第141話
5人はアンリを先頭に北東に向けて大通りを進んでいた。
建物の中を進んだほうが良いのではないかという話もあったが、崩壊して足場が悪いため、コルトとリンシアが進むには、いざという時にキツイだろうという意見に誰も異論を唱えなかったからだ。
なので骨組みが剥き出しになったビルを右手側に、多少はマシな大通りを進んでいた。
「今のところは何事もありませんね」
「油断するな、確実に見られてる」
”見られている”と断言して、いつになく低い声を出すルーカス。
今までにないほどピリピリとしている。
「見られてる?何も見えないぞ」
「俺からも見えねぇよ。だが、この全身が逆立つ感覚は知ってる」
それを聞いてアンリが両足の武器に手を伸ばすが、何故かルーカスが止めた。
「余計な刺激をするな。こっちが気付いてないと思わせて、相手の油断を誘う。コルト、俺はお前らの生存を最優先にするからな」
それはいざとなったら敵の共族を殺すぞ、という宣言だ。
一瞬身体が反射的に動きそうになる。
だがそれを無理やり抑えつけた。
殺らねば殺られるという単純明快で当たり前の事実と、”魔族”がそれを実行するという本能が拒否をする事実。
ここで判断を間違えれば取り返しのつかない事になる。
「それを言わせるのもそろそろ終わりにしたいですね。もうこれはわたしたち共族全体の問題でもあるので、戦うのはあなた1人ではないですよ」
「そうそう、同じ目的の仲間なんだからさ」
「俺がいねぇと見られてる事にも気付かねぇのに、大口叩くじゃねぇか」
「役割に伴う責任をこちらでも受け持つと言ってるのです」
「はっ、そりゃありがたっ」
そう言いながらルーカスが片手を掲げた時だ。
突然左側にいくつもの氷の花が咲き乱れた。
「きたっ!」
「そっ狙撃、どっから!?」
「花の角度が全部ちげぇ!適当に数発かますか」
「威力は抑えてください!この質量がまとめて倒壊したらわたしたちもただではすみません!」
ルーカスはそれに同意を示すと小さなバチバチと弾ける火球をいくつも作り出す。
そして咲き乱れる氷の花の中から色々な方向に撃ち込んだ。
放たれた火球は周囲の全てを焼き払い轟音を上げながら疾走し、各々ビルに着弾して派手な爆発を上げる。
さすがに向こうも面食らったのか攻撃が止み、そのすきにハウリルは手早く自分の荷物をコルトに投げ渡すと、リンシアを片手で抱き上げもう片方で杖を握りしめる。
そして前に掲げると、追い風が吹き始める。
さらに横に薙ぎ払うと地面が抉れて砂塵が舞った。
「アンリさん、先導をお願いします。走りますよ」
「任せろ」
すでに武器を両手に持って攻撃態勢のアンリが走り出すと、コルト達もそれに続く。
およそ無魔の共族では出せない速度で疾走する4人。
それで相手を巻けるかとコルトは少し思ったが、コルトの見立てなど所詮は願望だ。
しばらくすると再度氷の花が咲き乱れた。
「そんな!見えてないはずなのに」
「見える技術でもあるのでしょう!諦めてどこかで迎撃したほうがいいかもしれません」
「逃げられないですか!?」
「どこにです!」
「地下です!地下なら向こうも容易には近づけないはずです!」
「アンリさん!」
「ルーカスが見つけた大穴はもっと南だぞ、逆方向だ!って、うわっ!」
突如、目の前が爆発して建物がコルト達に向けて崩れ始め、それに合わせて氷の花の密度も上がる。
落ちてくる瓦礫に動けないでいると、いきなり巨大な氷壁が現れて瓦礫を受け止めた。
「こっちだ!」
それを見て瞬時にアンリが踵を返すと、右手後方の建物の中に飛び込んだ。
ハウリルもそれに続くとコルトも慌てて追いかけ、最後にルーカスが建物の中に入ってさらに巨大な氷壁で封鎖する。
そのまま反対側の通りに出ると、コルトはぜぇぜぇと呼吸を繰り返した。
他の3人も立ち止まって呼吸を整えたり、辺りを警戒したりしている。
リンシアはしっかりとハウリルに掴まって涙目で怯え震えている。
──だから連れてきたくなかったんだ。
「まいたか?」
「んなわけねぇだろ、時間稼ぎだ」
「リンシアさんがいるのに攻撃してきたという事は、彼らはリンシアさんの勢力では無いという事でしょうか?」
「なら墜落都市の奴らって事になるが、問答無用で殺しにくるような奴らと交渉なんて出来ねぇぞ、ってうおっ!?」
「言ってるそばから!」
再び背後で氷の花が咲き乱れる。
しかも先程よりも発砲音が近い。
「しつけぇな!」
「どうすんだ、南の大穴か、それとも北か!?」
「北で連中の相手しながら探しものすんのも面倒だ。南目指せ」
「分かった!」
同意と共にアンリが駆け出すと、ルーカスは通りを横切る巨大な氷壁を作り上げた。
そして最後は文句を言い始める。
「だああああ、めんどくせぇ!!もう派手にぶっ壊させろ!」
「ダメだと言ったでしょう!こんなに巨大な建物が立ち並ぶ場所で1か所壊して連鎖的に周辺も全部壊れ始めたら目も当てられません。敵は生き埋めでしょうが、最悪わたしたちも巻き込まれますよ」
「んなもん、俺が何とかできんだろ」
「ここの地下は多分ほとんど空洞だ。この辺りに人の通行を想定した道が無い!多分歩行者は地下を使って移動してたんだと思う。そんなところでこれだけの物量を崩してみろ。まとめて全部崩落するかもしれないぞ」
「クソみてぇな街作ってんじゃねぇ!」
「クソついでにルーカス、魔石はまだ大丈夫ですか!?」
「クソのついでかよ、ざっけんな!大丈夫に決まってんだろ、毎日魔力突っ込んでんだ!」
そんなクソの応酬をしながら走っていると、また目の前に何かが着弾して爆発する。
2度目なせいか対応が早いアンリは冷静に周囲を見渡して、逃げ道を探すとコルト達に呼びかけて走り続け、それが数度続く。
そうなるとコルトはそろそろ限界が来ていた。
ハウリルの補助があるとは言え、体力の無さについては自信がある。
──ひぃぃぃ、こんな事なら真面目に体育の授業を受けておくんだった!そもそも体の使い方なんて興味無かったし、専門外だ!
そしてそろそろ思考を放棄して、体を動かす事にだけ注力しようと思った時だった。
アンリが警告を出した。
「このまま進むのはマズイ!」
「何がだ」
「私達は今獲物だ、狩りの獲物だ!誘導されてる!」
「なんですって!?」
「確証は」
「必ず逃げ道がある!」
「やべぇな。…あぁついでに何か近づいてくるぞ、そろそろ終着だな?」
「止まりましょう。もうここで迎撃するしかありません」
4人はその場に急停止をすると、ルーカスが前方に瞬時に氷壁を生み出す。
すると、直後に目の前の地面が爆発して煙が上がり、背後では巨大な花が咲き乱れた。
「ひえええええええ!?」
氷壁のお陰でほとんど衝撃は伝わらなかったが、それでも氷壁には巨大なヒビが入って崩れ落ち、背後の花も音を立てて砕け散った。
そして煙が晴れて現れたのは、目の前に空いた巨大な穴だ。
底が深くて見えないが、光が届く部分を見ると広大な地下街が広がっている事が伺えた。
「あっぶな!これこのまま突っ込んでたら死んでたな」
「アンリさん、いい勘です」
ハウリルがそう言いながらリンシアを下ろすと、アンリ、ルーカス、ハウリルの3人は武器を構えてコルトとリンシアを囲むように円陣を組む。
すると、周囲の建物から何人もの武装した人間が武器を構えながら出てきた。
それを見てコルトは慌ててリンシアを抱き上げる。
「クソ雑魚共!お前ぇらのカスみてぇな火力じゃ、俺らは殺せねぇぞ」
ルーカスが大声で挑発すると、それに合わせて再度氷の花が咲く。
それを見てルーカスは馬鹿にしたように鼻で笑った。
すると今度はどこからともなくモーター音が鳴り響き、5人が聞き慣れない音に警戒をすると、武装した集団を飛び越えて高速で二輪バイクが2台前後から突っ込んできた。
ルーカスは前側の二輪に飛び上がって正面から剣で横薙ぎにすると、剛腕と剣の性能から乗り手共々真っ二つに切られ上側はそのまま後方に、下側はルーカスを巻き込んでビルに突っ込んだ。
後方は横から斧をアンリが叩き込んだので、バランスを崩して錐揉み回転をしながら目の前の大穴に落ちていった。
そしてアンリが着地する間もなく再度銃撃が降り注ぐが、氷の花がそれらを全て阻むとさすがに向こうにも動揺が走ったのが気配で分かった。
「だからお前ぇらのカス火力は意味ねぇって言ってんだろ」
瓦礫に埋もれ、胸部から鉄筋を生やしたルーカスが体の上に乗っかったバイクの下側を蹴り飛ばすと、なんて事のないように起き上がる。
立ち上がって歩きだす頃には胸部の傷は塞がっていた。
「色付きの化け物共め」
それを見た武装した集団のうちの1人が呟く。
コルトは状況の変化が早すぎてただ呆然とそれを眺めている事しかできないでいた。
「色付き?」
「魔力持ちの事でしょう。魔力があると体毛と目の色が変わりますからね」
「なるほどな。でも化け物はないだろ」
「貴様らのような神食いの外道を化け物と呼ばずしてなんと呼ぶ!人を捨て異形に堕ち毒を振りまく汚れた血族、神を冒涜してまで生きるその醜さ!我らが断罪し浄化せねば、神はお赦しにならないだろう!これは救済である!」
そして彼らは一斉に死による救済を叫び始めた。
コルトは少し、というよりかなり引いた。
勝手に神の代弁を喋っている上に、それがまるで頓珍漢だ。
なのに彼らはそれを信じて叫んでいる。
あまりにもよく分からなすぎて、コルトはルーカスが目の前で殺人を行った事を頭からすっぽり抜け落ちるくらいには困惑した、なんて反応をしたらいいのか分からない。
ハウリルも呆れたようにため息をついた。
「おやおやこれは、どうやら見当が外れたようですね、違うと思ったほうだったとは」
「交渉出来ねぇのは一緒だろ。それより、リンシア返さなくて正解じゃねぇか」
「えっ…えっ…!?」
2人の会話を聞いて、コルトは腕の中のリンシアを見た。
それから救済を叫ぶ彼らを見る。
そんなまさかと思いたい。
──えっ、あれが…リンシアの、仲間?
嘘だと思いたい。
目の前のあの集団がリンシアの仲間だとは思いたくない。
だが、リンシアは彼らをじっと見つめ、小さく”ととさま”と呟いた。




