第140話
青白い眼光に始まり、そこから首、胴体、手足の順で全身に走ったラインに沿って光が走る。
そして横たわった機械人形から独特の駆動音が鳴り始めた、その時だった。
一瞬にしてその光が真っ赤に変わり、強烈な甲高い悲鳴とも取れる機械音声とともに両上腕部が前方に突き出された。
「危ない!」
「うぉわっ!?」
「きゃああああああああ!!!」
その勢いで潰れた下腕が鞭のようにしなって振り回され、コルトはそれがぶつかる寸前で襟を掴んだハウリルによって回避される。
もう片腕はルーカスが瞬時に掴んだ事で誰かにぶつかる事は無かったが、突然の出来事にリンシアは泣き出してしまった。
コルトも突然の出来事に心臓が早鐘を打って収まらない。
コルトが動けないので、代わりにハウリルが魔力供給を断つように言うと、上腕を前に突き出した状態で止まっていた機械人形から人口音声が流れ始めた。
【当機及び周辺環境の異常を検知、強制停止プログラムを発動しました。データリンク接続テストを開始。不能。機体損傷率62%を超えるため、ローカルでのシステム修復は不能。バックアップメモリの損傷を確認、直前データを復旧しての再起動を開始します】
そして真っ赤な光は青白く変わり再度駆動音が鳴り始める。
今度はかなり静かな音だ、よく耳を澄まさなければ聞こえない。
「おいっ、これどうなんだ?大丈夫なのか?」
リンシアを抱きしめて震えるアンリの声にコルトは我に返ると、機械人形の先程の音声を反芻する。
「どっ、どうだろ……」
大丈夫かどうかの判断は正直つかなかった。
だが、つかないのであればここはもう破壊の一択だ。
ルーカスもすでに供給を止めているが、それでも動いているなら判断は早いほうがいい。
そう思って破壊するようにと口を開いた時だった。
【再起動が完了しました。驚かせてしまい申し訳ありません、当機の再起動に感謝を申し上げます】
突き出された上腕は静かに降ろされ、丁寧で穏やかな音声が返ってきた。
「ひぃいいいい!!喋ったぁ!!」
【誠に幸運な事に発声装置の損傷を免れたようです】
「おっ、おねえちゃん。ちょっと、くるっくるしっ!」
ビビッて力任せにリンシアをアンリが抱きしめ始めたので、ルーカスが機械人形を警戒しつつもアンリからリンシアを引き剥がす。
コルトもハウリルがゆっくりと後退したので、それに合わせて下がりつつ慎重に機械に声をかけた。
「コアも無い。電力供給もやめたのに、なんで動く」
【先にバッテリーを充電致しました。残り稼働時間は17分です。当機に攻撃と敵対の意志はありません】
「じゃあなんで攻撃してきたんだよ!」
【誤解をさせてしまい申し訳ありません。当機のコアを抜かれた当時の状態での再起動と、周囲の環境情報の適応のラグにより、行動変更に遅れが生じました。当機は人との敵対を望んでいません】
寝そべったまま繰り返し攻撃と敵対の意志がないと告げる機械人形。
だがそんな事を言われても信用できるわけもなく、だからと言ってこのまま問答無用で破壊するのもどうなのか。
もし防衛装置などが内部に組み込まれていた場合、己の危機に反撃をしてこないか、それならこのまま電力切れを待ったほうがいいのではないか。
そんな事を考える。
他の4人も初めての人どころか生き物でもないものが相手なだけに、対応に戸惑っているようだった。
しばらく沈黙が流れる。
【あれからどのくらいの時が経ちましたか?周辺の劣化状況から数十年という短い時ではない事は把握できます】
答えて良いのか迷っていると、ハウリルが先に口を開いた。
「数百年は経っているかと…」
【ありがとうございます。非常に残念です】
「…あなたはどういう存在ですか?」
【貴方の質問の意図に添えているかは分かりませんが、当機を始めとしたロンドスト社のヒューマノイドは人類の友人として設計運用されていました。当機はその中でもプライベートシリーズとして、当社社員夫婦ご息女のベビーシッターとして運用され、以降20年共にありました】
「失礼。分からない単語がありますが、あなたは20年に渡り人間の子供の世話をしていたという認識で間違いないですか?」
【問題ありません。当機は20年間ご息女の……シエルの友人として……】
機械人形はそこで言葉を詰まらせた。
人形のくせに人間の友人だと言う機械人形がコルトには不快だった。
【当機は守れませんでした。シエルを守るどころか、シエルに庇われ連れ去られてしまった。当機は役目を果たせなかった】
機械のくせに人間のような言葉を出す様子にコルトは怒りが湧いてくる。
──こんなの、人間に対する冒涜だ。ただのプログラムの分際で。
敵対意志が無いならこんなものはさっさと情報だけ抜き取って破壊したほうがいいだろう。
「お前の事なんてどうでもいい、それよりも周辺の地形情報を寄越せ」
「コルトさん、言い方ってものがあるでしょう」
「命令文で動くだけのただのプログラムに言い方も何もないですよ、元々情報目的で起動したんですからさっさと済ませましょう、時間が勿体ない」
ハウリルの手を振り払い、機械人形の前に立った。
【申し訳ありません。当時の地図情報はありますが、それを視覚情報として出力する方法を当機は破損してしまいました。代わりに目的地点への距離と方角を音声にて提示できます】
「ならそれでいい。神との交信装置はどこにある」
【申し訳ありません。当機はその情報を持っておりません】
「はぁ!?」
期待させておいて持っていないというのはどういう事だろうか。
どこまでも腹が立つ機械人形にコルトはイライラしてくる。
するとハウリルがコルトの肩に手をかけて後ろに下がらせた。
「情報を持っていないというのは、この街には無いという事でしょうか?それともあなたが場所を知らないだけという事でしょうか?」
【この街にはありません。当機が稼働する367年前に別の場所に移されたという記録があります。当社のメインサーバーであれば、移された場所の記録があります】
「断定できるのですね」
【元々当社の真の目的は神への反逆です。そのために、いずれ世界中の交信装置を使用不能にする予定でした。そのため各地の交信装置の場所をリストアップしています】
機械人形のまさかの言葉に、一同は息を飲んだ。
そしてハウリルがクックッと喉を鳴らす。
「面白い情報ですね。いつごろからその、ロンドスト社というのは神への反逆を考えていたのでしょうか?魔族の攻撃後でしょうか?」
【”マゾク”という固有名詞が当機の記録にありません】
「ふむ、山の向こうから来てこちらを攻撃してきた存在と言えば分かりますか?」
【該当存在の記録を確認しました。禁山を越えてきた存在を現代の言語で”マゾク”と呼称する事を記録しました、情報を整合して回答します。最初の攻撃は12年前です。当社はそれよりも前から反逆を考えていたと回答します】
それを聞いた瞬間、ハウリルが珍しく声を上げて高笑いをし始めた。
あまりの様子に少し引いてしまう。
「あはははは、素晴らしい。まさか2000年以上前から共族の中でも反逆を考えていたとは!」
「素晴らしくねぇよ。つまりこいつを作ったロンドスト社ってのと手を組めてれば、もっと話が早かったって事だろぉが。クソっ……、当時の奴らはなんでこっちの情勢を調べなかったんだよ、無駄過ぎんだろ」
【当社は反逆を隠蔽していました。当機のコアが狙われたのも、反逆が露見したわけではなく、純粋に政情不安による混乱からエネルギーを目的とした暴走によるものです。見つける事は困難かと思われます】
「隠蔽してたもんを何で今喋る」
【現在の状況から神は大地の管理を継続して放棄していると考えられます。それであれば、こちらの目的を告知し協力を仰いだほうが当社の意に沿うと判断致しました。目的が同じであるようで僥倖です】
「なるほど。あなたの言い方的に、そのロンドスト社というのは当時すでに神が不在である事に気が付いていた。だから反逆を考えた、違いますか?」
【それについては当社のメインサーバーにアクセスする事をお勧め致します。他の疑問についても、当機の残り稼働時間を考えればそちらのほうが早いでしょう】
「ではそのめいんさーばーにあくせす?というのはどこにありますか?」
【ここから北東直線6キロのオフィス街にある、ロンドスト社の本社ビルから直通エレベーターが通っています】
「6キロかぁ、ちょっと遠いんじゃね?」
「それまでに見つかったら確実に戦闘になるでしょうしね」
「そこからしか行けないのか?」
【地下鉄F08から上り線路の途中に非常用通路が通っています。ただそちらは通路が狭く、またF08構内も内部が入り組んでいるため初見者にはお勧め致しません】
「それはどちらに?」
【ここから同じく北東5キロにあります】
「対して変わんないじゃん」
がっかりした様子でアンリは項垂れた。
だが必要な情報を手に入れる事も出来た。
「なら早く行きましょう。道なりに行くなら6キロではすまないと思いますし、日が暮れる前に着きたいです」
「さっきまで気分悪そうにしてた奴の台詞とは思えねぇな」
「さっきまでは目標が無かったじゃないか!」
言い返すと、はいはいといった感じでルーカスは両手を上げた。
「お前はどうする?いやっ、まぁついてくるって言われても、ちょっと困るけど……」
怯えがなくなったらしいアンリが横たわる機械人形に問いかけると、”当機はこのままで良い”と返される。
【先程2000年という時が出ました、恐らくそれに嘘はないでしょう。当機が守りたかった彼女はもう当機のメモリーにしかいません。当機が稼働する理由がありません】
「……お前がそれで良いなら良いけどさ」
【人の感傷ですね、当機はその発露のプロセスを最後まで解析できませんでした。ですが、当機に心を寄せて頂いた事には感謝を述べましょう】
「おっ、おう、どういたしまして?……うーん、なんか調子狂う、変な奴だな」
【ご安心ください、少なくない数の人々がボトムアップ型AIである当社のヒューマノイドに同じ感想を抱いていました。時にはデモ隊との衝突もあったくらいです】
「そっ、そうか、あははは」
何を言ってるのか分からないとアンリが乾いた笑いを返した。
そして5人は出発の準備を始める。
すると機械人形のほうから待ったが掛かった。
こちらにはもう用は無いのに、なんなんだと振り返ると頭部の装甲パーツがゆっくりと開かれていく。
【サーバールームに行くのであれば、当機の認証キーをお持ち下さい】
「そういうのは最初に出せよ」
【申し訳ありません。外部公開されておりませんので、当機の思考条件から外されていました】
言い訳をする機械人形にイライラしながらも、コルトは頭部側に回ると中を覗いた。
そして機械人形が示したパーツを引っこ抜くと、工具箱の中の個別の部品ケースの中にそれを納める。
「色々とありがとうございます」
ハウリルが最後にそう告げると、機械人形は2回ほどボディライトを明滅させ、静かに消灯した。




