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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第6章
132/273

第132話

「あのさ私思ったんだけど、結局コルトはどうなるのが良いと思ってるんだ?」


不要な肉と内臓を地面に埋め、剥いだ皮を木に吊り下げ終わったアンリが、残った肉を抱えて首を傾げている。

背後で吊り下がっている内臓を抜かれたクマの皮の空虚な瞳が不気味だ。

目が合うはずなんて無いのに、見つめられているようで嫌な気分だった。

そんな事を気に留めていないアンリは抱えた肉をハウリルに押し付けると、荷物の中からリンシア産の水筒を取り出して、中の水を中にドボドボと投入し始めた。

そして火種担当がいないのでそのまま胡座をかいて鍋の前に座り込む。


「いっつもさ、こうするとこうなるけどそれは嫌だで終わるじゃん。コルトはどういう状態が一番良いと思ってるんだ、つーかなんでそう思うんだ?それ言ったら、ルーカスとハウリルがどうしたいのかも私知らないんだけどさ」

「……白状すると意図的にそれを聞かなかったとしか言えません」

「どうせ面倒くさいとかそんな理由だろ?」


アンリのぞんざいな言い方にハウリルは笑みを返した。


「たくっ、しょうがねぇなぁ。この際だからルーカスが戻ってきたらここできっちり蹴りつけとこうぜ。リンシアも良いだろ、どうせ私らと一緒に行動するならいつか知るんだし。そもそもなんかずっと隠されてんのも腹立つし」

「身に沁みますねぇ」

「おう、えぐり込んでやるぞ。…それはそれとして、ルーカス呼び戻してくるわ」

「場所分かるの?」

「分かんないけど、1人離れれば何かあったって向こうからくるだろ」


そう言うとアンリは武器を手に立ち去った。

残されたコルトは鍋をどうするかハウリルに聞こうとすると、リンシアがこちらの様子を伺っているのが視界に入った。

どうしたのかと聞くと、直球でお兄ちゃんが神使なのかと聞いてくる。


「そう思っても仕方がない聞き方をわたしがしましたからね」


ハウリルは喋りながら魔術で肉を宙に浮かせ、そのまま器用に魔術で肉を一口サイズに切り刻んで鍋に肉を投入していく。

その具が肉しかない鍋に川の水をさらにドボドボと投入していった。


「今はそうです、というのが正解なんですかね。そもそも何のために神がコルトさんを遣わしたのかもはっきりと分かりませんし」

「多分、観測のためだとは思うんですけど…」

「何を観測するのかは分からないんですよね?」


コルトはそれに頷いて肯定を返した。

この地上の状態を観測するためだとは思うが、それなら外に出る可能性の低いラグゼルの中に出された理由が分からない。

王家が何かしら考えていたとしても、神が個人の思考まで読んで行動した記録も無ければ、するとも思えない。


「ごめんね。僕は神側の何かなのは分かってるんだけど、それ以上の事は何も分からないんだ。何かを変える力も無いし、神に何かを言うこともできない。僕が言えるのは神は人の滅びを望んでない、これだけなんだよ」


改めて口にすると驚くほど自分でも情けないと思うことを言っている。

それにリンシアは何故か目に涙を浮かべ震える声で”神さまは人を滅ぼそうと思ってないの?”とさらに聞いてきた。

それにも肯定を返す。

それだけは絶対に望んでない。


「この話はちゃんと順を追って話さないといけませんね。とりあえず魔族代表がまだ戻っていませんが、説明だけはしておきましょうか」


そしてハウリルは現在分かっている世界の状況をリンシアにも分かるように、簡単な言葉でざっくりと説明していく。

リンシアも理解力はあるようで、時々首を傾げて疑問を口にしつつも大体の事を理解してくれた。

同時に自分の一族が勘違いから始まったどうしようもなく空虚な存在であることも理解してしまった。


「…ならととさまやみんながやってることって……」


神のためと言いながら、実際は完全に真逆の事をしている。

リンシアは浅く呼吸を繰り返し、ショックからか頭を抱えてうずくまってしまった。

コルトは慌てて共神なら許してくれる、だから一緒に謝りに行こうと言ってみるがリンシアはすすり泣いて動かない。

知っておいたほうがいいという完全な善意だったが、それが裏目に出てしまった。


「また泣かせてんのかよ、お前ら」


どうしようかとあわあわしていると丁度良くアンリ達が戻ってくる。


「アッアンリィ!」


情けない声を上げながらどうしようと見つめると、アンリがアホを見る目をしながらため息をついた。


「何言って泣かしたんだよ」

「僕達が知ってる現状を戻ってくるまでにある程度説明しておこうと思って、それで……」

「全部欺瞞だったのをコイツが理解したんだな」


最後はルーカスが繋げた。

それに頷くとルーカスはリンシアに近づき問答無用で無理やり立たせる。


「ガキに酷なのは理解してるが、泣いてばっかで現実を見る気がねぇなら邪魔だ、俺達にそんな余裕はねぇ。今までは泣けばそれで良かったのかもしれねぇが、親元逃げた時点でそれはもう使えねぇんだよ。泣きてぇなら親元戻すぞ」

「うっ、ぐすっ……いやです。泣きません、もう泣きません!」

「そうだ。今は泣くな」


鼻をすすり、目をこするリンシアにコルトはタオルを渡す。

リンシアはそれに顔をうずめると、思いっきり鼻をかんだ。


「一応報告しとくが周囲15キロ圏内に相変わらず人の気配はねぇ、リンシアが内通してるってのはもう考えねぇでいいだろ。それで、ざっくりとしか聞いてねぇんだが、何か確認すんだって?」

「コルトさんの理想社会がどんなものなにかについてと、ついでにわたしたちに共通の未来の絵図がありませんので、いい加減その辺りを腹を割ってはっきりしておこうかと」

「共通認識作っとくのは悪くねぇ、いざって時にブレねぇのは大事だ」


そういうと鍋の前にどっかりと座って鍋に火をつけた。

ゆらゆらと揺れる火をみんなで囲む。


「それで何から話すんだ?」

「まずはコルトさんの考える理想社会ですかね?ついでにコルトさんは恐らく神の意向に沿った思考をしていると思うので、コルトさんの理想を聞けば神が何を考えているのかある程度分かるのではないかと思うんです」

「僕の理想……」

「そうです。あなたはどのような社会を理想と考えているのですか?」


そんなものは簡単だ。

誰もが己の理想とする生き方をして、誰にも邪魔されず、協力して社会全体を発展させていく社会だ。

アンリは”理想の生き方か、お前はどんなの想像する?”とリンシアに話しかけている。

割りと好意的なようにも見えるアンリの反応とは裏腹に、ハウリルはいつもの笑みを浮かべただけで、ルーカスは口をへの字にしている。

その反応だけであとで滅茶苦茶に否定されるんだろうなというのが分かってしまった。

卑屈になってしまう、不貞腐れながらどこがダメなのかと聞く。


「ダメとは思っていませんよ。ただどこまでも理想に理想を重ねた理想郷だとは思っていますが」

「それ、ダメって言うのと何が違うんですか」

「理想があることについては否定していないですよ」

「お前はまたそういう訳分かんねぇ保身入れやがって、ノイズにしかなんねぇよ」

「保身とは失敬な。ならあなたはどう思っているんです?」

「理想は理想であったほうがいいが、こいつの理想はどう考えても人間には無理だろ」

「人には無理ってなんでそう断言できるんだよ」


瞬時に言い返すと、ルーカスも好き嫌いや感情を持った人間がそんなの出来るわけねぇだろと言い返してきた。


「俺だってなぁ、身勝手な自己都合で他人の邪魔すんのは悪だと思ってるぜ?でもな、運が悪かったとか、不可抗力とかで自分の行動が知らないうちに誰かを邪魔して、向こうから恨み買うなんてこと普通にあんだろ?その時どうすんだよ、恨むのは悪だから我慢しろってか?」

「そんな事は言わないよ。そういう時はちゃんと然るべき手続きをとって、誰もが納得するように裁判とかで」

「ラグゼルはその辺ちゃんと整備されてたじゃねぇか。んで、実際はどうだった?」

「それは……」


それを言われると言い返せない。

あくまで理想でしかない、でもだからこそそれを目指すわけで。

コルトが奥歯を噛み締めていると、ルーカスは何故か舌打ちをした。


「…コルトの思考から神の思考の推測はどうだ、なんか参考になったか?」

「なんとなくですが神があらゆる争いを禁じた理由に予想がつきました。恐らくですが、他者の邪魔をするというのが理由の1つです。誰かの身勝手な理由で戦ったり殺されたりすれば、明確に邪魔をしている事になりますからね」

「手段どころか邪魔をするっていう発想事態を奪っちまうって事か」

「奪うつもりなんてないよ!」

「理由はどうあれ、結論はそうだろ」

「でも!」


そんなつもりは全く無い。

人の自由意志を奪うつもりは毛頭ない。

ただ人の行く末を邪魔するものを取り除いただけだ。

なぜこれが理解されないのか。

魔族が戦闘民族と生み出されたが故の思考のせいか。

だがそれなら共族であるハウリルも同調する理由が分からない。

どうして、何故、人は他人の邪魔をすることを考えるのか。


──悔しい、悔しい!どうして皆分かってくれないんだ。


目の前で獣の肉を煮る赤が、人をたくさん焼いた。

どこだってそうだった。

土地や文化、それ以外全ての条件が違っていても、変わらず人のおこす火が同じ人を焼いた。

文明を持つ生物が成立することすら稀なのに、容易く彼らは自滅してしまう。

たくさん聞いた。

だから自分は失敗しないためにどうしたらいいのか。

たくさんの記録を読んだ。

それら数多の事例を頭に叩き込んで、人のため、社会のため、発展、観測のために何が最善かを考えた。

そしてたどり着いた結論。

争いが他者を邪魔する原動力なら、それを無くせば良いのではないか。


「でも……、過去の事例を考えたらこれが最善なはずなんだよ……はずなんだよ、なのに、どうして……」


どうして…。

このままでは自分も失敗してしまう。

数多の事例と同じように…。

最初は上手くいっていた。

間違いなく上手くいっていた。

それが崩れたのは何故だ。


──魔族が攻めてきたからじゃないか。


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