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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第6章
133/273

第133話

気が付いた時、コルトはルーカスに殴りかかっていた。

頭にあるのは排除しなければという義務感。

魔族さえいなければ共族は幸せだった。

なら自分がするべき事は共族のために魔族の排除する、これは義務だ。


全身から力が沸き立った。

知らない力、共族由来のものではない力。

それが全身を強化して、人の肉体の限界を越えて…。

ルーカスの驚愕した顔が視界に入る。


──先ずは1人。


己の拳がその顔に叩き込まれたとき、歓喜が吹き上がる。

吹き飛ぶ頭部と飛び散る赤。

共族を救うための第一歩。


笑いたかった、成し遂げたと盛大に笑いたかった。

だが、それと同時に体を側面から飛ばされて視界がひっくり返って受け止められる。

ついで悲鳴があがった。


「キャアアアア!おねえちゃん、おねえちゃんの首が!ああああおねえちゃん!」

「コルト!お前何考えてんだよ!」

「アンリさん!それよりすぐ手を冷やしなさい!」


怒声を上げるアンリの両手は手は焼け爛れ、ハウリルがコルトを押さえつけながら水で冷やせと、重ねて大声を上げる。

なんでアンリの手が焼けているのか分からなかった。

リンシアはその場で泣き叫んで立ちすくんでいる。

どうしてこうなったのか。

共族3人のために、魔族を排除したつもりだった。

状況が飲み込めなくて呆然としていると、血に濡れた手がコルトの胸ぐらを掴んだ。

だが掴んだアンリは荒く呼吸をするだけで、特に何かするわけでもなくコルトを睨んでいる。

訳が分からない。

魔族を殴ったはずなのに、どうして共族が怪我をしているのか分からない。

アンリが何を伝えたいのかも分からない。

ただ真っ直ぐ無言で睨むアンリの目を見ていられなくて、視線をズラした。

そして視界に入ってきたのは地面に転がった未だ熱く湯気をあげる鍋。

自分とルーカスの間にあったはずのもの。

それで理解した。

何も考えずに殴りかかったコルトの通り道にあったその鍋を、アンリは咄嗟にどかした。

アンリがどかさなければ間違いなく火傷をしていたのはコルトだった。


「あっ……、あっあぁ……!ごめんなさい、ごめんなさい!ああああアンリ、手、手!」


薬はどこか。

確か手持ちに火傷にも効く軟膏があったはずだ。

慌てて自分のカバンを探し、視界に映った瞬間に飛びついた。

中を荒らして薬を取り出し蓋を開けてアンリの手を取ろうと腕を伸ばした。

だが横から伸びてきた腕に遮られる。


「薬の前にアンリさん、手を洗って冷やしなさい。コルトさんいいですね、水を使います」


リンシアを片手で抱き寄せているハウリルがコルトの腕を掴み、険しい顔をしてアンリを見ていた。

アンリはコルトを睨んだが、少しすると溜め息をついて大人しく水球を目の前に生成するとその中に手を突っ込んだ。

血が滲み、水球に薄っすらと色が付く。

コルトはそれを黙ってみている事しか出来なかった。


「コルトさん、何故いきなりルーカスに殴りかかったのです」

「……だって、結局共族がこんな事になってるのは魔族が原因なんですよ!なら魔族を排除するのは僕の義務です!」

「あなた、この期に及んでまだそんなっ」

「暴力を否定しておいて、結局お前もそれに頼ってんじゃねぇか」


ハウリルの言葉を遮ってルーカスが割り込んできた。

声のほうに顔を向けると確かにふっ飛ばしたはずの頭部が戻っており、それでもやっぱり違和感があるのか、”また取れた”と溢しながら首を回して調子をみている。


「おねえちゃん!」


リンシアがルーカスを見て駆け寄った。

首が元に戻っていることに驚愕して、夢じゃないかと何度も何度も確認している。

そんなリンシアの頭を軽くひとなですると、ルーカスは真っ直ぐコルトの前に立った。


「お前、やっぱり自覚のねぇ神なんじゃねぇの?」

「はっ?」

「俺を殴るまでの短い時間で、お前は何を考えた?言ってみろ」

「何って…」


悔しかった。

せっかく色々と調べて考えに考えて、失敗しないようにと最善を尽くしたのに、結局自分も失敗の事例に並びそうになっている。

その原因が魔族なら殴りたくもなる。

そんな当然の帰結。

ハウリルはそれを聞いてさらに険しい顔をした。


「数多の事例というのは、この世界の過去でしょうか?それとも、模倣元の世界の話でしょうか?」

「そんなの模倣元に決まってるじゃないですか。こっちでも繰り返してたら学習性が無さ過ぎますよ。僕はアレとは違うんです」


ハウリルが困った顔をした。

ルーカスは苦さに悲哀を混ぜた顔をしている。


「……お前…」

「………重症ですよこれは」


そういってハウリルはコルトの手から軟膏を取ると、アンリの手に塗り始めた。

リンシアがそれを見てわがやると言うと、アンリがしゃがんだのでハウリルはリンシアに軟膏を手渡す。

話の流れが読めない。


「コルトさん。あなた本当に自覚が無いんですか?」

「神のですか?自覚も何も、違いますし」

「嘘付け!お前ぇ明らかに神の視点で喋ってんじゃねぇか」

「どこが!」

「あなたが調べた多くの事例を、普通の共族が知り得る訳がないでしょう。わたしたちも魔族に教えてもらったから模倣のことも、他の世界があることを知れたんですよ。それすらわたしは実在を疑っていますが、あなたはそれをあると確信して、そこでの事例から失敗を学んでこちらの世界で活かしたと言っているんです。これが神の視点でないなら、一体何の視点だと言うのです。神使にしても一般の共族から外れすぎています」

「…あっ…」

「それにお前、アレとは違うって言ったが、アレって要するに魔神の事だよな?随分と知ってるような口ぶりじゃねぇか」

「!!」


コルトは動悸が止まらなかった。

言われて初めて自分がおかしな事を言っている事に気が付いた。


「思ったのですが、コルトさんは人の視点と神の視点がグチャグチャに混ざっていて、自分でもどちらの視点で喋っているのか分からなくなっているのではないでしょうか?」

「その割に行動には一貫性があるじゃねぇか」

「神と人が対等な状態で混ざっているのではなく、神を基盤に人が形成され、その境界が曖昧になっていると考えるなら、根本は神なので一貫性がでているのかもしれません」

「でも、でも…僕は何の力も無いんですよ。本当に僕が神ならこんな状況一瞬で!」


一瞬で解決した。

この地から全ての魔族を排除し、壊れかけた世界を作り直した。

だがそんな力はコルトには無い。

口惜しいほどに非力だ。


「案外以前言った体の調整をし忘れた、というのが正しいのかもしれないですよ」

「えっ……」

「神に人格と言っていいのか分かりませんが、普段のコルトさんが神の素だとするなら、人を過信しすぎてそのまま人の体に入ったら全くダメだったっていうのはあり得そうだと思うのですよ」

「えぇ!?」

「例えばですが、久々に帰った家が荒らされていた時、コルトさんならどうしますか?」


何の脈絡もない唐突な質問に訳が分からないでいると、いいから答えろと無言の圧が飛んでくる。

なので仕方なくどうするか考えてみた。


「そりゃ、まずは状況把握のために家の中を調べますよ」

「それが今のコルトさんの状態なのでは?あなたは観測が目的と言っていましたが、現在の状況の把握を観測と言っているのであれば筋が通ります」

「あぁ、なるほど。久々に共族の様子を覗いたらなんか諸々がぶっ壊れてるから、慌てて状況調べるためにその場の適当な体に入ったら記憶とか全部吹っ飛んだって話か。……アホか」

「でもコルトさんですよ」


ハウリルはチラッとまだベタベタと手に軟膏を塗りたくられているアンリと地面に転がった鍋を見た。

茹でていた肉も地面に転がり、食べるためにはどのくらいの表面を削ればいいだろうか。

そんな事は今はどうでも良くて、魔族を殺すために己の力量も進路の障害物も何もかも頭からスッポ抜けて、結果的にアンリが火傷をするはめになった。

改めて考えると短絡的すぎる。


「記憶が無いから認められないというのであればそれはそれでいいです。ですが、わたしはもうコルトさんは記憶の無い神として接したほうがいいのではないかと思います」

「……お前はそれでいいっつぅか、本人の前で言うのもアレなんだが……実際にこいつが神って自覚して力を持った時、真っ先に俺が消されそうなんだが?」


改めて警戒する目をコルトに向け、直球でそうするだろ?と聞いてくる。

だから考えた。

実際にできる力があるならどうするか。

どういう順番で求める”最善”の結果を得るか。


「魔族を全て領域から排除して、魔神も何か言ってくるなら排除を考えると思う。元々協力の提案は向こうからしてきたものだし、邪魔をするなら排除する。この星ももう安定期に入ってるし、管理しなくても問題無いし…」

「今すげぇさらっと重要な事ぶっ込んできた気がするが、やっぱ俺消されんじゃねぇか!」

「あなたが消された時はわたしたちもここで生き残れる確率はぐっと減ると思うので大丈夫ですよ」


一緒に死にましょうねと笑顔でハウリルが宣うと、ルーカスが引くほど嫌だと駄々をこねた。

同時にアンリもはぁ!?と抗議の声を上げる。


「ふざけんな!わたしはまだ死にたくないんだけど!?こっちに来るって決めたのは自分の意志だけど、だからって死にたいわけじゃないし!!つぅか、ここまでルーカスには色々教えてもらったり助けてもらったりしたのに、魔族だからって理由だけで殺るとかそんなの納得できるわけないだろ!お前相手でも一生恨むぞ!」

「えぇ!?」


根本原因を排除するのに、それで一生恨む宣言をされて困惑してしまう。

共族のためなのに、どうしてこれも理解されないのか。


「友達殺されて恨まないほうがおかしいだろ!そもそもルーカスはココの命の恩人だし、寧ろコルトだからこそ許せるわけないだろ!」

「えっ……」


思考が停止した。


友達。


今アンリは友達と言った。

誰を?

疑問に思うほうがおかしい。

どう考えても魔族のルーカスに対してそう言った。

魔族に対してだ。


何を言っているのか分からない。

百歩譲って大元の模倣元の人種族が同じだとしても、その後の製造元も改造の設計思想も運用も何もかもが違う。


共通言語を持ってるだけの完全に別種族の存在なのだ。


「分からない、分からないよ。言葉が通じるだけで別の種族じゃないか。人はずっとそうだよ、人と違うものを排斥する。利がなければそこから争いが生まれるなんて物理法則ぐらい当たり前だった。だから人のために南に空白地帯を作ってでも遠ざけたのに、友達?戦うために作られた種族が実際に侵略してきてるのに、友達!?」


理解できない。

分からない。

何故そこまで不合理でいられるのか分からない。


奥歯を強く噛んだ。


認められない。

認められない!


このままでは蹂躙されて彼らは滅んでしまう。


どうしたらいい。


残念ながら今の自分には魔族を殺すための手段がない。

中途半端な攻撃ではいくらでも再生してしまう。


なにより彼らは反対する。

手段があっても邪魔される可能性がある。


どうしたらいい。


どうすれば求める結果が得られるのか思考する。

その様子を周りがどういう風に見ているのかなんて頭には無い。

ただただ自分の求める”最善”に向けて自分だけを見つめる。

だから……。


「あなたは人のためと言いつつ、実際は人のことなんて全く考えていないのではないですか?誰も望んでいないのにそれが良いとして選択を、手段を強権的に剥奪する。それならやはりわたしは神なんていりませんよ」


ハウリルの冷たい声が耳朶を打った。


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