第150話
逃げるのかと聞かれて、目を逸らそうとしていたものを目の前に置かれた気分だった。
きっとハウリルは怒っている。
すると畳み掛けるように容赦なく追い打ちをかけてきた。
「魔族どころか、人が人のために作ったものすら嫌っていては、やはりあなたは独りよがりですよ」
それに返事の代わりに強く拳を握る。
以前言われた人の事なんて考えていないという言葉が再度胸に刺さった。
本当に人の、共族のために出来る事は何なのか。
コルトは深く深呼吸をすると、部屋に戻るために変えた体の向きを戻した。
「ごめんなさい、安易な行動でした」
相手の顔が怖くて見れない。
親に怒られたような気分で下を向いて謝罪した。
「いえっ、戻っていただきありがとうございます。すいません、お話を遮ってしまいました」
【問題無い、こちらの話も長過ぎた。先にそちらの目的から済ませるべきだろう、中に入ってくれ】
そう促されて中に入ると、壁面をグルッと一周する巨大なモニターが埋め込まれ、常時何かが表示されて動いており、まずそれに圧倒された。
次いでその下に操作盤もこれまたグルッと設置され、数体の機械人形達がわざわざ手動入力や目視確認をしたり、有線で直線繋がりながら何かをしている個体などがいる。
そして部屋の中央部。
巨大な円筒状の装置が置かれ、破壊された地上部分、地下街、ここの内部構造と都市全てを網羅したと思われるホログラムが表示されていた。
「まさか、ここまでまともに稼働してるとは思わなかった」
圧倒され呆然としたように口をあんぐりと開けながらリャンガが思わずといった感じで言葉を漏らす。
アンリ達3人もこれまでに崩壊するものはみてきたが、初めて稼働しているものを見てさすがに理解が追いつかないらしい。
目を白黒させて辺りを見渡していた。
【これでも大分稼働率は落ちている。都市の外の観測機は反応消失、オペレーター機もボディの換装部材の補給がない。いずれは当機を除く全てを換装部材に回さなければいけないと演算している】
「ふーん。さすがに部品生成の資材まではここで調達できないってことか」
そのまま滅びれば良いという言葉を飲み込んで、コルトは中央の装置のコントロールパネルに近付いた。
パッと見た感じでは、生身の人間も操作する事を前提の作りになっている。
これなら問題無くコルトでも扱えるだろう。
「ハウリルさん、何から調べますか?」
機械人形に許可を取るでも教わることもなく、自然な動きで操作を始めるコルトに周りが何を思ったのかすら頭に浮かばず、視線をパネルに向けたまま問いかける。
問いかけられたほうは圧倒された状態から瞬時に頭を切り替えると、迷わず現在の神との交信装置の所在と答えた。
コルトは言われたままに周辺情報の参照と、交信装置の最終所在地の情報を検索していく。
【稼働しているかは不明だが、交信装置はほぼ全てがセントラルに集められたあと、動かしたという記録はない。簡単に動かせるものでもない、今もセントラルにあるだろう】
「せんとらる?」
「かつての中心地だよ。街ごと浮遊してた」
「あぁ、墜落都市のことですね。リンシアさんから聞いています、彼らが主に交戦相手だとか」
「もうこの世界でまともな人間の集団はセントラルか、狂信者共しかいないからの。狂信者がまともに戦うって言ったらセントラルしかない、他はただの狩りじゃ」
苦い顔をしながらジザンがやれやれと肩を落とす。
コルトが検索している間に答えが出てしまい、少しむっとなる。
【古い情報なら当機の個別記録体に保存されているもので十分対応可能である。セントラルへは都市の北西部にここから繋がる出口がある、そこから11時方向に800キロも近づけば見えてくるはずだ】
「800か。俺なら往復半日の距離だが、こいつらならそれなりに掛かるぞ」
「というより、そんなところからわざわざここまで来ているのですか?ご苦労さまなことですね」
「狂信者がここの技術をずっと狙ってるからな、それを取られたら奴らも困る。だからわざわざ遠路はるばるここまで遠征に来てるわけだが、そのお陰で逆にここがずっと取られていなかったともいう」
「俺らは上で狂信者しかみてねぇぞ、セントラルの奴らはどうした」
「2ヶ月くらい前にビル数棟が倒壊するほどの大規模な戦闘があってな、そのせいで街の東が崩落して、ついでに双方ともほぼほぼ全滅だ。お互い正面戦闘できるような状態じゃない、セントラルも次の準備がまだ整ってないんだろう。時々少数の姿はみるが偵察や潜入工作部隊だろうな」
「その隙きに儂らがここを取ろうと思ったんじゃがの、そう甘くはなかったわい」
「倒壊って、それ私達が上から見たヤツじゃない?」
「そうかもしれないですね」
「んなことより、ここにいる奴らがそれが出来る火力を持ってる事のほうが重要じゃねぇか。おいっ、どのくらいの範囲が崩落した」
【新しい情報だ、当機に記録はないが周辺情報から位置と規模自体はできている。調べれば出るはずだ】
それを聞いてコルトはすぐさま情報を漁り、装置上部の都市全体のホログラムに現在の状況を反映させる。
それを見るとざっくりと都市の東側、この基地からざっくり5キロ南東の都市全体の6分の1程がノイズの状態で詳細情報がでなかった。
恐らくその範囲がざっくりと崩落して観測できなくなってしまったのだろう。
コルトは胸が傷んだ。
すでに住む人はおらず機能を失い死んだ街だとしても、かつての反映の象徴が崩れていくのはやはり悲しい。
「でけぇな」
「かつてあなたが作ったクレーターのほうが広そうですけどね」
「アホ。立地も条件も違うもん比べんじゃねぇ」
「そうですか。それより、あなた上空から偵察しましたよね?なぜこの情報を持ち帰れなかったので?」
「………」
ハウリルに笑顔で不手際を責められ、ルーカスは自分が偵察に当たっていたことを思い出したらしい。
宙を仰いで目を泳がせた。
「いやっ、まぁなんつうかその…あれだ……。こんなどこもぶっ壊れてる状態で、ちょっと一部穴が空いてたくらいでなんとも思わねぇだろ。そもそも別のところも穴空いてたし、1つや2つ違いはねぇだろ!?そもそも俺らは西から入んだから西の情報だけありゃいいじゃねぇか!」
「逆ギレしないでください。全くあなたはやることが雑すぎる」
「こんなところで痴話喧嘩すんな。どうやって空からみたのかは知らないが、瓦礫で穴どころか山だ。擁護するわけじゃないが、見逃してもしょうがないぞ」
「ちわっ!?」
「きめぇ事言うな」
「はいはい、子供の前でケンカすんな。それで管理者さんよ、端的に言ってここから奴らを追い出す方法はあるか?」
元々は俺達が住んでいた街だとリャンガが息巻くと、機械人形は首を横に振った。
【現時点で方法は無い。資材も人も何もかもが足りない、そもそも奪還したとしてそれを維持するだけの能力も無い】
「なっ!?仮にも神に対抗するために作った組織だろ!?」
【元々人と共同で運用する事を想定している。社会そのものが壊れ、人が激減しては弊ネットワークだけでの維持は不可能である。それでも地上にまだ人が残る以上は弊ネットワークだけでも何とか維持する努力もしたが、単独での1846年の運用で限界も近い。正直君達はギリギリ間に合ったと言って良い】
「……なるほど、ではあなたたちからは本当に情報しか引き出せるものが無いのですね」
【誠に残念だが肯定する。この世界は資材をあまりにも人の力に頼りすぎている。人がいなければ住むための家を作る道具さえ材料が無い。当然弊ネットワークのボディの素材も存在しない】
「確かに、わたしたち教会も金属については希少過ぎますからね。鉱脈もほとんど見つかりません」
【人がいなければ何も無い大地だ、それなのに神は世界の外にいくことを制限し、いつからか人を管理することすら放棄している。ロンドストは自分たちが何故生み出されたのか分からない、それならせめて自由が欲しいといつも嘆いていた】
「なるほど……。それがあなたたちが反逆を決めた理由なのですね」
それっきりみな押し黙ってしまった。
コルトはその間”人がいなければ何も無い大地”という言葉を半数していた。
手っ取り早く世界を運営するために、あらゆるモノをすっ飛ばしてきた。
その結果、本来存在するはずの地下資源が存在せず、共鳴力がなくなれば資材も燃料も世界から消えてなくなる。
人の数と発展が完全なイコールの状態になっている。
今この世界は何もかもが足りない。
特にリャンガ達はここに来れば何とかなると思っていたのに、その希望すらなくなってしまった。
どうしようかと思っていると、視界の隅でリンシアがゆらゆらと揺れ始めた。
目を擦って頑張っているが、どうやら眠気に襲われているらしい。
ここまで色々ありながら禄に休めずここまで来たのだ、疲れてしまったのだろう。
「リンシア、先に部屋に戻って寝ようか」
声をかけるとプルプルと首を振って頑張ると言うが、しばらく無言になるとこっくりこっくりと船を漕ぎ始め、見かねたアンリが抱き上げた。
「先に部屋に戻ってるわ、リンシア1人には出来ないし、私じゃ何も良い案浮かばないし」
そう言ってアンリは完全に寝てしまったリンシアと共に立ち去る。
残された者達もとりあえず今日は解散という空気になり始めころ、それまでずっと壁側の装置で作業をしていた機械人形が近付いてきた。
そして管理者に手のひらを出すとそこから接続端子が伸び、管理者の手首に接続された。
何をしているのかと警戒しながら観察していると。
【対人コミュニケーション用音声ソフトの再インストールが完了しました。はじめまして、Type-O0062です。皆さんにご提案があります】
頭部の目の辺りにあるラインライトを点滅させながら、機械人形は抑揚の無い声でそんな事を言ってきた。
何の提案だと先を促すと、その機械人形はコルトに席を譲って欲しいと言う。
コントロールパネルが触りたいらしい。
機械人形とやり取りをするのは嫌だったが、ここでゴネる理由は無いので素直にどく。
すると機械人形は手のひらから再度接続端子を伸ばしてパネルと繋がると、上部のホログラムが高速で変形し始めた。
どうやらこの基地全体を映すように変えたようだ。
そして円柱状の基地の上のほうにある区画が点滅している、機械人形いわくここが現在地らしい。
「ふむ、随分下まで続いていますね」
みんなが思った当然の疑問をハウリルが口にした。
【下層部は主に人間用の居住区画です。食料の生産や医療など、生命維持に必要最低限が揃っています】
「それってずっとここで暮らせるって事か?」
【肯定。陽の光や、娯楽はありませんが、生命維持だけなら可能です。最大収容人数は300人。10年に一度ですが点検はしています、前回確認は6年前です。地上部分の再掌握は不可能だと演算しますが、この基地内部に限れば維持は可能です】
その言葉にリャンガ達が色めき立った。
少し待てと後ろを向いたので、地上の仲間に確認を取っているのだろう。
だがコルトは気になる事があった。
「そこに今、人はいるのか?」
【いません】
「なんでいない。生きるのに必要な物があるんだろ?」
【最低限だからです。弊ネットワークと違い、人はただ食べて排泄するだけの生活には耐えられなかった】
「あぁそりゃ死ぬわ。食っちゃ寝だけじゃ死んでんのと変わんねぇじゃん」
【はい。そして観測する地上の状態も改善どころか悪化の一途。またやはり日の当たる場所が恋しくなるようで、結局全員いなくなってしまいました】
「……そんなところに住めって言うのか?」
【一時的な拠点には使えるはずです。観測する限り、地上は絶えず戦場です。こんな場所でも、今なら地上よりは安心できるのではないかとご提案いたしました】
コルトは鼻を鳴らした。
機械人形の庇護というのが気に入らないが、現状では妥当なように思えたからだ。
それからしばらくするとリャンガ達が戻ってきた。
「その提案に乗りたい。だが先ずは内部を確認させてくれないか?」
【もちろんです。ではこれから準備をいたしますのでしばらくお待ち下さい。よろしければ今日は一度お休みいただき、明日治療中の方や部屋に戻った方の合流を待っても良いかと思います】
その言葉にリャンガがそれでも良いかと聞いてくる。
こちらも異論は無い。
それで良いと答えると、機械人形は準備をしてくると部屋から立ち去った。




