第174話
国内との通信の体裁が整ったのは翌日の昼頃だ。
コルトは言われた時間の少し前に指定された建物に向かっていると、目的の建物からあくびをしながら出てきたルーカスと鉢合わせた。
昨日もコルトと一緒に部屋に案内されていなかったし、中から出てきたということは、また色々と先に報告でもしていたのだろう。
「またお前、先に色々喋ってたのか」
大体いつもコルトが休んでいる間に話が終わっているので、今回もそうなのかと少しふてくされ気味に言うと、今回はそんなに言ってないと弁解してくる。
「バスカロンがどこまで魔族について喋ったのかの摺り合わせと、神にされた魔族を処理したって話だけだ」
「本当にそれだけ?」
「すぐバレる嘘なんてつかねぇよ。それよりお前の正体云々は誰も知らねぇし、俺もそのつもりで参加する。だからラグゼル側が戦力として働けって言ってきたら、そのつもりで動くからな」
それを言われてふと、コルトはアンリ達と正式に外に出た理由を思い出した。
当時は神が二柱いる事を知らなかったため、こちら側の神にあって魔族による理由不明な侵略について問い質すというのがあった。
それについてはバスカロンがもうラグゼルにも説明をしているはずなので、納得できないが理由は分かっている。
そして今はそれでも沈黙を貫く共神に理由を問い質すという名目で、コルトの力を取り戻すのが目的だ。
「……はぁ、分かったよ。ほとんど共族の内輪の問題なのに、それでも戦力として関わろうとか、つくづく戦闘用の種族だな」
「あのなぁ、お前に魔神を止めさせるのが俺の目的だからな?」
「そっか、そっちの目的もあったね」
「おまっ…まさか、俺との取引も忘れてねぇだろうな!?」
「さすがにそれは無いけど」
「ホントかよ」
疑いの目を向けてきたが、さすがに戦争の強制執行を忘れるはど抜けているつもりはない。
「それよりそろそろ会議だろ、どこにいくつもりだったんだよ」
「お前の魔力が近づいてきたから、話するために出ただけだ。もう用は済んだ」
そういうとルーカスは建物に引き返していく。
コルトもその後について建物の中に入った。
中に入ると外観から内側も木造かと思っていたが、中はコンクリート壁だった。
その壁の一部がくり抜かれて、魔石灯と燭台が交互に置かれて、廊下を照らしている。
ルーカスはその中を迷わず進むと、一番奥から2番目の扉に手をかけた。
中に入ると外から見えないようにカーテンが閉められた薄暗い部屋の中、プロジェクターの光だけが部屋を照らしていた。
コルト達は手近な椅子を渡されてそこに座ると、時計を見ていた1番隊隊長が合図を送る。
するとスクリーンに皇太子リンデルトが画面に映し出された。
皇太子の執務室から直接映像が届いているのか、王家の紋章旗が背後に飾られ、穏やかな笑みを浮かべている。
『今日も誰一人欠けること無く会えて嬉しいよ。そしてコルトくんとルイ、任務お疲れ様。特にコルトくんは昨日はしっかり休めたかな?』
「はっ、はい!大丈夫です!久々にシャワーも浴びてすっきり出来ました」
『それは良かった、そのまま一度国内に戻れるように手配を勧めているよ。それじゃあ早速だけど北部の状況について報告してくれるかな?』
「はいっ、分かりました」
コルトは緊張で少し固くなりながらも、自分の事は避けつつ北部での事を説明していった。
途中細かい部分を忘れたりしていたが、その度にルーカスが小さく補足を入れてくる。
恐らく魔力の特性なのだろうが、長命なのと合わせて忘れにくいというのは記録媒体としてそこそこ優秀だなと、関係ない事も考えてしまった。
そうしてたっぷり時間を掛けて説明し終わると、その場の全員が押し黙った。
『これは予想以上に大変そうだね。僕的には将来の利益を考えて人を派遣したいなぁって気持ちもあるけど、初の補給の見込めない遠征になるよね?』
「野外訓練もしているので少数であれば適正のある者はいますが」
『でも現地民があんまり協力的ではないみたいだし、うーんどうしようかな』
リンデルトはしばらく動かずに熟考している。
周囲の軍人達も黙って待っていたり、また同じように何か考えている隊長の顔を見たりしていた。
沈黙を破ったのはルーカスだ。
「何が懸念なのかは知らねぇが、思ったより前向きじゃねぇか。俺はもっと意固地に拒否するかと思ったぞ」
『ロンドスト社の機械の話は美味しすぎるからね。何とか介入して、最低でも不可侵とか中立とかそういうところに持っていきたい。どこかが総取りだけは避けたいんだよ』
「なるほどな。じゃあ良い事教えてやるよ、奴らは共族に対して中立になるつもりだったらしいが、魔族の魔力は惜しいってよ。お前らと同じ理由で」
『おっと。なるほど、それはそれでまた面白い事をしてくれたね』
「そうか?俺はお前らとも取引するつもりだぞ」
『魔王城に近いヘンリンにも魔人がいるよね。なら、地理的に向こうのほうが有利に思えるよ』
「俺が魔王になって拠点を東に変えてやるよ」
『君が魔王?どういう風の吹き回しだい?』
「向こうで色々見て思うところがあったんだよ、俺も」
『羨ましい経験だ。けど、今の段階じゃ妄言の域だよね』
「夢も願いも無く先には進めねぇぞ」
『知ってるよ』
「なら、少しくらい夢見て遠征してみたらどうだ。限界来てんだろ?」
『以前よりは光明が出てきたよ』
アウレポトラとは現在水面下で魔物の家畜化による肉の生産と、魔石の交易が話し合われているらしい。
国民感情のほうも、アウレポトラは以前の街は完全に崩壊、虐殺事件も責任をルンデンダックに擦り付ける方向で調整が進んでおり、油断はできないが何とかなるというのが王宮の見解だ。
『だから死ぬ可能性の高い任務に人を派遣する価値があるのかと思ってね。機械達が共族に対して中立を考えているなら、余計にね』
「俺が盗っちまうのは良いのかよ」
『分かってて言ってるよね。機械文明を知らない魔族が制御できるとは思えないし、個体の消滅の重さが人間と違って機械はもの凄く軽いよ。中枢さえ死ななければ良いからね。そして中枢が死ねばほぼほぼ全の消滅だ。魔族の手からも離れる』
それは果たして手に入れたと言えるのか。
完全に余計な一言だった。
機械人形が魔族と組むなんて言わなければ、機械達を確実に中立に持っていくために介入するしかない。
だが魔族が入るなら話は変わる。
ラグゼル介入の最低条件である”共族のどこか1勢力に機械技術が奪われる”可能性が無くなる。
ルーカスは失態を自覚して、口をへの字に曲げて押し黙った。
実際に彼らと接したからこそ自分たちでは扱えないと理解できている。
お手上げなのかコルトにあとはお前に任せた、とでも言うかのように視線を投げてきた。
初めから頼りにはしていなかったが、状況を悪化させるとは思わなかった。
コルトは深く息を吸い込むと、一拍置いて今度はゆっくりと息を吐き出す。
どうしたらリンデルトを説得出来るのか。
考えて、考えて、考えて、覚悟を決めた。
嘘を付く覚悟を決めた。
そして顔をあげると、真っ直ぐリンデルトを見据える。
「それでも人を派遣してもらえませんか?」
他人事でいようとするのを許さない。
そう気持ちを込めてはっきりと口にする。
「魔族が襲ってきた時、共族はまとまれなくて、それどころか同士討ちで全てを壊してしまったって聞きました。神が現れなかったのは種族の危機が起きても、まとまれない共族に怒ったからじゃないかって思ったんです」
1つ目の嘘。
怒ってなんかいない。
見ていなかっただけだ、そして結果に焦っただけ。
『君がそう思う根拠が分からないな』
当然の疑問だろう。
コルトは思考を止めず、考えながら、慎重に言葉を紡いでいく。
「神は人間同士の殺し合いを禁止していて、それが可能になる人が作ったAIを根本から消去した事が何度かあるそうです」
神は人の死と絶滅を望んでいない。
それは事実だ、コルト自身が保証できる。
「そこまでしたのに、いざとなったら神の思いなんか殴り捨てて同士討ちを始めてしまった。普通なら怒りますよね?」
『普通の人間なら怒るかもね。でも相手は神だよ?人間と同じ思考をしているとは思えないね。ところで、コルトくん。君は何を言いたいのかな?』
「当事者になってください、逃げないでください」
平等でなければ人は揉めると言われた。
だからこの気持ちも行動も、本当は表に出してはいけないものだ。
これから先の未来。
過酷な試練の舞台に上がらない者に、あげられる物はない。
でもそれは嫌だ。
この国に生まれたから、今の自分がいるのだと分かっているから。
何かを返したい。
でも1つに”特別”をあげる事はできない。
「神は全てを知ってるはずです。共族が共神を、魔族が魔神を殺そうとしているのを、把握していないはずがない。知ってて放置しているなら、まだ猶予はあります。今度こそ共族は手を取り合えると神に示してください」
もしラグゼル以外の他の地域で受肉していたなら。
きっとコルトではすぐに死んでしまっていただろう、あるいは生まれの不幸と狭い世界の未来に絶望した。
そして己の失敗を認められずやり直したはずだ。
どこから?
当然最初から、人間の作り直し。
アンリに会えず、ハウリルに会えず、多くの友人家族に会えず、そして他人に出会えず、全て消してやり直した。
そうしなかったのは、ラグゼルという国に生まれ、共鳴力と魔力が共存し、表面だけでも平和に平穏にここまで暮らせていたから。
人に絶望しなかったから。
自分に誤った選択をさせなかった。
それに何かを返したい。
「神がいなくても世界を運営していけるのだと、覚悟を示してください」
神として返せるモノがないのなら、せめて取りこぼされることからだけは救わせて欲しい。




