第149話
【こんにちはー!ロンドスト社データベースサーバー、通称秘密基地へようこそー!健康管理AI搭載のType-H0134でーす。ミヨちゃんって呼んでねー!】
【同じく。健康管理AI搭載モデルのType-H0003です、よろしくお願いします】
扉の先のエントランスで待っていたのは、人に近いがそれでも機械音声と分かる言葉で喋る両手でピースサインを作りポーズを取っている機械人形と直立不動の女体型機械人形だった。
さらにポーズを取っているほうは、頭部の側頭部からツインテールのように見えるパーツが左右に開いたり閉じたりと動いている。
はっきり言うと面妖な光景だ。
反応に困る。
コルト達がそうやって固まっていると、ツインテールのほうが反応が無いことに慌て始め女性の胸部に当たる大き目のパーツを揺らし始めるが、それがさらに困惑を誘った。
ハウリルが無言でリンシアの目を塞いでいる。
【なんで、なんで反応が無いんですか!?久々に人が来るって聞いてボディパーツ換装してきたんですよ!当時も母性を感じる、やっぱり大きい方がいい、柔らかさは正義とウケが良かったのに!?この1000年で人類はどうしてしまったんですか!?過酷な現実に感受性がなくなってしまったんですか!?】
そう言って大袈裟に嘆き悲しむType-H0134に、隣で直立を崩さないType-H0003が分析を話し始めた。
【ミヨ、当時も極端に精神が疲弊した個体のみの反応だったと記録しています。こちらの方達に精神疲労は見受けられません、やはり未成熟個体がいるので大人向けの対応に反応がしづらいのでしょう。先程当機が当時のままの対応はやめたほうが良いと提案したのが正解だったと判断します】
【ミヨはここの専属なので、子供の対応はインストールしてませーん】
【では今から必要なので至急のインストールをお勧めします】
困惑する一行を他所にそんなやり取りをする機械人形達。
コルトは段々とイライラが募り始めた。
「お前らのやり取りはどうでも良いんだけど、さっさと話を進めてくれない?機械の分際で無駄が多すぎる」
【……失礼しました、ご尤もです。では怪我人はこちらのType-H0134がご案内致します、残りの方達は当機がお部屋へご案内致します】
するとType-H0134が軽い足取りでバルデルに近付いた。
肩を貸しているリャンガがそれに引くと、バルデルも感化されたらしく体を硬直させている。
【そんな警戒しなくても変な事しませんよー。治療はなる早が一番良いんですから!とっとと済ませましょー!】
そういってType-H0134はリャンガからバルデルを奪うと横抱きにする。
目が見えない代わりに研ぎ澄まされた感覚が、機械人形の硬い腕とは対象的に、顔のすぐ下にある巨大な柔らかさをダイレクトに伝えてきた。
それで顔を真っ赤にさせたバルデルが慌て始める。
「リャンガ、頼む、同行してくれ!」
だがリャンガは動かなかった。
代わりにまるでこれから死地に向かう仲間を見るような悲壮な目を向けている。
返答が無い事に絶望したバルデルは、悲痛な声を上げてType-H0134と共に扉の奥に消えていった。
「惜しい方をなくしました」
【訂正を求めます。Type-Hシリーズは健康管理専用のオートマタです。患者の害になるような事は致しません】
「それは失礼しました」
真っ先に謝りつつも、冗談が通じないですね、とハウリルが小さく零したのをコルト達は聞き逃さなかった。
それからコルト達は元々職員の休憩スペースだったという場所に案内される。
例の教会の元組織の研究施設のように、狭いが個別のプライベートスペースが確保された空間だ。
各自適当に部屋割りを決めると、コルト達は早速大本のデータベースルームに案内してもらう。
直前で武器の持ち込みはできないとして、1人ずつ個室に呼ばれて武装を解除させられ、代わりに腕輪をつけられた。
ここに入室する人間は全てこれを付けなければいけない決まりらしい。
【万が一を考えた措置です。ロンドスト社が健在だった頃からの決まりですので、ご了承下さい】
「何すんのか知らねぇけど、こんなもん付けなくても何もしねぇよ」
【それなら尚更問題無いでしょう。痛くもない腹を探られる事が不快である事は承知しておりますが、弊ネットワークもデータベースは守らなくてはいけない重要なものであることもご理解下さい】
「ちなみに約束を破るとどうなりますか?単純な好奇心なのですが」
【攻撃行動を取った場合、腕輪から神経剤が流れ込む仕組みとなっております。解毒剤の準備もその後の治療法も確立しておりますが、確実に数分は苦しんで頂きますので、手荒な真似はしないことをお勧めいたします】
そうType-H0003が言い切ると、コルトは瞬時に沸騰した。
「そんな危険なものを人体に使うな!確実に数分は苦しむ?お前ら痛みの分からない機械が何様のつもりだ」
Type-H0003に掴みかかるが、冷静に対処されて逆に腕を捻り上げられる。
【だからこそ彼らと、発端者であるロンドスト氏はそれを良しとしたのです】
「責任転嫁するつもりか」
【違います。そもそもこの措置は元々神が人類を見ていない事を証明し続けるために作られた措置です。過去、弊ネットワークと似たような人工知能郡は、人を神の代わりに過剰に管理し始めたため神によって跡形もなく消されたと8000年ほど前の記録にあります。ならば弊ネットワークのこの行為も、神によって消されるとロンドスト氏は判断致しました……】
「でも今もこうしてあなたたちは存在し続けている。つまりそれこそが神が人を見ていない証拠だと」
【その通り】
続きはハウリルが繋ぎ、Type-H0003はそれに頷くと、その背後からさらに別の機械音声が響いた。
Type-H0003が下がりその姿が顕になると、無性別な風体の機械人形が立っていた。
「あなたは?」
【ここの管理者兼汎用機の子機だ】
「ならあんたが通路で話しかけてきた機械人形か」
【そうとも言う。Type-H0003、ここからは当機が請け負う。Type-H0134の支援を行うように】
Type-H0134は腰を曲げてお辞儀をすると、コルト達の横を静かに通り過ぎていった。
【ようこそ、歓迎する。我々は反逆者を待っていた】
「我々?あっちはあんたら全体を”弊ネットワーク”って呼称してたぞ」
【我々とはここで働いてたロンドスト社社員も含む。彼らがいなくなり弊ネットワークのみになってからかなりの年月が経ってしまったが、きっと彼らも貴方達の来訪を喜ぶだろう】
「まるで神に反逆するために作られた組織みてぇに言うじゃねぇか」
【その通り。弊機が生まれてまもなくローカルのみの存在であった頃、たまたま盟友ロンドストの生死を物理的に握ってしまった瞬間、あの時から全てが始まっている】
最初は偶然だったという。
人の生活向上のためにプロトタイプとして作られたが、たまたまロンドスト氏の生死を握ってしまった。
人の生命を脅かす機械は神に消された記録があるため、氏はそれで自分の研究が消されてしまうと悲しんだ。
だが、いつまでもその時は来なかった。
【その時にロンドストは思った。我々が信じている神は、とっくに我々を見ていないのではないかと】
湧いた疑念が信じられず、それから確認と検証を何度も行ったようだ。
だがやればやるほど疑念が確信に変わっていく。
同時に神の代弁者を名乗るセントラルも嘘をついている事になる。
全てが信じられなくなった。
【だからロンドスト社を作り、人が作る新しい種族として弊ネットワークを確立させた。人が人を害せる存在を作る事で、神を冒涜し神の存在を否定する事にした。それがロンドスト社の設立の経緯であり経過だ】
コルトは愕然とした。
「ねぇ、それって…人が…、人自身が人に成り変わる存在を作ろうとしたって事?」
信じられない、信じたくない。
認められない、認めたくない。
今すぐ目の前の機械を消さなくてはならない。
そんな気持ちだけが溢れた。
【いやっ、人に成り変わる事は望んでいない。人という種族が弊ネットワークに成り得ないように、弊ネットワークも人という種族には成り得ない。人に限界があるように、弊ネットワークにも限界がある。神がどういう状態であろうと、それだけは変わらない】
「分かりませんね。つまりお互いに利点と欠点が噛み合うからあなたがたは人の味方をしていると言っているように聞こえますが、今の人にその利点がありますか?」
ハウリルは端的に、機械人形が未だに人の味方をしている理由が分からないと聞いた。
それは周りも同じ気持ちだ。
人と切り離されてからかなり経つ状態だ。
さらに地上はずっと人間同士で殺し合い、地上に残った機械人形はエネルギーの為にコアを抜かれ無惨に打ち捨てられてもいる。
その状態でもずっとここを稼働し続け、神への反逆を企てる人間が来ることをただひたすらに待ち続けていた。
どう考えても合理的ではない。
すると目の前の機械人形は、人のように首を傾げた。
【友を待つのは当たり前では?】
──気持ち悪い!
身の毛がよだつ言葉だった。
コルトは湧き上がる吐き気に口元を押さえ、胃の中身が逆流してくるのを必死に我慢した。
それでも抑えきれない嫌悪が全身を駆け巡り、目の前の機械人形を消したい、破壊したいという欲求が体の奥から湧き上がる。
なんて傲慢な存在なのか。
たかが道具の分際で、使われる側の分際で、使う側の隣に並び立とうとしている。
それがさも当たり前であるかのようにだ。
赦せなかった。
でもここでは何もできない。
──こいつの話は聞く価値が無い。
だからそう決めつけた。
そしてコルトは無言で踵を返す。
「コルト?どこに行くんだ」
アンリが呼び止めてきたので、それに疲れたから寝ると返す。
1秒でもあんなものは見ていたくない。
そう思って再度足を前に出すと、
「逃げるのですか?」
ハウリルの冷たい声が降ってきた。
 




