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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第8章
172/273

第172話

名も知らぬ港町は、人影はあるのに閑散としていた。

そんな据えた臭いが漂う活気の無い町中をコルト達は船を探して歩き回る。

だが、聞いていた通りに大きな船はおろか、小さな船すら存在しなかった。

ここに住んでいた漁師などの港湾関係者は軒並み対岸に渡ってしまったそうだ。

残っているのはどうしてもここから離れられない、離れたくない人間だけ。

後は他所から流れてきた者たちだ。

昔からずっとここに住んでいるという老人が、遠い目をしながら教えてくれた。


「ヘンリンの奴らが殺しに来るって言われてもよ、東にも悪魔がいるじゃあねえの。どこに行っても同じだ、なら儂は生まれ育ったここで朽ちたい」


そう語る老人に返す言葉も無く、コルト達はその場を離れた。

一度町の外に出ようと提案したが、殺し目的よりは物乞いや物取りを追い払うほうが楽と悲しい理由で却下される。


「まさか東の端っこまでこんな状態になってるなんて思わなかった」

「そりゃ上があぁなら下もこうなるだろ」

「規模が小さいならそうだけど、これだけの広さなら普通は遠くなるほど影響って小さくなるものだよ。経済圏なんて無いようなものだし」


コルトはここに着いてから何度目かのため息をついた。

だが今それを考えてもしょうがない。

コルトにできることは何もないのだから。

それより、これからの渡海方法を直視したほうがいいだろう。

この町に船は無い。

ここがこの様子なら他の港町もあまり期待はできそうにない。

コルトは町の外の林に目を向けた。

あれで筏を作って引っ張ってもらえないかと少し考えてみるが、何事も雑な魔族に引っ張らせるなら動物のほうがマシだろうと考え直した。


「お前に担がれるのは諦めるけどさ、ズモウはどうするんだよ。荷物も背負わせてるし」

「俺は”ズモウを担ぐ”つもりだが?」

「はっ?」

「ズモウにお前を落ちないように括り付けて、そのズモウを担ぐに決まってんだろ」

「はぁ!?」


乱雑に担がれるのが最低値だと思っていたが、ここに来てさらにそれを更新してくるとは思わなかった。


「そんな難しく考えるなよ。ズモウを下から持ち上げるだけなんだからよ、お前は背中の上から落ちないようにしときゃいんだって」


落ちないなら座った状態でもいいらしい。

それならまぁいいかと思わなくもないが、万が一ズモウを落とさないかそれはそれで不安になる。


「それ言ったらキリねぇだろ。落ちねぇように俺に祈っとけよ」

「最悪だ」


そう返すとルーカスはまたゲラゲラ笑い出した。


「ズモウも泳げねぇわけねぇし、高く跳ぶつもりもねぇから何とかなんだろ」

「落としたら恨むからな!」

「はいよ」


という訳で、コルトは漁師たちが残していったと思われる縄の側に座っていたものにこっそりと肉を渡し、縄を譲り受けた。

そして町から離れた場所で、ハーネスのように全身に回してズモウと自分をしっかりと繋ぐ。


「うっ…、しっかり結んだし、多分このやり方なら仮に落ちてもグエッってならないはず」

「どうせ一回こっきりだしな、こんだけしっかりしときゃ解けねぇだろ」

「ところで対岸までどのくらい掛かる?」

「大した距離じゃねぇし、お前ら抱えてても2時間ありゃ十分だろ」

「2時間!?前に船で1週間くらい掛かった気がするんだけど!」

「それはトロすぎだろ!?」

「お前が早すぎなんだよ!」

「つぅかお前その感覚で文句言ってたのか」

「いやっ、僕はお前に担がれる事自体が嫌だ」

「俺が馬鹿な疑問だったわ」


半目になったルーカスに、自覚があるようでなによりだとコルトは少し満足した。

そんな不毛なやり取りを挟みつつ、コルトはズモウにしっかり掴まるとルーカスがズモウの下に手をやる。

ズモウは何をされるのかとブモブモと少々落ち着かない。

それをルーカスは睨んで大人しくさせると、ちょっと重い荷物のような感覚で頭上まで持ち上げた。

初めての経験にズモウが手足をバタバタとさせて暴れだした。


「うわあああ」

「ブモッ、ブモォォ」

「おいこらっ、暴れんな。食っちまうぞ!」

「ブモォッ!?」


その言葉は効果抜群で、ズモウは可哀想なくらいしょんぼりとして静かになった。

ルーカスはそれに満足をすると、少し踏ん張ってから飛び上がる。

そして5メートルくらい浮かび上がったところで、ゆっくりとだが加速しながら前進し、沖合に着く頃にはジェットスキーを鼻で笑うような速度が出ていた。

当然コルトは怖かった。


「ああああああああああ、もっとスピード落とせええええええ!!」

「少しくらい我慢しろ」

「死ぬううううううううう」


こうして死の渡海が敢行され、2時間後。

対岸に降ろされたコルトはいつも通りブルブルと震えながら文句を言った。

全て適当に流されてしまったが、今回はズモウも一緒だ。

魔物とは言え同じ気持ちの仲間がいて嬉しかった。

魔物なことが非常に残念だ。

それはともかく着いたのは着いたので、コルトは頑張って気を取り直す。


「ここから一番近い町ってどっち」

「あぁ北と南は大体同じだな。東はちょっと離れてる」

「どうせ通るなら東って気もするけど、こっちに渡った人達がどこにいるかも気になるんだよね」

「なら南だろ。アウレポトラに寄るんだろ?」

「じゃあ南で」


そして着いたのは小さな集落だった。

どうみてもつい最近作られたように見えるそこは、規模に対して明らかに人の数が多い。

対岸とは打って変わって活気があった。


「おいおいおい、なんでこんな賑わってんだよ」

「安定してるって聞いたけど、ちょっとこれ凄いね。ってあれ!」


コルトは見たことのある物を発見して指さした。

ルーカスもつられてそちらに視線を向けると、納得したような顔になる。

見つけたのはアーク商会のマークだ。

どうやらここはアーク商会が仕切って色々とやっているらしい。


「おっ、ルブランなら色々知ってんじゃねぇか?」

「だとは思うけどいるかな」

「いなくても適当に仕切ってる奴にルブランに名前だしゃ色々教えてくれんだろ」

「そう簡単な話じゃないと思うけど…」


という訳でルブランの名前を出してみるが、やはりそう上手く事は運ばなかった。

コルト達がどういう立場の存在なのか分からないため、皆困った顔をするばかりだ。

予想はしていたので仕方がないと思っていると、コルトの名前が呼ばれた。

振り返ると、見たことがあるような無いような感じの人がこちらに掛けてきた。

コルトの様子に覚えていないのは仕方ないと、軽く笑ったその人は、どうやらルンデンダックまで一緒だった人らしい。


「すっ、すいません!!結構一緒にいたはずなのに!」

「いやいや、こちらがビビってほとんど顔を出していなかったので。また会えて嬉しいです、会長も喜びますよ」

「お元気そうで良かったです」

「お陰様で。ここ数ヶ月は色々と大変でしたが、こちらで良い感じに立て直していますよ。アウレポトラに本店を移しましたので是非寄ってください!びっくりすると思います」

「本店移転!?というか復興大分進んでいる感じですか?」

「かなり進んでいます。元の街があったほうはまだ瓦礫がかなり残っているみたいですが、北側が再建に十分なほど広範囲で更地になったので、そこで一から建て直しています」


それを聞いて思わずコルトは隣を見てしまった。

ルーカスが作った巨大なクレーターがまさかそんなところで役に立つとは思わなかった。

だが、あの量の瓦礫を片付けるところから始めるよりは、何もないクレーターに建てるところから始めたほうが楽なのは確かだろう。

作った本人は澄ました顔をしている。


「あはは、そうなんですね…。それはともかく、この町って最近作られた感じですよね?それにしては活気があると言うか…」

「ラグゼルが鮮魚加工の技術を提供してくれたんですが、人手が足りなかったんですよ。そこに西から彼らが船ごとやってきまして、既存の場所では色々と問題があるのでここに新たに漁村を作りました」


東大陸の流通をアーク商会がまとめているらしく、ガッポガッポ儲かっていると高笑いをし始めた。

今ではアウレポトラでも魚を普通に食べられるようになっているらしい。

いずれは中間地点に双方の海産品を売る巨大な市場を計画してもいると、将来の展望も抜群で中々に楽しそうだった。

西の様子を見た後だと、こちらの様子は嘘のようだった。


「ところで皆さんはズモウをお連れですが、やはりラグゼルにお帰りになるので?」

「その予定ですが、一応その前にアウレポトラに寄る予定です」

「なるほど。良ければご一緒させてもらえませんか?道中の護衛を頼みたいのです。代わりに荷馬車と食事、報酬をご用意いたします」

「お願いします!」


食い気味に即答で了承した。

隣も特に問題はなさそうである。

了承が得られて向こうも嬉しそうだ。


「おぉでは手前勝手ではありますが、出発は明日でもよろしいでしょうか?元々明日の早朝出発の予定でして…。それと大変申し訳ないのですが、まだ宿屋など外向けの施設が無く、寝床がご用意出来ず長椅子になってしまうのですが…。あっ、毛布はご用意できますよ」

「大丈夫です」

「ちょっと前まで野宿ばっかだったしな。屋根がありゃ床でもいい」

「ありがとうございます!ではご案内いたしましょう」


そして通されたのは、商会館の一室だ。

将来を考えてとりあえず余分に作られた部屋で、長椅子2脚と長テーブルが1つだけ置かれた質素な部屋だ。

フラウネールの屋敷の客間とは比べ物にはならないが、陰鬱とした場所の豪華な客間よりも、活気と笑顔に満ちた質素な部屋のほうが、今のコルトには望ましかった。

コルトは早速長椅子に倒れ込むと、どっと疲れが湧いてきた。

どう考えても死の渡航の疲れだろう。

原因のほうはまだまだ元気らしく、部屋を少し覗いただけですぐに出ていった。

部屋に一人残ったコルト。

ここの様子に安心して余裕ができたのか、向こうに残ったアンリやハウリルについて考える余裕が出てきた。


「アンリ達大丈夫かな、喧嘩してないかな」


不安は多いができることはない。

寧ろ、こちらが失敗したらとても怒るだろう。

そしてコルトはこれから自分が何をするのか、改めて真面目に実行方法や対策を考えて、そして背筋に悪寒が走った。

居心地が悪くなり、誤魔化すように寝返りをうつ。


──アンリ達のためって言っても、これからやる事は共族同士の戦いのための準備だ。しかも僕は中立でもどちらにも介入するでもなく、片側として行動する。


本来ならやらない、やってはいけない事をやろうとしている。

その自覚が出てきた。


──今の僕は人間だ…、何の力も持ってない人間だ。


管理者としての行動では無いから許される。

今は共族のコルトという個人なのだと、必死に自分に言い訳をした。


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