第159話
結局彼らの撤収作業が終わったのは、深夜を大分回った時間だった。
夜も遅い上に作業で皆疲れ切っている。
その日はそのまま休憩となり、翌日も日が大分昇った頃、何故か男になっていたルーカスも戻ってきた。
出発前までは大柄とはいえ、確実に女だったはずなのに、戻ってきたら男になっているので周囲がかなりざわついた。
それをなんとか収めると、やっとどうやって移動するかという話になった。
その時にコルト達が味方である事を認知させるために全体への顔合わせがあり、疑問に思った他の女性や子供達などが特に問題なく生活出来ていたようで、コルトの心配が杞憂に終わり少し安堵する。
だが、彼らの中で魔力持ちはほぼほぼ伝説上の存在みたいになっていたので、ヒソヒソと小声で色々と言われ、心無い言葉もかなりあったために終わってからアンリがかなりキレていたのはまた別の話だろう。
そして今はルーカスの報告をみんなで聞いているのだが。
「セントラルのほうはちょっと離れたところにデカいクレーターを作った。何事かってアリの巣つついた騒ぎになったから、しばらくはこっちに来ねぇだろ。狂信者のほうは姿戻して派手に脅してきたから、こっちも大丈夫だ」
「あぁそれで男に戻ってたのですね」
「威圧すんならやっぱ男のほうが効果高ぇだろ」
「またリンシアさんに気絶されますよ」
「うるせぇ、会わなきゃ問題ねぇ」
「いやちょっと待ってよ!デカいクレーターって何!?派手に脅したって何したの!?誰か殺してないよね!?」
まさかの行動に少しは労おうという気持ちも吹っ飛んで責め立てる。
すると、待ってましたとばかりに逆に反論されてしまった。
「殺ってねぇよ、お前がうるせぇのに殺るかっての。クレーター作る前にまずそこら辺の動物脅して逃げさせて、そっから何度か小規模に爆発起こして、最後にデカいの撃ち込むっていう、安全に配慮したきめ細やかな対応だぞ!狂信者のほうは、魔族が神扱いなら戻ったほうが効果が高ぇだろ。そんで”貴様らは我が意に反した。沙汰が下るまで頭を低くして震えていろ!”とか適当言って、あとは地面叩いて割っときゃ向こうが勝手に勘違いで萎縮するだけよ。お前のわがままのために、一晩でこんだけやりきってきたんだぞ!褒め讃えろよ!」
と、ぎゃあぎゃあと詰め寄られ、コルトはうっかり勢いに負けてしまった。
「わっ、分かったよ、ありがとう、お疲れ」
だがまさか本当に言ってもらえるとは思っていなかったのか、言ったら言ったで動揺している。
完全な理不尽だが、なんだか一方的に損した気分になってしまった。
微妙な空気になるが、ハウリルが両手を叩いてそんな空気を一掃する。
「ほらほら、2人とも。情報共有が終わったのならさっさと行動に移りますよ。今の状況がいつまでも続くとは限らないんですからね」
そうして色々あったが、何とか大規模な移住作戦が開始された。
移動はかなり大変だった。
主に大人からの文句が多かったからだ。
突然移住を言い渡された上に、それが外部の人間に強制されたものなのだから尚更だ。
さらに地下での生活が主で、外での活動に慣れないせいか陽の光がかなりキツイらしい。
何人か目の異常を訴え始め、そこはコルトも失念しており、これなら多少は危険でも夜に移動する事を提案したほうが良かったかもしれないと、申し訳無さでどうしようもなかった。
機械人形達が治療法を持っていることを祈るしかない。
逆に子供はよく分かっていないせいか、初めての外の世界に好奇心が刺激される子が多く、大人から離れようとしては怒られている子がしばしばでた。
それでも数百人単位の移動だ。
コルト達が来た時は数時間で済んだ距離も、この人数では数日かかる。
だが、ルーカスの脅しが功を奏したのか狂信者もセントラルも現れることはなく、5日後には全員地下施設への収容が完了した。
「あぁもう二度とやらねぇ」
「同感。なんでずっとグチグチ言われながら警護しなきゃいけないんだよ」
「さすがに次はもうやりたくないですね」
「ごっ、ごめん。次はもう無いようにするよ」
収容後のあれこれを全て機械人形に任せ、休憩室でぐったりする4人。
魔力持ちなので体力的にはまだ余裕があるはずだが、精神的に疲れたのだろう。
そうやって特に何もする事無くうだうだしていると、お盆に簡単なスープを乗せたリンシアが機械人形に連れられてやってきた。
「おかえりなさい!」
「ただいま、リンシア。大丈夫だった?」
「ごめんな、1人にして。ちゃんと飯食べてたか?」
「うん!わね、1人でできたよ!あとね、これね、おねえちゃんたちのためにスープ作ったよ!」
「ありがとー」
お礼を言うとふわっと笑ったリンシアは、にこにこしながらぐったりしているコルト達にスープを配り始めた。
湯気が立ちほのかに香るが具はほとんど入っていないスープは、リンシアが自分たちのために作ったという事実だけで、疲れ切ったコルト達には身にしみる。
火傷しないようにそっと口をつけると、やっぱり味はほとんどしないが、それでも疲れた体を幾分か癒やした。
そうやってほっと一息ついていると、リンシアは最後のルーカスのところにまで回った。
──あっ!しまった!
だがもうそう思った時には遅い。
リンシアはルーカスの顔面を見てギョッとし、それから視線を胸元まで落とすと。
「おっ、おおっ、おねえちゃんがおにいちゃんになってる!?」
大声を上げてびっくりし、器を取り落とした。
落とした器はすぐさまルーカスがキャッチしたので床にぶちまけられることだけは避けられたのだが……。
リンシアはそれどころではない。
ずっと”おねえちゃん”と慕っていた相手が、数日会わない間に”おにいちゃん”に変わっていたのだ。
知ってるモノが突然別のモノに変わってしまったら、それは怖いだろう。
「あー、リンシアさん。これはですね、魔族は男にも女にも自由に変えられるのですよ。以前男みたいな名前だと言っていましたが、実際にわたしたちに初めて会った時は男だったんですね」
ハウリルが説明を入れるが、リンシアは顔をキョロキョロさせて困惑している。
「やっぱり魔族の生態はおかしいんだよ。魔神は何考えてこんなの作ったんだ」
「こんなのはねぇだろ!?ちんこもぐぞ」
「はぁ!?共族は魔族と違って、生殖器の切除は露骨に肉体に影響がっ」
「あのさぁ、お前らのちんこの有無とかどうでもいいんだけど、喧嘩すんなら他所でやってくんない?」
喧嘩を売られて瞬間沸騰すると、横からアンリが冷水をぶっかけてきた。
怯えたリンシアはアンリに頭を撫でられている。
「お前らリンシアそっちのけで喧嘩すんなよ、余計に怖がってんじゃん」
「ごめん」
「すまん」
急速に怒りが萎み、周りが見えなくなっていた事が恥ずかしい。
「リンシア、こんな大人になるなよ」
そう言ってアンリがリンシアを宥めると、少し落ち着いたらしい。
じっ、とルーカスを見つめて、それから大丈夫と口にした。
「うっ。だい…じょぶ……。おね…えとっ……おにいちゃんでも、だいじょぶ」
「一応中身は変わっていませんしね。今まで通りで大丈夫ですよ」
ハウリルもそう言うと、リンシアもようやく納得したのか頷いた。
そしてごめんなさいと謝る。
ルーカスも気にするなと言って、一気にスープを飲み干す。
「お前が謝る必要はねぇよ。つぅか共族は俺が性別変えるとどいつもこいつも似たような反応するからな。お前だけじゃねぇ」
いい加減うんざりしてきたと言うが、先ず性別の可変が可能な生物自体が少数派である事を理解して欲しい。
「俺にとっちゃ当たり前の事でいちいち反応されんのはめんどくせぇだろ」
「気持ちは分かりますが、わたしたちには魔族自体がよく分からない存在なのです。存在が周知されて当たり前になるまでは諦めてください。今はどうにもできません。魔族の時間では対して長くはないのでしょう?」
「……はぁ…分かってるよ」
どうしようもないのは分かっているが、それはそれとして愚痴を言いたかったらしい。
そんなルーカスの個人的な事情は置いておきつつ、ハウリルがところでと別の話を切り出した。
「リンシアさん。お伝えするのが遅くなってしまい申し訳ないのですが、実はコルトさんとルーカスは一度南部に戻らなくていけないので、しばらくわたしとアンリさんだけになります」
「うげぇ、そうだった…。しばらくコルトもルーカスもいないんだった。マジ最悪じゃん」
それを聞いてアンリはうげぇと嫌な顔し、リンシアは再度驚いたような顔で固まった。
そしてたっぷりと時間を掛けたあとに小さく一言だけ戻ってくるのかと聞いてくる。
それにコルトは笑顔でもちろんと返す。
例え向こうで止められたとしても、コルトだけは何がなんでも戻ってこないと色々と計画が破綻してしまう。
だからそれだけはあり得ない。
すると、壁際直立不動状態で待機していた機械人形のほうも、ボディライトを光らせて話題に興味がある事を示してきた。
【現在地下施設の案内を他の機体が行っていますが、弊ネットワークと揉めているようです。そちらから受けた仕事を無事に遂行出来るのか、不安要素として取り上げていいと言えるレベルに達しつつある状況です】
それには皆あぁーという顔をして察した。
道中あれだけ不満を漏らしていたのだ、察せるモノがある。
だが一度帰る事は変更はできない。
こちらにもスケジュールというモノがある。
なのでなるべく早く戻ってくるという事だけを伝えた。
「年単位って事だけはねぇよ。まぁなんだ、お前らの様子じゃ長くて3ヶ月が限度か?」
「できれば2ヶ月以内でお願いします。一番の懸念は食料です。彼らのあの態度では、足元見られそうではないですか?なので、できればわたしたちの分はわたしたちで何とかしたいのですが、そうすると外に狩りに行かないといけないではないですか。魔石の魔力残量が不安なんですよね」
さすがにそれは不信過ぎるのでは?と反論してみたが、誰からも同意を得られなかった。
「なるべく早く戻ってきてくれよな。あいつらのあの様子じゃ、先に私らの胃が爆発しそう」
「頑張るよ」
「絶対だぞ!信じてるからな!」
アンリの念押しに、逆に不安になるコルトだった。




