第145話
氷結させられた若い男と2人の間に立ち、コルトは真っ直ぐ2人を見る。
自己満足といえば完全に自己満足だ。
地上には”狂信者”もいて、墜落都市の共族もこちらの仲間になるとは限らない。
そんな状況で敵対的な彼らを助けてこれから先、リンシアが何事もなく過ごせる可能性はなくなり、安全のために目の前の2人は余計なリソースを割く。
全員を危険に晒す行為である事は分かっている。
それでもこれ以上、自分が元凶の誰も望んでいない殺し合いが目の前で行われるのが嫌だった。
「今の僕が意見を言える立場じゃないのも、彼らを見逃せば将来が危険になるんじゃないかって事も分かってる。それでも、目の前で共族が殺されるのを僕は見過ごせない」
「……それはあまりにも無責任ではないですか?」
無責任。
そう無責任だ。
でも僕は神だ、今更それが何だというのか。
無自覚だったとはいえずっと今までそうやってきた。
その結果がこれだ。
取り返しがつかないほど取りこぼしてしまった。
人にとってはどんな巨悪だろうか。
それでも僕は神だ。
「今更どうでもいいじゃないですか、もう取り返しがつかないんですよ。なら逆に無責任に目の前の共族を拾い続けたっていいじゃないですか」
「実際は誰がそれをやると思っているんです!」
「だからなんですか、僕がそう決めたんです。残ったものを全部落とさないって、この僕が決めたんですよ!」
傲慢に振る舞う。
ハウリルは嫌悪するだろう、実際眉間に皺を寄せて明らかに苛ついた顔をしている。
それでも敢えて傲慢に振る舞った。
「それが嫌なら装置を探すのをやめたらいいです、それなら僕もすぐに破棄を選べる。そのあとはどうにでもできます」
コルトが何を言っているのかハウリルは正確に理解した。
理解したから怒りを顕にした。
「度し難いですね、あなたは。一体何をするつもりです」
それにコルトは答えない。
ただ黙ってハウリルを睨んだ。
何をしてでもこのどうしようもなく詰んだ状況を変える、未来を掴む。
それが今自分にできること。
具体的な手段はまだ何も決めていないが、結果だけは決めた。
そうやってしばらく睨み合っていると、例の扉が打ち破られた。
素早くハウリルが反応して武器を構えるが、中から出てきたのは目から上は包帯を巻かれて息も絶え絶えな男だった。
「やめ…ろ…、出て…くるな」
若い男が必死に出てくるなと言うが、怪我をした男は手探りで周囲を探りながらコルト達に体を向け、そして頭を下げた。
「たの…む……、2人を殺さないで…くれ……。見逃してく…れ……」
「こちらには聞き入れる理由がありませんが」
「ハウリルさん!!」
ハウリルの冷たい物言いに思わずコルトはハウリルの服を掴んだ。
「分かってる…。けど俺には、もう頭を下げるくらいしか…できない……。2人がここにいたのは俺達のせいだ、怪我をした俺達をさっさと見捨てていれば……」
「ふざけるな!お前はまだ助かるんだぞ、そんなの見捨てられるわけがないだろ」
「余計なお世話なんだよ!嫌だ、もうたくさんなんだ……やめてくれよ…。終わらない戦いに疲れたんだ…、俺は2人みたいに戦い続けることなんてできない。ここに来るまでに何人死んだ、あとまだ何人死ぬんだ…、終わりはいつなんだ……。いつか終わるで何世代も戦い続けて、何か良くなった事はあるのか?……もう無理だ…俺はもう無理なんだよ……」
「それでここで諦めたら今まで死んだ奴らの思いはどうなる!」
「そうやって戦い続けて、結局何も成果がないじゃないか。」
自分はもう心が折れてしまったと怪我をした男は泣いた。
どんなに戦っても状況は悪くなるばかり。
気力なんて持ちようがない。
だから自分を殺して2人を見逃してくれと男は口にした。
「あんた達は南の、山の向こうから来たんだろ?今までとは違う明らかな変化だ、それを……こんなところで不意にしないでくれ……。狂信者の子供がなんだ…たったそれだけのために、この好機の可能性を潰さないでくれ」
男の必死な言葉に若い男は唇を噛んだ。
老いたほうは目を閉じて口を開かない。
彼らだって頭では無意味な事は分かっているのだろう。
そして彼らも限界だった。
変わらない現実、どんどん失う仲間。
そこに現れた憎くて確実に取れそうな戦果。
コルトは今なら説得できるのでは無いかと口を開こうとして、先を越された。
ルーカスが盛大なため息をついたのだ。
「コルト。そいつの手当てしてやれ」
そしてもう興味が無くなったと言わんばかりに踵を返すと、地面を蹴りつけて落とした剣とアンリの斧を発掘している。
「ルーカス!あなたまで何を言い出すのです!」
「俺は最初からリンシアの安全が確保出来んなら何でもいんだよ、あとめんどくせぇ」
「安全もなにも、2人からの同意が取れていないではないですか!」
「だから人質とんだろ。リンシアに手ぇ出せば、その時点でそいつを殺す。弱者は強者に従ってろ」
「あなたは強者だからそれでいいかもしれませんがね、わたしたちはそうはいかないんですよ。そんな曖昧なもので納得できるわけがないでしょ」
ハウリルはいつになく荒々しい態度で反論をしている。
その間にコルトはひっそりと荷物から薬類を一応だすが、ここまでの傷の対応に関してコルトに知識は無い。
とりあえず消毒でもして包帯を変えておけばいいだろうか。
そもそも自分の手の怪我すらどうしたらいいのか分からない。
その間にも2人の激論は続いていた。
「魔族の感覚で振り回さないでもらえますか」
「お前らの感覚に合わせてたらすぐ終わるもんも終わらねぇだろうが。そもそも当初の目的を忘れたのか?リンシアはあくまでオマケだ、勝手に俺らが目的に組み込んだだけだ。主目的と天秤にかけて、やっぱりこいつらの協力があったほうが楽なのは確かだろうが。あと勘違いすんなよ、この場の絶対強者はコルトだ。そのコルトがこいつらを生かすって決めたんだから黙って従ってろ」
突然名指しされてコルトは思わず振り返った。
「えっ、僕戦えないんだけど……」
するとお前のそういうところがめんどくさいと返された。
納得がいかない。
そしてハウリルは苦々しい顔でコルトを見ている。
先程まで睨み合っていたとはいえ、やはりマイナスな感情で見られると少し凹んでしまう。
「卑怯です」
それだけ言うとハウリルはアンリとリンシアの元に戻っていった。
「なんで…なんであんたは仲間割れをしてまで俺達を助ける」
怪我をした男は絞り出すように溢した。
「誰にも死んで欲しくないからです」
「それは…そんなに大事か?仲間を踏みにじって、敵に塩を送ってまでやる事か?」
「仲間も敵も無いです。共族ならみんな守りたい」
「……分からないな」
「そうですか?」
コルトにはあんなに簡単に殺し合いになるほうが意味が分からない。
人の許容が小さい事は知っている、それで拒絶するのも分かる。
それでも理解ができない。
拒絶するところまでは分かっても、そこから先に排除が出てくる事が分からない。
どう考えても合理的では無いし、無駄な労力だ。
そんな事を考えていると、氷から解放された残りの2人が怪我をした男の隣にやってくる。
ちょうど良いと思った。
コルトは若い男をみる。
「1つだけいいですか」
「……なんだ」
「リンシアに謝ってください。見たくないものを強制的に他人に見せるなんて許せない、できないなら、僕ニモ考エガアリマス」
そう言って突然尋常ではない気配を出したコルトに、男達は全身に悪寒が走った。
殺し合いをただ見ていることしか出来ていなかったはずの存在。
それなのに、異形に変貌し自分達を一瞬で制圧した女が口にしたこの場の絶対強者。
それを本能で理解し感じる原初の恐怖。
「出来マスヨネ?」
圧しかないのにそれでいて虚無を感じる物言いに、若い男は生存本能のみで肯定を返した。
すると目の前の何かは満足したように安堵したような表情を浮かべ、場の緊張が一気に霧散した。
一気に緊張を解かれた男達はその場で尻もちをつき、その衝撃で自分が呼吸すら忘れていた事を自覚する。
コルトはそんな男達の様子に気付きもせず、先程のことなどなんてこともないといった感じで消毒薬と薬を差し出すが、男達はほぼ条件反射でそれを断っていた。
仲間から自分たちを守って起きながら、尋常では無い恐怖を体に刻みつけた存在が、直後にまたゆるい空気を出してきたことで、反射で拒絶してしまったのだ。
断った直後にマズイと思ったが、コルトは拒絶されたことなど意に返さず仕方なさそうに片付け始めた。
「じゃあ僕アンリをみないといけないので。さっきの約束忘れないで下さいよ」
絶対ですよと念を押してハウリルに介抱されているアンリの元に戻った。
するとリンシアが俯いておずおずとコルトの前に来る。
「おっ、おにい…ちゃん。ごっ、ごめんなさい、おてて……」
「大丈夫。すぐ治るよ、魔力持ちって無魔よりも治癒力がちょっとだけ高いから。それよりリンシアは大丈夫?」
それにリンシアは少し間を置いて、少しだけ首を縦に振った。
「僕はリンシアが生きててくれるだけで嬉しいよ。笑っててくれるともっと嬉しい」
笑顔でそういうと、リンシアは少しほっとしたようだ。
コルトはそんなリンシアの横にしゃがんで頭を撫でると、まだ起きないアンリをみた。
「アンリは大丈夫ですか?」
「……恐らくは」
返答に妙な間があった。
「…怒ってますか?」
そうだろうなと思いつつ、直球で聞く。
すると明らかに不機嫌な顔で振り返られた。
「怒ってないわけがないでしょう」
「うっ…すいません」
「全く悪いと思っていない謝罪をもらっても嬉しくないですよ」
「………はい……」
チクチクと責められてつらい。
でも悪いと思っているかと言われると、思っていないし何が悪いのかも分からない。
コルトの思考を正確に読み取ったのか、根本的な価値観と考え方が違うとハウリルはため息をついた。
そんな事を言われても困ると思っていると、アンリがうめき声を上げる。
どうやら意識を取り戻したようだ。
名前を呼んで呼びかけると、ゆっくりと瞼が開かれた。
「おっ、おねえ…ちゃん」
「アンリ、大丈夫?」
「うぅっ、なんか頭ガンガンする……。どうなった?」
アンリがそう視線を彷徨わせながら呟くと、向こうもアンリが起きたことに気がついたのか、アンリを殴った男がその場で声を掛けた。
「起きたか、嬢ちゃん。悪いな、全力で殴って」
「……私が寝てる間に話がついた感じ?」
一瞬でなんとなく状況を把握したらしい。
上体を起こそうとしたので、背中に手を回して助ける。
「話はついていませんが、ルーカスが強制的に戦闘を終わらせたところ、例によってコルトさんが介入した感じですね」
「あーーー、なんか見て無くてもどんな感じか大体分かったわ」
ジト目のアンリがコルトと、その後ろの4人を交互に見た。
「…いつもこんななのか?よく続いてるな」
「彼の後ろがわたしたちの支援者でもあるので…。本人が図太く、雑に対応しても流してくれるので何とかなっていますね」
「誰にでも優しいし悪いやつじゃないし、そのお陰で私もめっちゃ助かったけど、ちょくちょく腹立つ事言ってくるんだよな」
「だって、死に急ぐような事をするのが悪いんじゃないか」
「お前はそうする理由を全部かっ飛ばすじゃん!」
「生きるよりも大事な事はないよ!?」
死んだら全部終わるのだ。
それなのに、どうしてもいつもこの部分だけが噛み合わない。
アンリも舌打ちをすると、男達のほうを見た。
「とりあえず今は戦闘してないってのは分かった。けど、リンシアに手ぇ出したらぶっ飛ばすからな」
「細かい説明も無いのに納得するんだな、嬢ちゃんは」
「難しい事は分かんないし、コルトはともかくそっちの2人の判断は信頼してるからな」
アンリがそういうと男達は顔を見合わせ、そして頷き合う。
「なら俺達もこっちに害意がない間は狂信者の子供に手を出さない事を誓おう。それと…」
一拍おいて男はリンシアを見た。
「さっきは見たくないものを見せて悪かった、もうしない」
そう言って先程リャンガと呼ばれた男はコルト達に手を差し出した。




