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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第7章
142/273

第142話

コルトの腕の中から降りた少女は、怯えながらもしっかりと自分の足で立って前を見据えた。

そして震える声でもう1度”ととさま”と語りかける。

すると向こうも気が付いたようで、先程から先導して救済を叫ぶ男が何故お前がここにいると叫んだ。


「ととさま、あの…神使さま…がお山を越えてきたって、みんなが言うから……それで…」

「なら何故色付きと共にいる!神使様はどうした!よりにもよってそんな不浄の輩と共にいる!」

「そっ、それは…」

「川で溺れていたその子をわたしたちが拾ったのです。幼い子どもをそのままにしておくわけにはいかないでしょう?」


置いていくとか言ってなかったかな、という言葉を今は飲み込む。

だが、ハウリルのその言葉に男達の雰囲気が剣呑なものに変わった。


「拾った、拾っただと!?この豚児が!勝手に抜け出し神使さまを見つけたならまだしも、不浄を引き連れるとは万死に値する!」

「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」


悲鳴を上げて瞬時に土下座をするリンシアに、容赦なく氷の花が咲き乱れた。

同時にルーカスがお前ぇの子だろうが!と怒号を上げるが、向こうはどこ吹く風だ。

コルトは理解が出来なかった。


「そのような役立たずなばかりか下賤に染まった愚か者は我が子ではない、大人になればその軟弱な態度も変わるかと今まで生かしておいたのが間違いだった!」


男がそう言った瞬間、ハウリルが激昂して飛びかかった。


「止めろ!出るな!」


だが瞬時にルーカスが反応して後ろから羽交い締めにする。


「離せルーカス!あんなのがいるから兄さんにずっと自由が無かったんだ!勝手に産んで、勝手に失望して、貴様のようなヤツがいるから!」

「分かったから落ち着け!あの距離は範囲外なんだよ!」

「ハッ、ハウリル。落ち着け、なっ?」


だが完全に頭に血が登って冷静さを失ったハウリルは男達に飛びかからんと暴れ、リンシアはその間もずっと土下座の状態から動かない。

そんな様子を見て男達は獣だとコルト達を嘲笑い始めた。


──なんだこれ。


その状況にコルトは逆に冷静だった。

あまりにも今の状況の理解が出来無さ過ぎた。

自分の子供を役立たずだと殺そうとする男達にも、それに反論するわけでもないリンシア。

そして一時は見捨てようとしていたにも関わらず、何故か怒り出すハウリル。

コルトには理解が出来なかった。


「はっはっは、獣の仲間意識か?醜い、実に醜い!だが我らには僥倖である。神よ!ご覧あれ!これより我らが栄誉ある同志がこの異形共を屠り、この世を浄化してみせましょう!」

「何言ってんだ、てめぇ。さっきから俺らに攻撃なんて1つも届いてねぇだろうが!」

「ほざけ。貴様らの弱点は既に見抜いている!」


そういうと男達は銃を構え、コルト達の周囲は氷の花で視界が遮られた。

ハウリルは強制的に足止めをさせられ歯噛みし、アンリも悪態をついている。

ただ、何故かルーカスだけは周囲を見渡していた。

そして何かに気がついたようにルーカスは頭上を見上げて、そして瞠目する。

冷え切った頭でそれを見ていたコルトもつられて上を見た。


人が飛んでいる。


それだけを思った。

そしてそう思った瞬間、何かがコルトの視界を遮り、爆発音が響く。

耳鳴りが酷く、何も聞こえない。

砂塵で視界が確保できないなか、足元で何かが倒れた。


何が起こったのか。

そんなものは分かりきっている。


頭上からの自爆特攻。


ルーカスが魔石で展開する氷の花は、ルーカスが反応できない速度が出ていなければ反応しない。

だから銃弾は防げても、バイクでの突進は防げない。

当然人の落下速度にも反応しない。

理屈は分かる。


──でもそれならその量の火薬を落とせばいいだけじゃないか。


急激に全身が冷えていった。


そして砂塵が晴れる。

視界に現れたのは足元で意識を失い倒れているハウリル。

変わらぬ態勢のリンシアと、隣でしゃがんでいるアンリ。

4人の前に立ち男達を睨みつけるルーカス。

そしてその頭上を覆うように形成されたドーム状の氷壁。


「おのれ忌々しい。同志の身でもまだ死なぬか!」


何がどうしてそこまでして人を殺そうとするのか。

仲間の命を使ってまで、自分たちに危害を加えたわけでもない、ましてや自分の娘を巻き込んでまで殺そうとするのか。


「分からないな」


自然と言葉が漏れた。


「分からないよ。そこまでする理由が分からない」

「神を冒涜する貴様らには分かるわけがなかろう、神は人を滅せよ仰せなのだ!」

「僕は1度も望んでないよ」


一歩踏み出した。


誰かが自分の名前を呼んだ。


もう一歩踏み出した。


別の誰かがまた呼んだ。


さらにもう一歩踏み出した。


目の前の男の顔が歪んだ。


──マダ続ケル気カ。


ならもういいかな。

そうして全てが遠くなりかけた時、誰かの腕が腰に周り、抱き寄せられた。

そしてそれが誰かを確認する間もなく、体に加速度が加わり空の光が小さくなり、周りが闇に包まれた。

急激な環境の変化についていけず、やっと自分が落下していると気付いた時、コルトは静かに意識を手放した。






ぼんやりと仄暗い空間で何かがすすり泣いていた。

泣いてほしくなくて、泣かないでと言いたくて体を動かそうとして全身に激痛が走った。


「起きましたか?」


体の痛みに耐えていると、横から声が掛かる。

ゆっくりとそちらに顔を向けると、いつになく疲れた顔をしたハウリルが壁に凭れかかっていた。

ハウリルが天井に座っているように見えたが、どうやら自分が寝かされているだけのようだ。


「コルト、大丈夫か?」


ついで声を掛けてきたのはアンリで、そちらに顔を向けると心配そうな顔をこちらに向けながら、隣ですすり泣くリンシアの背中を優しく撫でている。

泣いているのはリンシアか、と手を伸ばす。

だが泣けるなら今は好きなだけ泣かせてあげて欲しいとハウリルが言うので、コルトは上げた手を静かに降ろした。


「コルト、どこまで覚えてる」

「何が?」


こちらに背中を向けて座るルーカスに、ぶっきらぼうに質問を返すとリンシアの父親と対峙した時だ、と返ってきた。

特に後ろめたい気持ちはないので、正直にハウリルが怒り出して、その後人が上から振ってきて自爆。

それが理解できなくて気が付いたら落下していた事を伝える。

すると、予想以上に状況を理解して覚えていた事に驚かれた。


「声を掛けても全然反応しなかったんだよ。真っ直ぐ無表情にアイツラのこと睨んでて……、そしたらルーカスがお前とハウリル担いで穴に飛び降りるぞって」

「……ごめん」

「わたしが思うに、コルトさんはアウレポトラの時と同じような状態になっていたのではないですか?」


恐らく地震が起きた時のことだろう。

振り返って同じような状態と言われたら確かにそうかもしれない。

もしあのまま感情に任せて制御できないまま地震でもなんでも起こしていたらどうなっていたか。


──力なんて無いと思ってたんだけどな……。よりにもよってこっちか、制御できないのにいらないよ。


コルトは再度小さく謝った。


「それでハウリルはなんで倒れたんだ?」

「それはこう、首をキュッとされまして」

「上からヤベェ量の火薬が降ってきてんのに、暴れるソイツも抑えなきゃいけねぇなら意識刈り取るしかねぇだろ」

「……お見苦しいところをお見せしました」

「俺の優先順位を考えろ。あのままお前が範囲から外れるなら、俺が取る手段は1つしかねぇんだよ」


同時に2か所は守れない。

それなら敵を殲滅するしかない。

だがあのときの敵はリンシアの父親とその仲間だ。

どんなに酷い親でも、幼いリンシアの目の前で諸共皆殺すような手段は取れない。

リンシアがそれに耐えられる子ならそれでもいいが、反射的に実の親に土下座で謝るような子では無理だろう。


「すいません。未熟な行動でした」

「次は見捨てるぞ」

「分かっています」


そしてハウリルは1つ深呼吸をし、もう少し休むと言って目を閉じた。

それっきり静寂が訪れる。

どうやらリンシアもいつの間にか眠ってしまったらしい。

薄暗い中、仄かに辺りを照らす火球のパチパチと爆ぜる音だけが響く。

コルトはそんな中で全身の筋肉が悲鳴を上げるのを感じながらも体を起こした。

アンリが手を貸そうとしてくれたが、それを断るとなんとか自力で座る。

辺りを見渡すと完全に廃墟となっているが、どうやら元は予想通りの地下街だったようだ。

人の気配を感じない代わりに、虫や小動物の気配を感じる。

あまり衛生状態は良くないだろう。


「ここって、あそこの真下?」

「いやっ、さすがに少し移動した。穴は氷で塞いだから多少は時間が稼げるはずだ」


どれほどの分厚い氷を作ったのかは分からないが、あまり気楽に考えないほうがいいだろう。


「追いかけてくるかな」

「さすがにここまで来るのは奴らもリスク高ぇとは思うが、頭のイカれた連中だからな。まぁでも暗い、狭い、足場も悪い。道具を持った共族は厄介だが、ここなら俺のほうが有利だ」

「ならこれからどうするんだ?ハウリルが起きるの待つか?」

「やる事決まってんのに待たねぇよ。幸か不幸か地下には入れたからな、このまま地下を移動する。コルトの予想じゃここも街になってんだろ?」

「うん。どこかしらの駅には繋がってると思う、そうじゃないと利便性の面でやっぱり地下は不便だからね」


線路さえ見つければあとはそれに沿って移動すればいい。

ただ、ここはもう完全にコルトの手から離れて発展している、まだ路線駅の形態を取っているかが心配だ。

それからまた静寂が訪れた。

コルトは引き続き全身の筋肉が悲鳴を上げている。

体を起こしてみたものの、緊張状態で慣れない全力疾走をしたのでしばらくは動きたくない。

ぼうやりと虚空を見つめながらそう思っていると、寝れる時に寝ろと相変わらず背を向けたままのルーカスが声を掛けてきた。

アンリがルーカスも寝ないのかと聞くと、魔族だから気にするなと返ってくる。

肉体由来なのか魔力由来なのかは分からないが、こういうところは生物として逸脱しているように感じた。


──なんか、ベースは同じはずなのに嫌なんだよな。


魔族の生物とは思えない肉体強度と精神構造にどうしても嫌悪感が拭えない。

最強の生物を作ると魔神は言っていたが、これで生物と言えるのかと甚だ疑問だ。


──まぁ何でもいいや、どうせ僕の管轄じゃないし。


そうやって思考を放棄して背中を向けて微動だにしない影から視線を外し、再度横になるとコルトは静かに意識を手離した。


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