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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第6章
135/273

第135話

結局のところ、記録の中の人間しか知らなかった。

模倣元の実物を見たわけではない。

記録を再現した後の個人と対話をした事も無い。


人のことを考えているといくら口で言っても、実際には人を知らない。

ただこうしたらいいだろうと、創造した者として被造物に押し付けただけだ。


これでは”人のことなんて全く考えていない”と言われても仕方がない。


「僕は人の言う神です。馬鹿で愚かな神です。自惚れて何も見えてなかった。記憶も力も失う程に人の肉体が脆弱な事にすら気付きもしない、独り善がりな大馬鹿者です」


自分で言ってて泣きたくなった。

システムとして構築された”神”と人が呼ぶモノの中でも、自分はさらにそういったモノが欠落していた側だ

今ならアレが壊れてしまったのも分かる。

これほどまでに肉の影響を受けるとは思わなかった、そもそも想定していない。

これは耐えられない。

アレは他と比べても感受性が強い。

肉を得て感度が高まれば壊れてしまうのは容易に想像できる。


コルトの告白に3人は顔を見合わせた。

予想はしていても、いざ本当にそうだと言われても実感が湧かない。


「…その…さ…。泣くなよ…、悪気は無かったんだろ?」

「でも取り返しがつかないんだよ」


時間遡行ができない訳では無い。

だがそれをしたところで今のこの状態があった事実は上位レイヤーでは変わらないし、何より目の前の彼らが再び生まれるとも限らない。

言うなれば存在の否定だ。

云十億かそれ以上という、夥しい数の人が死に、生まれてくることが出来なかった。

それが分かっていても、今の自分には己の失態に気付かせてくれて彼らの存在を消すという大罪を犯す選択ができなければ、それをやって後の世界を守れる自信もない。


「コルトさん、では…あなたは本当に、神なのですか?」


慎重に言葉を選ぶようにハウリルが訪ねてきた。

それに頷いて肯定を返す。


「北半球の生命の創造と環境の管理をしている存在を神と呼ぶなら、魔神と呼ばれるアレと同じ存在を神と呼ぶならそうです」

「引っかかる物言いですね」

「僕は1度も自分を神とは名乗ってないです。元々僕たちに固有名詞はない。それを不便に感じた人が僕の知識の中からそれっぽいものとして勝手に”神”って呼んでるだけです」


自意識は今も昔も”世界を始めるモノ”であって”神”ではない。


──あぁでもそうだな…。”始めるモノ”なのに、”続けていた”のは間違いだ。だから失敗したのかな。


最初から間違っていた。

コレもアレもそれに気付かなかった。

これ以上続けてはダメだ。


──…僕がやらなきゃいけないのはそれだ。


「ではあなたが神…とわたしたちが呼ぶものであるという証拠はありますか?今までの言動的にわたしとルーカスはあなたが神本体であることを疑ってはいないのですが、一応形式として必要かと思いまして」

「証拠…証拠かぁ……」


そう言いたくなるのも分かるが、残念ながら提示出来るものが無い。

肉体は完全に共族の人間の身体なので、ただ記憶と知識があるだけの神の力もクソもない状態だ。

頭を捻って考えているコルトを見て、ハウリルは何かを察したらしい。

質問を変えてきた。


「…では、あなたは今どういう状態ですか?コルトさんの自意識はまだありますか?」

「記憶と自覚が戻っただけでは他に変わったことはないです。でも…、名前が無い僕に”コルト”って固有名詞がつけられてるのは、改めて考えると不思議な感じですね」


だがよく考えたらまだ魂が入る前の状態とはいえ、元の体を奪って生まれてきたのだから、これは人を殺したことになるのではないか。

それなら両親と呼ぶあの2人には悪いことをしたのではないか…。

だが人間側の定義では母体の外に出て初めて生まれたと言う。


──…僕も思考が大分肉に引きずられているな。


「なんか…突然雰囲気変わりすぎて怖いんだけど…。コルト、お前本当に大丈夫か?」

「体の状態は大丈夫だよ、力も何も使えないままだ……。情けない話だけど、本当に人について何も分かってないから衝動でそのまま入って、記憶も力も全部無くなってた」

「…急展開でまだ戸惑っているのですが、とりあえず…ルーカスを今すぐどうにかする力は無いということでいいですか?」


ハウリルのその問いに、微妙にハウリルを盾にするような位置に立っているルーカスに目を向けた。

自分がなんなのかを思い出したせいか、先程までの殺意が湧かない。

己の失敗を認めたくなかったことを自覚したせいか、やっとアレが作った共族の隣人として冷静にみている。


「大丈夫です。もう変に突っかかったりしないです…多分……」

「そこは断言しろよ!」

「無理だよ!人の個体が1都市を一撃で破壊出来る力を持ってるなんて、やっぱりやりすぎだ!1個人が力を持ちすぎて大量に同種を殺した話が数え切れないほどあるんだぞ。最強種を作るなんて、もっと強く言って止めさせておけばよかった、そうすれば」

「コルト…さん。差し出がましいかもしれませんが、そこを突き詰めるのは精神衛生的にはやめておいたほうがよろしいかと思いますよ」

「…はい…」


突き詰めれば魔神が発狂したのもコルトのせいで、魔族を追い詰めたのも間接的にコルトのせいではないかという話になりかねない。


「さて…どうしましょうか。とりあえず現状のコルトさん…コルトさんとお呼びしてもいいのでしょうか?」

「コルトでいいんじゃないの?だって中身変わってないんだろ?」

「いやっ、コイツはそういう意味で質問したんじゃねぇよ。人か神か、どっちの立場だって聞いてんだよ」

「でもコルトはコルトだろ」


アンリは相変わらずの反応だ。


「………コルトさん、あなたはどちらですか?」


人か、神か。

お前はどちらだと聞かれ、迷わず神と答えようとしてアンリの不安そうな顔が目に入り、口を閉ざした。

冷静に今の己の状態を考える。

先程肉に引きずられていると実感した。

そしてもちろん神としての力も使えない。

いわば意識だけが神の、人に落ちた状態だ。

そして思い出す、生まれてから今まで人として生きていた時間。

いろんな人の顔が浮かぶ。

たくさん怒られて、たくさん笑った。

そして、初めて外に出てからはさらに多くの色んな経験をした。

記録を読むだけでは絶対に得られない経験。


もっと人でいたいと思った。


それが許される事では無いと分かっていても、人でいたいと思ってしまった。


「コルトって呼んで下さい」


長く続かないと分かっていても、今は人でありたいという気持ちが勝ってしまった。


「わかりました、では引き続きコルトさんとお呼びします」


そういうとハウリルは大きく深呼吸を何度かする。

そしてたっぷり時間を使った頃。


「さて、気を取り直してこれからどうしますか?元々装置探索は諸々を神に問いただすためというのが理由でしたが、なんとびっくり、こんなに近くにいたんですよ」


いつもの調子よりかは少し戯けた態度でそうのたまった。


「なら先にコイツになんで魔神に答えねぇで今まで無反応だったのか聞くのが先だろ。そのあとはリンシアをどうするか次第だろ。コイツがいるなら装置を探す必要もねぇし……あぁいやっ、そうでもねぇな。俺らはこいつの言動から神だって断言出来ても、他の奴らは納得しねぇか」


ルーカスは一人納得している。

ついでにリンシアの様子を伺うと、アンリの後ろに隠れながらこちらの顔を観察するようにジッと見ている。

こちらの会話に入れていないのは確実なので、何か話かけようとすると、完全にアンリの後ろに引っ込んで隠れてしまった。


──嫌われたかな?忘れていたとはいえ、リンシアには嘘をついていたようなものだし。


「コルトさん。力を取り戻すにはどうしたらいいですか?」

「一番早いのは肉体の破棄です。どうやっても今の身体では無理なので」

「破棄ってあなた、それ死と同義では?」

「人の定義に当てはめるなら…そうなりますね……。出来ればその…やりたくないです」

「当たり前だろ!?それって誰かがお前を殺すか、お前に自殺させるかって事じゃん!私はやりたくないし、やらせねぇし、そもそもお前に死んでほしくないけど!?」


前のめりなアンリの勢いに思わず笑みが溢れる。


「それ以外にもっと安全な方法はありませんか?」

「それなら」


それなら確実な方法が1つある。

当初の目的から何も変わらない確実な方法だ。


「装置を使えば確実に戻れます、あれは魂を肉体から分離して僕の領域に招くためのものなので」


ハウリルの顔が引きつった。


「人を神の領域に入れるのですか?」

「無制限には入れてませんよ、当たり前じゃないですか」

「そうですよね、少し安心しました」


安堵の表情にあまりその辺りの信頼が無かったと察して、少し不貞腐れたい気分だ。


「つぅ事はなんだ、結局目的変わってねぇのか?」

「そうなりますね。それでコルトさん、何故魔神にも共族にも答えなかったのですか?」

「それは……」


簡単に言えば、こちらからの接触を断てば人は自立して発展していくだろうと高を括っていた。

魔神に答えなかったのは、その時すでに外界全てとの接触を絶っていたので聞こえていなかった。

それだけである。


「えっ、じゃあお前その間何してたの?数千年だろ!?暇とかなんか超えた何かだろ?」


私の何倍だ?と指折りアンリが数えているが、神と人とでは時間感覚が違うので数千年などこちらからしてみれば数時間くらいの気分だ。

そんなことより問題なのは、その時何をしていたか。

コルトは何をしていたのか思い浮かべて言いたくないと思った、寧ろ何もしていない。

確実に怒られるのが分かる。

いくら人間への理解が薄っぺらいと言えど、これだけは確実に分かった。

だから。


「…てた……」


消え入りそうなか細い声で誤魔化す。

すると当然と言えば当然なのだが、3人の表情が険しいものになる。

もっと大きな声で言えとアンリが少し語気を荒くして言った。

それでコルトは大きく息を吸って吐いてと繰り返して覚悟を決めると。


「寝てたんだよ!」


一息に言い終えて、ハァハァと肩で息をする。

怒られる、とチラッと3人を伺うと、予想に反して呆気にとられた顔をしている。

だが数秒もするとだんだんその表情が変わり。


「はああああああああああ!!??!?????」

「突然の音信不通かましておいて、何をやっているのかと思えば寝てたんですか!?」

「ざっけんな!昼寝ブチかますなら同僚の魔神に連絡くらい入れろよ!」


3人の怒号が辺りの森に響き渡った。


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