだ。
「これ見て出てくる感想がそれ?」
「他に何があるんだよ」
「だって、ルンデンダックではみんな食べ物に困ってるんだよ。お前だって食料確保のために働かされたじゃないか」
そう訴えるが、ルーカスはそれを鼻で笑った。
「生まれた場所や能力で生きる条件が変わるなんて当たり前だろ」
「うぅ…でも」
「はいはい、その辺にしておきな。その話は後で聞いてあげるから。さすがにこれは他の隊員には黙ってられないから、ちょっと放送入れてくるよ」
そういってシスティーナが廊下に出ると、ちょうど無魔の隊員が近くにいたようだ。
中のケーキを見せながら話すと、あっという間にどこかに行ってしまった。
そしてそれから数分経った頃、庁舎内にケーキの放送が流れ次々に隊員が集まってくる。
それからさらに数分経つと、追加のおやつの買い出しに行っていた隊員達が戻ってきた。
「人すっごいって思ったら、もっと凄いのがあった!」
「えぇなにこれ!凄い、可愛い!」
豪華なケーキを前に大勢の人間がキャーキャーと騒いでいる。
それをコルトとルーカスは部屋の端に移動して、別の箱に入っていたタルトを食べながら見ていた。
こっちはこっちでかなりフルーツやらなにやらが乗って豪華である。
それをルーカスは丸々1つ抱えて、魔法で少しずつ切り分けながら食べていた。
「あぁ、分かったわ俺。ダシにされたな」
タルトを少し食べたところでルーカスが呟いた。
「……何が」
「いくらリンデルトの金銭感覚が狂ってても、一人分の食う量くらい分かんだろ。要するに、初めからこいつらにも分けるつもりで、あんなバカでかいの用意したんだろ。何か前に、誰かに物あげるにも身分が邪魔だとか何とか言ってたからな」
「なるほど」
その場で消費しなければいけない物を賓客扱いのルーカスへの贈り物にする事で、送り先にも自然と分けられるようにしたのだろう。
おそらく通常業務にプラスして、壁外での任務が増えたことへの労いだろう。
それが4番隊にしかないのはどうなのかと問題はあるが。
「殿下、普通にお前の事も利用するんだな」
「するぞ」
「気にならないんだ」
「なんねぇな。こっちに害があるわけでもねぇし、かなり自由にさせてもらってっからな」
「ふーん」
魔族にいいようにされるだけかと思っていたところに、普通に利用されてると言われて、コルトはなんとも言えない気分になった。
そして目の前で繰り広げられている鑑賞会に、先程感じた暗い気持ちが霧散していく。
他で餓死者が出ているからといって、目の前の喜びを否定する事が、果たして正しいのか。
コルトには答えは出なかった。
「はいはい、見るのはもうその辺で良いだろう。コルトくん、ルイ。どこ食べたい?」
「僕は大丈夫です。タルトもらいましたし、そっちは見ただけでお腹いっぱいで」
「上段の飴細工の花だけくれ」
「なんか悪いね」
そしてまだルーカスが手を付けていないホールタルトの上に花が飾られた。
残った大きなケーキは4番隊の隊員達にどんどん切り分けられていく。
そして最後の隊員がケーキを受け取り会議室から出ていくと、やや疲れた表情のシスティーナが自分の分のケーキを皿に乗せてコルトたちの元にやってきた。
「やっと落ち着いた。全く、あの子達あ話を聞きたいって言っといて、ケーキだけもらってどっか行っちゃってしょうがないね」
「そっちも大変だな。んで、話だっけか?」
「具体的に相手がどんな武器を使ってくるのは知りたいね、銃撃戦があったとは聞いてるよ」
「お前らが持ってるような奴の他に、なんかでけぇのもあったな確か」
「あとビルを倒壊させたって話だから、設置型で遠隔爆破出来る物もあると思う」
「ほぉ、詳しく聞かせてもらおうか」
それからコルト達は、ロンドスト社の都市に入ってから出るまでの戦闘をさらに詳しくシスティーナに説明した。
「なるほど、厄介だね。でもそれ以上に魔石の合体と氷の花だって?なんでそんな面白い話を先にしなかったのさ」
「悪い。当たり前に使いすぎてて忘れてたわ」
「仕方ないねー、上に報告しておくから後で魔研に何か言われたら対応しておいてね。んで、敵の戦力の話だけど、こっちじゃ魔法相手の戦闘訓練しかしてなかったけど、これからはこっちと似たような武装が相手となる。接近戦なら有利を取れるけれど、近づくまでが大変だね」
「正直俺も地上じゃ相手したくねぇな、居場所分かんねぇし。派手にぶっ放していいなら別だけどよ」
「聞いたよ、アウレポトラの大火球。巨大な更地を作ったそうじゃないか。確かにそれができるなら話が早いんだろうけど」
「絶対やんねぇぞ。あの無魔の連中も参戦すんだろ、居場所分かんねぇのにぶっぱなんて出来っかよ」
「分かってる。あんたをどう運用するかはこっちの人選次第だけど、派手なことにはならないよ」
優しい声音ではっきりとシスティーナが断言したので、コルトも安心した。
それからはさらにルーカスが見た狂信者達の根城や、セントラルの中継拠点の話になる。
「狂信者のほうは大した事ねぇんじゃねぇの、ロンドストの地下見た後だと特にな。なんかあんま発展してるようには見えなかったぞ」
「なんでだろう。リンシアの話とか、邂逅したときに使ってた物を見ると能力的には問題ないはずなのに」
コルトとルーカスで首を傾げていると、システィーナが唸りながら仮説を立ててきた。
「要するに何を狂信しているかって話なんだよ。彼らは土地を破壊した魔族を神の使徒としていたわけで、つまり滅びが彼らの信条だ。人を殺すことに躍起になってるのも、結局は全部滅ぼすのが目的なわけなんだろうしね」
「全部滅ぼしてぇのに自分達が滅んでねぇ時点で、信条もクソもねぇだろ」
「だからこその”狂信”なんだろう、それが枷にもなってる。問題はセントラルのほうだよ、距離的にはかなり離れているのに継戦できてる。本国が盤石なんだろうね、下手するとうちと同じかそれ以上の規模がありそうだね」
「面倒くせぇ」
そう言ってルーカスは最後の一箱を開け始めた。
もうこれで4ホール目である。
普通なら糖尿とかその辺が心配になり始める量だ。
それは魔族なのでともかく、面倒くさいという意見にはコルトも同調した。
システィーナもため息をついている。
「とりあえず、参考にはなったよ。あとはこっちで考えなきゃね」
「おう、その間俺らはどうしたらい」
「王宮から迎えが来るまでは基地か、その周辺にいてくれればいいよ。その後は王宮で聞きな」
「どのくらい掛かりますか?」
「明日の昼前には着くって聞いてる」
「あいよ。大人しくしてるわ」
「分かりました。それで、えぇっと……」
コルトは家に帰れるかどうか言い淀んだ。
まだ両親に会う覚悟が出来ていない。
何度か頑張って言葉を紡ごうとして、出てくるのは声になりかけの音だけ。
それでも何とか勇気を振り絞って、家に帰れるかと聞いた。
するとシスティーナは少し驚いた顔をしたあとに、優しい顔と表情で帰れるよと答えてくれた。
「もちろんよ。私が言える立場じゃないけどね、ご両親は君に帰ってきて欲しいと思ってると思うよ。コルトくんのお陰で私達も大分楽になった、辞めたいならここで辞めても誰も文句は言わないよ」
「あっ、いえ…そういう事ではなく……。もうずっと長い事会ってないし、それに辞めるつもりもないので謝りたく…て」
「そっか、私達的には嬉しいけどね。王宮にはコルトくんがご両親に会いたがっている事を伝えておくよ」
「はい、すいません。お願いします」
感謝を伝えると、システィーナは気にする必要は無いと言って立ち上がって。
どうやら報告をまとめにいくようである。
それなら片付けようとコルトも立ち上がると、二人共まだ食べ終わっていないし片付けは4番隊でやるのでそのままにしていいとシスティーナが止めた。
それならとコルトは再度着席する。
そしてシスティーナが出ていくと、無言でケーキを食べる二人だけになった。




