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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第8章
173/273

第173話

アウレポトラへの道中は以前と比べるとびっくりするほど楽だった。

前回とはスタートとゴールが逆で情勢も変わっているとはいえ、魔物にも遭遇せず終始穏やかな道中だ。

理由は荷台でほぼずっと寝ている奴だ。

西大陸とは違い、東大陸は魔物が全体的に”弱い”。

だから素の状態に戻って気配を全く隠さなくなれば、魔物が寄ってこないのは分かる。

分かるのは分かる。

だが仮にも護衛として同行しているのに、目の前でほぼ寝ているだけでとても護衛とは思えない態度だ。

結果が出ていて文句を言いづらいだけに、コルトは苦々しい思いだった。

それはともかく、久しぶりのアウレポトラはあの更地が嘘のような状態だ。

背後にはまだ旧市街の残骸がうず高く積まれてはいるが、新規に多くの建物が立ち、また建設中の物も多くあり、遠目からでも活気に溢れている。

もはや元が更地とは思えなかった。

そして馬車はゆっくりと街の簡易的に設けられた入り口に近づいていく。


「アーク商会です」

「おっ、待ってたぞ。道中大丈夫だったか?」

「心強い助っ人が来てくれたので、これまでで最高に楽な道中でした。ところでその助っ人がラグゼルの例の方達でして…」


御者が最後は声を潜めて門番に言うと、門番がコルトに視線を寄越した。

そしてさらに二言三言御者と話すと、コルト達はここで降りるように指示される。

すると聞いていたのか、それまで荷台で寝ていたルーカスが起きてきた。

ルーカスが降りるのとコルト達のズモウもブモブモと隣に並んでくる。

アーク商会のズモウと一緒にここまで来ても、どうやら自分の所属はコルト達という認識らしい。

賢さを褒めていると、アーク商会の馬車はコルト達にお礼を言って去っていった。


「悪いがここから東の開拓中の村に行ってくれないか?ここにもラグゼルの部隊が駐留してない事もないんだが、デリケートな話は基本的にそっちでやってる」


アウレポトラの教会司教達も、一部そちらでラグゼルと連携を取っているらしい。

というより、コルト達の事が伝わっている事が意外だった。


「少しだけ中を見れたりは…」

「ん?急ぎじゃないのか?」

「1日くらいなら平気かな?って」

「こっちは構わないが、連れが凄い顔してるぞ」


言われて振り返ると、確かにルーカスが死ぬほど嫌そうな顔をしていた。


「何が不満なんだよ、お前ずっと寝てただけだろ」

「すっげぇやな魔力がある」

「はっ?」

「どうなってんだ、なんでここにネルランの魔力があんだよ」


その名を聞いてコルトが思い浮かぶのは一人しかいない。

ネルラン・ソルシエ。

ソルシエ家の次男であり、皇太子妃イリーゼの義兄。

学生時代にソルシエ家の養子となり、以降はずっとソルシエ傘下の研究員をやっている人だ。

成果は出すが実験のために周囲を平気で巻き込むので、危険人物としてソルシエに隔離されていると言われている。

コルトは直接会ったことは無いが、会ったことのある人は大体がもう会いたくないと言っているので、碌な人物ではないのだろう。


「よく分かったな、ちょっと前に突然乗り込んで来てから住み着いてる。本音は出て行って欲しいんだが、盗賊なら問題無いって片っ端から生け捕りにしようとした噂が広がって、盗賊が街に近づかなくなった」


近くにはいて欲しくないが、警備の面では役に経つのが悩ましいようだ。


「よしっコルト、ここは素通りするぞ」

「ネルランさんに会いたくないのはお前だけだろ」

「護衛の俺がお前から離れたら、さすがにここじゃ誤魔化せねぇだろ。お前をネルランの盾にするぞ」

「僕は別に」


問題ないと言おうとすると、食い気味に門番も止めとけと言ってきた。


「今朝オーガが生け捕られてな、今その解剖の真っ最中のはずだ」

「よしっ!ルーカス行こうか!」


即答した。

オーガの血に濡れた状態で追いかけられるなど冗談ではない。

コルトはそそくさとズモウに跨った。


「お前と意見が一致するとはな。よしっ、とっとと行くぞ。じゃあな門番の兄ちゃん、俺達が来たことネルランに言うなよ」


アウレポトラをよく見れないのは残念だが、事情が事情なので仕方がない。

という事で、2人はさらに1日掛けて東にある村に向かうのだった。






「にいちゃん!」


コルト達が村に着くと真っ先に気が付いたのはクルト達だ。

2人の姿を見るやいなやその場に作業を放り出して掛けてきた。


「クルト!久しぶりだね、元気にしてた?」

「あたりまえだろ!それより見ろ!ここにある家、おれたちがたてたんだぞ!」

「うわぁ凄いよ、立派な家だ」

「だろ」


褒めるとさらに得意気になって胸をはるクルト。

すると、騒ぎを聞きつけたのか、大人たちも集まってきた。

その中の一人、見覚えのある顔は1番隊の隊長だ。

どうやらオーティスの後任はこの人になったらしい。


「2人共おかえり、無事に会えて嬉しいよ。2人だけか?」

「はい。アンリとハウリルさんは事情があって向こうに…」


北方を指すと1番隊の隊長は難しい顔をして、そうかと呟いた。


「報告を聞きたいが、着いたばっかで疲れてるだろ。今日は休むと良い、その間に体裁を整えておく」

「すいません」

「それとルイ、忠告だが、アウレポトラに今」

「ネルランの奴だろ。街に入る前に聞いた」

「ならいい。……子供に好かれているな」

「嬉しくねぇ」


4人の子供に体を好き勝手によじ登られているルーカスは虚無の表情をしていた。


「そうだ。ズモウの荷物だけ受け取って貰えませんか?コルネウスさんが植物のサンプルをって」


それを聞いた周囲の軍人達がズモウに乗せた木箱を慎重に降ろし始めた。

開けても大丈夫だと言うと、みんな興味津々で蓋を開ける。

そして出てきた大量の植物の種に驚いていた。


「これはもしかして魔族領の植物か!?こんなにたくさんよくもらえたな」

「はい、代わりに技術的な成果が欲しいみたいです」

「なるほど」

「それうるせぇから植えるなら離れたとこにしろよ」

「うるさい?」


子供を肩に乗せて髪を引っ張られているルーカスが、死んだ目をしながら野菜が叫ぶと説明している。

その場の人間は一斉に理解不能という顔をした。


「よく分からないが…、まぁ研究員がなんとかするだろう。それよりオーティス達は元気だったか?」

「特に問題無さそうでした」

「良かった。調査官って聞いた時は驚いたが、スパイの真似事させるなら俺もあいつを選ぶ」

「そうなんですね」


コルトはオーティスをよく知らないのでその辺りの判断はできないが、同じ隊長格がそういうのだからそうなのだろう。


「よしっ、中身の確認は済んだか?なら倉庫に運べ。ニール。コルトくんの部屋の案内と、厨房にちょっと多めに缶詰を開けるように言ってくれ。折角2人が遠征から戻ってきたんだ、少しくらい許されるだろ」


現場のトップ直々の”多めの缶詰”にその場がにわかに沸き立った。

歓声を上げて喜んだのは子供達だ。

みんな我先にと厨房に向けて走り出していった。


「こっちも食料厳しいですか?」

「量自体は問題ない、ただ味がな…。まだこっちに大量に物を運べるルートが出来てないから、無魔の分を抜かすと魔力持ちに配る分が無いってだけだ」

「一品追加されるだけなら良薬は口に苦しで耐えられても、さすがに分量逆転されるとうんざりするよな」


どうやってもこちらで無魔が食べられるものを確保できないので、必然的に本国から持ってきた食料は無魔に優先的に回る。

魔力持ちは現地調達をするしかなく、そうすると口に入れられるのは調味料でもどうにもならないこちらの植物と、その辺の魔物を食べるしかない。

いくら訓練で精神を鍛えていても、ずっと拙い食事しか口にできないと参ってしまう。

唯一の救いは魔力の作用で体調が良好で疲れにくくなったことらしい。


「魔物の肉も無魔はやっぱ食えねぇのか」

「ルイ、お前がその質問をするのか」


一人が申し訳無さそうな、それでいてルーカスの質問に引いているような態度を取った。

ルーカスは最初その意味に気が付いていなかったが、すぐに思い当たったらしい。

魔物と一緒にするなと文句を言ったが、魔力を扱う生物という括りでは一緒と軽くあしらわれている。

すると、そんな中でも変わらず表情の明るい金髪の青年が一人、自分が食べたと言い出した。


「ファルクがいるからちょっと食べてみたけど、1週間血便血尿に血混じりのゲロで最悪だったな」

「医官として前線初仕事がアホの介抱になるとは思わなかった」

「これが魔力を得るためにご先祖達が通った道って、完全に歴史の再現でちょっと面白かったけどな」

「生きてるから面白いで済んでるんだ、二度とやるな」

「魔力持ちたいとは思ってないけど、みんなが不味いって言いながら野菜食ってるのに、魔物肉は何も言わないから興味湧くだろ?学生時代に食った野菜は翌日グロッキーぐらいだったから、そんなもんだと思ったんだよ」

「なんでお前が書類審査通ったのか分からん」

「1週間そんな状態になったのによく現場に復帰する気になりましたね」

「教会に恨みつらみはあるけど、土地には無いからな。知らない大地は見てみたいだろ」


血反吐を吐いたらしい青年は豪快に笑いながら理由を言った。

本人には笑い話になっているようだが、コルトは歴史の再現という言葉に胸が傷んだ。

今は当たり前になっている共族の魔力保有。

少量の魔物の肉ですらそのような状態になるのに、それに耐えてでも魔力を得ようとした当時の彼らの執念と、そうせざるを得なかった状況が苦しい。

だが、そこまで苦労して手に入れた力だからこそ、それの維持に躍起になっているのかもしれない。


「これじゃ共族はもう魔力を手放さないだろうな」

「今更だろ。あの貧弱なリンシアが今のアンリと同じ年齢になった時に、同じ事ができるとは全く思わねぇな」

「ははっ、そうだね」


40キロはある槍斧を片手で軽々と振り回しているアンリを思い出し、コルトは苦笑した。

そしてひっそりとため息をついた。

それを微妙な顔で見下ろしている者がいるとは気付かずに。


「お前らいつまで駄弁ってるんだ、まだ勤務時間だろ、そろそろ切り上げろ」


各々が関連してお喋りしていると、隊長が一喝を入れた。

するとそれまでの緩みきった態度が嘘のように背筋を伸ばして整列すると、端の一人の号令で敬礼をし、それぞれの持ち場に戻っていった。

一人だけ残った焦げ茶髪の青年がニールだろう。


「待たせて悪かったね、コルトくん。部屋に案内するよ。荷物を置いたらシャワーとか浴びたくないか?水しか出ないが、一応風呂の体裁は整えてるぞ」

「ぜひ!お願いしいます!」


風呂に入るなど何ヶ月ぶりの話だろうか。

川で水浴びくらいはしたが、専用というと前にラグゼルを出て以降は入っていない。

色々と考えてしまう事はあるが、今はやるべき事をやらなくてはならない。

体を綺麗にするのは良い気分転換になるだろう。

荷物を置くと、真っ先にシャワールームに向かった。


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