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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第6章
134/273

第134話

”人のことなんて全く考えていない”


そんな事を言われるとは思わなかった。

こんなにも人が滅びないようにと考えているのに。


どうして、という思いだけが募っていく。

すると肯定は思わぬところからきた。


「人の事は考えてんだろ」


未だに慣れない、以前より少し高めの声。

いなくなって欲しいと願う相手。

顔を上げると無表情でこちらを見下ろす顔と目があった。


「下の奴らがそれを全く求めてねぇだけで」


だが直後にバッサリと切り捨てられる。


「よくある話だ。雑魚には分からんって決めつけて、人の話全く聞かねぇ奴。知ってるか?上に行けば行くほど、自分よりも雑魚の数って増えるんだぜ?頂点にいる奴がそれをやってみろ。失敗した瞬間に全てが瓦解する独善的な独裁者の完成だ」

「見てきたように言いますね」

「見てきたから言ってんだよ、小規模なもんはいくらでもあった。大体そういうのは内外要因問わずに一回の失敗で消えちまったよ。そもそも魔族の議会はそれを防止するために、頂点付近を強制的に平らに均して話を聞かせるために出来たんだからな、……表向きはそういう事になってる。それを神がやってみろ、取り返しがつかねぇよ」

「実際共族も魔族も神がアレなせいでお互いに存亡の危機ですからね」

「でも共族は魔族のせいで!」


魔族さえいなければ今も問題なかったはずなのだ。

実際に魔族が攻めてくるまで数千年はそれで回っていた。

だがハウリルはそれを即座に否定する。


「本当にうまく回っていたのなら、魔族の襲撃ごときで崩れるとは思えませんね。規模は小さいですが実際にラグゼルはどこぞのバカの襲撃で大勢が虐殺されても、自らの力でそれを止められる強固な社会基盤を築いていた彼らは全体としては何の問題も無く存続しています。魔族は滅ぼす気が無かったのでしょう?それなのに一度の襲撃で結局内部から瓦解したのなら、魔族の襲撃がなくてもいずれは崩壊していたと思いますよ。話が逸れましたが、いくら人のためと言っても選択肢や手段を奪って対応できなくさせた時点でそんなものは空虚なんですよ。人のためを思うなら、神は戦う手段を共族から奪ってはいけなかった。もしあの瞬間に自衛することができていたのなら、その瞬間の犠牲は出てもそのあとの1000年でどれほどの命が誕生し救われていたか分かりませんよ」


否定できなかった。

時にやり過ぎて滅びた事例がいくつあろうと、生きてさえいれば立ち直れた事例もまた多くある。

前者だけに重きを置きすぎたやり方は、後者の可能性を完全に潰してしまった。


「コルトさんの人に死んでほしくないというのも理解はできますが、その結果があの廃墟なら戦って誰かを守って死ぬほうがマシです」

「……でも…」


それはハウリルが自分で戦える力を持っているからだ。

現実にはそれが出来ない人が大勢いる。

戦いの中に身を置けない人が大勢いる。

殺しの手段がなければ、そんな彼らもまとめて全員守れる。


──…その……はずだった…、そのはずだったんだ……。


「どうして…どうして暴力で解決しようって思うんですか?」


それさえ無ければ制限なんてしなかった。


「そのほうが早いと思う人がいるからでしょう。逆に聞きますけど、そもそも魔神は最強の生物という名目で魔族を作ったのでしょう?他の神が暴力の存在を肯定しているのに、何故そこまでして共神は暴力を否定するんです」

「暴力が害悪だからに決まってるじゃないですか。死による支配なんて、非効率、非合理的、非生産的で良いことが何1つとして存在しないんですよ!?」

「それで一律全て禁止にして、必要な時に使えないのでは意味がないでしょう」

「でも一部にだけ限定的に力を持たせたら、それも結局は暴力で支配しているのと変わらないです」


必死に食い下がると、珍しくハウリルが眉間に皺を寄せた。


「……コルトさんの思考がイマイチ分からないですが、少し整理させて下さい。前提としてコルトさんは人が人を支配することについてはどう思っているのですか?話を聞くにそれについては拒否感は無いようですが」

「無いですよ。人って群れで生活する生き物なので、支配者ないしは群れを率いる人がいないと人として成り立たないんですよ。群れからはぐれて個体として生きていけるのは極一部の適正を持った強者だけです」

「……なるほど…。では群れに関して聞きますが、共族全体を1つとした1個の群れがあなたの理想なのか、それともいくつかの群れが存在した状態でも良いのか。コルトさんはどちらがいいと思っていますか?」

「共族全体が1つの群れになってくれたら良いなって思ってますけど、結局その中でいくつかに別れちゃうんですよね。それが国として分かれるのは仕方がないと思ってます。組織運用的にも下流に向かって細分化させていくのが効率的ですし」

「ではその群れはどういう理由でできると思っていますか?」

「そんなの似たような思考を持った人同士に決まってるじゃないですか」


そんな当たり前の事を丁寧に順を追って説明させられて、コルトは少しムッとする。

だがハウリルにはこの確認作業が重要なようで、ここまでは筋が通っていると呟いてまだ続けるつもりでいる。


「似たような思考ということは厳密には同じではないわけですが、もしその違う部分で反発が起きた場合はどうしたらいいですか?」

「その部分にはお互いに干渉しなければいいじゃないですか。規模が大きくなってもそれは変わらないですよ、それが分からない人がいるので明文化させましたけど」


人の一番の強みは他の多くの生物よりも知能をある程度保持した状態であらゆる環境に適応する、というのがあったので模倣先の個体スペックのランダム係数は弄っていない。

そのせいで当たり前の事を理解できない個体が無視できない数生まれ、明文化しろと言う事になったのは口惜しい。


「それすらも理解できない個体が生まれるのはもう完全に人の欠陥ですよね」


そしてそれを悪意をもって利用しようとする人もいるのだから、実に度し難い。

それを明言すると、何故かハウリルは顔が引き攣り、ルーカスが慌てたように乱入してきた。


「待て待て待て、明文化させた?いつだ、いつからそれをさせた」


なんでこいつが入ってくるんだという気持ちを押さえつつ、ハウリルが答えを促したのでいつだったかなと記憶を掘り返す。


「7万年くらい前かな、もうちょっと前だったかも」

「7まっ……。いえっ、それは置いておいて、共族を作った時にそれを明文化したのですか?それとも途中からですか?」

「途中からですよ。なんかよく分からないですけど、戦いを仕掛けようとする集団がいたので明文化させました。そういえばこの話生まれてから聞いてないけど、どうなってるんだろう」

「わっ、わたしは聞いたことはありませんが、兄どころか教会の誰も知らないと思いますよ……。こちら出身のリンシアさんも親がアレなら知らないと思いますが…。もしやその当時はまだ戦うというものを禁止していなかったのですか?」

「禁止にはしてましたよ。ダメって言ってただけで、具体的な事はしてませんけど……。結局隠れてコソコソする人が出てきたので取り上げましたけどね」


よくよく考えたらそれからの数万年、発展速度はかなり落ちてしまったが、それでも少しずつ前に進み滅びること無く上手くやって行けていたのに、それを全部魔族に台無しにされたのは腹立たしいというか、腸が煮えくり返る。

コルトがそんな事を考えていると、ハウリルとルーカスが背中を向けてコソコソと喋りだした。

明らかに内緒話の様相で、盗み聞きをしようかどうしようかと考えていると、アンリがコルトの横を音も無く通り過ぎて2人の背後につく。


(……親父達が慎重に数百年かけて計画するわけだわ、根本的なもんが俺達と違いすぎる。つぅか、受肉でぶっ壊れた魔神よりもこいつのほうがやべぇんじゃねぇの?これで自覚がねぇってどうすりゃいんだよ)

(とりあえず肉体を殺される心配はしなくて良さそうなことだけが救いでしょうか)

(だが力持ったらバリバリに思考制限してきそうだぞ。肉体の死と何の違いがあんだ?)

(分かっています。ですが時間の猶予はありそうです。なので何とかそれをしないように確約させ、それまでは装置の探索は進める振りで中断しましょう。ラグゼルには正直に話せば理解を得られるはずです。アンリさんにはあなたから伝えて下さい)

(お前、いい加減アンリから信用を勝ち取れよ)

(勝ち取ったところであなたに追いつけるとは思いませっ)


「お前らそうやって隠し事すんのはやめろよな」


腕を組んだアンリが声を掛けると、2人は飛び上がって驚き、明らかにまずいという表情を隠せていないまま振り向いた。


「アッ、アンリさん!?」

「うげっ、これ完全に俺のミスじゃねぇか!」


いくら気配を消そうが魔力でいくらでも看破できるため、やらかしたとルーカスは嘆く。


「そうやってコソコソすっから、コルトも意固地になんじゃねぇの?」

「相手がただの人であればそれも考えますが、そうではないのですよ」

「でもコイツが今まで誰かを傷付けたことなんて無いじゃん!」

「その手でそれを言うのですか?」

「これは私が勝手に怪我しただけだろ!コルトのわけ解んない勝手な態度がムカつくのはそうだけど、だからってコイツが今まで誰かに悪意を持ったことなんて無いじゃん!」

「人が死ぬかもしれないのですよ」

「だからなんでそんなこと断言できるんだよ!かもしれないでこいつを人殺しだって決めつけるほうがよっぽど酷いじゃん!」

「…それは……」


コルトには何故自分が人を殺す話になっているのか分からない。

そんなつもりは無いし、これからもそうするつもりは無い。

なのにハウリルもルーカスもそれが確定事項であるかのように振る舞う。


「何度も言いますけど、僕にそんな力は無いですしあっても人殺しなんてするつもりないんですけど」

「それはあくまで肉体的な話でしょう?わたしが懸念しているのは、思考制限による内面の死です。あなたは先程”取り上げた”と、大人が子供からおもちゃを取り上げるような気軽さでそれを言いました。それでもあなたの望む結果にならなかったのなら、次はもっと範囲を拡張して制限をかけてくるのではないかと懸念しているのです。わたしは周りから何を言われても兄の元で心だけは自由でした、だから生きていられた。それすら無ければわたしにとっては死んでいるのと同じなんですよ」

「肉体が死んでしまえばそれすら無いんですよ!」

「自分で考えることをせずに誰かの思惑でしか行動できないことの何が人形と違うのです、それは人と呼べるのですか?それならなぜ神は人を作ったのです」


胸がギューッと締め付けられた。

それは忘れていた思いを呼び起こすものだった。


自立して欲しい


ずっとそう思っていた。

確かにそれをつい最近まで思っていた。

それが見えなくなったのはいつからだろうか。


隣の魔族を見た。


”上から押さえつけるってんなら神でも容赦しねぇ、ぶっ殺してやる。”


それを言っていたのはいつだったか。

それを聞いた時の羨望。

明確な反逆であるにも関わらず、己の意志で立ち向かおうとするそれ。


どうして忘れていたのか。

どうしてこんなにも欲しいと思っていたものを忘れていたのか。


コルトは下唇を噛んだ。


種の存続のために暴力は排除せねばならない。

だがそれは彼らの自由意志を縛り、種族としての自立を奪ってしまう行為でもある。


どうしたらいいのか分からない。


いやっ、これはもう嘘だ。

本当は答えなんて分かってる。

ハウリルの言う通り、人々が盤石なら魔族の侵攻くらいで社会が壊れるなんて事はない。

結局は自分も目的を見失って失敗したのだ。


「自立をして欲しかったんです。神の意志を聞くのではなく、自分達の意志で考えて、感じて、世界を見て欲しい、この世界を観測して欲しい。……聞いてほしくなかった、頼ってほしくなかった、…だから……だから世界を見ることをやめたんです」


壊れかけの世界を見て、見ることをやめたことを後悔した。

失敗したことを認めたくなかった。

少しでも間違っていなかったと思いたくて、濁っていても一番輝きが強いところを覗き見て、手近なそれに手を伸ばした。


脆弱なそれは耐えられない。

そんな事も分からなかった。

そして。

全てを忘れてしまった。


認めなくてはならない。

馬鹿で愚かな神である。


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