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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第6章
137/273

第137話

天を衝く摩天楼。

かつて人は超高層ビルをそう形容していた。

以前であれば表面からちょっと飛び出ただけで何を言っているのかと思っていたが、肉の身体を得た今であれば、そう形容したくなるのも分からなくもない。

人の繁栄の象徴であり、技術進化のわかりやすいシンボルでもある。

そこに何か特別なものを感じやすいのだろう。


そういうわけであれから2ヶ月。

コルトの正体と自覚がはっきりしたが、各人の性格もあってそれで何かが変わるということはなかった。

逆に変わらなさすぎて拍子抜けしたというのは、ハウリルの言だ。

強いて言うなら、リンシアが時々コルトの様子を観察するような視線を隠れて向けてくることと、被造物への攻撃者という敵認識と己の失敗を認めたくなかったという八つ当たりから来るもの、とコルトの魔族へのあたりの強さへの理由に大雑把な言語化がされたので、若干ルーカスへのあたりが和らいだくらいだろう。

それでも反射的に強く出ないこともないが、中身が神ならしょうがねぇとルーカス側が完全に諦めた。


そして現在5人は例の都市の手前の廃墟街にある残っていた中で一番高い建築物の天辺、地上200階ほどの高さで各々単眼鏡を手に持って都市の方向を覗いている。

ちなみにこの単眼鏡はいくら高いとは言ってもさすがに距離がありすぎるので、知識提供したくは無いと言った同じ口で視力調整可能なルーカス以外の分をリンシアに作ってもらったものだ。

ラグゼルにはもっと高性能なものが一般でも手に入るし、まぁいっかと思ったのもある。

なので双眼鏡にしようかとも思ったが、リンシアに無理はさせられない。

実際に4つ分作り終わったところで、ふにゃふにゃとへたり込んでしまったので判断は間違っていないだろう。


「おぉすげぇ、本当に遠くまで見える。リンシアすげぇじゃん」

「えへへ。あっ!わね、あのおっきな輪っかの白いの見たことあるよ、まえにゴノさんが見せてくれたの」


子供だからなのかは分からないが、先程までへたり込んでいたリンシアが単眼鏡を覗きながら興奮して身を乗り出すように声を上げている。

巨大なビルを囲むように地面から白いアーチが伸びている謎のオブジェが見えるので、おそらくそれのことだろう。

そしてそのリンシアの服の裾を掴んで落ちないように、一人手ぶらなルーカスが支えていた。

そんな中途半端なことをするなら、いっそ抱き上げればいいのにと思わなくもない。


「あの中心にあるヤツか。なんであんなもん作ったんだ、邪魔すぎんだろ」

「色々できるようになると、人はついつい無駄に装飾を増やしたくなるのです」

「無駄に余裕に溢れて羨ましい話だよ」

「全く同感です」

「街のただのシンボル的なオブジェにそこまで言わなくても……」


あぁいった象徴になるようなものが物理的にあると、結束感が生まれやすいのか色んなところで作られていたような事を思い出す。

人の精神を支えるものとして決して無駄という事はないはずだ。


──そういえば僕モチーフの何かを作りたいって話もされたっけなぁ。かと思えば作ることを人の間で禁止してみたり、よく分かんなかったな。揉めなければなんでもいいけど。


「……そんでどうすんだ?」

「先ずは偵察をお願いしたいです」

「偵察って何すんだ?どうせみんなで行くんだからこのまま行けばいいじゃん」

「地形情報が欲しいかな。どこに何があるのか予め分かってるほうが行動しやすいし」

「可能な限り詳細な情報が欲しいですが、あそこは今戦場なんですよね?」

「いやっ、見えてる範囲じゃ何もねぇな、音も聞こえねぇ。休戦中か?」


ルーカスはさらによく見ようとしているが、やはり何も見えないのか両手を上げて肩を竦めた。

コルト的にはそちらのほうがありがたい、正直戦場のど真ん中なんかには行きたくない。

何よりもこちらにはリンシアがいる。

銃撃戦を予想して、一応魔石で対策はしているが、本当に有効なのかは実際の場になってみないと分からないし、出来ればそんな状態にはなって欲しくない。


「そうですか。多少は安心しましたが、油断はできませんね。すでに片側が制圧済みか、お互い様子見で均衡を保っているのか……。それともすでにあそこは用済みか」

「はっ、一番ヤベェ想定しときゃ何でもいいだろ」

「戦闘用種族は気楽でいいよね」

「魔神に言え」

「仲良しの主張は今度お願いします。それはともかく、ルーカスは偵察を、コルトさんはメモを貸してください」


笑顔のハウリルの圧にコルトは言い過ぎたと気まずくなり、カバンの中からメモとペンを取り出すとルーカスに渡す。

ルーカスも無言でそれを受け取ると、早速試し書きをしている。


「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。一番欲しいのは地形情報か?」

「人がいるかの確認もお願いします。それと、遅くても明日の昼までには戻ってきてください」

「明日の昼かよ。まぁ俺も夜のほうが活動しやすいけどな」


そういうとルーカスは縁に足をかけ、そのまま歩き出すようにして浮き上がると、急上昇してあっという間に見えなくなった。

そしてその場に4人が残されたのだが。

コルトはふと気付いた。

ここは地上200階の廃墟の上である。


「……あのっ、どうやって降りるんですか?」


いくら降りるほうが楽と言っても2人はともかく、コルトとリンシアはここから降りる方法がない。

ちなみにここにはアンリは壁を走ったりしながら自力で、ハウリルは魔術で飛び上がるように跳躍を繰り返し、コルトはいつも通りリンシアを抱きかかえたルーカスに荷物のように運ばれた。


「何を言っているのです。降りませんよ」

「えぇ!?」


まさかの降りない宣言にコルトは素っ頓狂な声を上げた。

さすがのアンリもちょっとビビっている。


「当たり前でしょう。あそこと目と鼻の先ということは、いつ誰に補足されてもおかしくないのですよ。地上にいるよりは安全です」

「でもそれって逆に言えば逃げ場が」

「ここまで彼らが上ってくる時間と労力を考えれば、そうそう攻められませんよ。仮に攻められても、ここに到達するまでに隣の廃墟にあなたたち2人を逃がすくらいはできますよ。そもそもわたしたちはあそことは全く無関係の第3者ですよ。いきなり第3者が空から介入してくるかもしれないとこんな高さまで偵察しながら何十年も戦い続けているのは……それはそれですごいかたたちですね」

「なんでちょっと感心してんだよ」


すかさずアンリが突っ込んだ。

確かにそれを言われると、ここにいるほうが安全かもしれない。


「うっ、納得…はしました」

「高さが怖いのなら壁のある階下に移動しますか?登る補助よりも降りる補助のほうが簡単なので、わたしでも下ろすことはできますよ」

「いえっ、大丈夫です……」


それをするのはさすがに情けなさ過ぎるという思いが強い。

コルトは諦めて野宿の準備をすると、視界のすみで高所でも元気に跳ね回ってアンリと引っ張り回すリンシアが映った。






「腐乱臭がキツくて地上に降りたわけじゃねぇが、結構地下にも色々ありそうだぞ。地面が崩落してすげぇデカい穴が空いてたから間違いねぇ」


翌日戻ってきたルーカスの報告を聞きながら、全員で昼食を取っていた。

とりあえず誰かに見つかる事もなく上空から雑な地形図を描いてきたので、特にアンリは先程からずっと熱心にルーカスが描いた簡易地図を見つめている。

それなりの規模の街なので全ては無理だったようだが、全く分からないよりかはマシだろう。

かなり雑な地図である事だけが気がかりだが……。

そしてそれを持ってきた当人は腐乱臭がキツかったと言いつつ肉に齧り付いていた。

3年前の惨事では多くの人が現場の凄惨な状況にしばらくまともに食事が取れない状態だったのを見ているので、問題なさそうに食べる姿にコルトは少し感心しかけたが、やっぱり駄目だったようでそのあとすぐにビルの端まで行って吐いている。

それを見てそんなに酷いのかと憂鬱な気持ちになったが、ルーカスが口元を拭いながら気配が分からなすぎて嗅覚を上げたらやられたから、共族なら大して問題じゃねぇと気休めを言ってきたのでそれで多少は安心する。


「あとやっぱ人がいる、魔力がねぇから詳細な位置は全く分からねぇのに、気配だけは感じてすっげぇ気持ち悪ぃ。同一勢力なのか、それともお互い様子見で膠着状態なのかも分かんねぇ」

「腐臭がするならそう日数も経ってないでしょうから、まだいるでしょうね。人数の多い場所などもわからない感じでしょうか?」

「分かんねぇって言ってんだろ、衣擦れとか多少の足音が聞こえるだけだ、会話すらねぇとかお前ら共族怖すぎんだよ」


コルトはそう言われるとそうなるよね、と一人思う。

共族の持つ簡単に言えばテレパシー能力であれば、口に出す会話の必要性は一切無い。

戦場でお互いの五感情報の共有を全員がリアルタイムで行えるのであれば、まぁこういう事にもなるだろう。

実際ラグゼルでも隊の規模を問わずチーム行動をするのであれば、通信兵として必ず無魔が一人はいる。

物理的な障害などを全て無視して大雑把な方向と通信可能距離さえ間違えなければリアルタイムで連絡が取り合えるので、単独任務では欠かせない人材だ。


「クソッ、竜人がいくら魔力特化でも魔力がねぇ奴を探すのがこんなにキツイとは思わなかった。こういうのはネフィリスとか目や耳がいい奴らの領分だ」

「そんなにダメですが」

「駄目だな。まぁ代わりに俺らのいる場所と反対側の街とは関係ねぇ…あの辺だ、空からだと明らかな人工物が丸見えだったぜ、多分拠点かなんかだろ」


そう言ってルーカスはコルト達のいる場所から東のほうの小さな山脈を指さした。

ここからだと距離がかなりある上に、森としてもかなり深そうだ。

そして記憶の地形情報と合わせて考えると、あの辺はリンシアが流れてきた川の上流に近い。

つまり、リンシアの仲間達の可能性がある。


「そちらは無視しましょう。戦力的に影響が無いなら気にしても仕方がないです」

「えっ、ちょっと待って下さい!?」


リンシアの家族がいるかもしれないのに、無視を提案するハウリルをコルトは慌てて止めた。


「あの辺にはリンシアの仲間がいるはずです!なら今のうちに返したほうがいい、戦場に子供を連れて行くなんてどうかしてる!」


場所が分からないなら連れて行くのもギリギリ許容できたが、返せるなら可能性があるなら話は別だ。

ただの幼い子供であるリンシアをこのまま連れて行くのは正気の沙汰ではない。


「そう言われるとそうだよな。仲間のところに戻れるなら、わざわざあんな危なって分かってるところに連れてく必要ないよな」


アンリも同意の声を上げながらうんうんと頷いている。

やっぱりそうだと安心したが、肝心のリンシアが不安そうな顔をし、大人組も難色を示した。


「逃げてきたところに返すのは酷くねぇか?」

「リンシアさんのお仲間って神の名のもとに自分たち以外の人間の殺戮を正当化している集団ですよね?戦闘を避ける努力をする戦場よりも、そちらのほうが危険だと以前お話したと思いますが」

「そんなのルーカス一人が行けば関係無いじゃないですか」

「何度も言うが痛ぇもんは痛ぇからな!?」

「そういえば彼らは魔族を使徒としているなら、死なないルーカスを見て返してくれないかもしれませんね」

「共族如きに捕まるかよ」

「そのごときに捕まっていたそうですね」

「…あっ、あれはなぁ!こっちに渡ってきて必要な魔力が無かったんだよ!」

「再生過程で魔力を使い切らないといいですね。そういうわけでわたしとしては同意できません。子供を戦場に連れて行くこと自体の非についてはご尤もだと思いますが」


もっともらしい事を言って反対する2人。

それでもコルトは感情としては引き下がりたく無かった。

まだこれから未来あるリンシアをむざむざと殺されたくはない。

すると突然服を引っ張られた。

視線を向けるとリンシアがコルトの服の裾を掴んで、真っ直ぐに顔を上げてみている。


「わは…わを置いてかないで」

「置いていくって……。そうじゃないよ、リンシアは帰るんだ。危ないところに連れていけないよ」

「でも、でもでも…神さま」


泣きそうになるのを必死に我慢しながら、神さま置いていかないでと繰り返している。

神と勝手に呼ばれているだけなので、そう言われても困ってしまう。

再三言うが今のコルトにそんな力は無いのだ。


「リンシア、ここは子供がいちゃいけない場所だ。ちゃんとおうちに帰らないとダメだよ」

「やだ、やだ!おうちに帰ったら、わのお願い叶えてもらえない!」

「そんな事は無いよ、ちゃんとリンシアのお願いも聞いたし、ちゃんと叶えるよ」

「ちがうもん!神さまのおうちでちゃんとお願い聞いてもらうんだもん、おねえちゃんもおにいちゃんもおうちに行くんでしょ?わもちゃんとおうちでお願いする!」

「どこだって変わらないよ」

「ちがうもん!」


断固として譲らないリンシア。

なら先程同意してくれたアンリに助けてもらおうと顔を向けるが、微妙な顔をされてしまった。


「アンリ!?」

「うっ、ごめん。分かってはいるんだけど、ルーカスやハウリルの言うことも一理あるなぁって思うし、あと子供って子供だからで大人と違うことやらされんの嫌いだし、結構それ覚えてるし…」

「でも危ないのは分かってるよね!?」

「分かってるけど、でも結局それってルーカス次第じゃん?」


そう言ってアンリはルーカスを見た。

コルトはそれを見てまたコイツか!と怒りが湧く。

ルーカス次第で行動が決定してしまう現状が不満で仕方がない。

これだから個体の強さを突出させたくないのだ。

個人の思考で全体の行動が決まってしまう。


「リンシアを守るか否かとか、当たり前過ぎて疑問にすら思わねぇよ。ガキは守る、それでいいだろ」

「絶対なんて無いんだよ、それなら確度の高いほうを取るに決まってる」

「そんでこいつの意志を無視すんのか?」

「リンシアは幼いんだよ、まだ大人が決めないといけない時期だろ!」

「考え方の違いだな。俺はコイツがガキだろうが、悪いと分かってても逃げてきた事を尊重する。こいつが自分の意志で降りねぇ限りは、死なないように守るだけだ」

「物事の判断がつかない時期の選択を尊重って、馬鹿なのか?」

「俺はこいつの親でもなんでもねぇぞ、そんな善悪の判断まで介入する気はねぇよ。ねぇけどコイツを拾ったのは俺だから、拾った責任だけは取ってやるって言ってんだよ。それでも気に食わねぇなら、何かあったらお前が力を取り戻した後に俺を殺せばいいだろ」

「見つけたのは僕だろ!?それにお前の命が代わりになるとでも思ってんのか!?」

「思ってるね。いいか、忘れてるかもしれねぇが、俺は魔族の1位と2位のガキで、魔族存続の計画に生まれる前から組み込まれてんだぞ。魔族全体背負ってんだ。それでも足りねぇって言うのか?お前は言うだろうな、お前は俺の神じゃねぇ、他人だ」


他人。

そう、他人だ。


リンシアは共族だからコルトの庇護対象で、ルーカスは魔族だから他人だ。


何の繋がりもない。


「なら、なんでお前は他人のために命を掛けるんだよ」


理解ができなかった。


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