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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第8章
176/273

第176話

扉を誰かが叩いていた。

その音で目が覚めたコルトは、部屋に備え付けの時計を確認して慌てて飛び起きる。

いつの間にか寝ていたようだが、部屋に戻ってきてから確認した時間から大分経ってしまっている。

きっとコルトが遅いので誰かが呼びに来たのだろう。


「すっ、すいません!寝てました!今出ます!」


慌てて扉の向こうの人物に弁解すると、コルトは鞄に荷物を詰め込んで大急ぎで扉を開いた。


「お待たせしましっ…ってなんだ、お前か」

「なんだはねぇだろ、他の連中を待たせてる事に変わりはねぇんだぞ」

「うっ、悪かったよ、思ったより疲れてたんだ」

「そうみたいだな、酷ぇ顔だ」


酷いとはなんだと抗議をしようとすると、目の前に手が翳され、脳がそれを視覚情報として受け取った瞬間、思いっきり顔面に水をぶっかけられた。


「うっぷ、なにすんだよ!」

「目が覚めただろ」

「とっくに覚めてただろうが!」

「寝起きは顔を洗うもんだ」

「朝だけで十分だろ!」


理不尽な放水に抗議をするが相手はどこ吹く風だ。

コルトは急いで部屋に引き返すと備え付けられているタオルで顔や、濡れた髪を吹いていく。

何とか水気を拭き取り、ぶっかけてきた奴への抗議を再開しようとすると、当の本人はさっさと背を向けて、出発準備が整っていると歩き出した。

寝起き早々腹立たしいが、関係ない人をこれ以上待たせる訳にもいかないので、コルトも渋々後を追いかけた。

村の外れに着くと犬馬車が3台並んでいた。

そのうちの2台には色々と荷物が詰め込まれている。


「おっ、待ってたよ。って、コルトくんシャワー浴びてた?」

「いえっ、違います。すいません、寝てました。起きたらこいつに水ぶっかけられたんです」

「ルイ、なんでそんな事したんだよ」

「寝ぼけたままじゃ不味いだろ」

「一応ここは安全地帯だぞ!?俺ら信用ない!?」


戦場ならともかく、襲撃の心配の無い場所で寝起きすぐに覚醒状態にならなければいけない訳ではないので、自分達に信用が無いのかと少しショックを受けている。

完全な誤解なので、誤解させた事を反省しろと視線を投げると、犬馬車を見ていた一人が声を上げた。


「おーい、どうした、乗らないのか」

「すいません、今行きます」


大分待たせてしまったので慌てて犬馬車に走り寄った。

屋根の無い材質不明の金属で出来た犬馬車中は申し訳程度に座布団が敷かれている。

コルトはそこに座ると、犬馬車担当者がさらにベルトでしっかりと固定し始めた。


「悪いね。一般人を乗せることを考えてないから、乗り心地はあんまり良くない」

「大丈夫です」

「ならズモウに乗せて走らせたほうが良いんじゃねぇか?」

「あの大型獣か。導入されれば便利そうだとは思ってるけど、犬がかなり警戒するんだよ」

「魔物だからですかね?」

「だろうな」


牛や馬は初対面でも割りと平気な個体が多いのに、魔物だけは温厚なズモウでも姿が見えなくても正確に方向を察知して唸り声をあげるようだ。

そのためこちらの荷馬車はズモウが主体なので、村への乗り入れにかなり気を使っている。


「全部入れ替えちまえば良いじゃねぇか。あいつらあれで知能は結構高いぞ」

「それは無いな、ずっと犬達と一緒に戦ってきたし、そのノウハウは捨てられない」

「リンデルトは便利なら合理的な方を選ぶだろ」

「それでもない。近衛兵の人犬一体の機動戦闘を一番間近で見てる王族が、軍用犬を無くす訳がない」


壁外で戦う前線部隊での軍用犬は主に偵察や輸送用がメインだが、王族直属の近衛に所属する犬は人間とマンツーマンで戦う戦闘犬だ。

時々軍部も近衛兵と御前試合などの模擬戦を行うらしいが、大体いつも犬に翻弄されていいように嬲られるらしい。

軍部か警邏の中から実力があり、かつ犬を扱える人間のみが近衛兵になる試験を受けられるので、さもありなん。


「あとは、やっぱり毛があってもふもふしてるほうが良いだろ?」

「個人の好みじゃねぇか!」


コルトはズモウの毛のない皮膚を思い浮かべた。

確かに見た目は犬のほうがずっと可愛い。

脳内で犬とズモウの見た目を見比べている間に、コルトの固定が終わったらしく、他の人の2重確認が入る。

問題は無かったので、いよいよ出発するようだ。

するとルーカスも乗り込んできた。

こいつに安全ベルトは必要無いのかと一瞬思ったが、必要無いだろう。

寧ろ乗らずに横を並走しろと言いたい。


「どのくらい掛かりますか?」

「休憩挟んで6日くらいだな。道路使わずに一直線で行くぞ」

「…えっ?」


こちらに整備された道路が無いのは分かる。

ただ一直線というのが分からない。

それはつまり、道なき森を突っ切るということではないだろう。

乗り心地はあんまり良くないのではなく、最悪なのではないだろうか?

それは困る。

そんなところを犬馬車で爆走されては、尻が死んでしまう。

だが今さら止める事など出来る訳もなく、無情にも犬馬車は走り出した。

コルトはそれを絶望の表情で受け入れるしかなく、これから先の暗い未来に涙を飲み、悔しいので目の前のニヤけ面に蹴りを入れた。







それから1週間程がたち、コルトは久々に生まれ故郷の地を踏みしめていた。


「技術の進化とは素晴らしい。魔族には理解できないだろう」


高い精度のベアリングと高性能のサスペンションにより、悪路を爆走しているとは思えないほどの衝撃吸収性で尻が守られたので、コルトはドヤ顔で目の前の魔人にそれを誇る。

魔人のほうはそれをどうでもいいような顔をして見下ろしてきた。

同じく技術の恩恵に預かって昼寝をかましていたくせに、反応がないのは面白くない。

どうやったらこの魔人の鼻を明かせるかと考えると、コルト達に近づいてくる者がいた。


「どうやら、技研をせっついて上に話をもっていかせたかいがあったようだね」


その声に振り返ると4番隊隊長のシスティーナだ。


「お久しぶりです」

「あぁ久しぶり、元気そうだね」

「はい。今まで一番良い移動でした」


2番目はのんびりと歩くズモウの背中で、その次は黒竜の背中だ。

最下位は魔人に背負われての移動である。


「それは良かった。外に人の往来を増やすつもりなら、従来のは拷問になるって遠征から帰ってきた組が煩くてね」

「分かります。向こうの馬車に何度か乗りましたけど、道も舗装されてないしガタガタするんですよ」

「そりゃ大変だったね。でもそれならソルシエ、レイデント、ポルーテンが乗り気になったのが分かった気がするよ。外の奴らを中に入れるより、こっちから出向いたほうがマシだし、悪路が分かってるならそりゃ改良もしたくなる」


魔力を中心として技術研究のソルシエ家、魔力を使わない科学や工学技術のレイデント家、そして流通系を取りまとめるポルーテン家。

この3家が犬馬車の改良を合同で行ったらしい。

すでに国内でも改良型の犬馬車が試験運用されており、現場からは好意的な声が上がっているので、いずれ全ての犬馬車が新型に変わるだろう。


「それはともかく、聞いたよ、大きな戦いをするつもりなんだって」

「…はい……」


楽しい話題から一気に暗い話になり、コルトはテンションが下がってしまう。

システィーナもそれに気付いてはいたが、仕事なのだろう、話題を変えることは無かった。


「殿下と総長からもう少し詳しく、向こうでの戦いについて聞いて欲しいって言われてね、ちょっと付き合ってもらうよ」

「分かりました」

「ルイにも付き合ってもらうよ。あんたが一番色々見てたんだろ」

「まぁな。こっちに戻るためにメチャクチャ飛び回ったぞ」

「仕事ってのは出来るやつに押し付けられるからね。ついでに愚痴大会でも開こうじゃないか、話のために殿下からいいとこの茶菓子をたくさん賜ってるからね」

「おっ、良いじゃねぇか。久々に甘いもんたくさん食えねぇかって期待してたんだよ」

「確かに…。頭使うのに全然糖分採れてなかったし」

「なら早速行こうか。うちの会議室をとってある」


ということで、3人は4番隊の庁舎に向けて歩き出した。

庁舎に近づくと4番隊の特徴である女性軍人の数が多くなってくる。

そこでコルトはある女性軍人を思い出した。

アンリの教育担当でアウレポトラで大怪我をした人、名前は確かアンリがラディーと呼んでいた。


「そういえば、ラディーさんの怪我は良くなりましたか?アンリが気にしてて」


すると、システィーナの顔が少し曇った。


「日常には支障無いところまでは回復したよ、ただね…」

「戦いには出られねぇか」


システィーナは無言で頷いた。


「魔法の厄介なところだよ。ただの火傷ならもう治ってたはずだけど、高魔力保持者の魔法弾だったせいか治りが異常に遅い」

「遅い?おかしくないですか?普通は魔力持ちって傷の治り早いですよね」

「みんな首を傾げてるよ。試しにシュリアに魔力を吸ってもらったりとかもしてみたんだけど、効果がなくてね。少しずつ良くなってはいるから、それだけが救いだよ」

「教会の人達は何か知ってたりしないですか?魔力に関しては教会のほうが詳しいですよね?」

「そう思って聞いてみたんだけどね、向こうはそもそも医療の基盤が死んでるから、そこまでの話ができなかった」


深くため息をつくシスティーナ。

壁外の部隊にも選ばれる有能な人材だっただけに、悔しいのだろう。

コルトも何とかならないかと自身が知っている知識で考えてみる。


──治りが遅いって事は、間違いなく魔力の復元能力が阻害されてるはずだけど、なんでそうなったんだろう。共鳴力が何か変に作用した?


考えてみてもはっきりとした結論がでなかった。

魔力に関してコルトは共族が知っている事以上の事は分からない。

いくら隣に魔族がいるといっても、彼らの肉体は魔力用に調整されている。

共族の参考にはならない。


「そういった事もあって、ネルランが勝手に壁外に行ったのが見逃されてるんだよ。直前までこの事について調べてたからね」

「あいつ医者じゃねぇだろ!?」

「魔力研究って意味なら変わりはないさ」

「世の中の全ての物事って全部繋がってるから、この分野は関係ないって思ってると行き詰まるよ」


関係ないと思っていたところに、案外答えが転がっていたりするのだ。

とは言っても、頭では分かっていても実際に意識し続ける事は難しい。


──僕もこの事は頭の片隅にでも入れとかないと。


そう頭に刻んでいると、3人は庁舎に到着した。


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