第152話
コルトはふと目を覚ますと周囲を見渡した。
壁に埋め込まれた時計を見ると横になってから3時間ほど経っている。
まだ時間的には余裕がある。
なので再度寝ようと目を閉じるが、一度覚醒した頭は睡眠は要求しなかった。
仕方なくそのまま起きると、気分転換に部屋を出る。
足元の非常灯のみの無機質な廊下は静まり返り、何かが出そうな雰囲気だ。
──さすがに霊体で活動できるほど成熟してないかな、人がいなくなってから大分時間も経ってそうだし。
前回の予測では1万年ほどもあれば所謂霊体として活動する個体が出てくる計算だったが、人間の極端な減少でサイクルペースが極端に下がっている。
また魔族も何度かの一斉削除が行われているとはいえ、今の世代も寿命が長く周期がかなり長い。
大幅な予測修正が必要だろう。
──やりたい事があるとはいえ強度の確保は最優先って約束だったはずなのに、何であんなに寿命を伸ばしたかな。お陰で肉体依存の技術発展が出来なかったじゃないか。
現在、魂が脆弱過ぎて知的生命体として成り立つためにはどうしても完全な共鳴力を持つ生身の肉体が必要な状態だ。
でもそれでは身体欠損が起きた場合に義体の技術が使えない。
義体では魂を繋ぎ止めるための共鳴力が無いし、また本来の肉体ではないため異物の接続に弱さ故に魂が拒絶反応を起こす。
神経系の電気信号が計測状は正常に送受信出来たとしても、魂が耐えられず分離すればそのまま肉体も死んでしまう。
他にも母体を必要としない繁殖技術もどうしても母体側の共鳴力を借りなければならず、細胞分裂が進んでも所詮はただの肉袋。
移植用としてならいいかもしれないが、効率的な人口増加の繁殖としては使えない。
──そういえば、その辺りの技術って考えられてた事あるのかな?ラグゼルでも一応義手義足の研究はしてたから考えた事くらいはあるだろうし。
眠る前は原理的に今は不可能だから諦めろと言ったことはあるが、完全に代替わりしたあとにまた同じ事を考える人間が出てもおかしくはない。
──ちょっと調べてみるか。
まだ無駄な研究をしているなら諦めさせたほうがいい、どう考えてもリソースの無駄使いだ。
そう思ってコルトはデータベースルームに足を向けた。
こういう所は人間が管理したときも、大体24時間フル稼働している。
機械人形が完全管理しているなら当然何かしらいるだろう。
そうやって思って静かに廊下を歩いていると、わずかに話し声が聞こえてきた。
──誰か起きてる?
機械人形同士なら音声での会話を必要としていないようだった。
それなら残った可能性はコルト達の誰かということになる。
誰だろうと思いコルトは足音を立てないように静かに近付いた。
「だから俺は…、今の魔王を、俺の親父を殺す」
物騒な言葉が耳朶を打った。
己の身内を殺すという言葉に、即座にコルトの警戒レベルが上がる。
魔族内のいざこざなどどうでもいいが、身内を殺せるようなのが共族の近くにいるのは捨て置け無い。
コルトはどうしようかと思いつつも、とりあえず声を掛けた。
「身内を殺そうなんて、随分と物騒な事を考えてるじゃないか」
「うっげ、コルト!?やべっ、油断した」
あからさまに狼狽えて頭を抱える姿に少し溜飲が下がったコルトは、そのままデータベースルームに入ると周囲を見渡した。
すると周囲の機械人形は作業をするでもなくこちらを注目している。
それがどこか気に食わないコルトは、管理者である機械人形に詰め寄った。
「魔族と何の話をしていた。どうして魔王を殺すなんて話になってる、何を企んでる」
【勘違いしているようだ、弊ネットワークは彼女と未来の展望について話していた。その過程で彼女の乗り越えなければいけない障害として魔王殺害の話が出た】
「はぁ?」
「止めろコルト、そいつに当たるな」
「意味が分からない。お前の父親だろ」
「そうだ。俺の父親だが、その前に魔王なんだよ」
「ただの役職だろ」
「そんな軽いもんじゃねぇ、神と同じ象徴なんだよ!」
その瞬間、コルトは沸騰した。
被造物の分際で神と同じと宣ったのだ。
あれは確かに色々やらかしているかもしれないが、それでも同列に語って良いものではない。
だがその後に続く言葉で一気に冷や水を浴びせられた。
「俺らが喋ってたのは、神がいなくなった後の世界の話だ」
聞きたくない言葉だった。
自分たちがいなくなった後のこと、いなくなる事が前提の話だ。
「魔神は排除する、これはもう確定事項だ。俺一人でどうこう出来る事じゃねぇ。そんで、こっちの神を排除するなら……」
ルーカスはそこで言葉を区切った、お前なら分かるだろ、と。
コルトは言いたいことを正確に受け取ると、瞬間的に沸騰した怒りが同じ速さで鎮火する。
「……そうだね。君達はこれからも続くから、後の事は考えないといけないね。共族が誰もいないのがムカつくけど」
「拗ねるなよ」
「うるさいな、いいだろ別に。もう僕は必要とされてないんだぞ、責任もどう取るかまだ思い浮かばないし……、何が最善なのか」
まず魔神の暴走を止める事は絶対としても、それは魔族の利であって共族の利ではない。
何かをしようにもハウリルは余計な事をするなと言わんばかりだ。
だが、ふと思った。
今この状況は共族がいない、他人しかいない。
もしかしたらそのほうが逆に何か良い案が出てくるかもしれない。
【個人的な話であれば席を外すが?】
「いいよ別に、寧ろ丁度良いと思ったんだ」
「何がだ」
「他人のほうが客観的に見れるかもしれないだろ?」
「………」
「せめてみんなには仲良くいて欲しいんだ、でもリャンガさん達は子供のリンシアを殺そうとするほど彼らを憎んでる。僕にはどう解決したら良いのか分からない」
【前提として君は南部から来た人間だろう、こちら側の問題に入れ込む理由が無い。幼い子供も一緒に扱われるのは痛ましいと思うが、関係ない集団同士のいざこざに首を突っ込むのは個人の範囲を逸脱している】
「じゃあその前提を更新しろ。僕が神だ」
そう宣言するとルーカスは腕を組み、毎度淀みなく受け答えをしていた機械人形が停止した。
目の前の機械人形はおろか、周囲で様子を見ていたその他の人形まで同様の状態である。
そしてたっぷりと時間が経った頃。
【やはり一度脳波の検査とカウンセリングの受診をお薦めする。正常に脳が作動している言動ではない】
「いらない。お前らに合わせて説明するなら僕はただの無線端末だ。本体と送受信してこの体を動かしてるだけなんだよ」
記憶をある程度引っ張ってこれるようになってもコルトが共族相手も魔族相手も関係無くいつまで経っても異常に鈍臭いのは、単純に本体が肉体操作を正しく認識出来ていないからだろう。
もちろん元々肉体を持っていない事もあるだろうが、未調整の端末では肉体の経験を全てフィードバックする事は出来ない。
なので本来の意味での肉体の経験のみで動かす事になるが、元々この身体の運動神経が鈍い事も相まって色々と絶望的だ。
「脳波の異常は脳を本来機能で使ってないから、それを数値として拾っただけだろ。信用出来ないなら試しに何か質問してみろ、特別に答えてやる」
【イマイチ理解しかねるが、内容は何でも良いのか?】
「良いぞ、ただし言いふらすなよ」
【了解した。なら義体技術が理論上は問題無いが、必ず失敗する理由がしりたい。これだけはどうにも出来なかったと、ロンドストが唯一心残りにしていた。その後も進展は残念ながら無い】
少しだけボディライトを暗くさせる機械人形に、やっぱり研究自体はしていたんだなと思いつつ、コルトは無慈悲に現実を叩きつけた。
先程の理由込みで向こう1万年は実用化出来る状態じゃないと。
それを聞いた機械人形はさらにボディライトを暗くさせルーカスを見た。
コルトの神発言から腕を組んで微動だにしたいため、知っていたのでは無いかと予測したのだろう。
「黙ってて悪かったとは思ってる。だがこっちも状況証拠でこいつが神だろってなってるだけで、確証があるわけじゃねぇんだよ。魔族の幹部がこいつが受肉体じゃねぇか疑ってるのはデケェが」
「なにそれ聞いてないんだけど」
「言ってなかったか?バスカロンはこっちの生活が長ぇから、他の共族とお前の当たりの強さは根本が違ぇってよ。あとあいつらは実際に魔神の受肉体に会ってるからな、お前に似たようなもんでも覚えたんだろ」
【そうか。様々な疑問は大量に残っているが、他の者も知っているのか?】
「リャンガ達は知らねぇ。知ってるのはリンシア含めた俺達だけだ」
【了解した。ではこちらもそれを前提として合わせよう。だが話の続きは少し待って欲しい、弊ネットワークで共有する時間がいる】
そんなものは一瞬で済むだろと思ったが、完全にボディライトを消灯させて沈黙してしまった。
周りの機械人形も同じようにボディライトが消え首をもたげている。
そしてしばらくすると管理者の機械人形のみが再起動した。
【一時的に他の機械人形をスリープさせた。内容の重要度から弊機のみが話を聞く】
それを聞いてコルトは舌打ちをした。
そういうマスターの一存のみで他の個体を強制停止出来るところも嫌いだ。
個として行動しているように見えて、結局全が一でしかないのに種族面して人間の友人と宣うその傲慢さに嫌気がさす。
当の機械人形のほうはそんな事はつゆとも思わず、舌打ちに対して何か気に触ったかと聞かれたが、うるさいと一喝し先を促した。
隣からモノ言いたげに見下ろしてくる視線を感じたが、それも無視した。
【議題であるみんなに仲良くして欲しいだが、我々が持つ情報の推察では神が本当にそう思っているとは理解しがたい】
「……それは…僕の間違いだ。勝手な判断で何も言わずに人を見るのやめちゃったからさ…。環境管理は続けてたから、それで良いと思ったんだ」
【環境管理とは?セントラルは神の管理が無いのを良いことに好き勝手な統治を始めたが、それは環境管理には入らないのか?】
「入らない。気象条件とか大地の管理のほうだよ」
そう言っても機械人形には理解が出来なかったらしい。
そこでコルトは気付いた、彼らに気象学の概念が存在しない。
完璧な管理で変化の無い穏やかな気象環境が数万年単位で続いたのだ。
変化が無いものを見ることが出来なかったらしい。
コルトはその方面について完全に失念して、疑問すら抱かなかったことを反省する。
どう説明するかと思っていると、助太刀は思わぬところから来た。
ルーカスが手を機械人形の前に掲げるとその上に小さな雪雲が発生し、手のひらに小さな雪の結晶が降り始める。
機械人形はそれを興味深げに眺め始めた。
「雪って言うんだ、寒い地域でよく降る。こいつが激しく降る所はな、視界が悪かったり地面が凍って滑ったり、そもそも雪でいろんなものが埋まる。住むのにあんま向かねぇ環境だ。魔族領は他にも大量の水が定期的に土地全部押し流す場所とか、大地が燃えてるとことか人が住めねぇ環境ってのが結構ある。それがこっちにはねぇ、神が意図的にそういう環境ができねぇように管理してるからだ。こいつの言ってる環境管理ってのは、要するに人が住むのに適さねぇ土地が出ないようにするって事だろ」
【言っている事は理解した、内容については精査する必要がある】
「精査なんて無理だよ。学問の基礎が無いのに、応用を理解できるわけない。話が進まないから先にこっちの質問に答えろ」
【承知した。居住可能地域の維持により、前提条件を更新する】
そう言ってボディライトを様々な色に点滅させたあと青白い光に統一されたのを見て、コルトはため息をついた。
──やっとこれで話が始められる。何で僕が道具に色々説明しなきゃいけないんだ。
やっぱりAIは道具らしくトップダウンのほうが良いな、とコルトは内心で考えを強固にした。




