第163話
畑への道中、奥にいた無魔の子供達がどうなったか案内の討伐員に聞くと、彼らは3ヶ月ほど前にラグゼルに送られたようだ。
教会との戦争で自分たちで手一杯で彼らの面倒を見られる、さらにやはりこちらの食べ物が合わず衰弱し始めたため、どうにもならず一度ラグゼルに行ったことのあるバスカロンがラグゼル送りを提案した。
ラグゼル側には渋られはしたものの、とりあえず受け入れられたようだ。
その代わりに今ここにいるラグゼル人員が送り込まれてくることは完全に想定外だったようだが、どっちみちここではあの子達は生きられないし彼らの支援で立て直せた部分もあるので、色々な違いで衝突はあるものの、なんだかんだ上手くやれているようだ。
「なんか完全に手に余る奴を押し付けるところみたいになってんな」
「そうかな?」
「そうだろ。無魔のガキ産んだココに始まって、イカれた女にクソガキ共。その次のアウレポトラは、ほぼ街規模で押し付けたようなもんだろ。フラウネールの結局匿いきれなくなったガキ共に、生きてんだがよくわかんねぇガキだ。そこにまだリンシアも追加しようってんだから、魔王城のど真ん中にシュリアを送り込まれないかヒヤヒヤするぜ」
「でも人が死ぬよりずっといいじゃないか、あともっと他の言い方しろよ」
「分かった分かった。だがな、縄張り意識の強ぇ奴らに、余所者大量に押し付けてもいい事ねぇぞ」
「そんな事はっ!」
反論しようとして、言葉が浮かばなかった。
コルトは振り上げようとした拳をゆっくりと解く。
──はぁ、なんでみんなが幸せに暮らせる場所を作れないんだ。
答えのない疑問に思考を巡らせていると、いつの間にか目的の畑についていた。
「おいっ、今日の当番は誰だ?」
「俺だ、へリスだ、どうした」
「コルネウスさんが壁の奴らになんか提供してやれだってよ、こっちの坊主が持ってくらしい」
「んなこと急に言われてもなあ。おーい、マリーシャの姉ちゃんはどこだ」
ヘリスと名乗った男が大声を上げると、植えられた植物の影からゴーグルをつけた女性がひょっこりと顔を出した。
「なんですか?」
「お前んとこになんか提供するらしいから見繕えだってよ」
「一体どういう風の吹き回し?そもそも輸送手段はって……あれっ、君は?」
手袋を外しながら近づいてきたマリーシャは、コルトに気がつくとゴーグルを頭の上に上げた。
ゴーグルとフードの隙間から漏れる髪は暗い緑をしており、本当に魔力持ちのようだ。
「あっ、えっと、コルトです。ラグゼルに戻るので、マリーシャさんに聞くと良いって」
「コルト?あぁ君が。……学生なんだって?」
「はい。一応西地区の高等科2年です……」
「あっきれた、本当に学生を外に出してたの?」
「なんか……僕以外に適任がいないとかで…」
「だからって学生にやらせる事じゃないでしょ。ならそっちの貴方が護衛っていう魔族の方?」
「そうだ、ルーカスだ」
「よろしく。犬のおじさんは可愛い耳と尻尾が生えてるけど、貴方の見た目は共族と変わらないのね」
「今はそっちに合わせて変えてるだけだ」
「あらそうなの」
お互いの紹介が終わり、マリーシャが手を差し出してきたので順に握手を交わすと、マリーシャは早速ヘリスにどの辺りの物資なら持ち帰ってもいいのか聞き始めた。
「姉ちゃんが入れる3番倉庫の中なら問題ねえ。だからって全部は持ってくなよ」
「限度くらい知ってますよ。心配ならヘリスさんも来ます?」
「いやっ、姉ちゃんのことは信用してる」
「それはどうも。2人とも、ついてきて」
早速と踵を返してスタスタと歩き始めたマリーシャに2人はついていく。
「畑にいるのってマリーシャさんだけですか?」
「そうよ。最初はオーティス隊長ともう1人が交代で護衛にいたんだけど……。ほらっ、うちって魔力持ちが畑の類に入るのを法律で禁止してるでしょ。私は研究区画で慣れてるけど、あの2人はやっぱり心理的にキツかったみたい。それでも3週間は頑張ったんだけど、大丈夫そうって事で外れてもらったのよ」
「なるほど。結局ここには何人派遣されたんですか?」
「7人よ。全然足りないけどね」
全体をまとめるオーティス、その補佐役として王宮から1名、カウンセラー2名、医者1名、学者のマリーシャ、そして護衛の7名だそうだ。
「6人…いやっ、オーティスさんはいらないから5人?の護衛が1人しかいないんですか!?」
「最初はカウンセラー無しで学者2人に護衛が2人だったのに、犬のおじさんがカウンセラーくれって言って、王宮がそれを飲んだのよ」
「酷い話ですね、なんで魔族なんかの要求を飲んだんだ」
「取引したみたいだけど、流石に内容は知らないわ」
「奴は身内の面倒見が良いって議会の奴らも言ってたからなぁ。ここがダメになってんの見て、なんか思ったんだろ」
「でもそれお前の予想だろ?」
先程の会議での様子から、とてもそうは思えなかった。
「そんな事はねぇよ、下がついてこなくなるからな」
「下とかお前達の領地みたいに言うなよ」
「ここじゃねぇよ、魔族の下っ端だ。連中から見りゃここは奴の勢力圏みたいなもんだ、実効支配してんのが他のやつでもな。そこが弱ってんのに何もしないで放置してるような奴に、魔族はついていかねぇって話だよ」
「へぇ。ならラグゼルは貴方の勢力圏?」
「連中から見ればそうなるかもな」
「はぁ!?ふざけんなよ」
「お前が思ってるような大した意味はねぇ、せぇぜぇ俺がよくいる地域ぐらいの意味しかねぇよ」
「魔族からみたらお前が支配してるところって思われるんだろ、不愉快だ!」
「雑魚が何思おうが、中身は全く別モンなんだからいいじゃねぇか」
「よくない!」
と喧嘩腰になり始めると、マリーシャが喧嘩をしないでと苦情を言ってきた。
「私の質問が地雷を踏んじゃったのは謝るけど、ここで喧嘩するのはやめて頂戴。ほらっ、もう着いたから」
「…すいません」
もっともな苦情を言われて、コルトはしゅんとなり素直に謝った。
倉庫に入るとマリーシャは真っ先に積み上げられていた空箱に近寄っていく。
「どのくらいの大きさの箱なら持ち帰れる?」
「俺とコルトしかいねぇから、そのデケェ木箱でもいいぞ」
「ならこれにしましょう」
そういってマリーシャは一番大きな木箱を引っ張り出すと、反対側にある大量に麻袋が並べられているところの前に置いた。
「凄いわよね。これ全部魔族領から持ってきた種ですって」
「魔人にまともな管理ができるようには思えねぇけど、何持ってきたんだ」
自分のところの文句を言いながら、ルーカスは無造作に手元の一袋を掴んで観察しだした。
「うわっ、これ絶叫人参の種じゃねぇか。よりにもよってこれかよ」
「なんだその頭の悪そうな名前は、それ本当に植物なの」
「構造はこっちにもある一般的な根菜と一緒よ。なのに、畑から引っこ抜くと叫ぶのよ。試しに輪切りにしてみたんだけど、どっからあんな音を出してるのかさっぱり分からなかったわ。ちなみにこれが叫ばなくなった実物」
マリーシャは手足のように枝分かれした干からびた人参を隅の箱の中から取り出した。
色々と実験をしていたらしく、箱の中には色々な野菜がたくさん詰め込まれている。
そしてその箱の中に無造作に手を突っ込むと、空いていた袋に詰め込み始めた。
まさかこれらも持ち帰るつもりだろうか。
黒竜が使えるので行きよりは短期間で済むとは言え、さすがに腐ってしまうと思うのだが、それをマリーシャが考えていないはずはない。
考慮条件に入っていないのだろう。
「叫ぶ野菜ってにんじんだけじゃないんですか?」
「根菜類は叫ぶみたいね」
「…魔神は何考えてるんだ」
人間だけに飽き足らず、食用のものにも無駄な機能をつけて、何がしたいのかさっぱり分からない。
他にも囀るトマトやいちごみたいなものまであるらしい。
実用性皆無で真剣に何を思って作ったのか、理解できなかった。
「うるさい事を除けばこっちにある食用野菜と似た見た目をしてて、病気に強くて魔力持ちにも育てられる。毒性の確認ができたらすぐに食べるだけならいけそう」
「だけ?叫ぶ以上にダメな事ってないですよね?」
「味が薄いの、この辺は品種改良しないとダメね。でも魔力で育てた野菜と違ってちょっと薄いだけだから、工夫次第でどうにでもなると思う。とりあえず種類別に種1袋と、乾燥させたのと……」
ブツブツいいながら木箱の中にマリーシャはどんどん詰め込んでいく。
そして最後に鉢植えのように上部分が取り除かれ、代わりに緑の葉っぱが飛び出した小さな木箱を持ってきた。
「待て!絶叫人参だろそれ!持ってかねぇぞ」
「ニンジンじゃないわ、カブよ!葉っぱが全然違うじゃない」
「どっちでもいいだろ!運んでる時に叫びだしたらどうすんだよ」
「安心して、ちゃんと抜けないように固定するから。あっでも、土が乾いてきたら水だけあげといて」
そういって躊躇なく木箱の中に収め固定している。
そして詰め終わった木箱はとても人間が持ち運べるような重さではなかった。
「これだけあれば当分は研究に困らないはずよ」
「その前に重すぎて底抜けません?」
「うーん、そうね。何か包める大きな布とかないか探してくるわ」
そして再びブツブツと確かあそこに…と独り言を言いながらマリーシャは倉庫から出ていった。
取り残されたコルトは持ち上げられないほど重くなった木箱を振り返る。
「何やってんだよ」
ルーカスが植木鉢の上にさらに物を乗せようとしていた。




