第136話
世界が大変なときに肝心の管理者は何をやっていたのと聞いて、その回答が”寝ていた”では怒るのも仕方ない。
誰が同じ立場でも怒るだろう。
だがコルトにも言い分があった。
「だって完成形が分かってたり2個体での共同作業って言っても、云十億年掛かる星の安定化と環境整備を500万年まで頑張って短縮したんだよ!?そのあとすぐに生物の創造を始めたら、ぜんっぜん魂が定着しなくてあれこれ試行錯誤して、なんとか共鳴力で無理やり成立させたと思ったら、そっから一番複雑な人体にさらに20万年くらいかかったし」
合計で結局600万年くらいかかってようやくスタートラインに立てたのだ。
そこからさらに色々とあったが、20万年ほどでようやく自分がいなくてもなんとかやっていけるのではないかというところまで来た。
それでふと思ったのだ。
ちょっと休憩したい。
600万年以上不眠不休で頑張った。
人の誕生からここまで付きっきりというのは例が無いが、他は結構放任しててもなんだかんだで回っている。
なら自分だって寝てもいいだろうと思ったのだ。
それなのに……。
「起きたら作ったものが全部壊れててさ、さすがに冷静でいるほうが無理だよ!」
土地も人も荒廃し、そればかりか知らない力を保有して使用し肉体が変質している者までいる始末である。
それはもうビックリだった。
「まっ、まぁ…なんだ……悪かったって……」
「本当に悪いと思ってんの!?」
「落ち着いて下さいコルトさん。ルーカスも当時の当事者でない以上、実感を持てというのは酷でしょう。わたしだって侵攻時の共族同士の殺し合いを反省しろって言われてもできませんよ」
「…ぐぬぬ」
ハウリルの言う事はもっともなので、コルトも少し冷静になった。
その冷えた頭で考えれば、そもそも肉体に移る前に1度アレに状況の確認をすれば良かったのだが、うっかり冷静さを欠いてさくさくと既存の肉体に移ってしまったのはコルトの落ち度だ。
それをしなければ17、8年前には事態が収まっていた可能性がある。
それで現状しなければいけないのは魔神を止める事だが、考える事はみんな同じようで。
「それで、力を取り戻した後ですが、魔神を止めていただけますか?」
ハウリルがさくさくと話を進めてきた。
「もちろんです、それだけは絶対になんとかしないとどうにもならないと思うので。ただ…」
力を取り戻すと言っても肉の身体に収まっている状態では限界がある、作り直すにも今からでは彼らの寿命が来るほうが先だろう。
だからって肉体を破棄すればいいかと言うとそうでもなく、様子はある程度分かっても干渉はできない。
南半球は完全にアレの支配圏であり、赤道部を一周する大瀑布はお互いの力がお互いの領域に影響を及ぼさないように設けたもので、最低限の星の維持の繋がりしかない。
そんな状況で脆弱な肉体状態とはいえ神自身が相手領域に侵入するということは明確な侵略行為だ。
間違いなく全面戦争状態になる。
現状の共族の技術力ではとても魔族には対抗できない。
とはいえ、それ以前の問題がある。
「向こうに渡る手段をどうするかです」
いくらそれらを考慮したところで、そもそも大瀑布を超える手段が無ければ話にならない。
「んなもん、また竜に乗っていけばいいだろ?」
何アホ言ってんだという顔をルーカスがするが、それはコルトの台詞だ、
「瀑布の中間地点で向こうの領域に入るんだぞ。僕が竜の背中にいるって向こうが感知した瞬間に、その竜を操るなり殺すなりすれば僕ら全員真っ逆さまだ。お前一人で僕ら3人をそこから拾って対岸に渡れるの?」
そう指摘するとルーカスは少し考えてから、無理だな、と呟いた。
コルト自身の気配を隠せればこの手も使えたかもしれないが、残念ながら”隠す”という行為そのものに必要性がなかったため、そちらに関してコルトは完全に門外漢だ。
「ならどうすんだよ。竜がダメなら向こうに行く方法が無いじゃん」
「というより、その理論ならルーカスの同行も無理では?仮にルーカスに乗って対岸に飛行可能でも、肝心のルーカスを途中で殺されたら同じ結末ですよ」
完全に手詰まりではないですか、と肩を落とすハウリル。
コルトはそれに今いるこの地がどこなのかと改めて言う。
「ここは共族が繁栄を極めた地ですよ。空と飛ぶ手段なんていくらでもあります」
「そういや街も浮いてたんだっけ、なら飛ぶ手段くらいあるか」
山脈越えをさせないために飛行禁止空域として、一定高度での気流を全て乱気流にしているが、かつてはこの地域を多くの多様な航空機が飛び回っていた。
こちらに動く現物がまだ残っているとは思えないが、人さえいればどうにでもなるだろう。
──そういえば竜に乗ってる時に乱れを感じなかったけど、それも全部魔法で無効化されてたのかな。厄介だな。
そこでふと、リンシアが目を輝かせていることに気が付いた。
輝く視線に気が付いて顔を向けると、嬉しそうに”おそらとぶの?”と聞いてくる。
「おそらとぶの知ってるよ、ひこーき!」
「ヒコーキ?」
「知ってるの!?」
うんうん、とリンシアは頷いた。
「ととさまが前にいってた、すっごくまえはひこーきがたくさんお空を飛んでたんだって!わもね、前に絵もみせてもらったよ。すっごく大きなとりさんだったよ!」
そう言ってリンシアは地面に長い胴体と両翼を持った絵を描いた。
シンプルで拙い絵だが作りが簡単で一般的な航空機だ。
「ととさまね、この大きな鳥さんが欲しいんだって」
リンシアの父親が欲しがるのだから、その用途は言わずもがな。
十中八九、爆撃機といった攻撃機、戦闘機だろう。
結局、人を殺そうと思ったらそういう用途を思いつかないわけがない。
げんなりしてしまうが隣の生きた戦闘機を見て、これに対抗するならいずれは必要かとコルトは頭を振って気を取り直した。
「さすがにもう動く機体は無いと思うけど……」
「新しいの作るの。でも見本がないと作れないから、がんばって探してるんだって。でもほとんど壊れちゃってるし、としのダアトのせいでいろんなところ探せないって」
「……うーん、それでも仮に見つけても巨大すぎて簡単に持ち運べないと思うけど」
「本体ではなく設計図の可能性は?材料は共鳴者ならどうにでもなるのでしょう?それならわたしたちでも持ち運び可能なのでは?」
「なるほど」
「それとリンシアさん。もしやあなたの仲間はそれがある場所で戦っていたりしませんか?」
「わかんない。でもずっとあそこでダアトと戦ってるってみんないってたよ」
「殺し合いの中心地で宝探しなんてしたくねぇんだが。つぅか、コルトが神なんだから直接その設計図をラグゼルに渡せばいいじゃねぇか。あそこなら確実に作れんだろ」
「今の僕は設計図持ってないよ、そういう細かい知識記憶は別枠保存してあるから。それとは別に僕はもう人に知識を提供する気は無いよ。僕に依存せずに自立をするなら、人には自力でそれに辿り着いて欲しい。一応破壊されてても以前のものを消す気は無いから、頑張って発掘してよ」
ラグゼルがある以上、過去に提供した知識を一律でとりあげてしまうと、大量に死人が出てしまう。
それに提供すると決めたのはコルトなのに、コルトの都合でやっぱり無しというのは、いくらなんでも都合良すぎるだろう。
「ぶん投げやがったぞ、コイツ」
「……建前上それも仕方がないですね。与えられた試練として頑張りましょう」
「じゃあ装置を探すって目標の他に、そのヒコーキ?とかいう設計図を探すのも追加された感じか?」
「こんなこと言っておいてなんですが、設計図はついででもいいでしょう。最悪コルトさんに神の力を戻してもらって、他を説得する材料を得てからこちらに人を派遣して人海戦術という手もあります。その場合、こちらの勢力との対立も今回で解決しておいたほうがいいかもしれませんねぇ」
それが並大抵の事ではないことを十分に理解しているので、珍しくハウリルはめんどくさそうな態度を隠さない。
「アンリ。どう考えても当初の報酬に見合わねぇ過剰労働だから、リンデルトにふっかける報酬考えとけよ」
「いきなり言われても何も思いつかないけど、なんか考えとく」
「ふふふ、楽しみですね」
「お前は関係ねぇだろ」
「そんなことはないですよ。あなたたちとは別枠で交渉していますので」
当たり前でしょうと言わんばかりである。
それに苦笑すると、リンシアがモジモジとしていることに気が付いた。
この子はあまり自己主張しないと思いつつ、どうしたのかとこちらから促すと、自分も空を飛びたいとか細い声で言う。
「お前らって空飛びたがるよな」
自由に飛び回れる奴がそう言うと、アンリが呆れた視線を向けた。
「そりゃそうだろ。空飛べたらどこにでもいけるんだぜ?そんな事言うならリンシア乗せてちょっとその辺飛んできたらいいじゃん」
「飯どうすんだよ」
「ご覧のありさまなので時間ありますよ」
「ごっ、ごめんなさい」
改めてひっくり返ったままの鍋を見て謝罪する。
アンリの手も軟膏を塗っただけなので、包帯などまだやることがある。
なのでコルトからもお願いをすると、ルーカスは溜め息をついて背中を向けてしゃがんだ。
「ほらっ、乗れ」
リンシアはそれを不思議そうな顔をしてみている。
そういえば魔族だとは言っても具体的なことは何も説明していないことに思い至る。
なので不思議な力でルーカスだけ飛べるんだよと、背中をそっと押すと、少ししてから嬉しそうに駆け出して背中に飛びついた。
おんぶするような形で立ち上がると、そのあと周囲をふわっと風が拭き始める。
「準備が終わりましたら魔法を打ち上げますので、そうしたら戻ってきてください」
「あいよっ」
「いってらっしゃい」
「いっ、いてきます!」
そして2人は空へと飛び立った。




