第139話
青く澄み渡る空とは対象的に、その下に広がる廃墟と化したかつての美しく整備された大都市は閑散とし、崩れた瓦礫の埃を時折り風が舞い上げ時折り視界を遮っていた。
今までで一番巨大で一番大都市としての原型も残っているが、そのせいでかつての状況も今までよりも具体的に想像できる。
だがそのせいでコルトの気分は過去最悪だった。
かつては多くの人々が行き交っていたであろうその場所はもはや見る影もなく、立ち並ぶビル群の窓ガラスの尽くが割れ、壁があっただろう場所とともに最高の風通しを実現している。
人間で例えるなら計画的に並べられた白骨死体のような状態だ。
多くの商業施設が並んでいたであろうストリートも、割れたショーケースの中身は空っぽで何が売られていたのかさえ分からないような有様だ。
風化したのか盗まれたのか、いくら栄華を極めようとこうなってしまっては残るものは虚無だけだ。
「ファランのとこもすげぇと思ったが、ここはその比じゃなかったんだろうな」
「それがこうまでなってしまうとは、なんとも物悲しいですね」
「コルト、大丈夫か?」
「……だい…じょうぶ……」
「いやっ、どうみてもダメだろ。なぁどっかで休めないか?」
真っ青な顔をしているコルトをみてアンリが前を歩く2人に声をかける。
振り返った2人もコルトの顔色を見て、瞬時に休息が必要だと判断したらしい。
左右を見渡して、一番形の残っているビルの中に入っていった。
中は埃塗れだったが、ハウリルが杖を一振りすると一陣の風が吹いてあっという間に細かいゴミが外に出ていく。
そして店のバックヤードだっただろう場所に唯一残っていたボロ布と化したソファにコルトは座らされた。
「大丈夫か?どうしたんだよ」
「ちょっと休めば大丈夫だよ」
「そういう問題ではありません。何が原因なのか分からなければ、対処も作戦継続もできませんよ」
「うぅ、すいません…。その…この規模の都市が前はどうだったのか知ってるので、その……。休めば大丈夫なのは本当です、慣れると思うので」
「…分かりました。それなら気にすることはありません。街の中には入れましたし休める時に休みましょう」
ハウリルがフォローを入れるが、それでも申し訳ないという思いが消えない。
リンシアもあまりに顔色が悪いせいか、大丈夫?と前にしゃがんで顔を覗いてきた。
「大人しく横になってろって。ちょうど色々見てみたかったし、つーわけで私はちょっと店の中見てくるわ」
「なら俺も行く。面白そうだ」
するとリンシアも立ち上がろうとしたが、何を思いとどまったのかそのままの態勢で止まり、コルトとハウリル、そして2人の顔を交互に見始めた。
2人についていきたいが、ダメと言われないか心配なようだ。
「リンシアも一緒に探検するか?」
「もともと俺にひっついてる予定だったろ」
「ここはわたし1人で大丈夫ですよ、行ってきなさい」
アンリが手をだしハウリルが頷くと、途端にパァッと顔を明るくしてリンシアは差し出された手を取った。
そしてもう一方の手でルーカスの手を握ると、ウキウキとしながら3人は店の奥に消えていく。
それを見送り静かになった店内、コルトはハウリルに断りを入れて少し横になった。
「おぉ、すげぇ!なんて言えばいいんだこういうの、1階から上まで天井が無い!」
「吹き抜けって言うらしいぞ。こうすると視界が開けるから広く感じるんだとよ」
アンリとルーカスとリンシアの3人はさらに奥に進んで店を抜けると、3方に通路が走った吹き抜けのホールにいた。
かつては1つの複合商業施設だったのだろう。
通路の両脇にいくつものテナントスペースが並んでいる、残念ながらそのほとんどが崩れてしまっているが…。
アンリはそのうちの1つに入ると、瓦礫から何かが飛び出しているのを見つけた。
それが何かと近づいて確認すると、慌ててルーカスを呼ぶ。
「ルーカス!何かが瓦礫の下敷きになってる!」
「何かってなんだよ。リンシア、危ねぇからちょっとそこで待ってろ」
「分かんない。何かは分かんないけど、なんか人の手っぽくないか?」
「どれ……。あぁ確かに手っぽいが、義手か?お前らは取れたら生えてこねぇからそういう研究してるって話を前に聞いたが、アイツラが考えるならここの奴らは実用化してそうだしなぁ」
「なら一応瓦礫から出してやろうぜ。このまま放っておくのも寝覚めが悪いし」
「たくっ、しょうがねぇなぁ」
呆れたような口調だが、迷うこと無く瓦礫を持ち上げるルーカス。
そして下から出てきたのは、義手を持った人体ではなく、人を模した材質不明の人形だった。
アンリはそれを引きずり出すと、ルーカスは瓦礫を元の位置に戻す。
「人じゃないつーか、人形!?」
「この中身は機械か?コルトに見せればなんか分かんだろうが」
「機械?えっ、じゃあそれってあの観劇の話みたいに人形が勝手に動くのか!?」
「かもしれねぇな」
「こいつが人みたいに動くの!?キモっ!?」
アンリがヒッと声を上げると、店の入口から様子を伺っていたリンシアがそろりそろりと近づいてきた。
そして機械の人形を見ると、あっと声を上げる。
知っているようだ。
「オートマタっていうんだよ、人の代わりにおしごとするんだよ。昔はいっぱいあったんだって。お胸にある”こあ”が色んなものに使えるから、ととさまたちが探してるけど最近はぜんぜん見つからないって言ってた」
そういってリンシアがオートマタの胸元を指差すが、確かにそこにあるはずのコアは抜き取られていた。
「そのコアってのは心臓みてぇなもんか?」
「”どーりょく”って言ってた。ないと動かないって」
「なんでそんな大事なもんを剥き出しにしてんだ」
「とりあえずコルトのところに持ってってみるか?」
「それはいいけどよ、アンリが持ってけ」
「えっ、こういうのってルーカスの仕事じゃね!?」
「見つけたのはお前だろ」
「えぇ、だってなんかキモいじゃん。私よりデカいし無駄に人っぽいからあんま持ちたくないんだけど」
「俺だってこんな不気味なもん持ちたくねぇよ」
お互いに初めてみた機械人形の運搬をやりたくないので押し付けあってみる。
そうしてしばらく牽制し合ったところで、ふとアンリが気が付いた。
「つーか、ルーカスなら普通に魔法で触らずに運べんじゃね?」
その言葉にルーカスは驚いた猫のような顔を返す。
「やっべ、魔法使うの制限されすぎて素で忘れてたわ」
「大丈夫かよ……」
「割りとマジで考えつかなかった、やべぇかなり凹む」
そう言いながらも立ち上がると周囲で風が吹き始める、そして横たわった機械人形も浮かび上がった。
リンシアの顔がパァッと晴れ渡り、すごいすごいと飛び跳ねた。
「うしっ、一回戻ってこれ置いてから他回るか」
「了解」
「りょーかい!」
「やたら戻りが早いと思ったら、何ですかこれは」
壁に凭れるように置かれた不気味な機械人形を見てハウリルはそう溢した。
薄暗い室内で、どこに視線が向いているのか分からない人ではない人っぽい人形に、さすがのハウリルも口元がヒクついている。
「そもそもなんで持ってこようと思ったのです、質の低い討伐員ですか」
「コルトならなんか分かるかなって」
とソファで3人が戻って起きたコルトを見ながらアンリが言うと、ハウリルは頭を抱えた。
「動かないのならさすがのコルトさんでも分からないと思いますよ」
「んなもん、コルトにしか分かんねぇだろ」
「分かったとしてもその情報が何の役に立つというのです」
「うーん、周辺の詳細なマップくらいは持ってるかも?」
コルトは体を起こすと自動人形を見た。
どうみても一般人も立ち入り可能な場所で、一番重要なコアだけ抜かれて放置されていたものだ。
運搬が面倒だったとしてもこれだけ長期で放置されていたものに重要な情報が入っている可能性は低い。
とはいえ、人体を模したものであるなら移動を前提としている。
当時の地図情報を持っている可能性は高い。
だが経年劣化が心配だ。
通常機械はどんなものでも20年も使えば色々と部品に限界がくる。
そしてこの人形が製造されたのは少なく見積もっても数百年前だ、普通に考えれば通電したところで動かない。
だがコルトはふと、その例を覆す実例があることを思い出した。
教会にある培養槽だ。
稼働年数がそのレベルらしいので、近い技術が使われているなら長年野ざらしで放置されていたとしても動く可能性がある。
「一応見てみるよ」
「えっ、いいのか!?あっ、でもお前調子悪いんだろ?今すぐじゃなくても…」
「大丈夫。何か作業してたほうが余計なこと考えないから」
「そっ、そうか…?」
コルトは鞄から工具を取り出すと自動人形を床に横たえた。
胸のパーツが動力コアであるなら、まずその付近の配線の確認をしたほうがいいだろう。
胸部の表面カバーをこじ開けると、みんなが周囲に集まってきた。
「こいつ、オートマタって言うんだって、コルトは知ってるか?」
「まぁね。こっちが何も言わなくても、人って定期的にこうやって人型機械を作りたがるし、まぁ大体いつも作っては失敗してるけどね」
「失敗?」
「人工知能。簡単に言えば機械に人間の思考や知性を乗せようって技術があるんだけどね、大体こういうのってそれを乗せるのが前提なんだよ。それで人体よりも強い機械人形に人間の思考を乗せたら、まぁ成り代わろうとするよね」
「ええええ、なにそれこわっ!?じゃっ、じゃあやっぱりこれうっ、動かさなくていいぞ!?」
「これは大丈夫じゃないかな、コアが無いから動力握ってるのはこっちだし。人間と違って動力無ければその場で動かなくなるから」
あとはまぁいざとなれば目の前の魔族がどうにでもするだろう。
破壊に関しては右に出るものがいない。
「ふむ。なぜ失敗するのに何度も作りたがるのでしょうか」
「技術自体は便利なんですよ。その結果で失敗するのは学習の方向性を間違えたか、運用方法に問題があるのか。僕は興味無いんで知りませんけどね」
生き物でもないものの過程に興味は無い。
だから結果だけを見て人の滅びが見えたら、管理者権限で技術自体を消す。
それだけだ。
そんな事を思いながらコルトは人形全体の状態を見ていく。
コアパーツの部分を見る限り、全体的な動力は結局は電力を使っていたようだ。
この人形の大きさに対して、この小ささの発電システムで足りてしまう事に驚いた。
──僕が寝てる間に発展した技術なのかな、ミスリルやオリハルコンとかそっち系だと僕でも分からないし。
そのほかの部分は瓦礫の下敷きになっていたせいか、手足は潰れてしまっているが、重要な頭部と胴体の強度はかなり高いようでその辺りの中身は驚くほどきれいな状態だ。
これなら電力供給で頭部の再起動くらいはできる可能性がある。
コルトはコアパーツの土台を取り外すと、中から電源ケーブルを引っ張り出して己の魔力を流した。
だが案の定というべきか、魔力量が全く足りない。
「コルト。顔がすっげぇ事になってるぞ」
「魔力が足りなかったのでしょう。そうなると手段は1つですからね」
「はっはっはっ、どうした。俺の魔力が欲しいか?」
ニヤニヤしながら手を差し出しているルーカスに、コルトは苦虫を噛み潰したような顔で配線を渡す。
「壊すなよ!!」
「分かってるよ」
そうしてルーカスが電力変換した魔力を流し始めると、人形の目の部分が発光し始めた。




