第154話
話し合いが終わったのでコルトは機械人形を起こすことにした。
共有化だのなんだの言っていたが、そんな事は知ったことではない。
起きろと声をかけるが反応が無いので、ボディをバシバシと叩いてみる。
それでも起きないので中央の装置を適当に操作してみると、突如ロックがかかり周囲の機械人形が一斉に起動し始めた。
【何をする。君達でも敵対行動と取りかねない】
「こっちの話し合いが終わった。決定事項を伝える」
【性急だ。だが聞こう、我々にできる事はあるかな?】
「お前らには航空管制システムと航空機のシステムの新規構築、あとパイロットをやってもらう」
【話が見えない。順を追って説明を願う】
コルトはめんどくさいなと思いつつも大雑把に先程の事を説明した。
【理解した。随分と思い切った決断だが、歓迎しよう。犠牲もなく何かを勝ち取るなど都合のいい話はない、ロンドストもよく言っていた。期日はいつまでだろうか】
「なるべく早く終わらせろ。でもこっちの準備と飛行可能高度の制限解除もあるから1年はあるとみていい、必要な条件は明日出す」
【了解した。では初期1年として先ずはスケジュールを組ませてもらう。ただ1つ問題がある、材料が足りない】
流石にその辺りはコルトにも分かっていた。
ある程度内部でプログラムを組むことは出来ても、積むハードが無ければお話にならない。
だがアテがないわけではない
「リャンガさん達の仲間をここに連れてくるって話があっただろ?彼らに手伝ってもらっう」
【了解した。では明日の案内で気に入ってもらえるように善処しよう】
「そんなに気張んなくたって来んだろ」
「うん。そこは大丈夫だと思う」
問題は彼ら全員を安全にここまで連れてこられるかだ。
目の前の魔族にはきっちり働いてもらわなければならない。
そう思っていると、突然頭の上に手のひらが降ってきてがっちりと掴まれる。
そして強制的に顔を魔族のほうに向けさせられると、細めた目でコルトに忠言を入れてきた。
「アンリとハウリルにもちゃんと概要話しとけよ」
「やだよ、2人を巻き込みたくない」
「アホ、とっくの昔にあの2人は巻き込まれてるし分かってて勝手についてきてんだよ。今更黙ってるほうが裏切りだろ。そもそもこんな大規模なもん俺らだけでできるわけねぇ、お前は共族相手にこういうの向いてねぇし、俺は戦争準備は流石に手伝えねぇぞ、内通が疑われる」
「……分かった」
【その2人以外には全容を伝えないという事で良いだろうか?】
「こいつの中身を知らなきゃ虐殺準備してるイカれた奴って評価しかねぇからな。表の神探しは隠してねぇし問題ねぇよ」
【承知した。ならばこちらもそれに合わせて口裏を合わせよう】
「おう頼むぜ」
そういうと、ルーカスは手を組んで大きく伸びた。
「あぁなんか色々とすっきりしたな。気持ちよく寝れそうだ」
「大勢犠牲にする事を決めたのにすっきり?」
「別にいいだろ、こちとら生まれる前から役割り押し付けられてたんだぜ?奴らの望み通りに仕事して、求めた結果への道筋作ってやったんだ、とやかく言われる筋合いはねぇ」
「魔族なんてどうでもいいし、ただの八つ当たりだろ」
「1つ言っておくけどな、尊重してねぇ相手から尊重されるとは思うなよ。神の力使うなら、お前は共族の頭って事を忘れんな」
「………」
「まぁそうは言っても魔神も共族なんてどうでもいいと思ってるだろうけどな。神なんてそんなもんだと諦めてるよ」
そういうとスタスタと背を向けて歩き出した。
部屋に戻るようだ。
「コルト、お前ももう寝ろ。中身はどうあれ体はただの共族なんだろ」
言うだけ言うと音もなく暗闇の中に消えていった。
それを見送り少し経ってからコルトも部屋に戻るために歩き出した。
そして暗い廊下を歩きながら先程までの事を反芻する。
──ついに自分の意志で大勢死なせる事を決めちゃったな、これじゃやっぱり敵じゃないか……。
やると決めたとはいえ、心の片隅にやりたくないという思いが残っている自覚はある。
コルトは立ち止まって目を閉じた。
残った思いがブレーキを掛けないように、最後までやり遂げられるように。
そう心に刻むと思い浮かぶのは、先程の機械人形の言葉だ。
──”英雄の物語”か。そのために神を打ち倒す。
己が悪神となり人々に殺される事で神の終焉と人の自立を促し、そしてそれが後に続く英雄の物語となる。
それはまるで神話の創造だ。
そこで語られるコルトは悪名だけだろう、でもそれに悪い気はしなかった。
多くの世界において神話というものはその地の象徴として扱われている。
だから例え己が悪であろうと、その地に暮らす人々の自己の確立として残るならそれでいい気がしてきたのだ。
──なんだ、望んだモノを手に入れられるじゃないか。
そう結論付けた瞬間に、途端に心が軽くなった。
多くが死すとて滅びる訳では無い。
英雄が死のうとそれ以外の多くの凡庸な民は、その死を糧に立ち上がる。
──なら僕は彼らにとっての悪になろう。後の世にまでずっと語られ続ける、強大な悪になろう。
その決意はとても後ろを向いたものなのに、コルトの顔は今までになく澄んでいた。
魔神はとっくに堕ちている。
共神もこれから堕ちていく。
堕落したものなど世界には必要ないのだから。
翌日、少し寝坊したコルトが慌てて案内された共用スペースに入ると、いつもの3人が食後の雑談に花を咲かせていた。
「あっ、おはようコルト。よく眠れた?」
「おはようアンリ、ごめん寝坊した」
「疲れてたんだろ。ここについてから調子悪そうだったのに、昨日夜更かしまでしてたらしいじゃん」
そういうとアンリは鍋から肉入りのスープをよそってコルトに差し出す。
それを受け取って口をつけると、最近久しく口にしていなかった魔力の味がした。
リンシアがいたので魔物の肉も魔力の水も食事に使うのを自重していたからだ。
それを3人に見られながら頬張って食べ終わると、コルトは他の人はどこに言ったのかと聞いた。
「リャンガさんたちは例の施設を見に行っています。内部の一部区画に土壌が存在するということなので、位置が確定するまでは魔力汚染を理由にわたしたちは同行を辞退しました。リンシアさんは人形たちが仕事を頼みたいと連れていってます。どちらもわたしたちだけにするための口実ですね」
最後に目を少し細めたハウリルがコルトを見た。
どうやら昨夜のことをある程度聞いているらしい。
なので改めてコルトから概要を説明した。
「コルト。本気か?お前がそんな事考えるなんて思えないんだけど」
アンリがまだ疑うような顔をしているので、黙って首を縦にふる。
「なんでだよ!らしくないだろ、今までのお前なら絶対そんな事考えないじゃん!」
「僕だって本当は嫌だよ。でもこれからを変えたいなら今までのやり方はダメだって思ったんだ」
「でもそれでつらいのはお前じゃん。目の前で何かあったら飛び出すのに、耐えられるとは思えない。まだ間に合うし他のやり方探そうよ」
「そうしたいけど、これが一番効率的だと思うんだよ。それに共族同士で特に進展もなくずっと今みたいな状況が続くほうが僕にはもっとつらいんだ」
未来もずっとこの状況が続くなら、今の一時の痛みを我慢するほうがずっとマシだ。
そう言うと、アンリはしゅんとなりながらも納得して乗り出した身を戻した。
「わたしはあなたの決定を歓迎しますよ。状況的にはもうあまり変わらないと思いますので」
「でも環境管理も辞めるから気候変動もするし災害も起きるようになるし、今までの暮らしが反転する可能性もあるんです」
「やめてすぐに災害が起きるわけではないのでしょう?わたしたちには魔術がありますし、先達もいます。対策の時間がないわけではない」
「自然を甘く見過ぎると、足元をすくわれますよ」
「なら余計に実地訓練をしておきたいところですねぇ」
そう言うとハウリルはルーカスを見た。
当たり前にそれらが存在する魔族領を見ておけば参考になるという事だろう。
「ともかく、一度決めたことをフラフラと後から変えられても困ります。しょっちゅう言ってることが変わる人とは付き合いづらいでしょう?」
「うっ…はい……」
「おいっ、あんまり虐めてやるな。俺が言い出した事だぞ」
「改めて約束を違えぬように言い含めただけです。それにあなたのほうだって勝手に色々決めてしまっていいのですか?独断で共神と取引したなんて、魔族への裏切りもいいところでしょう?」
「裏切りも何も、それが俺の仕事だろ」
「その仕事は上層部に押し付けられたもので、巻き込まれる下々は溜まったものではないはずですが。仕事を押し付けられた側が分からないなんて事はないでしょう?」
ニコニコとしたハウリルに口撃され、ルーカスは言いたい事ははっきり言えと口にする。
「戦後に上に立てるんですか?何も知らない下からすれば、私欲で今の社会体制を破壊したようにしか見えませんよ」
「誰もそんなこと気にしねぇよ。お前の言葉で言えばそれを気にしない価値観と社会体制ってだけだ。それに神だけ排除すりゃいいって話じゃねぇ。お前らが変わって発展するなら、こっちだってそれに合わせて今の構造を変えねぇと、魔力だけじゃどうにもならねぇ時がくる。犠牲は仕方ねぇって言う気はねぇが、未来に生まれてくる奴らの土地を奪わせねぇし、お前らの奴隷にされるような奴らにするつもりもねぇし、滅ぼさせるつもりもねぇ」
「…それは少し穿って見すぎているのでは?そんな主観のために今を見捨てると?」
「お前の感覚で俺らの”今”を語るんじゃねぇ。たったの100年で全員入れ替わるような短命種族に、俺の懸念の何が分かる」
ハウリルの言葉に、ルーカスは長命種の威圧で返した。
「だが、それがお前らの脅威だ。短いサイクルだからこそ継続するもんがある、俺らはそれに勝ち続けなきゃいけねぇ。お前らは短いから時間に対する変化速度が早すぎる事が分かってねぇんだよ」
ルーカスはラグゼルを見た、見てしまった。
たったの800年。
1魔人の生涯分しかない時間で、森しかない場所に高い文明と数百万人が不自由なく住む場所を作りあげた。
彼らは短い寿命の代わりに効率的に時間を使い、技術を発展させていく。
魔人では無理だ。
1つの技術だけだろうと、1人で継続して500年も取り組む事などできない。
否、出来るか否かなら出来る個体もいるだろうが、時間感覚がゆっくりなので単純に物事に取り組むスピードが遅くなる。
だが短い寿命の彼らは、短い中で成果をあげようとするので、それだけ時間の使い方が密になる。
たった100年でも彼らは様変わりするだろう。
「俺が死ぬ頃にお前らはあの廃墟を元に戻してるんじゃねぇかって思ってる。そんな奴らとその時対等でいられるかなんて、今の状態じゃ絶対に無理だ。だから今死ぬ思いしてでも内部を変えていかねぇと、将来の自分が困るんだよ」
共族にとっては”知らぬ未来”でも、魔族にとっては確実に来る”今”だ。
「未来だなんだ大層な理由じゃねぇ、自分のために戦わなきゃいけねぇんだよ。そうしなきゃ将来の自分が困る、これはそういう戦いだ」
犠牲を強いる事の詭弁だとしても、それだけは譲れなかった。
それを聞いた3人は、反論のしようがなく押し黙る。
だがそんな空気など知ったことではないルーカスは、突然雰囲気を変えて何故かコルトに文句を言い始めた。
「つぅかお前らのほうが有利な戦争なの自覚しろよ!あの瀑布を越えられる魔族なんて数えられるくらいしかいねぇんだぞ。越えられなくても長時間の空戦ができる奴もそれほどいるわけじゃねぇ。それをお前ら共族はなんか使って、大量に空飛んでくんだろ」
不公平だの理不尽だのと色々と喚き始める。
「でもそっちだって魔物とかの謎生物がいるからいいだろ」
「謎生物って言うな!そんなに都合の良い飛べる魔物がホイホイいるわけねぇだろ!竜だってその辺の雑魚を簡単に背中に乗せると思うなよ」
「そもそもの魔族自体が小回りがきいて高火力の複合型の小型戦闘機だろ!そんなのが数機飛んでる状況が有利じゃないとか、戦闘用種族名乗るの止めろよ!上陸したらしたで、こっちに連れてこられないような強力な魔物をうじゃうじゃひっぱり出すんだろ」
「お前らこっちの射程外からの感知できねぇ遠距離攻撃持ってんじゃねぇか!こっちだってお前ら見る前に更地にされて終わりだぞ!」
「お前はロジスティックをなんだと思ってるんだよ!それが出来るだけの状況を作るのがどれだけ大変なのか分かってるのか!?物作るのも運ぶのも、ただじゃないんだぞ!」
「ろっ、ろじ?あぁまぁなんでもいいがその場で作れる奴らがいるだろうが」
「このボンクラ魔族が!そんな簡単に出来るわけないだろ!」
「こらこらこら、2人とも落ち着いてください」
だんだんヒートアップしていく2人に、逆に冷静になったハウリルが割って入ってきた。
「ここで喧嘩しても、何も解決しませんよ。お互いに戦争する取り決めをしましたが、それはあくまで最終目標の魔神殺しのための途中経過でしかないのですから。それよりも、ドサクサに紛れてコルトさんを魔神の元に送る方法を考えたほうがいいのでは?共族の魔族の戦争の目的も結果も大事ですが、それは魔神を排除したことを前提とした話でしょう?」
正論を言われて何も言い返せない2人は、まだ色々と文句を言いたいとは思いつつもとりあえず矛を収める。
2人が落ち着いたのでハウリルはため息をついた。
「とはいえ、気軽に魔族と交流するなら瀑布はとっても邪魔なものですが、なんとかできないのですか?」
「戦争云々は置いといても、そのあと魔族領に観光に行こうと思っても気軽にはいけないよな」
こっちが気軽にいけるということは、向こうも気軽にこちらに来るということなので、コルトはやりたくないなぁと露骨に渋面をしてみせる。
だが、最早やりたくないなどというコルトの個人的な意見は何の意味もなさない。
人は瀑布の向こうに大地がある事を知ってしまったし、これから彼らにそれを越えさせるのだ。
一度越えてしまえば彼らにとってはもう無いのと同じだ。
ならもう埋めてしまったほうが彼らの安全のためにもいいのではないだろうか。
──うーん、それに色々考えると放置はちょっとマズイかもしれない。
環境管理をやめるという事は、当然だが内部のプレート管理もやめる。
そうすると自然とその上に乗っかっているものも付随して動き始める。
今はまだ大丈夫だが、何百万年かしたら確実に瀑布に落ちる大地が出てくるだろう。
向こうの管理者である魔神はその辺りはどうしているのだろうか。
ちなみにコルトは動かさない前提なので対策などは何も考えていない。
内部がどうなっているのかも忘れた。
体云々を抜きにして、単純に忘れている。
突然何かを考え始めた様子のコルトを他の3人は黙って見ていたが、うーんと唸り始めたところでハウリルが何か問題が?と聞いてきた。
「埋めないとこっちもヤバいかも」
コルトの真面目な様子に、3人は顔を見合わせた。




