第147話
薄暗い地下通路。
あちこちが崩れた中を休戦の合意が取れた一行は、F08駅から続く線路の上で非常用通路の入り口を探して上下左右に視線を巡らしながらゆっくりと歩いていた。
事前情報の通りF08の構内は複雑に入り組んでおり、コルト達5人だけでは相当に迷うかと思われたが、休戦の完全な合意が取れてリャンガ達も手の内を隠さない事にしたのか、内部の案内板を視認するための装置を出してきた。
内部構造さえ分かってしまえば道なき道や障害など関係ないメンツなので、比較的すんなりと目的の線路までやってくる事が出来たというわけだ。
「まさか壁の特殊な塗料を専用のスキャナーで読み取らないといけないとは思わなかったよ、道理で見えないわけだ、凄い発明だね」
知らない技術に触れてコルトはウキウキとしていた。
なんだかんだで何かを作るのは好きだし、知らない技術を目にするのは楽しい。
だが他の3人は現状の実利が大事なのか、盛大に愚痴を吐いている。
「あぁくそっ、こういうちまちましてんの嫌いなんだよ。魔力もねぇ、身体強化しても大して意味ねぇ、めんどくせぇ」
「技術が凄いことは認めますが、肉眼で視認できないのであれば、いざという時に困ったことになるのでは?現にわたしたちは分からなかったわけですし」
「災害自体がねぇんだろ、そんな生ぬるい環境で街が滅ぶ前提でもの用意する奴なんていねぇだろ」
「そこまでは行かずとも、人が治める以上は何かしらの問題が発生しますでしょう?」
「あとさ、塗装だとすぐ剥がれて色々めんどくさくない?ネーテルの教会すら剥げてるぞ」
「あそこは中央からすればド田舎ですからね、機能していれば外観なんてどうでもいいですし」
「ひっど!」
と各々好き勝手な感想を述べていると、そんなに使い勝手の悪い物が普及するわけないだろとリャンガが呆れた口調で口を挟んできた。
コルトはそれにふんふんと同意をして頷く。
これだけ広く使われていたのなら、それらの欠点を克服していたに違いないし、何より特殊なスキャニング装置が必要な時点で通常の塗料とは考えにくい。
コルトの知識にも今のところ覚えがないので、ここの人たちが自分たちで生み出したのだろう。
ちゃんと考えて自分たちで必要なモノを作っていた事が伺え、コルトの機嫌はとても良かった。
そんな事を思いながら扉を探して線路上を進んでいくと、スキャナーとは別の端末を持ったジザンが立ち止まった。
そして何もない壁に端末を向けると、ここだと壁に手をついた。
その声にみんな集まって示された壁をみるが、どうみてもただの壁。
試しにルーカスが剣の柄で壁を小突いているが、他との違いが分からないらしく首を捻っている。
「本当にここにあるんですか?」
「ある。ここだけ奥に伸びる空間が広がっているのじゃ」
ヘッドセットから左目を覆うように伸びた装置を弄りながら、ジザンはこの辺りの壁が薄いと手でなぞり始めた。
恐らく壁の向こうを透視する技術なのだろうとコルトは当てをつけたが、そんな事が可能とも思わない3人は訝しげに壁を見ている。
だがそんな3人をよそにリャンガとジザンはさらに周辺の壁を調べ始め、しばらくするとリャンガが壁を叩き始めた。
すると周囲と完全に一体化していた壁の一部が開き、中から壁に埋め込まれた板が出てくる。
だが動力切れで動かないらしく、こちらを向いて肩を竦めた。
それならやることは1つ、壁の破壊だ。
という事で、再びアンリが無言で腰を落として斧を構え、深く息を吸うと一気に踏み込んで斧を叩きつけた。
鈍い轟音が鳴り響き叩きつけたところを中心に放射状の亀裂が入る。
だがそれだけだった。
「……いったぁ!!これあれじゃん!いつかの床!!」
一応半分ほど突き刺さったのは良いものの、かなり頑丈なようでアンリは悲鳴をあげる。
力任せに叩きつけた分、腕への反動がかなりあったらしい。
それでも諦めないアンリ。
「ならこっち、水斬り!」
詠唱ありで腕を振り上げ高速の水流を叩きつけた。
だが今度は表面を少し抉っただけで終わってしまった。
「うーん。合金とはいえオリハルコン素材で壊れないなら、やっぱりそうなるよね」
「やっぱりお前らバカだろ」
「ですが作成された時期を考えると、ここまで頑丈にする理由は対外的には無かったわけで。やはりロンドスト社が神への反逆を考えていたことは確かなようですね」
「クッソぉ!なら壊れるまでぶっ叩いてやる!」
「こらこらアンリさん、ヤケクソはいけませんよ。腕を壊してしまいます、素直に交代しましょう」
「…分かったよ」
「コルト、俺がやるにしてももうちょっと何とかなる方法はねぇの?」
「切り口見ると中のほうは金属だから焼き切るのが楽だと思う」
「あいよ。おいっ、ちょっとこいつ預かっててくれ」
そう言ってルーカスは背負っている両目を怪我した男、バルデンをリャンガに預けると、剣を抜いた。
そして剣に炎を纏わせると、徐々に刀身が赤熱していき、そしてこちらも力任せに振り下ろした。
「面白いの、水圧切断に熱線切断を道具も無しに行うとは。じゃがその分技術もへったくれもなく豪快じゃ、折れぬ武器のほうに感心するわい」
「いやっ、それより女の体でそこまで出来るほうが怖いだろ。そもそも人体の強度とかどうなってんだ」
立ち込める砂塵の中、呆れたようにジザンがぼやき、リャンガも隣で目を見張っている。
「俺はここまでやんねぇと壊れねぇもん作ってるお前らに呆れるわ」
逆にルーカスも呆れた声でそういうと、ささやかな風で砂塵を吹き飛ばす。
扉は燻った煙を上げながら見事に焼き切れて壊れていた。
それをジザンは結局壊されて怖いのと、全く怖くなさそうどころか、どこか面白そうな声音で見ている。
それはともかく無事に扉は開いたので、早速とばかりにアンリが先陣を切って中に入っていく。
リンシアもそれに続こうとしたが、やんわりとハウリルが止めていた。
「中の様子はどうですか?」
「狭いけど特に何も無いぞ。あっ、こっから下にいけそう」
それを聞いて全員でぞろぞろと入ってみると、チューブ状の通路が現れた。
立っているアンリの頭がギリギリ天井を擦らないほどの直径で、両脇に謎の窪みがずっと続いている。
コルトはそれを見て何かのレールでは無いかと当たりをつけた。
本来は何かに乗って移動するためのものなのだろう。
緩やかな傾斜とはいえライトで照らしてもゴールが見えないくらいには距離がある。
下から昇って来るには骨が折れるため、トロッコのようなものでも用意していたのかもしれない。
とはいえ、こちら側に乗れそうなものはない。
「これ下んのかよ」
なのでこの中で一番身長の高いルーカスが真っ先に愚痴を溢した。
「ですがここしか道はありませんし、覚悟を決めるしかないでしょう?」
ハウリルも半分目が死んでいるが、まだルーカスよりはマシなので覚悟を決めたようである。
するとリャンガとジザンがレールや通路について長さを測り始めた。
「これでいけそうか?」
「それならいけるじゃろ。バルデン、お主も見ろ」
「了解」
そして3人は通路の入り口に並ぶと、このくらいだとなんだのと身振り手振りで何かをしている。
「何をするのですか?」
「無いなら作ればいいのさ」
微妙に返答になっていない返答を返し、そしてリャンガ達が通路の前で横並びになると、レールの窪み部分から徐々に何かが形成され始めた。
そしてみるみるうちに金属製の箱が現れ、最後にその下に車輪が出来る。
ものの数分で全員が乗れるほどの大きさのトロッコが目の前にできていた。
「これはこれは、素晴らしい」
「いつ見ても訳分かんねぇな」
「すっげぇ!こんなデカいもんも作れんの!?」
魔力持ち3人が共鳴力でできたトロッコにキャッキャッしながら騒いでいる。
コルトはそれが我が事のように嬉しかった。
だが作った3人はぐったりと壁に寄りかかっていた。
「うっ…。やっぱ俺これは苦手だわ」
「慣れない事はするもんじゃないわい。しばらく動きたくないの」
「すまん。頭がくらくらする」
「大丈夫ですか!?」
「だっ、大丈夫だ…。少し休めば動ける」
「儂らは通信のほうを専門に訓練しとるから、物作るのは苦手でな」
どうみても大丈夫ではなさそうな様子だった。
「共鳴力って結構無制限に何でも作れると思っていたのですが、認識に間違いがありそうですね。リンシアさんも大変そうでしたが、それはまだ幼いからかと。その辺りはどうなのでしょうか?」
「色々省略して化石燃料とかが取れないので、それを補うために無からの創造を付与した能力なんですよ。複雑な構造の完成品を作れるのは、その副産物でしかないんですよね。だから負担が大きい」
もっと言うと、作れるものも難易度も神のライブラリにあるかないかが関わってくる。
オリハルコンやミスリルなど人工的に新たに作った物質や、ライブラリにない完成品は必然的にその個体の能力依存になるため負担が跳ね上がる。
今回のトロッコはコルトの知らない形の完成品のため、3人の能力依存となり負担が大きくなったわけだ。
リンシアの場合はコルトから直接構造の提供があったため、それらの制限を無意識に踏み倒していた。
幼くても複雑な構成をしたものを複数作れたのはそれが理由だ。
「なるほど。あまりここで突っ込むのはやめたほうが良さそうですね」
そして少し休憩を挟み、いよいよトロッコに乗り込む事になった。
だがそこでリャンガがとんでもない事を口にする。
「悪い。ブレーキとか無いから、ゴールで各自飛び降りてくれないか」
「何考えてるんですか!?無理ですよ!?」
緩やかな斜面だが、距離はかなりある。
どう考えても徐々にスピードが上がっていき、最後にはかなりの速度が出るはずだ。
それを飛び降りて下車しろという。
どう考えてもコルトには無理である。
伊達にここまで運動音痴をやっていない。
間違いなく降りられず、そのまま突っ込んで死ぬ。
ハウリルかルーカスのどちらかが必ず守るだろうリンシアのほうがまだ確実に生きられると断言が出来る。
絶対に死ぬ!と確信を持ったコルトは頭を抱えるが、どれだけ危険なのか想像がついていないらしいアンリが呑気な質問をした。
「ぶれーきってなんだ?」
「制動装置だよ!!それが無いと安全に停車できないの!どう考えても猛スピードでそのまままっすぐ突っ込むやつじゃないですか!そもそも走行中の列車から飛び降りる事自体が危ないですよ!?それを何平然と飛び降りろとか言ってるんですか!?」
「おっ、おう…。その…お前がマジで焦るぐらいヤバい事なのは分かった」
「そもそもなんで一番大事なブレーキを忘れたんですか!?」
「……言い訳なんだが、俺ら普段何かに乗ったりしないから頭から抜けてた」
「忘れてなくてもそもそもブレーキの構造を知らんがの」
それを聞いてコルトは絶望した。
「安全意識が低すぎる…」
こうなったらもう腰を犠牲に歩くしか無いだろう。
そう思っていると、ルーカスがリンシアを抱きかかえてトロッコに乗り込んだ。
「お前!危ないって言ってるだろ!」
「んなもん俺が何とかしてやるよ、そもそも速度出さなきゃ良いんだろ。アンリ、武器貸せ」
ルーカスが乗り込むと続いてアンリとハウリルも乗り込み、自分たちが作った責任とリャンガ達も乗り込んだ。
取り残されるコルト。
「お前だけ歩きでいいか?」
「良くない!死んだら覚えてろよ」
「ははは、冗談になって無くて怖ぇな」
ゲラゲラと笑う絶対に死なないルーカスに、コルトは死んだら絶対に報復する事を決める。
そしてコルトが乗り込むとゆっくりとトロッコは動き出した。




