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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第8章
166/273

第166話

ルーカスが狩りに出掛けると、コルトはフラウネールについて昨日までに狩った魔物の在庫計算を手伝う事になった。

フラウネールと今後の話をするにも、先ずは目の前の問題を片付けなければ住人達の明日が無くなってしまう。

計算ができて読み書きもできるコルトはこの場では得難い人材なのだ。

とはいえ、物流管理なんて本来専門職がやるような事をド素人のコルトができるわけもなく、とりあえずどれがどのくらい残っていて、どのくらいのペースで消費されているのかを文字記録として残せるくらいだ。


「助かった。読み書き計算ができる人員は少ないからな」

「これからは改善してもらえませんか?読み書きができないの、教会支配地域の人間だけだと思いますよ、今のところ」


リャンガ達は問題なく、リンシアですら時間はかかっても半分は読めていた。

セントラルは分からないが、ハウリルはリンシアが読めるなら狂信者も読めるし、それと長年決着の付かない戦いをしているならセントラルもその程度の教育をしている可能性は十分あると予想している。

そして当然ラグゼルはきっちり教育に組み込んでいるし、ヘンリンも魔術を扱うのでそちらに特化と言えども読める。

なによりあの魔族ですら問題なく読めるのだから、2神管理下でまともな読み書き教育がないのは本当にここだけという状態だ。

はっきりいってよろしくない。

やや冷たい声音でどうにかしろと詰問すると、フラウネールは目を細めた。


「いつかは改善したいとは思ってる。でもできない理由は分かるだろ?」

「………」


どんなに必要としていても、人材が無から湧いてくることはない。

なので他から派遣してもらえないか、コルトから掛け合ってみると申し出るが、フラウネールが即断で却下した。


「思うところはあるが、ここの人達を奴隷にさせる気はない」

「分からない、どうしてそんな発想になるんですか?」

「人数が多すぎる、こちらから返せるものもない、恨みも買い過ぎてる。俺ならこの期を利用して仕返しする」

「あまりにも穿って見過ぎです」

「悪いが身内以外の人間を信用していないし、親書にされた細工も忘れてないぞ」

「………」


コルトはそれ以上何も言わなかった。

前にもフラウネールと議論のようなものをした時も、結局は平行線だったから今回もこれ以上話したところで何も進まないだろう。

なにより、親書の話を出されては何も言い返せなかった。


──殿下が余計な事をしなければ、もうちょっと前向きになってくれたかもしれないけど…。こうなったら、力を取り戻した後に無理やり言う事を聞かせるしか……。


そう考えるが、それは絶対に上手くいかないという確信と、そんな手段を使いたくないという気持ちが湧き上がる。

コルトは内心ため息をついた。

自分で判断して自己を確立してくれるのは喜ばしいが、それゆえに合理的な判断を拒絶したりもする。

感情というものがその判断を鈍らせているが、感情のないものに作り変えたとしてコルトが理想とする世界を観測するものとしてふさわしいかと考えると、違うとなる。

とはいえ、今の教会の状態は看過できるものではないので、多少強引にでも底上げはしたい。


──一番ネックになってる問題が人間だからって言うなら、逆に言えば人間にやらせなければいい。


人間と同じ事ができる道具ならフラウネールも拒否することはないはずだ。

それに道具なら無理やり言うことを聞かせてもコルトの良心も痛まない。

方法が思いついたならこれ以上この話を続けるのは時間の無駄だ。

コルトは早々に自分たちの報告に話題を切り替える事にした。


「ハウリルの状況も君達の進捗も理解したが、こっちはこっちで会談を考えてるだって?」

「だからなるべくこちらの状況も安定させて欲しい的な事を言ってました」

「無茶を言うなと言いたいが、強行されるだろうな。はぁ、なんでハウリルは帰ってきてくれなかったんだ」

「リンシアを放っておけませんし、機械人形の拠点を向こうの人に完全に任せたくないらしいです」

「分かってる、ただの愚痴だ、聞き流してくれ。生き残ってる枢機卿はこちらで捕らえてる、彼らに再起の機会として真面目に働くか掛け合ってみる。君の言う通りなんだかんだで影響力はまだ持っているからな」

「お願いします。…それで、北の地下通路のほうはどうなっていますか?」

「そっちは事実上の凍結状態だ。死者も多く出てしまっているが、生きていた人達は解放されている。ただすでに半分以上が逃げ出して行方が分からなくなっているがな。心配事でもあるか?」

「……向こうの勢力が思ったよりも大きかったので、攻め込まれたら魔力があっても南部は苦戦するんじゃないかって。人同士の戦いなら、慣れてる向こうに分があります」

「それは教会だけの問題じゃないだろ」


そういうとフラウネールはただでさえ疲れていた顔を一層老けさせた。

コルネウスといいフラウネールといい、どちらも苦労をしているようで少し同情してしまう。


「はぁ…、ヘンリンとは友好的に手を組みたいと思っていたのに、よりにもよって敵対状態の教会のトップに流れで当て込まれるとは思わなかった」


そう嘆くフラウネールからはただひたすら哀愁だけが漂っている。

正直コルトから見てもグダグダな状態なので、本人はもっとつらいだろう。


「とりあえず情報をありがとう。どうするか手の者と話し合いたいと思うが、君達はいつまでここにいてくれるつもりだ?」

「すぐに発つつもりだったんですが、この状況を見るともう少し何かをしたいなとは思っています。ルーカスの奴がなんていうか分かりませんけど」

「そうか……、なら彼には少し滞在を延ばして欲しいと言ってくれないか?教会の神の処分について話し合いたい」

「それって……」


教会の神は確か培養槽に入れられた魔族だったはずだ。

それを処分するという事は、フラウネールは教会の神という欺瞞を捨てるつもりなのか。

コルトもそんなものは早々に捨てろと言いたいが、信じる物を失った人がどうなるかというのも多少は分かっている。

それこそ人々は混乱するのではないだろうか。


「大切なのは人々が信じる事だろう、そこに実体など必要ない、人々が信じているという事実さえあればいい。それに、北にも大勢無魔が残っているなら教会の神がなんであるか隠せなくなる。ならこの混乱に乗じて神がとっくに実体の無い魔人だと公表し、裏で処分してしまったほうが傷は浅く済むはずだ。だがそれをするにも当の魔人を無視するのはどうかとな」

「………」

「ふむ。他の枢機卿をまた引っ張り出すなら、罪として公表は彼らに任せるか。英雄家とは関係ない俺が教会の嘘を暴いたとして、多少は人の心を集められるかもしれない」


フラウネールはどうやら一人解決した気分のようだが、コルトは1つ疑問があった。


「裏で処分する理由はなんですか?事実を出すなら、公に処分したほうがより象徴的になるでしょう?」

「それはそうなんだが、リスクのほうが大きすぎる」

「リスク?」

「聖水が魔人の体液だったなんて知られたら、実際に魔人と交流しているヘンリンとラグゼルが独占していると、余計な知恵を働く者が出たらどうするんだ。それでまた扇動でもされた日には気がおかしくなるぞ。それどころか目の前にその魔人がいるなんて分かったら絶筆し難い悍ましい光景が広がるだろう」

「だからアイツに共族のフリをしろって念を押したんですね」


コルトは目が据わった。

つまりフラウネールはルーカスを人々が捕らえて食すと考えているようだ。

いくらなんでもそんな事はしないと思いたい。


「もちろん大半はしないだろうし、彼は簡単に捕まらないだろう。けどね、枢機卿達は代々食人をしていたし、彼の実際の姿は人から少し離れている。自分たちの見た目から離れるほど、人は情がわかなくなるものだ。実行に移すものが出てくると思うし、当然抵抗する彼を止められるか?」

「……できないですね…」


止められるならあんなに好きに行動させてはいない。

それに魔族が一人減ろうがどうでもいいが、今ルーカスにいなくなられるのは取引の件があるので非常に困る。

コルトの計画が全て狂ってしまう。

そう思ったら無意識に舌打ちをしていた。


「分かりました、戻ってきたら今の話を本人に伝えておきます。代わりに夜間に魔物の討伐をさせる許可はください、食べ物が足りるならいいでしょう?」

「仕方ない、それくらいは何とか誤魔化すが……君は随分と彼に強気に出られるね。ハウリルも弟ながら大分慇懃無礼だと思うが、なんかそれとは違うな」


その指摘に少しドキッとしたが、雇い主だからと適当に誤魔化した。

本当に誤魔化せたかは少し怪しいが、フラウネールはそれ以上聞いてこなかったので、この場はよしとする。

そしてこれ以上は話す事も無いのでどうしようかと考えると、タイミングよく誰かがフラウネールを呼びに来た。


「すまない。俺はもう行かなくては」

「大丈夫です、忙しいようですし伝えたい事は言えたので」

「あぁ、結論はなるべく早く出せるように努めよう」


そういうとフラウネールは足早に立ち去った。

残されたコルトは特にやることもなく、ルーカスが戻ってくるまで運び込まれてくる討伐された魔物の解体をぼおっと眺めていた。


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