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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第7章
153/273

第153話

【では議論を始めよう、先ずは条件の確認だ。みんな仲良くという件についての範囲はどのくらいだろうか】

「そんなの共族全体に決まってるだろ」


そんな当たり前の事を聞くなと態度に出すが、機械人形は意に介さずなるほどと返すだけだ。


【次の確認だが、期間はどのくらいだろうか】

「そんなのずっとに決まってる」

【最後の確認だが、それは現在生存している人類にも当てはまるだろうか】

「だから当たり前の事を聞くな」


そんな感じで憤慨しながら答えるが、機械人形もこれまた蛋白に返す。

そして数秒ほどで演算結果を答えようと宣う。


【結論は不可能だ。人類の生態的に人数が増えるほどまとまる事が難しくなる。また直近の状況で仲良くしろと言われても納得する者はいないだろう】

「だからお前にこうやって聞いてるんじゃないか!」

【弊ネットワークは既に不可能であると結論づけた。これ以上はリソースの無駄であると判断する】

「お前!つかえっ」


使えない。

そう言い切る前にルーカスがコルトの口を押さえた。


「落ち着け。その件はハウリルが思想制限するしかねぇって前に言ってただろ、いい加減諦めろ。共族側が無理だって言ってんだ」

「……ぐぅ…」


覚えてはいるが、それでも諦めたくなかった。

もろに表情にそれが出ているので、ルーカスも呆れたようにしょうがねぇなぁとため息をつく。


「妥協を覚えろ、完全は無理でもある程度近づく事は出来んだろ。お互いに利害関係があるうちは表面的には仲良くできる、南部が今そんな感じに近付いてんだろ」

「…そう…だけどさ……」


分かってはいる。

完璧を目指して失敗した事など分かっている。

だからこそ取り返したい。

でもそのやり方が分からない。

そう思っていると、機械人形が提案があると言い出した。


【人がまとまる条件に利害関係があるのはその通りだ。だがもう1つに共通の目標というものがある。未来永劫というのは不可能でも、直近で分裂した者達を一時的にまた1つにする事は不可能ではない。その後また分裂するかもしれないが、一度1つになったという経験は必ず何かに繋がるだろう。人とはそういうモノだと理解している】


その言葉にコルトは顔を上げた。

少しでも可能性があるならやってみたい。

だから早く教えろと先を促す。

すると機械人形はいいだろうといいつつ、何故かルーカスのほうに顔を向けた。


【簡単だ、共通の敵を作れば良い】

「共通の敵」


それでコルトは機械人形がルーカスを見た理由を察したつもりになった。

共族全体で分かりやすい敵。

つまり魔族自体を敵とすれば良いのだろう、と。

それで自信がついた。

やっぱり魔族を敵とするのは正しいのだ。


【そちらが提案しなかったのは情か?先程聞いた魔族の社会状況を考えるに、真っ先に思いつきそうな事だが】

「………。何だっていいだろ、それより勘違いを正してやれ」

【勘違い。なるほど、君が神なら真に人に害意がある訳ではないらしい】

「何が勘違いなんだよ」


せっかく自己陶酔で気持ちよくなっているところに水をさされてムッとなる。

だがその次の言葉にコルトは固まった。


【人類の共通の敵とは神の事である】


何を言っているのか理解できなかった。


【どんなに分裂しようと神の存在だけは絶対だ。その神が絶対の敵になれば人類はまとまる事ができる可能性がある】

「可能性止まりか?」

【どんな困難に陥ろうと人がまとまる事は無い】


実際にまとまれず文明が滅んでしまっているし、その後に及んでも彼らは殺し合いをやっている。

ある程度の秩序が再建された南部でさえまとまれていないのだ。


【だが人に好まれる物語に強大な敵にみんなで立ち向かうというのがある。いつの時代も幅広く慕われていた。あれは憧れだとロンドストは言っていた、さらに敵は強大であればあるほど良いともな。困難な敵に立ち向かう事に人々は憧れと称賛を見出すのだろう。ならば自らの信じた神が最上の敵となる事は最適解だと考える。これを打ち倒す”英雄の物語”は長く続く人類共通の礎となる】


その言葉に、見本にしたどの世界もどの時間軸も”英雄”が登場する物語は機械人形が言うように、多くの知性体に広まっていた事を思い出す。

虚構であろうと時にそれは本物を生みだした。


【当機からの提案は以上だ。あとはどうするのかそちらが決めて欲しい】

「投げっぱなしかよ」

【弊ネットワークは嫌われている、だが目的も変わっていない。これ以上の意見は良くないと判断した】

「あぁまぁ…そうだな……」

【では当機は弊ネットワークでの共有と演算処理に入る。よりよい未来になる事を願おう】


そういって機械人形は直立状態でボディライトが消灯し、そのまま動かなくなった。

この部屋の全ての機械人形は動作を停止したため、それ以外の装置の駆動音だけが残る。

そんな中に残されたコルトとルーカス。

コルトは未だに提案された内容から立ち直れず、虚を見つめたままだ。

それからしばらくどのくらいの時間が流れたのか。

ルーカスがコルトにどうするのかと話しかけた。


「どうするもこうするもないよ。敵になんてなれない、なりたくない」


でも他に方法が思いつかないのも事実だ。

八方塞がり、どうすることもできない。


「ならもうお前が選ぶのやめたらどうだ?」


頭上に降り掛かってきたその言葉。

それはどういう意味だろうか。

顔を上げた。

目に入ってきた顔に感情は無い。


「お前はこれからどうするつもりなんだ?もうあいつらから武器を取り上げるなんて出来ねぇぞ、その上でまたこの廃墟を再建させるところまで発展させるつもりなんだろ?言っちゃ悪ぃがまた滅ぶぞ」

「そんな…こと……、そんな……」


否定したい、否定したいが一度滅んでしまった実績がある。

2度目が無いとは言い切れない。


「だからもう諦めて選ぶのを止めろって言いたいのか?」


だが、返ってきたのは存外に優しい声の否定の言葉だった。


「違う、そうじゃない。お前はずっと人間を信じてきたんだろ、そういう風に作ったんだろ?なら最後まで信じてやれよ、お前はアンリとココをずっと信じてたじゃねぇかよ」


脳裏に浮かぶ村での事と、その後に楽しそうにまた笑って買い物を楽しむ2人。

ずっと仲直りできると信じて、そして今は2人はまた笑いあえた。

今はまたお互いのために離れ離れになってしまったけど、それでもアンリは今もココの事を大事に思っている。


「だったら今度もあいつら信じて決めさせろ。お前は神だ。神の選択肢はあいつらから選ぶことを奪うぞ、俺らが選べなかったようにな」

「でも、もし彼らがまた間違ったら」

「見捨てろなんて言ってねぇよ、前にアンリに言われただろ、子離れしろってよ」

「えっ、なんで知ってるの!?」

「あんだけ大声出してりゃ聞こえるっつぅの。そんな事より、成人したガキに親がいつまでも毎日の事全部グチグチ口出すのは、お前らのとこじゃ違うだろ?一般的に過保護って言うって聞いたぜ、あんまガキに良くねぇってな」

「そうだね」

「だから一回完全にあいつらに任せてみたらいいんじゃねぇの、信じてやれよ。本当にヤバくなったら介入する、それでいいだろ」


アンリに言われた事を言われてはコルトも否定し辛い。

だからもうそうだと納得しかけたときだ。

この魔族は何故ここまで親身になるのだろうかと、疑問が湧いた。

良からぬ事を企んでいるのでは無いかと思ったのだ。


「お前、そうやって僕が介入をやめたら魔族に有利だとか思ってないか?」

「はぁ!?おまっ、ざっけんなよ!?純然たる親切心で言ってやってんのにそりゃねぇだろ!!お前本当にどこまでも」


先程までの雰囲気はどこへやら、感情の無い顔が一気に気色ばみ青筋を浮かび上がらせている。

だが沸騰したのが一瞬なら、冷めるのも一瞬だった。

そういうやつだよお前はと一人納得して、手で顔を覆いながら天を仰ぐと、すぐにまた視線をコルトに向けてきた。


「そこの機械人形が敵って言ったろ。あいつはお前を意味して言ったが、俺はそこから少し考えた。まぁそれで結論がお前と同じになったのは癪だがな」

「どういう意味だよ」

「そのまんまだろ、魔族が敵になるって言ってんだよ。俺が奴らを焚きつける」

「力が戻ったら速攻でお前を消したほうが良さそうだな」


半目で睨めつけながら剣呑な雰囲気を出すと、ルーカスは慌てて話は最後まで聞けと言った。


「何かしらの対価は払わねぇといけねぇとは思ってたんだよ。あとまぁなんで顔も知らねぇ奴らのケツ拭きを俺らがってのは思ってるが、色々ぶっ壊れたきっかけのケジメはどっかで付けとかなきゃ、今は良くても今後仲良くするなら何かしらしとかなきゃ後が怖ぇ」

「ケジメはわかったけど、対価はなんだよ」

「魔神殺しをお前にやらせようとしてる事だよ」

「あぁそれか」


対価とは言われても、このままならいずれ確実に何かしら共族を巻き込んだもっと大規模な問題になる事は分かりきっていた。

それこそ文明が滅ぶどころか、世界そのものが消失する可能性もある。


「別にいらない。こっちの都合でやるから」

「そういう訳にはいかねぇ。お前の都合でも俺らにとっては創造神なんだ。関わる以上は対価を払わねぇと先がねぇ」

「それで、その対価が魔族が敵?僕を馬鹿にしてるの?」

「お前ら共族がまとまる為に俺らの命を払ってやるって言ってんだよ。無論、俺らもただでやられてやるつもりはねぇ。そっちも蹂躙して得られる物に価値はねぇだろ。本気の殺し合いだ」

「ねぇ、それって共族も大勢死ぬよね?何言ってるか分かってるのか?僕がそんなモノを承諾するわけないだろ。それこそ攻めてくるなら僕の領域に入った瞬間に滅ぼしてやる」


バカバカしいしそんなモノは対価にならないと一蹴するが、ルーカスは引き下がらない。

さらに言葉を重ねた。


「お前はあいつらからもう武器を取り上げる事は出来ない、でもそれが出来ねぇならあいつらは滅ぶぞ。経験上使い方を知らねぇ力なんて碌な事にならねぇ。だからその力の使い方を学ぶ場を提供する、身を持って経験しねぇとこればっかりは分からねぇからな」


言っている事は一理あると流石にコルトも少しは思った。

だがそれが成立するための前提条件が無い。


「はぁ、そもそも現時点で戦争できるような力がどこにあるっていうんだよ。将来の技術を今ここに出せと?悪いけど僕は出すつもりないよ、それこそ彼らのためにならない」


未来のテクノロジーを使い方だけ教えて提供したところで持て余す。

ルーカスの言う使い方を知らない力そのものなのだが、目の前の馬鹿はそれを分かっているのだろうか。


「それは今あいつらがまとまってないからだろ。ラグゼルには魔石の技術があって、ヘンリンには魔術を使う人員が大量にいて、教会には供給元の魔力がある。こっちだって俺がバカスカ氷壁を生み出すハメになった火力があるし、これから行くはずのセントラルだってまだ何が出てくるか分かってねぇんだ。リャンガ達すらよく分かんねぇもん持ってるしな」


それは先程機械人形が言っていた、強大な敵にみんなで立ち向かうというものそのものだ。

みんなが持てる技術をかき集め、魔族という強大な敵に挑む。

確かに一時的にもまとまれる事は可能だろう。

そしてその経験は一筋の希望になる。

そのためにコルトができること、しなければいけないことはなんだろうか。


「彼らに一時的にでもまとまるように誘導すること」

「そればっかりは俺じゃどうにもならねぇからな」


コルトはため息をついた。

そして今まで言われた事を反芻して、考えた。

どう考えても数多の犠牲が出る。

今までですらこれほどまでの犠牲が出たのだ、そこからさらに積み上げろという。

でもきっと、今やらなくてもいつか彼らは必ずそれを自分達でやるだろう。


──もうみんな南の魔族の存在を知っちゃったしなぁ。アンリもいつか行ってみたいって言ってたし…。でも……。


そもそもこの地の上空は航空機が安全に飛べるような気流に設定していない。

少数で1機くらいなら神の力でどうにでもできるが、大型の戦艦部隊を多数投入するならその設定を解除せねばならない。

それはつまり地上のあらゆる環境制御を辞めるという事だ。

解除することなんて考えていなかったから、空だけ都合よくやめるなんて作りにしていない。

間違いなく彼らの知らない過酷な自然環境を浴びることになる。

時にそれは戦争なんかよりも短い時間で全てを滅茶苦茶にして消し去る。

怒りをぶつける先すらないものだ。


──大丈夫かな…、やっていけるかな……。


コルトは大きく深呼吸をすると覚悟を決めた。

彼らが自分無しでもまた先に進むために。

そして人のために本当に自分がしなければいけない事。


「いいよ、その提案に乗ろう。僕の不始末だ」

「ありがとう。なら俺もお前が力を取り戻せるように、最善を尽くしてやるよ」

「お前にお礼を言われると気持ち悪いな」

「そこは素直に受け取れよ!?」

「礼を言うのが早いんだよ、まだここで決めただけだろ」

「そりゃそうだけどよ、乗ってくる可能性の低い提案に乗ってもらったんだ。礼くらい言ってもいいだろ」


コルトはため息を返した。

提案には乗るが、やっぱり心の中では魔族の存在など受け入れられないし、感謝もしたくもされたくもない。

だがそれでも共族のためを思った提案を出した事には少しだけ何かを返しても良いと思った。


「なら代わりに仕事を1つ受けてよ」

「なんだ」

「後始末を頼みたい」


それからコルトは一言だけ告げた。

目の前の相手が瞠目したが、コルトにはどうでもいい事だった。


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